私の初恋物語
新しく出来上がった冒険者カードを手にして、サードが私を仲間申請したのを見て、本格的に私は冒険者になったんだと実感した。
その時、私は十四歳。故郷から離れて旅を始めて半年と少し。
この時はまだ勇者一行として名を馳せていなかったから、ただの子供の冒険者グループとしか思われていなかった。
「おめでとう、エリー。これで本当に仲間になれたな!」
仲間申請が受理されたのを見たアレンが嬉しそうに私の手を取ってブンブン振り回す。
「ありがとうアレン」
アレンの力に振り回されながら私は微笑み返した。
「行きますよ。エリーの装備を整えなければなりません」
サードが私たちに声をかけてきて、思わず身構えて私はアレンの陰にスススと隠れた。
最初はおとぎ話の中の王子様と思えたサードの正体は、限りなくおとぎ話の王子様とは正反対の性格だった。
それ以来、サードが怖い。
この爽やかで品のあるスマートな言動であんな性格全てを完全に隠しているのが怖い。恐怖しか感じられない。
『あまり人のことを悪く言ってはいけないよ。完璧な人間なんてこの世にはいないんだから』
お父様は私が人に対して不満を言うとそうなだめていたけど、サードは悪い所しかない。それもその悪い所を隠して完璧な人になっている。
しかも旅をしてさらに分かったことは、サードは女の人に手を出しまくるということ。
気づいたら綺麗な女の人に声をかけていて、またふと気づくと二人で消えている。
段々とサードは私たちを置いて声をかけた女の人とデートをしに行っていると気づいたけど、まあそれはサードの自由だからと黙っていた。
でもあまりにとっかえひっかえ過ぎてあんまりだわと見かねて、
「そんなにころころと相手を変えるなんて、女の人たちに失礼よ」
と軽くたしなめた。するとサードはギロッと私を睨むと、
「ガキが口を出すな!俺の勝手だろ!」
と怒鳴った。
それまで睨まれたり怒鳴られたりしたことなんて無くてすくみ上っていたら、アレンは私を守るように間に入って、
「言い方キツいぜ、サード」
とサードを軽くたしなめて、脅えている私を抱きしめてよしよしと頭を撫でてくれた。
今はサードに何か言われたらバシバシと言い返すけど、当時はそんな風にサードに脅えてろくに何も言えなかった。
これを言ったら怒られる?あれをやったら怒られる?早く歩かないと怒られる?
そう一人でモヤモヤと悩んでいると、
「どうかした?エリー?」
とすぐさまアレンは声をかけてくれて、
「大丈夫だよ、サードが何を言っても気にしなきゃいいよ。俺からも言っとくから」
とサードとの折り合いをつけてくれていた。
下級貴族としての何不自由のない暮らしから慣れない旅をすることになって、しかも恐怖を感じる人と強制的に一緒の中、朗らかで優しいアレンは私の心の支えだった。
それにアレンはスキンシップが多くて、肩に手を置いたり、ほっぺをつついたり、ギュッと抱きしめてきたり、頭をなでなでしたりと可愛がってくれた。
貴族時代もそうやってお父様とお母様、使用人とお手伝いの皆から可愛いがられていたから、そんな風にしてもらうととても嬉しかったし落ち着いた。
逆にサードからのスキンシップはゼロ。
戦いのときに危ないからと押しのける、山道の岩場を登る時に手を引っ張る、そして髪の毛をとかす時くらいしか触れあいがなくて、それも本当に必要最低限だけ。
でもいつまでも脅えたままじゃいけないわ、まだお互いがよく分からないからサードもアレンみたいにスキンシップしてこなくて私も怖いと思うのよと、勇気を出してサードと仲良くなる努力をしようとした。
そう決めた次の日の朝、どこかボーっと遠くを見ているサードの後ろから、
「おはよう」
と軽くハグをした。貴族時代はこうすると皆がニッコリ顔をほころばせて、おはようとハグを返してくれていたから。
でもサードは体を硬直させた後、
「なんだ!?やめろ!」
と怒鳴って私を引き離した。
心が折れた。
それまで怒鳴られ引き離されたことはなかった。つまり私はサードにものすごく嫌われている…!?
半分ベソをかきながらサードにあいさつのハグを拒否されたことをアレンに言うと、アレンは私を慰めながら、
「俺も嬉しいことがあってサードにハグしようとしたらすげえ拒否されてさ。こう、腕をガッと掴まれて押し返されて殺すぞって言われた。スキンシップ嫌いなだけだから気にしなくていいと思うよ」
それでもハグを拒否されたショックは大きくて、それ以来サードにハグしようと思う気持ちは消えた。
その反対にアレンはハグをするとすぐにハグをし返してくれるから、ハグ拒否の一件以降、アレンだったらいつでも私を受け止めてくれるともっともっと懐いた。
そんな絶大な信頼感が恋心に変わっていくのは自然なことだったと思う。
「エリーにはこういう服の方が似合うんじゃないかなぁ」
アレンの言葉に私はハグ拒否事件の思い出から我に返る。今は魔導士用のローブを選んでいる所。
「これもいいよなぁ。けどこっちも…」
アレンは次から次へとローブを持ってきて私に当てていく。アレンが持ってくるローブはどれも可愛くてどれにしようとあれこれ見ていると、
「アレン、そんなに持ってきたらエリーが悩むでしょう」
とサードが表向きの顔で呆れたように声をかけた。でもアレンはウキウキした顔で、
「だってエリーってお人形さんみたいだからどんな服でも似合っちゃうんだもん。それに旅の間ずっと着るものだからしっかり選ばないといけないだろ?」
サードはどこかウンザリとした表情で天井を見上げて、周りをキョロキョロして周りに人が居ないのを確認してから悪態をついてきた。
「いい加減どれかに決めろよ、今手に持ってるそれでいいだろうが」
サードの言葉にすくみ上がって手に持っているローブを掴んで視線を泳がせる。
「で、でも…もう少し選びたい…」
しどろもどろに言うと、サードはもう沢山だとばかりに大きくため息をついて、私はもっと体がすくんだ。
「サード!」
アレンがサードの名前を呼んでたしなめるけど、サードは面倒くさそうなイライラした表情をアレンに向けた。
「どうせまだそいつも背ぇ伸びるだろ?だったら適当なものでいいだろうが」
「ただの服じゃなくて旅の間ずっと着るものなんだからエリーの気に入ったものを買った方がいいだろ?なんで他の女の子には気使うのにエリーにはそういう気使えないかなぁ」
少しムッとした声でアレンが言い返すと、サードは真顔で、
「他の女は気ぃ使えば抱け…」
即座にアレンがサードの口をふさいだ。
「…他の女の人にはハグしてるの…?」
私のハグは拒否したのにとショックを受けて落ち込んでいるとアレンは慌てた様子で、
「いいから!早く服決めちゃおう!そういえばエリー、靴も新しいの買おうな!靴も擦りきれてるし!」
と慌てて白っぽいローブを掴んで私に当ててくる。
「これ、いいんじゃないかな!エリーに似合うと思うよ!」
「…似合う?」
そう聞くとアレンは少し落ち着いた顔になってローブと私を眺めて、
「うん、すっごく可愛い!」
と笑顔で言って来た。
気になる男の人に笑顔で可愛いと言われるとキュンと嬉しい気持ちになって、
「じゃあこれにする」
と決めた。
「そんな土で汚れやすい色、なんで選ぶんだよ…」
サードは悪態を呟いていたけどアレンは、
「エリーはそれが気に入ったから選んだんだもんなー」
と私の頭をよしよしと撫でた。
アレンが可愛いって言ってくれたからこれを選んだのよ。
心の中で思ったけど、それを口に出すのはさすがに恥ずかしくて、黙っていた。
* * *
「ッキャー!」
「純情!聞いてるこっちが恥ずかしい!」
ラグナスとロッテがお互いに手を取って騒いでいる。
「だから言うの嫌だったの!」
今更ながらに恥ずかしくなってきて、んもー!と顔を押さえる。
「それで?まさかそれで終わりじゃないでしょ?」
ラグナスが楽しそうに目を輝かせながら問い詰めてくる。
いつものやる気のない表情はどこへやら。こんなに生き生きとした表情は初めて見たわ。
「そうそう。今では仲間っていうくらいだから何か失恋みたいな出来事があったんでしょ」
ロッテは先々まで考えを回しているみたい。
あの時のことを思い出して私は軽くため息をついてからまた話始めた。
「そう、私失恋したの」
* * *
私のアレンへの想いはどんどん増すばかりだった。アレンが話しかけてくれると嬉しいし、スキンシップしてくれるとドキドキする。
しかも一緒に旅をしているからいつでも一緒に居られる。
毎日がバラ色で、アレンと一緒に居ると故郷から離れてしまったことも旅の辛さも忘れるくらい幸せで満ち足りていた。
そうしたある日、アレンがプレゼントをくれた。
「サードがエリーの髪の毛結ぶ物が欲しいって言ってたからリボン買って来たよ。エリーに似合うと思って」
理由が何であれ、アレンからのプレゼントなんだから嬉しい。
喜んで受け取って、可愛らしいピンクのキラキラとした飾りのついたリボンを毎日つけると言った。
その次の日の朝、髪の毛をとかしに来たサードに恐る恐る、
「これで結んでくれる…?」
とリボンを差し出した。
こんなもんで結べるかと怒られるかと脅えていたけど、サードは、
「おう」
と普通に受け取って髪の毛をとかし始めた。
この髪の毛をとかす時の二人きりになる時間がすごく苦痛で嫌だったけど、これからはアレンからもらったリボンで髪の毛が結ばれると思うとネガティブな感情も吹き飛ぶ。
嬉しさでニヘニヘ笑っていると、鏡越しにサードが私を見ているのに気づいて慌てて表情を引き締めた。
「そんなにアレンからもらった髪紐が嬉しいか?」
サードがそう言うから思わず、
「ええ!」
と勢いよく答えた後、何を勢いよく答えてるのと顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「だ、だってプレゼントされたし可愛いリボン
だし…」
取って付けたようにモゴモゴと続けるとサードは鼻で笑った。
「ま、お前とアレン、お似合いだろうよ」
サードからそんな言葉が返ってきて、顔が更に真っ赤になる。
「お、お似合いって…!」
「お前の考えなんて分かりやすいんだよ」
サードはそう言いながら前とは違う手馴れた手つきで髪の毛を三つ編みにしていく。いとも簡単そうに三つ編みを作り上げていくのを黙って見ているとサードは続けた。
「好きなんだろうが?アレンが」
「……」
顔を真っ赤にしたまま黙り込んでうつむいた。
そんなに私の考えって分かりやすいの?サードはいつから私の気持ちに気づいていたの?そうやって気づいた上でサードはどう思っていたの?
私が恥ずかしさで何も言えないうちにサードは三つ編みの先をリボンで結んだ。
「ありがとう」
純金のためでも髪の毛をセットしてもらってるからお礼を言うと、サードはまだ私を鏡越しに見ている。
「言っとくが、アレンを落とすのは見かけより大変だぜ」
「…落とすって?」
「自分の物にするってことだ」
「自分の…!」
余計顔を赤くなった。もう鏡に映る自分が真っ赤すぎて見ていられないと顔を手で覆い隠す。
「俺は人の恋路には興味ねえから手は貸さねえぞ。勝手によろしくやってろ」
サードはそう言い残すと部屋から出て行った。
静かになった部屋の中、改めて今サードに言われた会話を思い返しすとどんどんと顔が熱くなってくる。
もしかして私の想いってそんなに周りにバレていたの?まさかアレンにも…!?
そう思うと顔どころかどんどんと体が熱くなってきて、やり場のない気持ちのままベッドの上に飛び乗ってジタバタゴロゴロと暴れてしまう。
するとコンコン、とドアがノックされる。
「エリー」
アレンの声だわ。
慌てて起き上がって今ベッドで暴れたせいで髪の毛がボサボサになってないか鏡でチェックして軽く直す。でもまだ顔が赤い。どうしよう。
ジタバタと右往左往しているとすぐに返事をしなかったせいか、
「エリー?」
と不思議そうなアレンの声が聞こえて、慌てて、
「何!?」
とドアから飛び出すとアレンはいつも通り、優しい笑顔でそこに立っている。
「そろそろ出発しよう。サードがエリーの髪の毛セットし終わったって言ってたから迎えに来たんだけど…、ごめん、早かった?」
「ううんっ、全然!」
頭を全力で横に動かすと、一本の三つ編みが後ろで動く。
アレンはふと私の髪の毛の先を覗きこむように見て、
「あ、つけたんだ。可愛いじゃん」
と褒めてくれた。
その一言で私の心はキュンとなって一気に舞い上がる。
「毎日つけるって言ったもの!」
「そっか、嬉しいなぁ」
アレンはニコニコと微笑んでる。
幸せ。
その微笑みにそれ以外の感情が出てこなくて、込み上げる幸せに包まれながら私はアレンを見上げていた。
そして私はついに決心する。
もうこのままの関係なんてイヤ。もっと先に進んで恋人同士になりたい。この想いをアレンに打ち明けようと。
その決意をまずサードに言った。
「…なんで俺に言うんだよ」
「だって、この決意を誰かに伝えたくて…」
ウンザリとした表情に私が必死にサードに言うと、サードは黙って私を見てきた。
そのサードの目は哀れな人を見るような目つきで、とにかく私が可哀想な人という顔で見続けてくる。
「…どうしてそんな目をするの?」
「前も言っただろ、アレンを落とすのは大変だってよ」
「けど、アレンは私にとても優しいし、気遣ってくれるし、す、す、好きだよって!言ってくれるもの!」
言ったはいいけど恥ずかしくて、すぐさま顔を隠した。
もじもじしながらサードに視線を戻したけど、ものすごい哀れみの目のまま私を見ているだけ。そして口を開いたと思ったら、
「…っそ」
の一言。
サードは私を立ち上がらせると、背中を小突きながらさっさと部屋から追い出すようにドア方向に押し込んでいく。
「それならさっさと行って来い。ただしお前の気持ちとやらを伝えた後は俺の部屋に絶対に来るなよ。これからの事の次第の報告も今後何もいらねえ、物事済ませたら速やかに自分の部屋に戻れ。いいな」
廊下に追い出されてドアをバンと閉められた。
「……」
私の気持ちを知ってるから少なからず応援してもらえると思っていたのに。応援の言葉もかけないで追い出すなんてひどい。
でも今はアレンに気持ちを伝える方に集中しているからそんなに恐怖もショックもない。とにかく今はアレン。アレンに言うのよ私の気持ちを。
私はドキドキと高鳴る胸を押さえながらアレンがいる部屋の前に立って息を整えて、ドアをノックした。中からアレンの「はい?」という声と、ドアに近づいて来る足音が聞こえてくる。
「私よ、エリー」
緊張気味に言うと即座にドアが開いて、中から顔をほころばせているアレンが現れる。
「どうかした?エリー。入る?」
アレンは私を快く中に迎い入れてくれて、私に椅子を差し出して自分はベッドに腰掛ける。
部屋に入って少し落ち着いたら言おうと思っていたけど、いざ対面するとドキドキしてどうやって話を切り出そうか、なんて伝えようかと考えてしまって口が開かない。
モジモジと手元を動かしているとアレンは、
「…何か言いにくい事でもあった?」
と私の顔を心配そうに覗き込んできて、慌ててアレンから顔を背けた。でも何を顔を背けているのとアレンの顔を真っすぐ見る。
「あ、あのね、言いたいことがあって来たんだけど…」
緊張のせいで軽く指先が震えてきて、もう顔から火が出そうなほど熱いし、心臓がドキドキを通り越してバックンバックンと鳴り響いている。アレンはそんな私を見て真剣な話だと思ったみたいで、普段あまり見ない真剣な顔になって私を真っすぐに見てきた。
滅多に見ないアレンの真剣な表情で見られると言いたいことが口の中で消えそうになる。でもサードにも言うと伝えたんだし、今言わないとこの勇気がまた湧くか分からないんだからと思い切って口に出した。
「私、アレンのことが好き!好きなの!」
言ってからすぐに顔を覆って思わず横を向いた。
言った!ついに言ってしまった!
言いたかったことを伝えられたとホッとしたけど、それでもホッとした以上の恥ずかしさも襲ってくる。何よりアレンが何て答えて受け止めてくれるのかと思うと余計に胸がドキドキとして…。
アレンから軽い笑い声が漏れた。
「真剣な顔してるから何言うかと思ったらそんなことか。俺もエリーのこと好きだよ。真面目で一生懸命で可愛いもんな」
私の気持ちの全てがこもった告白を吹き飛ばすような軽い笑い声でアレンは私に身を乗り出しながら好きだと言う。
けど…軽い雰囲気で言うアレンの好きの言葉に違和感を感じた。
「…好き…?私のこと?」
「うん、大好き!」
アレンは何を今更?という顔つきで私を見て、心から大好きだよ、という顔で笑っている。
でも何か違う、何か違う気がする。この好きってどういう意味の好きなの?
「どんな風に好きなの?」
「…え?どんな風にって、全部だけど」
「そういうのじゃなくて、手を繋ぎたいとか、こう、スキンシップをいっぱい取りたいとか…」
「今もたくさんやってんじゃん」
段々と顔に昇っていた熱が冷えて、心臓のドキドキがゆっくり収まって、逆に心配が込み上げてきてすくみあがっていくのを感じる。
「違うくて…こう、デートとか…するみたいな…」
「一緒に旅してんだから毎日デートしてるようなもんじゃん?俺ら」
「違う、違うくて…」
緊張の震えは消えたけど、それでも指先が強ばって震えてきた。アレンは嬉しそうに微笑みながら続ける。
「俺って四人兄弟の末っ子なんだよな。上の皆男ばっかりだし末っ子だから妹ほしいなあって思ってたんだ。そうしたらベッタベタに甘やかして可愛がりたいって思っててさ。そうしたらエリーが仲間になって俺の密かな夢が叶ったっていうか。だからめっちゃ好き」
心に亀裂が入るような気がした。アレンはまだ笑顔で何か言っているけどその言葉が遠くから聞こえるように響いて通り過ぎて行く。
「けど十五歳になったら成人だし、エリーも来年で十五歳だろ?だから猫可愛がりするなら今しかないって思って。
あ、そういえばエリーの誕生日っていつなの?十五歳になったら軽くパーティーでも開こうか?その時にまたプレゼント用意するよ」
アレンの優しい笑顔がこんなにも残酷に感じる日が来るとは思わなかった。
私はアレンの部屋を飛び出して、サードの部屋を思い切りノックした。
サードは少しドアを開けて私だと確認するとすぐさまドアを閉めようとしたけど、私はドアにタックルしてサードの部屋に無理やり入った。
それからはサードの部屋で大泣きしながらアレンの部屋であった出来事を全て話した。
この時はサードへの怖い感情よりもアレンに好意を受け取ってもらえなかったショックの方が大きすぎて、サードでもいいから私の気持ちを分かって欲しい気持ちでいっぱいだった。
「こうなるって知ってたから部屋に来るなっつったのに…いつまでお前の鼻水すする音聞いてりゃいいんだよ」
サードはウンザリした顔でそんなことを言ってくる。悲しみと共に腹が立って、
「慰めてよ!男でしょ!」
と顔を覆ってまた泣き出すとサードは面倒くさそうに言葉を返す。
「俺が慰めるのに向いてるタマだと思ってんのかよ。慰めんのはアレンの専売特許だろ」
「そのアレンにっ、振られ…たからっ、言ってるんじゃないのっ」
涙が止まらずしゃくりあげ続けていると、サードはもう私なんて見てないで、心底嫌そうな顔で窓から遠くを見ている。
でも私がいつまでも立ち去らないからか、ため息を一つついて、私を諭すような口調で声をかけてくる。
「アレンは誰にだって優しいんだよ、見てれば分かるだろ?そんでお前はまだガキで男慣れしてねえからその優しさをアレンの恋愛感情だって勘違いしたんだ。いい薬になっただろ、あれが優しさで女を振り回す鈍感男だ。自覚が無いだけタチが悪い」
慰めっていうか、ただサードの考えを言っているだけじゃない。
…でも確かにそう。アレンは誰にだって優しい。サードから私を守ってくれるけどそれと同時にサードに対しても気を使っているのは私にだって分かる。
私にだけ特別優しかったんじゃない。アレンは皆に優しい。それだけだった…。
「…」
サードの言葉で少しずつ涙も止まってきて、ティッシュで鼻をかんだ。
「私のこと、妹みたいに好きだったのね」
「そういうこったな」
「もう望みは無いと思う?」
「そんなのアレン次第だろ。ただ、絶望的にあいつは鈍いぞ」
「…」
「…」
無言の時間が過ぎていく。
外を小鳥がピーピー鳴きながら通り過ぎて、私は一言二言サードと何か会話を交わしてから部屋を出たけど、その時の会話は全然覚えていない。
* * *
「…で、今はあの赤毛くんのことは仲間としか思っていないと?」
ラグナスがそう聞いてきて、私は頷いた。
「まあね。しばらくはまだ諦めきれなかったんだけど、妹と思われているんだって思ったら段々とアレンがお兄さんみたいに思えてきて。
思えば私は一人っ子だから兄弟が欲しいなぁって思ってたのよ。そうしたら段々とその間柄がしっくりきちゃって。もうアレンには兄妹愛以外の感情は湧かないと思うわ」
「これでいきなりアレンに告白されたらどうするの」
ロッテがそう言ってくるけど苦笑しか出ない。
「ないわ。アレンの私の可愛がり方って昔と変わらないもの」
でも十五歳を過ぎて成人したらアレンはあまりベタベタとハグしなくなった。
距離を置かれたというよりは大人として扱われている感じで、変わった所といえばそれぐらい。
「じゃあ、あの雰囲気は恋人同士じゃなくて家族みたいな愛情だったのか。っはぁ~、人間の恋愛ってば面倒くさいわねー」
「魔界じゃこんなことないの?」
ロッテの言葉に聞いてみると、ロッテはカップをカチャンと置いて、
「魔族は相手の欲望を察知する能力に長けてるからね。相手がこっちに恋愛感情持ってるか持ってないかなんてすぐに分かるのよ」
と説明してくる。でも自分の想いが相手に全部丸わかりっていうのも結構恥ずかしいわよね…。
ラグナスもうんうんと頷いて、
「私は男の人と付き合ったことないけど、友達が言ってたよ。相手次第でこっちの対応も変わっていくよねーって。
力づくで自分の物にしようとする男はこっちも臨戦態勢で向かわないと隙をついて襲われるし、謀略で自分の物にしようとする男は言葉の駆け引きと腹の探り合いになるって」
ロッテは分かるー、と笑っているけど…そう聞くと魔界の恋愛事情ってかなり怖そうだわ…。
そこでフッと魔界の州の王のロドディアスの柔和な顔が脳裏に浮かんだ。
ロドディアスは穏やかで人当たりのいい性格でお父様みたいな親しみを感じていたのだけど、ロドディアスもそんな風に力づくか謀略を駆使して女の人を妻の座に据えたのかしら…。
…あまり考えないでおこう。
私はマフィンを口に入れた。
ちなみにロドディアスは奥さんの謀略により結婚の流れに至りましたが、全て知った上であえて謀略にひっかかりました。
今が幸せだそうです。




