シノベア国の国王と女王
豪雨もやんだ中、大きい蜂二匹をを中心に、蜂たちが大歓声を上げながらブンブンと羽音を鳴らしてあちこちをハイテンションで飛び回っている。
何もされないって分かってるけど、やっぱり周囲を蜂が群がって飛んでいるとちょっと怖いわ…。
繭に包まれていた国王と女王の二匹…いや二人?は繭から出て少しするともぞもぞと手足を動かし、羽を震わせてゆっくりと飛んだ。
二人が言うには熊に飲み込まれた後は自分たちの身を守るために繭を作って、胃袋の内側で眠っていたんだって。
そうして豪雨も少しずつやんできて私たちの元に集まって来た蜂たちは、助け出された国王と女王、そして倒された熊型のモンスターに大歓声を上げて、この喜びよう。
「此度の事、誠に感謝いたします」
他の蜂たちより一回り大きい蜂が私たちの元にやって来て声をかけてくる。蜂の姿だと男の人か女の人かは分からないけど、声から察するに女王ね。気品のある女性の声だわ。
「本当に、なんとお礼を申してよいか」
低い良い声でもう一匹の蜂が話しかけてくる。それでこっちが国王。蜂にしておくのはもったいないと思えるほどの渋い良い声だわ…。
「まさか人間がここまでして我々を助けてくれるとは」
良い声の国王が独り言のように続け、周りの蜂たちに向かって声をかけた。
「私たちがモンスターに飲み込まれた後、どうなったのだ?誰か説明してくれないか」
すると何匹かの蜂が進み出て、二人が飲み込まれた後の話をし始めた。
二人が飲み込まれたあと、希望を持たせる幸運の蜜を熊のモンスターが全て食べつくしたこと、を倒そうにも幸運が邪魔して倒せなかったこと、二人が居なくなって国が荒れてしまったこと、私たちが二人を飲み込んだ熊のモンスターを倒して助けてくれたこと。
それと、人に不幸や危害を与える者が現れたこと。
その話に二人は驚いて戸惑った様子だったけどひとまず最後まで話を聞いて、そのリーダー格がエーデルだということを最後に伝えられると、それまでにないくらい取り乱した。
「エーデルが…?」
女王蜂は驚いた声を出してフラッと空中で気を失ったようによろけて、隣を飛んでいた国王がダンディな髭を生やした人型になって女王蜂を支えた。やっぱり何かを支えるのは人型の方がいいのね。
「うそよ、エーデルが…エーデルがそんなことをするわけがありません、そうでしょう?」
女王は震える声で皆の顔を見渡して「そうです」と言われるのを期待するように聞いているけど、周りの蜂たちは何も言わないで神妙にしているのを見て女王はわなわなと震えている。
「エーデル、エーデルはいるのか」
国王が首を巡らせて声を張り上げるから、私は虫かごを持ち上げて、その中に入っているエーデルを二人に見せる。
「ああエーデル…!本当なの?どうして…どうしてそんなこと…」
女王の目から涙がポロポロとこぼれていく。なんだか様子がおかしいと思っていると、人型の姿のままのアネモが私たちに近づいて来た。
「エーデルはお二人の一人息子なんです」
え、そうだったの?つまりエーデルは王子だったってことじゃない。
…王家の子供をこうやって虫かごの中に入れているのを咎められないかしら。
国王は虫かごに近寄って、
「どうしてそんなことをしたんだ」
と眉間にしわを寄せて怒りを押し殺したような声でエーデルに話しかけている。
「…」
エーデルは黙って下を向き、何も言わない。
女王も虫かごに近寄る。
「エーデル、本当のことを言って?あなたがそんなことをするわけがないでしょう?だって私たちは人に幸運を与える存在なんですもの」
女王はまるでエーデルが「やってないよ」というのを求めているかのように言うけど、エーデルは口をギッと噛みしめて、
「やったよ!悪いかよ!」
と叫んだ。
「だって…幸運を与えたって、人間は気づかないじゃないか!不幸だったらすぐ気づいて反応するくせに、幸運を与えたって何にも反応しない奴らだっているじゃないか!
日常の小さい幸せなんて、人間にとっては取るに足らないってことだろ!なんでそんな意味のないことし続けなきゃいけないんだよ!毎日毎日幸せを届けても喜ばれもしねえのに、何でそんな意味のないこと毎日毎日…!」
エーデルはそう言いながら泣き出した。
確かにささやかな幸せは一回の不幸な出来事の前にかすんで忘れてしまうものかもしれないけど。エーデル的には真面目に幸運を運んでも皆が嬉しいと反応しないのが悲しかったのかしら…。
「エーデル…そんなことを思っていたの?」
女王が悲しそうな声を出して、続ける。
「そんなことないのよ、その小さい幸せで一日を頑張れる人だっているのよ。一度の不幸で十回分の幸運が吹き飛んだとしても、その次の小さい幸運でまた頑張ろうと人は思えるのよ。そこに意味がないなんて言わないで」
「そうだエーデル。我々は幸運を運ぶ。我々がいくら幸せを与えても自分が不幸だと嘆いていようが、我々が幸運を与えなければこの世の中は絶望だけになってしまうんだぞ。そうなると我々の存在意義もなくなって消えてしまう。…私の言ってることが分かるか?」
エーデルはめそめそしながら黙り込んで、キョトンとした顔で国王を見返している。女王の言葉は理解できたっぽいけど、国王の言葉は理解できていなさそう。
その様子を見て国王は少し残念そうな顔をしてからサード達に向き直った。
「うちの息子が非常に迷惑をかけたようで申し訳ない」
「全くだ、おかげで望まない殺人を犯すところだったぜ。実際に操られて仲間を殺した奴らもいるから、俺は運が良かったけどな」
サードは国王らに気を使うことなくズケズケ言うと、国王と女王はグッと身を固くして罪悪感に打ちのめされている顔つきになった。
「てめえらの仲間のアネモがそれを阻止しようとしたからてめえらを助けてやったんだ。ありがたく思え」
曲がりなりにも相手は国王と女王なのにサードは偉そうだわ。
「しかしあの幸運を背負った熊のモンスターをどうやって倒したんですか?」
アネモがふと私に聞いて来た。
「えっと…ガウリス…そっちの一番体格の良い金髪の男の人がドラゴンになって…熊を体で締め上げた所をサード…そっちの黒髪の男の人が倒したわ」
ガウリスとサードを指さしながら熊のモンスターを倒した経緯を簡単に伝えると、周りからザワッと羽音ともざわめきとも取れる音が響いた。
「ドラゴン!?」
「人じゃないのか?」
「確かに人にしては妙な…」
「しかしモンスターにしては妙だな…」
蜂たちはヒソヒソと話し合っている。
女王と国王はガウリスをジッと見つめたあと、ガウリスに近寄って行った。
「もしかしてあなた様は神と同等の存在のお方では?」
「いいえ」
ガウリスが首を横に振って一言で否定するけど、それはおかしいと二人は身を乗り出した。
「しかしただの人やモンスターであれば体内に幸運を与える我々がいて、希望を与える幸運の蜜を食べつくした者には偶然でも触れることすらできないはずです」
「できるとすれば我々より格上の存在だとしか思えません、あなたは神と同等のお方なのでしょう?」
ガウリスが違います、と首を横に振り続けている中、私はサードを見た。
そういえばずっと前にサードは言っていなかったかしら。
サードの住むところではあのドラゴンのことをリューとかタツとか呼んで、神と同等の扱いをされているって。
サードは私の視線を受けて私が言いたいことを何か察したみたい。
「まあ、そうなのかもな。あれは俺の住んでたところだと神ともヨウカイとも取れる生き物だし」
サードはそう言いながらガウリスの服を見て、深々とため息をついた。
「しっかしなぁ、装備整えた先からビリビリ破りやがって…。あの服、いくらしたと思ってんだ?あ?」
「それは…不可抗力です…」
「そうよ、しょうがないじゃない」
私もガウリスをかばうと、女王がパッと顔を上げた。
「それなら良い仕立屋を知っています」
すると国王も頷いて、
「我々と同じく神に近い精霊で、人には作れない素晴らしい服が作れる者です。その者に頼めばきっと満足できる服ができるはずです」
女王は気品ある女性の姿になると周りの者に一枚の葉っぱを持ってこさせ、そこにサラサラと指を走らせた。
「あなた方には本当にご迷惑をおかけして、その上で我々も助けていただきました。本来ならもっと別のお礼の品を与えたいところですが、どうやら国は荒れて幸運の蜜も全て無くなったとのことですので、他にお渡しできるものがこれより他にありません」
女王はサードに近寄ってその葉っぱを渡す。葉っぱには細かい記号…多分この蜂たちが使っている文字…が綴られている。
「それは我々からの紹介状です。それがあればその仕立屋もあなたがたの依頼を受けて下さるでしょう。その者はこの国の首都、ウィーリにおります。ぜひご活用ください」
国王の言葉にサードは、ふん、と頷くと自分の荷物入れの中にその葉っぱを入れた。
そして女王と国王はチラと私の持っている虫かご…エーデルに視線を移す。
「…出す?」
やっぱり二人の子供を虫かごに入れっぱなしは悪いかしらと思って二人に聞くけど、二人は頷きもしないで、ただ悲観にくれる表情でしばらくエーデルを見てから虫かごに寄った。
「エーデル」
女王がエーデルに話しかけると、エーデルは泣きはらしたバツの悪そうな顔を上げる。
「あなたにはシノベア国を出て行ってもらいます」
「えっ」
エーデルから驚きとショックの入り混じった声が出た。
「あなただけではありません、人に不幸を与え、危害を与えた全ての者もこの国から出て行ってもらいます。そしてあなたたちが操り仲間を手にかけてしまった人、怪我を負った人、亡くなった人の遺族…その子孫代々にあたる人々に、あなたたちの寿命が尽きるまで幸運を与え続けることを命じます」
「そんな…」
エーデルの顔が絶望の色に染まる。
「そんな、ではない。それでも取り返しのつかない事をお前たちはしでかしたんだ」
国王は強い口調でエーデルをいさめる。
「だって俺はシノベア国の…あんたたちの息子だぞ!?」
「私たちの息子なら何をしても許されると思っていたの?ならなお一層人々に幸運を与え続け、そして反省なさい」
悲しくも厳しい顔の女王がエーデルを見据えピシャリと返した。
「だって…」
「だってでも何でもない、命は重いんだ、どうやっても同じ者は二度と戻ってこない。お前たちが手をかけた者たちがどのように過ごしていくか、よく見ることだ」
「…」
エーデルは青い顔のまま力が抜けたように国王を見て、虫かごの中でただ唇を震わせて黙っていた。




