次はどうする?
ガウリスがアポリトスの槍を手に入れてから、そのままその日のうちにサンシラ国を出て、日の暮れるころ隣のベリロッド国国境付近のホテルに宿泊した。
そのホテルで少し落ち着いてから私はゼルス神殿で言わなかったこと…私の種族がどんなものか少し分かったこと、あとは両親は無事だけど軟禁されている話を皆に話した。
ガウリスは私の過去の話は聞いていなかったから最初はきょとんとしていたけど、アレンから私の故郷のことを聞くと辛そうな顔で静かに私の話に耳を傾けた。
あと話の途中で私の髪の毛が純金になるってガウリスに話したことも取って付けた感じでさりげなくサードに伝えた。
絶対怒ると思ったし、前は私の髪の毛の話を聞いたガウリスに聖剣を向けかけたから。
でも思った以上にサードは怒らなくて、ああそうかよ、程度で済んだ。ガウリスなら言っても大丈夫ってサードも思うようになったみたい。
そんな私の話が終わるとサードは少し考えた後に口を開く。
「その話から考えたら、お前の親父の髪の毛も金になるんじゃねえか?だから城に軟禁されてんじゃねえの?」
「え、まさか…」
でも私はこういう髪質で、魔法だってお父様が使っているような強い魔法を私は受け継いでいるんだから、髪質だってお父様から強く遺伝していると考えるのが普通じゃないかしら。
それにお父様の髪は私と同じ金髪。十分に考えられるわ。でもそのせいであんな欲深い王家に捕まって閉じ込められているなんて…。
「安心しろよ、まずそのおかげで生きていられるんだ。今のところ城から外に出られねえ以外は不自由なことはねえんだろ?」
珍しくサードが私を慰めるっぽいことを言ってるけど、心は不安で落ち着かない。
心の中でずっと思っていたこと、けどずっと却下され続けてきたから今まで我慢していた言葉が喉の奥から出てくる。
「…にいきたい」
「あ?」
聞き取れなかったみたいでサードが聞き返してくる。
「助けに行きたい!」
顔を上げて大きい声で言いきった。そのままの勢いで早口で続ける。
「本当は私が国王の息子の元に行って軟禁されるはずだったのよ。それなのに…私の代わりに皆がそんな目に遭ってるだなんて…!」
杖をギュッと握りしめてお父様たちのことを思った。
辛い目にはあってないとはいっても、そんな目的であんな王家に軟禁されてるとしたら絶対に助けたい…!
「お前の代わりに皆が軟禁されたんじゃねえだろ。お前の親父は自分から責任を取るつって牢屋から出なかったし、お前のお袋と使用人はあの騒ぎではぐれてまた捕まっただけだ。戦に巻き込まれて死ななかっただけ運が良かったってもんだぜ」
サードの言葉にそれはそうかもしれないけど、という目を向けてから私は口を開く。
「それでも…私は両親たちを助けたい。お願い、まだエルボ国は緊張状態なのかもしれないけど、皆の状況がそんなことになってるならこれ以上無視できない」
少しずつ涙があふれてこぼれ落ちそうになって、目を指でぬぐった。
「なぁサード…」
アレンが私と同じような悲しげな顔でサードに訴えて、ガウリスも、
「国に入らずとも、近くに行って情報を集めるだけでもできませんか…?」
と遠慮がちにサードに声をかける。
「てめえら、いちいち結託してかかってくるんじゃねえよ」
サードは面倒くさそうに…本当に面倒くさそうな顔でソファーにもたれかかりながらアレンに「地図出せ」と指示を出して、アレンは言われた通り地図をテーブルの上に広げる。
「今はベリロッドだろ?エルボ国までどれくらい離れてると思ってるんだ?」
サードが言うので、私は目を拭いながら地図の上に目を落とす。
何度か全体地図で自分の国はここ、って見ていたけど、それでも改めてどこかと言われると目が迷うわ。
私とガウリスが、ベリロッド国は、エルボ国はどこと一生懸命首を動かしていると、アレンがさっくりと、
「ここだよ。ベリロッドはここ」
と指さした。
エルボ国は今いるベリロッド国よりずっとずっと北東側の陸地の奥。
こうやって見るといつも思うけど、エルボ国ってなんて小さい国なの。
ううん、エルボ国だけじゃなくて私たちを捕らえたブロウ国だって負けず劣らずで小さい。こんな小さい国同士が争っていたと地図を見て知った時にはガッカリしたものだわ。
「海も無いから船で行けないな」
「船でなんか行きたくもねえよ」
アレンの言葉にサードが嫌そうに顔をしかめている。
サンシラ国に来るまでの航海でひどい目に遭ったせいね。
「けど今は私の魔法があれば普通に乗れるじゃない」
と言ってから、今のサードの言葉を頭の中で繰り返した。
船でなんか行きたくない…ってことは、船以外だったらいいってこと?
「もしかして、エルボ国に行くのは特に反対じゃないの?」
…でもサードが私に都合のいいことを言うわけないわね。
そう思って諦めていると、サードはハロワから受け取って来た依頼を手荷物入れから取り出して地図の上にバサッと乗せる。
「ここしばらく水のモンスター絡みで動いてたから依頼なんてさっぱり見てなかったがな、色々増えてたぜ。少しずつ消化しながらエルボ国に向かってもいいだろ」
えっ、と驚きの声と一緒にサードを見る。
「本当に?」
今はまだ戦乱の火種が燻っていて、私が行ったらまた混乱が起きかねないって今まで反対され続けていたのに。
「俺らも昔と違って勇者一行として十分名前が知れ渡ってるからな。今じゃどの国のお偉いさんでも一目置いてる待遇してんだろ?それなら戦乱の火種になりそうなエリーが行ってもまず下手なことはしねえはずだ」
そう言いきったサードだけど、何か考えを改めたのか言い直した。
「俺だったらまず世界中に名が知れ渡ってる勇者一味相手に下手なことはしねえが、よっぽどの考えなしだったら何かしてくるかもしれねえけどな」
アレンもうーん、と腕を組んで微妙な表情をする。
「だってそれまでエリーの一家にはそれまで見向きもしなかったのに、髪の毛のこと知った途端に結婚しろって自分の所に囲おうとしたんだろ?あからさま過ぎるよなぁ」
「エリーさんの国の王家はカドイア国の若き王のような人たちなのでしょうか?」
ガウリスがそう言う。
カドイア国の若き王は、数日前にサンシラ国の女性たちと自国民にとことんにけなされるぐらいの悪政を行っていた。
カドイア国は何事も無かったみたいにいつも通りの時が流れているらしいけど、一度表に出た不満があの騒ぎだけで収まるわけがない、きっと王から国民まで、各自の胸の内では様々な思惑が繰り広げられているはずだってサードは言っている。
でもガウリスの言う通り、カドイア国の若き王と同じでエルボ国の王家も考えの足りない人たちなのかもしれない。
「そうね、多分私のお爺様の時代からエルボ国王家はカドイア国の若き王みたいな感じなんだわ。私のお爺様は先の戦争で一番活躍したけど魔族と疑われて危うく国から追い出されそうになったんだもの」
それでももちろん憎いのは王家だけで国自体は嫌いじゃない。
髪の毛のことが分かるまでは私も下級貴族の娘として何不自由のない暮らしをしていたのだし、周りの村の人たちも朗らかでよくおやつを食べさせてくれたり優しかった。
友達も私が貴族だと知っていながら普通に屋敷に遊びに誘ってくれていたし、身分違いで孤独に悩むことなく育ってこれた。
そう考えるとエルボ国王家は無能で欲深いけど、国自体は平和で暮らしやすい国だったのよね。きっと王家を支える役職に有能な人たちが揃っているんだわ。
「それじゃあエルボ国に向かう道すがらで良さそうな依頼を受けながら向かうって感じだな」
アレンがそう言いながら依頼の束を適当にずらして、あ、と声を漏らして一枚の紙を引き抜いた。
「この依頼まだあったんだ?数ヶ月前にもあったよな、スライムの塔に行く前に」
「え、どれどれ?」
身を乗り出してその紙を覗き込む。するとそこには『町の中を周回する魔族の討伐』と書かれていた。
「こんな依頼あったかしら」
「あったあった。次の依頼どうしようかって悩んでる時にあった。けどサードが町の中動き回ってる魔族なら初回限定の宝箱もないだろうからパスって蹴ってた」
「良く覚えてるな」
サードも覚えてなかったのか素直にアレンを褒める。アレンはサードに褒められてどこか照れくさそうに笑った。
「ちなみにそれはどういう内容なのですか?」
そういえばその時ガウリスはまだ仲間になってなかったのね。でも私も内容は覚えてない。
「私も覚えてないから聞きたいわ」
アレンは依頼内容に目を落として読み上げる。
「夜になるとどこからともなく現れる魔族の討伐。その魔族の本当の姿を見た者はなく、どこに潜んでいるのか全く見当がついていない。ただガワファイ国の首都、ウィーリの中に多く出没しているようで、都の住人、冒険者など行方不明者多数」
そこまで読みあげると、アレンは地図に目を落としてある場所に指を置く。
「ガワファイ国はここだな」
アレンが一番地図を見ているからだろうけど、国を指さす早さが尋常じゃない。
ガワファイなんて私は一度も聞いたことがないし、アレンも行ったこともないはずなのにすぐにゴチャゴチャした地図から目的の国を発見する。
アレンの指先を見てみると、その国は今いるベリロッド国よりもう少し西にある国みたい。
西ってことは、エルボ国とは反対方向ね…。
「でもこれ、別に俺らだけに出てる依頼でもねえんだよな。魔族絡みっぽいから上級冒険者全員に頼んでる感じで。ガワファイ国に行くとエルボ国とは逆方向になるし、他の人に任せればいっか。サードも前やらねぇって蹴ってたしな」
アレンはそう言いながらその依頼の紙をガサッと一番下に押しやった。でもそうなるとほんの少し気にかかる。
「でも被害に遭って行方不明になってる人もいるんでしょう?それもわりとたくさん」
早くお父様たちを王家から助け出したい。でもそんな自分の希望のためにこの依頼を無視して去ったらまた被害者が増えるかも。そう思うと後ろめたい気持ちが湧いてくる。
それに数ヶ月前からずっと残ってる依頼なら、上級冒険者でも未だに成功する人もいないか、私たちみたいに他の人に任せようってパスされて見向きもされていないのかもしれない。
そうなればまた魔族の被害者が増えていくかも。それにエルボ国よりガワファイ国の方がここからは近いし…。
私は顔を上げた。
「何ならこの依頼をやってからエルボ国に行かない?」
アレンが、え、と言いながらサードをチラと見る。大体こういう行く先を決める決定権をもっているのはサードだから。
サードは一瞬黙り込んで私の顔を見た。
「…エリーがいいなら俺はいいぜ、別に」
サードの一言に驚いて見返した。
いつもこういう行き先の決定権はサードが持っているのに…譲った?私の意見に耳を傾けて自分の意見を譲った…!?なんか気持ち悪…。
思わずそう思ってしまっていたら表情にも現れていたのか、サードがイラッとした顔で睨んできた。
「俺にはてめえみてえに助けに行きたい親がいねえから一応気ぃ使ってんだろうが、このブス」
「あ、そう、そうよね、ありがとう…」
一応サードなりに私を気遣ってくれていたみたい。
でも行く先を決める決定権が自分にあるのも妙に責任を感じるわ。私の考え一つで皆を私が決めた目的地に強制的に移動させることになるんだから…。
でも私の心はもう決まっている。
「それならこの依頼を先にクリアしてからエルボ国に行きましょう。…いい?」
言い切ってみたけど本当にいいのかなと思って思わず皆の顔を見渡して確認した。
「本当にいいんだな?エリー?」
でもアレンが逆に心配そうに私に確認をしてきて、私は頷く。
「軟禁されている以外は苦痛に感じることはないって神様たちが断言してくれたもの。それなら先にこっちに行く。じゃないともしお父様たちを無事に助け出した後にでこの国のことを思い出したら大丈夫だったのかしらって気になって素直に喜べそうにないもの」
私の言葉を聞いて、皆もそれなら、と頷いた。
『町の中を周回する魔族の討伐』
第一話にてサードがパスって依頼を蹴ってる




