襲って来た勇者の後ろには
「きゃああああ!」
聖剣を向けて突っ込んでくるサードに絶叫しながら思わず土を隆起させてサードと私との間に壁を作った。でもその次の瞬間には土の壁は真っ二つになってサードが聖剣を上に振りあげ斬りかかってきている。
するとガウリスが目の前に飛び出して、丸い盾でサードの聖剣をいなす。でも盾の一部が聖剣に切り取られて破片が道の脇の方に吹っ飛んで行った。
「サードさん、どうしたんですか!」
ガウリスが大声で呼びかけるけど、サードはニタニタと笑いながら聖剣を持ち変えて柄を上に、剣先を下に向けた。
目を見開く。
サードがその持ち方をしたその次の瞬間には、いつもモンスターの首を一発でかき切っている。
サードはブラックなことを言ったり人の腕をねじり上げたりするけど、ふざけてこんなことするわけがない。
ううんそれより…!
「ガウリス!しゃがんで!」
私の言葉にガウリスが槍を支えに後ろに倒れこむようにしゃがむと、ガウリスの首があった所に聖剣がヒュッと音を立てて通過していって、ガウリスに避けられたサードは勢い余って態勢を崩した。
でもそのまま空中で体をねじって一回転しながら聖剣を上に振りあげて後ろに倒れこんでいるガウリスに聖剣を突き立てようとする。
「やめろ!サード!」
アレンが横からサードにタックルしすると、サードは吹き飛ばされながらもアレンの頭とあごに手を回して、抱え込むように掴む。
あれも何度も見たことがある。首をゴリッと上下に回転させてモンスターを倒すのを。
「やめて!」
私は魔法を発動してとにかくサードの動きを止めようと目茶苦茶にその辺に生えている草をヒュンヒュンと大きくさせながら伸ばして、サードの腕をグルグルと縛り付け両手を上げる格好にさせながら空中に引き上げてアレンから引き離した。
でも大きく伸ばした雑草程度じゃたいして抑えられなかったみたいで、サードはブチブチと腕の力で千切ってから私に目を向けた。
「邪魔すんな、死ね」
サードはユラユラと動きながら私に向かって聖剣を構え直す。
「サードどうしたのよ!何があったの!」
「うっせー、死ねよてめえら、死ね、死ね、死ね!」
サードはニタニタ笑いながら死ねと連呼してくる。
いつものサードじゃない。
いきなり聖剣を抜いて襲い掛かってきたのもそうだし、いつものサードはこんなに死ねと連呼しない…。
ん?
思えばそうだわ、サードにしてはいつもより語彙力が少ない気がする。だってさっきから死ねしか言ってないし…。もしかして今、サードは何かに操られてる状態?
「二人とも、ここに来るまでに何か変な音とか聞こえた!?」
私がアレンとガウリスに大声で慌てたように聞くと二人は首を横に振った。
「いいえ!」
「何にも聞こえてない!」
だとしたらサードの耳だけに何かが聞こえていたの?そりゃサードの耳はとてもいいけど走っている中一人だけに聞こえたなんてこと…。
そう考えているうちにサードが動き出して、近くに居たアレンに斬りかかった。でもアレンは叫びながらすんでのところで避けて、サードの聖剣を持っている手首を必死の表情でがっちりと掴む。
単純な力比べならサードよりアレンの方が強い。
でもサードは体をねじって、足を大きく上げて後ろ足でアレンの後頭部を蹴り飛ばした。
「ぐあっ」
アレンはその場に倒れる。
私は魔法を発動させて、後ろの木の枝をグングンと動かしてドラゴン姿のガウリスを拘束した時みたいにサードを拘束した。
草は腕の力で千切れたけど、木の枝なら大丈夫なはず。
でもサードはジャグリングするみたいに聖剣を空中に放り投げグルグルと回転させると木の枝はスルッと切れて、あとは自由になった片手で他の全ての枝をあっという間に切り落とした。
「あっはははは!すっげー、こんなに動ける人間は初めてだ!死ね!死ね!あっははははは!」
サードから狂気に近い笑い声が飛び出す。ううん、もしかして喋っているのはサードを操っている誰かなの?だって喋り方がサードっぽくないもの。
「あなたは誰なの!」
怒鳴るように聞くと、ニタニタ笑いのサードは私に目を向けて首を傾ける。
「うっせー、ばか、死ね」
本当にさっきから死ねしか言っていない。何となく知能の低さを感じる。
もしかして体の動かし方はサードそのままだけど、サードの頭の回転の早さは備わってないんじゃ…。
それならまだ勝てる見込みがあるわ。知能が激しく低下しているのなら。
「じゃあ、あなたはサードじゃないのね?」
「うっせーな、なんだよ、死ね!」
「じゃあサードを操っているのはあなたじゃなくて別の人じゃなくない?」
わざと混乱する言葉で質問してみた。
「そうだ!……あ、違う、俺……。…ん?」
サードは斬りかかろうとしていたけど、私の混乱するような質問に思わず考えこんでフリーズした。
その隙を見たガウリスがサードの後ろに回り込んでいって、首元をガッと叩く。
「ぐっ」
サードの目がグリンと白目を向いてその場に倒れこんだ。
ガウリスは倒れているアレンの肩を叩くと、アレンはハッと目覚めて後頭部を押さえながら周りを見た。
「え?どうした?」
「とりあえずサードはガウリスが気絶させたわ。アレン大丈夫?」
私はアレンを気づかいながらも気絶しているサードの手から聖剣をもぎ取って、サードの紺のストールを外すとサードの手を体の後ろに回して手首を縛ろうとした。
また暴れられたらたまったものじゃないもの。
と、サードのストールから何かが飛び出していく。一瞬それを横目で見てからきつくサードの手首を締め上げて…。
いや、待って!?
魔法を発動させてその辺に生えている双葉の葉っぱを大きくすると、サードのストールから今飛び出ていったものをパンッと捕えた。
「なんだ!?」
いきなり音がしたからアレンもガウリスも驚いて巨大化した双葉の葉っぱを見る。
「あの中にサードをおかしくした何かがいるかもしれないの!」
そう言いながら近寄ろうとすると、アレンが私の手を掴んで止めてきた。
「待て!エリーが暴れたらもう誰にも止められねぇ!」
そう言われて立ち止まった。
きっと私が今のサードみたいに暴れ出したらこの辺が天変地異に見舞われる。ガウリスだってそうだわ。人間の姿でも十分に強いのに、もしあのドラゴンの姿になってしまったら…。
「俺だったら皆で押さえられるだろうから俺が開けるよ」
アレンはその大きい双葉に近づいて行く。葉っぱの中では何かが蠢いていて逃げようと必死になっているけど、私が魔法でしっかり抑え込んでいるから逃げられない。
アレンは双葉の葉っぱを千切って、ペラリとめくって二つの葉っぱに挟まれ蠢いているのを見た。
そして中を見て肩の力が抜けた顔になって私たちに視線を向ける。
「蜂だ」
* * *
「蜂ぃ?」
後ろ手で縛られたままのサードが地面にどっかりとあぐらをかいてこちらを見ている。手を縛られて拘束されているのに態度が大きいわ。
アレンが蜂だ、と言って少しするとサードは目を覚ましてむっくりと起き上がった。その顔は狂気をはらんだ表情じゃなくて、いつも通りの不機嫌そうで態度のでかい傲慢な顔つきだった。
「そう、蜂。これ」
アレンが狂暴な生き物に餌をやるような慎重さでそーっとサードの見える位置に葉っぱで挟んだ蜂を持って行く。
「普通の蜂か?」
サードの問いかけにアレンはその蜂をうーん、と見る。
「普通の蜂っぽいんだよなぁ。できればあんまり掴みたくないしそろそろ離したいんだけど」
「ダメです、掴んでいてください」
ガウリスがアレンを押しとどめて、サードは座った姿勢で葉っぱに挟まれている蜂をしげしげと見ている。
「殺すか」
すると蜂はビッと動いて、身を固めた…ように見えた。
その反応を見たサードは、ふっと何かを思いついたような…そんな顔になってゴソゴソと上半身を動かす。すると後ろ手に縛られていたはずのサード両手が自由になっていて、そのまま立ち上がった。
私はビクッと体を動かす。
手首をしっかり縛ったのにどうやって抜け出したのこの男。また暴れるつもりじゃないでしょうね。
私が警戒しているとサードは私に向かって手を動かす。
「てめえの縛り方ゆるいんだよ。いいからそれ返せ」
サードは私が持っている聖剣を寄こせと言っている。
でも表情も言葉つきもいつも通りのサードだし、さっきみたいに死ねとも言わないから大丈夫かしら…。
警戒しながら恐る恐る聖剣をサードに返すと、サードは聖剣を持って蜂に向けた。
「聖剣で蜂の目玉が片方ずつ綺麗に潰せるか試してみるか。その後は足を一本一本根元から剣で切り取って蜂の腹の部分がどうなってるか解体してみようぜ。アレン、しっかり持ってろ」
「ピャアアアアアアア!」
蜂から大音量が飛び出して、アレンは驚いて尻もちをついて手を離してしまった。すると蜂が勢いよく空中に飛び出して逃げて行こうとする。
「エリー!」
サードの言葉に私はまた双葉の葉っぱを大きくしてパァンッと蜂を捉えた。
そのまますぐにさっきサードが剣で切った一つの枝の形をメキメキと変形させると細かい網目状の虫かごにして、パクンと食べるようにその中に捕えた。
一応刺されないように上に取っ手のような輪っかも魔法で変形させて作る。私の魔法にかかればこんなことは容易い。ちょっと見た目は不格好だけどとりあえずだから見た目はこの際どうでもいいわ。
「助けて!助けて!助けて!」
虫かごに捕まえた蜂からはそんな命乞いの言葉が連続で聞こえてきて、次第に昆虫の姿から人のような見かけに変わっていく。
見ると蜂のような色合いの服を着た男の子の見た目。大きさは蜂のままだけど、手足は人間みたいで六本ある…そんな男の子が木製のかごの中でピーピー泣き喚いている。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!助けて!助けて!助けて!」
「うるせえ!」
サードの一喝に男の子がピャッと飛び上がって、かごに頭を強打してうずくまった。
「ねえ、あなたは何者なの?」
目線の高さにかごを持って話しかけると、男の子は脅えてかごの隅に逃げ寄ってピーピー泣いている。
「さっきは死ね死ねってそれしか言ってなかったのにな」
アレンがそう言うと男の子は。
「それは別の者です、僕は逃げ遅れて…」
と泣きわめいている。
ということは、私がサードを縛る前にサードをおかしくした張本人はとっくに逃げていて、今捕まったこの子は逃げ遅れて私に見つかったのね。
「私たちだって何もしないなら暴力はふるわないわ」
「ウソだ!」
男の子は強い口調で私の言葉を遮る。
「さっきあんなに目を潰すとか手を切るとかお腹を切るとか言ってたじゃないですか!きっとやるんでしょう!?そうなんでしょう!?」
男の子はピーピー泣きながらうずくまって頭を抱えて震えている。さっきのサードの言動がよほど怖かったのね。
「本当よ、何もしないから」
「ウソだウソだウソだうそだぁあああ!僕はここで死ぬんだぁあああ!目を潰されて両手両足を一本ずつ千切られて生きたままお腹を切り裂かれて死んでいくんだぁああああ!あああ嫌だぁああああ!お母ぁさあああああん!」
「うるせええ!」
サードの渾身の一喝に男の子は後ろに転げて恐怖でブルブル震えながら黙り込んだ。
サードは虫かごをガッと奪い取ると、ぐらぐらと揺らす。
「言わねえと本当に目玉潰して手足一本ずつ千切って最後の最後に生きたまま酒に浸して飲んじまうぞコラ、てめえ何者だ、言ってみろ」
どんな脅し文句よ。
でも男の子は恐怖で気絶しそうな勢いで顔が青ざめていて歯がガチガチと鳴っている。
「ぼ、ぼ、僕は…アネモと申します…。シノベア国の働き蜂、アネモです…」
「シノベア国?」
そんな国どこにあったかしら、と皆に視線を向けると、アレンとサードが顔を合わせた。
「さっき、分かれ道にあったよな、右に行けばシノベア高原って」
「そこの…まあ虫の国家か。で?よくも俺を操ったな、てめえ」
「そそそそそれは、僕じゃなくて他の…。きっと魔法の耐性がないのがあなただけだったから…」
あわあわとかごの隅に逃げながらアネモは言う。
ということは今までここで仲間を突き落としたり攻撃をしていた人は操られていて、それも魔法の耐性がゼロに近い人だったっていうこと?
「なんでこんなことをしているの?」
エリーが責めるような口調でアネモに聞くと、アネモはまだ脅えながら私を…ううん、どっちかというとサードに脅えてサードを見ている。
「僕はやっていません!人に危害を与えるあんな奴らなんかに加担していません!…けどこれ以上は言えません、国のことは人間に話してはいけない決まりになっていますから…!」
「じゃあここで死ぬか?聖剣じゃなくても枝で突き刺せば死ぬだろ?…まー、聖剣で一思いに殺されるより苦しいだろうけどな…」
サードはそう言いながらその辺にしゃがんで細かい網目に入りそうな細い枝を探しにかかる。
「ピャアアアアア!」
アネモは狂ったようにかごの中を飛び回った。
「サード、やめろよ可哀想だろ」
アレンがサードの腕を掴んで止めると、サードはアレンの手を振り払いながら立ち上がって虫かごに目を移す。
「取引だ。お前が何もかも話すというなら俺はお前に二度と危害も与えないし脅しもしないし殺しもしない。ついでにお前から聞いた話は口外しないし、こいつらにもさせないと約束させる。これでどうだ?俺は言ったことは守る男だぜ?」
サードが虫かごの中のアネモに言うと、アネモはブルブルと震えながら何度も頷いた。




