サードによる脅し行為
アネモはサードの助けてやってもいいという言葉にとても感謝して、ひとまず自分の家に招待する、自分の家はシノベア高原にありますと言ったけど、再びこの斜面を登ってシノベア高原までいくのが面倒だとサードは断った。
「そもそも家に招待されても誰もアネモさんの家に入れないのでは」
ガウリスがそう言うと、アネモはハッとした顔で照れていた。
アレンは、
「そもそも家ってどうなってんの?ハチの巣なの?」
と聞くと、アネモは首を横に振る。
「僕たちは地面の下に住んでいます。外に出る時は大体蜂の姿で飛び回りますが、このように人に近い姿で動くこともできます。
もし人に殺されそうになったらこの姿になりなさいと教えられているんです、人型だと人間の子供に捕まったとしても逃がしてもらえる可能性が高くなるので…」
何気に切実な言葉が混じっている。
思えば子供のころ、男の子たちってあの手この手で虫をいじっては殺していたっけ…私は虫が苦手だったから触らなかったけど、あの虫たちをアネモみたいな人の姿にしてみるとかなり残酷なことをしていたんだわ。
「とりあえず外に出してもいいわよね?」
いつまでもかごの中に入れているのもどうかと思ってサードに聞くと、サードが軽く頷くからかごのふたを開けた。
中からアネモが羽をブンブンいわせながら飛び出してくる。
「とりあえずその熊がどこにいるかだな」
「ここもその熊型のモンスターのテリトリー内です」
アレンの言葉にアネモがこともなげに言うから、アレンがえっ、と驚いた声を出す。
サードはアレンに顔を向けた。
「その熊はこの辺のボスになったってこいつも言ってただろ。つまりはこの辺の山全部仕切ってると思って良いだろ。今まで通り物音と後ろには気をつけろよ。特にガウリス、後ろに気をつけろ、首をはね飛ばされるなよ」
「はい」
ガウリスが頷いて、槍を持ち直す。
サードはそのまま少し考えこんでからアネモに目を向けた。
「お前、他に役に立つ仲間いるか」
「はい、女王と国王を助けたい仲間でしたらシノベア国に戻れば」
アネモの言葉にしめたとサードはアネモに指さして指図する。
「そいつら全員に熊を探すように言え。無駄に歩き回らなくて済む」
アネモは頷き、
「なら僕は一旦国に戻って仲間に呼びかけてきます!」
と一っ飛びで木々をすり抜けあっという間に消えてしまった。
アネモを見送ってから私は、サードを見た。
「タダ働きでこんなにやる気があるサードなんて珍しいわね」
嫌味でもなく素直な気持ちで言うと、サードは私を軽く見てくる。
「俺は自分の欲望には素直なんだ。やりたきゃやるし、やりたくねえならやらねえ」
それがサードだと知っているけど…。でも自分を助けようとしたからって理由でここまでやる気を出すなんて…本当に珍しいわ。
「熊型のモンスターってどんなのだっけな…弱点とか…」
アレンはウーン、と悩むように腕を組んでいる。そういえばモンスター辞典は無いんだっけ。
そりゃあ大体は辞典で弱点を調べる前にあっさり倒せるけど、こういう時に無いと不便なのよねぇ。
「今度モンスターポケット図鑑でも買おうかしら」
「金の無駄だ」
私の呟きにサードが一言で終わらせるから、そうよねと私も納得した。
分厚いモンスター辞典(定価銅貨一枚)を出版している会社とは別の出版会社で、モンスターポケット図鑑という銅貨にも満たないコイン十枚程度で買える小さくて持ち運びに便利な本が販売されている。
でも安く仕上げるためか全体的に安くさい作りなのよね。
湿気が多いと紙がすぐゴワゴワになる、水に濡れるとインクがにじむ、濡れたあと乾くとページがくっつく、日に当たりすぎると文字が黄色く変色して読めなくなる、記載されているモンスターが少ない。
でも安いからお金のない冒険者たちが買い求めてロングセラーにはなっているらしいけど、できるなら買いたくはない本のナンバーワンだと私は聞いている。
「見かけは熊らしいですから、弱点も熊と同じなのではないですか?体の頑丈さと力の強さは普通の熊の倍と思った方が良いと思いますが」
アレンの熊型モンスターの弱点は…という言葉にガウリスがそう答えると、サードも頷く。
「多分な。ハルピュイアの歌声で操れるっていうなら魔法の耐性もねえだろうし、そう考えるのが自然だな」
サードとガウリスは戦闘の話になるととてもよく話がかみ合うわ。
「だとしたら直接攻撃で倒せるってことよね」
「けど幸運を一身に背負ってるようなやつなんだろ?なんかそこが不気味だよな」
私の言葉にアレンはそう言う。
サードは口を開きかけたけど、急激に聖剣を抜くと振り回した。
まさかまた操られた!?
私が杖をサードに向けて構えると、私の目の前を上から下に向かってポトリと何かが落ちていく。
え?何?と落ちていったものを見ると、ピクピクと足が動いている蜂が地面に落ちていた。
「エリー、さっきの虫かごにそいつ入れて俺から離しておけ」
操られている表情じゃないサードが聖剣をチン、と鞘に納めて、私はとりあえずその蜂をつまむと虫かごの中に入れておいた。
昔は虫なんて触れなかったけど、今じゃこの通りだわ。まあそれでもあんまり触りたくないけど。
でも虫かごのなかでピクピクと手足を動かしている蜂を見て何となく思った。
「もしかしてこの子ってアネモじゃ…」
「アネモにしては戻ってくるの早すぎだろ」
だとするとこの蜂は…。
「もしかしてまたサードを操ろうとしてた蜂だとか?」
「知らねえ。だが後ろから蜂の飛ぶ音がしたからやられる前にやった」
仮にこれがアネモだったらどうするつもりだったの、この男。だいぶ心を開いていたのにまた脅えられるわよ。
でも蜂はどこも斬られてない。剣が素早く近くを通過したから気絶した…っていう感じなのかしら。
すると、蜂はフッと意識を取り戻したような動きをして、虫かごの中に入れられているのに気づいてウロウロしたり羽音を鳴らしながら虫かごの中を飛び回っている。
「こいつ喋るか?それとも普通の蜂か?」
サードがそう言いながら細い枝を虫かご網目を縫ってズシャッと突き刺した。
「ッピャアア!何すんだ!死ね!てめえら全員死ね!」
蜂からは甲高い怒鳴り声が飛び出した。でもこの死ねの連呼は…。
「さっきサードを操ってた蜂じゃないの?」
私の言葉にサードの表情が変わって、鋭い視線がかごの中の蜂に向けられる。
「っへえぇー、そいつが俺を操りやがった蜂かあ」
「だとしたら何だよ!死ね!死ね!」
サードは悪人面でうっすらと笑っている。
「自分がどんな状況にあるか理解してねえみてえだなあ?」
「うるせえ!死ね!てめえなんて魔法も使えないし魔法の耐性もねえくせに!近寄ったらさっきみたいに操れるんだぞ!」
やっぱりこの蜂がサードを操っていたんだわ。
かごの中ではサードを操った蜂がせわしなく飛び回っては死ね死ねと喚き続けている。
「あまり人に死ねと言ってはいけませんよ」
見かねたようにガウリスが身を屈めて虫かごに目線を合わせていさめるけど、蜂はキリキリとかごの中を飛び回って、
「うるせえー!死ね!死ね!ばーか!」
と言い続ける。
「…反抗期ですね」
ガウリスがかごを手に持っている私にわずかに目を向けて言う。
反抗期…と言われれば確かに反抗期の子供っぽいわね、言い方とか生意気盛りで悪い言葉を言い続ける所とか。
「もしかしてサードを操ったみたいにして人に怪我を負わせたりしてんのもお前がやってんの?」
アレンがかごの中の蜂に聞くと、かごの中の蜂は動きを止めてわずかにふんぞり返った。
「そうだよ!ぜーんぶ俺が上に立ってやってんだ!楽しいもんだぜ!」
…楽しい?死人も出ているのに何を言っているの、この子!?
あ然としてから、かごの中を覗き込む。
「けどあなただって幸運を運ぶミツバチなんでしょう?なのにどうして…」
するとかごの中の蜂は私に向き直って驚いた声で、
「なんでそのこと知ってんだ!?誰から聞いた!?馬鹿か!誰が言ったんだ!馬鹿か!殺してやる、国の秘密を知ったお前たちも全員ぶっ殺してやる!」
蜂はかごの中をまたキリキリと飛び回り始めた。
「おいエリー、そのかご、もっと体から離して持ってみろ」
サードの声が聞こえて、何のことか分からないけど、スッとかごを体から離して水平に持った。
するとバシッという軽い音と共に衝撃が走ってかごが揺れる。見ると細い木の枝が虫かごに突き刺さっている。
驚いてサードを見ると、こんな短時間でいつの間にどう作ったのか、少し厚手の木の皮と木に巻き付いた蔓で簡易の弓を作っていて、細い木の枝を矢のかわりにして私に向けている。
「ちょっと!やめて!危ないじゃないの!」
驚きすぎて思わずかごから手を放すと、サードはその落下中のかごに細い枝を飛ばした。
バシッという音がして枝はかごに命中して、射られたかごは反動で飛んで転がって行く。
「ピャアアアアア!」
かごの中から絶叫が響いた。
まさか射殺した!?
慌ててかごを拾い上げると、中で人間の姿になった蜂が歯の根が合わずガタガタ鳴らしながら目を見開いている。しかも服が射抜かれていて後ろの網目に貫通している。
…こんな絶妙な所に…狙ってやったの?それとも偶然?
サードを見ると、サードはケタケタと肩で笑いながら、木の枝を適当に拾ってゆっくりと蔓につがえた。
「次はどこを狙おうかなあ?手にしようか、足にするか、それとも股の中心でも狙ってみるか?あ?」
ギチギチと音を立ててサードが蔓を引いて狙いを定めている。
偶然じゃない、狙ってる。あんなろくに飛びもしない即席の弓矢で確実に虫かごの中の小さい標的を狙っている。
「ピャアアアアアアアアアアア!出せ!ここから出せぇえええ!」
かごの中の蜂は大騒ぎをして目茶苦茶に暴れまわっているけど、服が後ろの柵に貫通しているからその場から動けない。
「サード!いい加減にして!」
あんまりだわと思ってかごを守るように抱え込むと、サードはどけ、と顎を動かして合図を送ってくる。
でもこんな脅しを黙って見逃すわけにはいかないわ、それが人を傷つけて殺していた犯人だとしても。
かごを抱えたままサードを睨みつけていると、サードは舌打ちした。
「簡単に死ねだの殺すだの言って人も殺してきたやつなんだぜ?自分が死ねばいいだろ。それにそいつ野放しにしたらまた被害者が増える」
「だからってこんなやり方ないでしょ!」
「そいつのせいで俺の手にかかっててめえらが死んでたかもしれねえんだぜ、分かってんのか」
「分かってる!分かってるけど皆無事だったじゃない!」
サードはハッと笑った。
「アネモの幸運のおかげでな」
それもあるけどサードを操ったこの蜂の知能が非常に低かったのも幸いしたけどね。
知能もサードのままだったらサードの言うとおり全滅していたかも…。
そう思うと今更ながらに背筋がゾッとしてきたけど、気を取り直してサードに弓矢を下げてとジェスチャーする。
「とりあえずもう決着はついたんだからいいでしょ!いい加減その弓矢を降ろしてよ!」
サードはしばらく蜂を睨みつけていたけど、つまらなそうに弓矢を下におろした。
「てめえ、さっき俺らのことぶっ殺すって言ってたけどな、俺はそんじょそこらのガキよりも残酷な方法でてめえを殺せるんだ、覚えておけ」
「はぁあ、はぁあああああ…」
かごの中の蜂はガクガクと激しく揺れながら涙を流して、口から泡を吹いて気絶した。
「サードさん…カドイアでも思っていたのですが、あまりそうやって人を脅すのは…」
ガウリスが哀し気な表情でサードを軽くいさめると、サードはガウリスを睨みあげた。
「殺すって脅してくる奴を脅し返して何が悪い?」
そう言ってサードは即席の弓矢をその辺に捨てた。




