ヒュッテ到着
「はぐれ魔族?」
「はぐれ…魔族?」
「はぐれ魔族ぅ?」
上からアレン、ガウリス、サード。
今私たちはガワファイ国に入国して首都のウィーリに向かっている。その道中で私は数日前にロッテとラグナスから聞いた話を三人に聞かせていた。
その時の会話はこの通り。
もしかしたら知識の豊富なロッテと魔王の側近のラグナスならガワファイ国ウィーリの首都を周回する魔族のことを知っているかもしれないと思って話題に上げた。
「そういえば私たちは今、ガワファイ国にいる魔族を討伐しに行こうとしてるの。どんな魔族か知ってる?町の中を数ヶ月前からずっと周回してるみたいで…」
その言葉を聞いたラグナスは、え、と怪訝な声を出す。
「魔族が町の中を周回してる?何それ」
「ウィーリっていう首都の辺りによく出るみたいなの。でもどこに居るか分からなくて、夜になったら出没して、行方不明の人も出てるみたいなの」
「は?おかしいんじゃない?」
ラグナスの言葉にロッテは不思議そうにラグナスを見る。
「そんなにおかしい?」
「だって魔王様の配下でダンジョンを持ってる魔族ならまず人間の町中を動き回らないもん。…私は人間界に興味があるから村の中によく行ってるけど」
私の何か言いたげな視線に気づいたラグナスがそう取って付けて、続ける。
「それに人間界のモンスターを調査をする魔族だって一つの町に長く留まったりしない。町中にはモンスターが居ることなんて少ないから基本的に通り過ぎるだけなんだよ。そんなダンジョンも持たないで一つの町にずっといる?おかしいなぁ、そんな役職なんてないはずなのに」
しきりに不思議がっているラグナスにロッテが、
「あたしみたいに勝手に魔界から飛び出してきた魔族じゃないの?」
と声をかけるけど、ラグナスは首を横に振った。
「それはロッテしか知らない魔界の知識があるから魔王様も見て見ぬふりしてるだけで、普通の魔族が魔王様の承諾なしに人間界に来たら殺されるよ」
「元々人間界にいた魔族だとか?」
元々人間界には神と人間と魔族が一緒に住んでたらしいって神様も言っていたし、と私が言うと、ラグナスはうーん、と悩みながらロッテをチラと見る。
「あり得るかなぁ?」
「あり得ないとは完璧に言えないけど…。もしかしたら前の魔王様の時代に人間界に逃げた魔族って可能性もあるかもよ」
思わずロッテを見る。
「えっ、魔族が?人間界に?」
「そうなの?」
ラグナスもその話は初耳みたいで、私と同じように驚いた顔でロッテを見た。
「前の魔王様は人間だけじゃなくて魔族からも恐れられてたし、魔界が暮らしにくいから混乱に乗じて人間界にエスケープする魔族もかなりいるって聞いたことあるよ。まあ人間界に行こうとしてるのがバレたら殺されてたらしいけど。
でもろくに力を持ってない魔族でも人間界に来れば怖い存在として君臨できただろうし、あの当時は魔界がかなり荒れてたから人間界の方がよっぽど暮らしやすかっただろうしね」
「それならその時に人間界に来た魔族って…」
ラグナスがふと真剣な表情と声色になって私たちを見据える。
「はぐれ魔族だね」
* * *
「っていうことらしいの」
ウフフと含み笑いしながら締めくくる。
ラグナスの真面目な表情ではぐれ魔族と言われたらロッテも私もツボにはまってしまってしばらく大笑いしたから笑い話として話したつもりだったのだけれど、目の前の男三人は笑いもしないで私に詰め寄ってきた。
「なにそれ、そのはぐれ魔族って!?」
「本来の魔族とは何か違うのですか?」
「じゃあ他にダンジョン持たねえ魔族もウヨウヨいるってことか?」
それぞれがそれぞれ思ったことを一気に質問してくる。
ただの笑い話として言っただけなのだけれど、こうやって詰め寄られると人間界にとっては深刻なことなのかしらと思い直して表情を改めた。
「とりあえず、はぐれ魔族っていうのは…ロッテの造語で」
はくれ魔族はラグナスが言ったものだけど、サードはラグナスのことを人間の生態調査員と覚えているし、何で人間の生態調査員がロッテと一緒にやって来たと突っ込まれたら面倒だと思って、三人にはロッテだけが遊びに来たと伝えてある。
私は続ける。
「だからもしかしたら前の魔王が生きていた時代に魔界から人間界に逃げて来た魔族なのかもしれないわ。それがガワファイ国ウィーリに現れる魔族なのかも。…ロッテは本当にそうなのかは分からないけど、とも言っていたけど」
するとサードはフッと表情が遠くなった。
「結局、そいつがどんな魔族なのかはロッテでも知らねえってことか」
「いくらロッテだって魔族全員知ってるわけないわよ」
そう言うと、サードは少し目を細めて鼻を鳴らしてそっぽ向いた。
…あれ、もしかして私、今サードが言い返せない言葉を言った?あの頭も口も回るサードを黙らせた?…初勝利だわ。
少なからず感慨深い気持ちになっているとアレンは地図を見ながら呟く。
「でもウィーリまではまだかかるけどな…」
ガワファイ国には入国したけど、首都はまだまだ遠い。
ここは山岳地帯で相変わらずのガレ場。しかも昨日より足場が悪いし急斜面が続いていて、私どころかアレンも疲れを見せ始めて汗を拭っている。
そんな私たちとは対照的にサードとガウリスは平坦な道と同じペースで山道を黙々と登っていく。
そんな二人を見たアレンは、
「あの二人、化け物か」
と途中呟いていて、その言葉がジワジワと効いてきて笑いが込み上げてどうしようもなかった。
でもそうやって笑うと余計に息が乱れて苦しくなって、度々休みを入れてもらっている。
むしろ休まないと倒れる、これは絶対に倒れる。
「少し休みませんか?」
ガウリスが今日何十回目の言葉をサードにかけると、サードは無言で脇に寄って座った。
「今日は山小屋で泊まりだな」
サードはそう言いながら荷物入れから食べ物を出して頬張ろうとしたけど、登山者の格好の人がやって来るのを見て表向きの表情になって手で千切って口に入れ始めた。
「だな。もう少し行ったらヒュッテがあるからそこに泊まろう」
アレンも息を切らしながら汗をぬぐいつつそう言う。私もそろそろ体力が限界だし息が苦しいから強く頷く。
まだまだ日は高いけど、この傾斜のきついアップダウンの激しい足場の悪い山を無理して先に進んでも、次のヒュッテにたどり着けず野宿になる可能性が高い。
ここはかなり高い山だから夜になると格段に冷えるだろうしこんな慣れない山で野宿したら命も危ないからっていう判断みたい。さっきサードがそう言っていた。
「エリー大丈夫?ずっと歩き通しだったけど。俺だって疲れたのに頑張ったよな」
アレンが私に声をかけてくる。
「まあ…」
正直ロッテとラグナスから聞いた話をしたのだって、少し話をしたらサードとガウリスのペースがゆっくりになるかもって思ったから。
けど話しながら登った方が息が切れることに今気づいた。辛いわ、馬鹿なことした、後で話せば良かった。
私は急斜面を見下ろしながら、よくこの斜面を登って来たものだわと自分で自分を褒める。
アレンが他の登山者から聞いた話だと今いるこの場所がここらで一番の高い山で一番の難関なんだそう。
高い山だから空気も薄くて、とにかく息したくて呼吸が速くなる。
でも前の町で、
「あの山を越える時は他の山と同じように一気に登ろうとしないで休みもたくさん取ってください。じゃないと空気が薄いので倒れて死にますよ。あと息はゆっくり吸うようにしてください、息が早くなると倒れて死にますよ」
と散々死ぬ死ぬと注意されていたから深くゆっくりと深呼吸をする。
私たちが泊まろうとしているヒュッテはこの山の頂点に登りきって、それから下ってしばらく行ったところにあるとアレンが告げてくる。
ああ、まだ歩くの…。
ガックリとうなだれるとガウリスが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
私は頭を上げて軽く横に振る。
「大丈夫、体力が無いだけだから…。私ももう少し体力つけないといけないんだわ…」
「けど俺だってこの山かなりきついぜ?」
私の言葉にアレンはそう口を挟む。
目の前を通り過ぎる人が挨拶をしてきたから私たちも挨拶を返した。
「こんな高山でモンスターが襲ってこないのが不幸中の幸いですね」
サードは他の人が目の前を通過中だから表向きの顔のままそう言う。
でも確かにそうだわ。こんな空気の薄くて足場の悪い斜面でモンスターに襲われたら息ができなくて戦ってる最中に倒れるか、斜面を滑り落ちて頭を打って倒れてしまいそうだもの。
そうして食べ物と飲み物を飲んで息を整えてから、また出発した。
途中天気が変わって次第に雲が湧いてパラパラと雨に打たれたけど、本降りになる前にヒュッテにたどり着けた。
「どうもー」
木の扉を開けてアレンが声をかける。
中には雨をしのぐための先客と思われる人々が所せましといて、こっちを一斉に見てハッと表情を変えた。
「いらっしゃ…」
入口の奥から主人らしき人がやって来て、少しジロジロと他の皆と同じように見てきた後、ハッと表情を変えた。
「も、もしかして勇者御一行…?」
「一般的にはそう呼ばれています」
サードがあっさりというと、その場にどよめきと歓声が上がって、すぐに囲まれる。
「マジかよ、こんな山の上に勇者くるのかよ!」
「うわー、生で勇者御一行を見れる時がくるなんて…」
サードは少し手を前に出して、囲む人たちをかき分けてヒュッテの主人に話しかけた。
「ずいぶんと人が多いようですが、泊まる場所はありますか?」
「もちろん!…と言いたいところですが、男女関係なく他の方との相部屋になりますけどよろしいですか?すみません、今は観光シーズンで一般のお客さんも多くいらっしゃるんです」
主人が恐る恐ると申し訳なさそうに言うと、サードはニッコリ笑って、
「構いませんよ。雨風がしのげれば文句はありません。ですよね、エリー?」
と私を見る。
そりゃこんな雨が降ってきている山で野宿するよりなら色んな人と相部屋でも雨風がしのげるなら文句なんてない。
「ええ、大丈夫」
それだけいうと主人はホッとしたみたいで、
「濡れた服はそちらの部屋で乾かしてください、あとお金はかかりますが簡単な軽食をご用意できます。水はいくらでもあるのでご自由にお飲みください。寝る場所はこちらの二階の方で…」
と説明しながら木の階段をミシミシと鳴らして登っていって、寝る場所に案内される。
一階は食堂兼談話室って感じだけど、二階は丸ごと寝る部屋だった。たくさんの人が自分の寝床と決めた所にそれぞれのグループで固まっていて、新たにやって来た私たちに視線を向けてくる。
パッと見た感じだと冒険者よりも登山の人の方が多いみたい。
それにしても人が多いわ、本当に下にいる人たちも全員ここに収まるのかしら…。
「あら、もしかして勇者御一行じゃないの?」
「あらあらほんと!こんなに若いのね!」
登山家と思われるおばさま二人が真っ先に反応して近寄ってきて、サードから順々に握手をしていく。
「まー、やだわ、こんな化粧もろくにしてない顔でこんなねー」
「とか言いながら普通に握手してるじゃないのよ」
オッホホホホホと甲高い笑いが響き渡る。
「観光ですか?」
サードがそつなく聞くとおばさま方は大きく頷いて、
「そうそう。今が見ごろの花があるのよね」
「この時期しか見れない高山植物なのよ、それが綺麗で毎年登って来てるの」
「へー、そんな綺麗な花なんだ?」
アレンも話に混じるとおばさま方二人もそうなのよー、とあれこれ話している。
そんな話に耳を傾けながらふと視線をずらすと、ちょうど部屋の端が空いてるのを見つけた。
「寝る場所取っておくわね」
私がそう言いながらとりあえず荷物を降ろすと、サードがそれを見て近寄って来た。
「エリー、アレンの寝相を考えてアレンを端にした方が良いですよ」
「そりゃそうよ。アレンは一番端っこね」
アレンは寝ていると傍にある物にしがみついて寝る癖があるから、見ず知らずの人にそんな事態が起きたら迷惑だわ。
「アレン・ガウリス・エリー・私の順番でいいのではないでしょうか?どうでしょうガウリス」
サードがそうガウリスに言うと、ガウリスは、
「別に私はどこでもいいですよ」
と答えた。
そうか、ガウリスはまだアレンの寝相のことが分かっていないんだわ。しかもサードは何気なくガウリスを犠牲にしたわ。
でも私だってアレンに巻き込まれたまま朝を迎えるのを他の人に見られたくもないし…。
…ごめんなさい、ガウリス。




