ドラゴンの話をkwsk
私たちは例の尾根沿いに下る道をシノベア国の女王と国王と共に下って、ついには街道に出る大きい道に出た。
「けど…エーデルは本当にあれでよかったの?」
さっきエーデルは虫かごから出されたあと、女王と国王は国民の蜂を全員集めてエーデルに加担した者たちは一人残らず国から出ていくようにと命令を下した。
そのほとんどがエーデルと近い年齢の若者たちだったみたいで、女王と国王の命令に全員絶望したように動きを止めて哀願する者に泣き出す者、その家族たちの一部も同じように泣き出すやら哀願するやらで大騒ぎだった。
それでも女王と国王の意志は変わらず、軽い気持ちでどれだけのことをしたか分かっているでしょうと説くと、皆エーデルのようにただ青い顔でうつむくだけで、エーデルを含む人に危害を与えた全員はふらふらとこの山から離れて行ったけど。
私の言葉に二人は眉間にギュッとしわをよせて、悲しそうな顔つきになった。
「一人息子だからと甘やかしていたのかもしれません。…人に幸運を与える我らなのに、まさか不幸や害を与えるとは思ってもいませんでした」
「それにここで息子だからと罰を与えなければ、一度許されたからと同じことを繰り返すかもしれません。…他の者への警告も含めて厳しい罰を与えなければならなかったのです」
傷をえぐるような事を言ってしまったわ。
申し訳ない気持ちになっていると、私の顔を見た女王は慌てたように手を動かす。
「けどこれ以上の被害者が出る前に食い止められて良かったのですよ、私たちにとっても、人間にとっても、エーデルたちにとっても。これもアネモが善い判断をしてあなた達を助けたから事態が収束に向かったんです」
「本当に。アネモはよい働きをしてくれた」
国王も女王の言葉に大きく頷いて、
「我々は人間に平等に幸運を与える存在なのであなた方を特別に贔屓することはできません。しかし決して此度のことは忘れません。どうかお達者で、冒険者様方」
と深々と頭を下げた。
私たちも頭を下げて、二人と別れてウィーリの方向に歩き出す。
「…色々あったけど、まだお昼なのね」
ヒュッテを出てからあっという間の午前中だったわ。それに雨に激しく打たれたから全員ずぶ濡れのままだし。
「どうする?その辺で火でも起こして服乾かす?」
アレンが皆に声をかけているけど、主に私を見て聞いている。
気を使ってくれているのね。嬉しいけど、別にいいわ、と首を横に振った。
「まだ少し雲はあるけど気温も高いし、歩いていれば乾くんじゃない?」
山の中は涼しくてヒンヤリしていたけど、下に降りてきたら段々と暑くなってきた。それに今は夏で空気は乾燥しているし、ずぶ濡れだけど火を起こして立ち止まるよりなら歩いた方が次の町にも早目にたどり着くと思う。
「…つーか腹減ったんだよね、俺。ご飯食べたい」
アレンがそう言って照れ笑いする。あ、そうか、お昼か。
「それならそう言えばいいじゃないの」
笑いながらとがめるように言うと、
「エリーが休むついでに昼飯休憩できたらいいなぁって思っててさ、ごめんエリーをだしにしようとした」
アレンも、へへ、と笑いながら街道の脇に寄って荷物を降ろす。
まあ、サードも反対しないから皆でアレンの荷物を置いた辺りに座って、ヒュッテの主人からもらった渡れたパンを広げてめいめい食べだした。
「うん、美味しい」
「山を通ると腹減るもんなぁ、サードにも襲われたし。後頭部蹴られた時にゃ死んだと思ったね」
「俺のせいじゃねえだろ」
サードが腹立だしそうにアレンを睨む。
「あの…」
ガウリスが遠慮がちに口を挟むから、全員がガウリスに注目した。
ガウリスはサードに視線を向け、
「バーリアス神も仰っておられましたが、私が変化するあのドラゴンについてサードさんは詳しいのですよね?」
「まあ、この世界で一番リューに詳しいのは俺だろうな」
そりゃそうよ、皆知らないんだから。
内心突っ込んでいると、ガウリスは真剣な表情で口を開く。
「それならあのドラゴンについて知っていることを教えていただけませんか?
もしこれからも勝手にあのように変化するのならどのようなモンスターであるのか、どのような特徴があるのか知っておきたいのです」
サードはそう言われると面倒臭そうにもぐもぐとパンを食べだしたけど、飲み込んでからガウリスに顔を向けた。
「どこから知りたい?リューの成り立ちからか?それとも俺の国での土俗信仰からの姿か?」
いきなり小難しそうな話が始まりそうな言い方だわ。でも私だって見たこともないリューのことが聞けるなら気になる。
でもガウリスを差し置いて出張って聞きたいともいえないから黙って話に耳を傾けていると、ガウリスは悩むことなく、
「では成り立ちからお願いいたします」
と即答して、サードは話し出す。
「あれは元々俺の住んでた国とは遠い国から生まれたもんだ。正体は川、または蛇」
「…川?」
アレンが何それという顔でサードを見る。
「高いところから川を見てみろ、あの蛇行してる様がリューの姿に似てるだろ。蛇も水辺にいることが多い。そんで川が氾濫して人家に畑を飲み込んだらそこいる何かが怒ってこんなことをしていると人は思う。そして目につくのが川辺にいる蛇だ。
だから次第に恐怖も含め川もろとも蛇も信仰の対象になって、そこからリューが発生した…と俺は考えている」
なるほど…と黙って聞いているとサードは続けた。
「それに蛇は脱皮して大きくなるだろ?それを見た人間は死んで再び生き返る不死身の姿を重ねて、そこからまた蛇に畏敬の念をもったんだ。
遥か西の宗教だと蛇は不吉な悪の使いとされてるみてえだが、俺らの住む東の方では執念深い生き物として人に思われながらも神聖なものとして信仰の対象になっている。ここまではいいか」
サードはそこで一旦区切った。
普段サードから聞けない宗教の話と共にサードの住んでいた世界の話もさりげなく聞けるから、私もアレンも黙って興味深く話を聞いている。
「大丈夫です」
ガウリスも頷きながらそう言うからサードは続ける。
「そのリューを崇める信仰は大陸を渡って、海を挟んだ隣の大国まで伝わった。そこでリューは人に幸をもたらすズイジュウ…縁起のいい神の獣として位置付けられた。ここで完全にリューは神と同等の存在、って価値観で固まったのかもしれねえな。
その状態でリューは海を越えて俺らの国にも伝わってきた。俺らの国でも大昔から川に蛇に神聖なものを見いだして祀る土俗信仰があったから、リューはすんなり受け入れられ各地で信仰された…。
俺のいたサドは島だが、海の向こうの本土は山と川が多い。雨が多いと川はすぐに氾濫して山が崩れ村も畑も流される。そうなったら神の怒りだと人は思う。これはどこの国でも感じる感覚なんだろうな。
だからリューは人に恵みの雨を降らせると同時に、ひとたび怒れば暴風雨と雷で川を氾濫させ山を崩す、そんな人知の及ばない存在として信仰されていた。ま、それを逆手に取って日照りの時にわざと怒らせて雨を降らせるっつーやり方もあるらしいけどな」
そこでサードは近くに落ちている木の枝を拾って地面にガリガリと何かを書き込む。…よく分からない記号を。
「俺のいた国ではこう書いて『龍』または『辰』と呼んでる」
え、これ文字だったの。意味不明な記号にしか見えない…読めない…。
まじまじと記号にしか見えない文字を見ているうちにサードは話を続けた。
「そうやって身近な存在となったんだから色んな物語にも出てくる。ガウリスみてえに禁忌を犯して龍になった人間の話は本土にはいくらでもあるぜ。
それとは別に龍や蛇に見初められて人間から龍になった話もあるが、これは女に多いな。恐らく神の怒りを鎮めるために立場の低い女や神に仕える者として女が多く生け贄に差し出されてたのと関係してると思うが、どの話でも元の人間に戻ったなんて話は聞いたことはねえ」
サードはそこで区切って、食べかけのパンをかじった。
そこで、ふと私は思いだす。
そういえばサードはドラゴン姿のガウリスと戦う前、ドラゴンがお酒に見向きもしなかったら私にドラゴンの前に出ろって言っていたけど…。
「サードはドラゴン姿のガウリスと戦う時に、女だからって私を生け贄にするつもりだったの…?」
じっとりと睨みつけながら非難がましく言うとサードは軽く笑いだす。
「こっちの大体の話だと龍は綺麗な女は大体嫁にしたいとか言ってくるからな。酒が駄目なら女だろ」
酒が駄目なら女って、サードじゃないんだから。
…ん、でも待って?サードは今「綺麗な女は」と言ったわ。つまり私の見た目は綺麗だって遠まわしに褒められたのかしら。
…だとしたら満更でもない。
「だからあの時、あんなに酒樽が置いてあったのですか」
ガウリスが納得したように呟くとサードはガウリスを見た。
「俺のところに伝わる神話で、天界から追い出されたスサノオノミコトっていう男神が頭が八つあるヤマタノオロチっつー蛇の化け物を退治するとき、酒を置いて飲ませて酔い潰れたところを持ってた剣で首を一つずつ切り落とした話があってな。それを真似したんだ。先人の知恵だな」
ガウリスは少し顔を引きつらせてサードを見ている。あの時首を切り落とすつもりだったのだろうか、という考えが頭をよぎっているんだと思う。
「そのヤマタノオロチっていうのも蛇なんだな」
アレンがそういうとサードは頷いた。
「それも暴れ川の象徴だろ。そこに棲む神なんだか化け物を退治したってことは、スサノオみたいな何者かが川をどうにかして治水したとかそんな所じゃねえの。その神話のある場所に行ったことねえから実際はどうなのか分かんねえけどよ」
「…サードの住んでた世界って、本当はモンスターがいたんじゃないの?そのリューとか、ヤマタノオロチとか…」
話を聞いている限りモンスターに思えて仕方ないのだけれど。それに人からリューや蛇になったって話もたくさんあるって言うんだし、サードが言うほどこっちの世界と違いが無いように思える。
それでもサードは首を横に振った。
「今言ったのはあくまでも物語上で俺が知ってるのと、そこから俺が考えて想像した話だ。実際にあった話じゃねえ、先人たちが考えたただのおとぎ話だ」
サードはそう言うと話やめて食事に戻ったから皆もパンを食べ始める。
すると、ふと思いついたような顔つきになってサードはパンを飲み込んでガウリスに視線を移した。
「だがもしかしたらお前も自由に龍になったり人間になったりできるかもしれねえぞ、ガウリス」
「へ」
パンを噛んでいたガウリスから間の抜けた声が漏れる。
「できんの?」
アレンもパンを飲み込んでから身を乗り出してサードに聞く。サードはアレンに視線を向けた。
「物語の中で龍や蛇になった女は川、湖、淵、沼に棲むことになる。すると女の親が水辺のほとりで嘆いて戻って来い、せめて顔を見せてくれと頼む。
そうしたら女は大体が水の中から人間の姿で親の前に現れる。中には上半身が人間で下半身が蛇っつー姿で出てくる場合もあるがな。そう考えれば本当はもう龍や蛇の姿になってるのに、自分の意思で人間の姿になることができるってことだろ?」
「ちなみに、その女性たちはどのように変化しているのです?」
ガウリスがパンを食べる手を止めて真面目な顔でサードに聞くと、サードは急激に興味がそがれた表情になった。
「知らね」
サードの言葉にアレンがずっこける。
「実際に龍になった女と知り合いなわけじゃねえし、俺が知る訳ねえだろうが。あくまでも今話したのは物語の中でのできごとだ」
と、サードはパンを食べ続けた。
ロドディアスの城を攻略してる時、私には確実じゃないことを言うなとか言ってきたくせに…。自分だって確実じゃない想像のこと言ってるじゃないの…。
あの時の怒りを交えた目でサードを見ていると、サードは私の視線に気づいてイラッとした顔で睨んできた。
「俺の世界じゃ物語の中でしか起きねえようなことがこっちの世界では普通に起きるんだよ。だから一応知っとけって話だ。
知らねえとそんな情報が手に入ったって右から左に抜けるだけだろ。それにロッテもドラゴンは自分の意思で人間に化けることが出来るっつってたんだから龍でも同じことできるはずだからな」
…なんだかうまく丸め込まれた気がする。
「けどそうやって自分であの姿になったりできるんなら勝手に変化して服が破る危険性も減るよな。今のところ俺ら以外の人に見られてねぇけど、人がいっぱいいる中で素っ裸になってたら勇者一行の裸の人って覚えられるかもしんねぇし」
アレンがそう言うとガウリスは心底嫌そうな顔をする。
「それは遠慮願いたいですね…」
「大丈夫だって、ガウリスはムキムキで体も引き締まってるから、見られたって恥ずかしくないだろ?」
な、とアレンはニコニコ笑いながら肩を叩くけど、
「恥ずかしいですよ…」
何当たり前なことを、とガウリスは微妙な表情で返した。
素っ裸の女の人達が龍の住む水辺に飛び込んでキャーキャー遊んで龍を怒らせ、雨を降らせる方法があるそうな。今はやってないらしいけど。
あと中国での龍は指の数が人間と同じ五本指に近いほど位が高いと言われているそうですが、日本では「龍の指の数?え?そんなの気にするの?気になるの?こだわるの?え?」って感じで気にする人はほぼいない。とっぴんぱらりのぷう。




