サンシラ国の近衛隊長
サードとガウリスと別れてから二日経った。二人は未だに戻ってこない。
「ずいぶんと遠くに行ってんだろうなぁ」
アレンはホテルの食堂で朝食のパンを頬張って、葡萄酒を飲んでいる。
この国は葡萄の栽培が盛んらしくて、葡萄酒は朝食メニューにごく当たり前のように組み込まれているのよね。そしてアレンは躊躇なくそのメニューを頼んで朝から葡萄酒を飲んでいる。
まあ私もたまにはいいかって、同じメニューを頼んで一緒になって飲んでいるけどね。
酸っぱみのある葡萄酒を飲んでしばらくぼんやりして…感慨深くなってボソッと呟いた。
「サードが居ないと平和だわ…」
今までサードの言動にいちいちムッとしてイライラしていたのが遠い過去みたい。思えば旅をしてきてサードと数日でも離れたことがなかったのよね。
「離れてみたら恋しくなったりしない?」
アレンが笑いながらそんなことを言ってくるけど、私は即座に顔をしかめて首を横にブンブン振った。
アレンは「そっかぁ?」と言いながら頬杖をつく。
「俺はあの毒舌聞こえなくなったら物足りなくなってきたよ」
―正気?
目を見開いてドン引きする。
それでもアレンは私よりずっと長くサードと旅をしているから、そこまでになればそういう感覚になるものなの?
…ううん、やっぱりアレンが変わってるのよ。あんな性格の奴が近くにいても平然としていて物足りなくなるなんてアレンくらいだわ。
まずここに居ないサードのことなんてどうでもいいと頭を振り、この二日アレンと情報集めをしたことを思い出す。
サードと私が流した噂は町中で広く知れ渡っていて、鎧を着た目つきの鋭い兵士たちが槍と盾を持って道端や森の中を歩いている姿をたくさん目撃した。きっと噂を聞いて見回りをしているんだわ。
ついでにヒトヌスは無事かしらと探してみたけど見つけられず、
「じゃあヒトヌスたちがいたっていう洞窟に行ってみようぜ、何か変わりがあるかもしれない」
というアレンの言葉で洞窟へ…、行こうとしてもたどりつけなかった。多分あっちと歩き始めても、もうどこにあるのか分からなくて。
「しょうがないよ、地図も無しにヒトヌスの後ろ歩いて行っただけなんだろ?」
アレンはそう慰めてくれたものだけど私はものすごく落ち込んだ。
本当に私って魔法を使う以外何もできないんだわ。きっとアレンだったら後ろをついて行っただけでもすぐ場所を覚えるでしょうにって。
この二日のことを思いだしながらパンをちぎって食べると、隣に人がスッと立つから私とアレンは同時に横に視線を向ける。
確かこの人…ホテルの支配人よね?勇者一行の私たちが揃った時に挨拶しに来た年配の男の人。
支配人は恭しく腰を折り曲げ私たちに顔を近づけ、小声で、
「食事の後、お時間よろしいでしょうか」
と声をかけてきた。
「何かあったの?」
アレンが軽い口調で聞き返すと、支配人はスッと視線をアレンに移して、
「国の近衛隊長が勇者御一行とお話ししたいとのことで…。お食事中だとお伝えしましたら、ホテルの来客室にてお待ちしています、食事が終わり次第フロントを通して来客室へいらっしゃるようお願いいたします、との伝言を預かっております」
と囁いてから、お食事中に失礼いたしました、と頭を下げ去って行く。
「国の…近衛隊長…」
また国の関係者が近寄ってきたわと渋い顔をする私とは違って、我関せずの顔でアレンは葡萄酒を飲んでいる。
でもやっぱり船でのことを思えばあんまり関わらないほうがいい気がするわよね。
私は真剣な顔で身を乗り出して、アレンに提案した。
「どうする?すっぽかす?」
私の言葉にアレンは吹き出しそうになって口を慌てて押さえた。
「いやそりゃ駄目だろ、話ぐらい聞かないとまた面倒なことになるかもしんないから」
「だって船の中でだって…」
「あの時は俺もまあいっか、ってスルーしたら案外と話が変になっちゃったからさ。今回はそんなヘマしないようにするよ。あの時はサードも船酔いで弱ってたからあれくらいの小言で済んだけど、陸地だったら激怒するだろうし」
深く関わっても面倒だし、関わりたくないって無視しても面倒なのね。難しいわ。
それならしょうがないと食事を終え食堂から出ると、フロントに待機していた支配人がこちらにどうぞ、手をかざしながら歩き始めたからついていく。
来客室のさっぱりした広い部屋に入ってすぐ視界に入った…テーブルの向こうに見える人に、思わずビクッと体が揺れて部屋に入る足が一瞬止まった。
テーブルの向こうには、ガウリスよりもガッチリした体格で鋭い目つきの男の人が槍と盾を持って私たちを待ち構えるように座っていて、そのすぐ後ろには同じように槍と盾を持った二人の男の人たちが微動だにせず直立している。
それにしても…怖い、怖すぎる。目つきも鋭いし体格も凄いし雰囲気だってただ者じゃなさそう…。
支配人は頭を下げて、私達を置いて外へ出て行った。
「来ていただき感謝します。サンシラ国近衛隊長、ジリスと申します」
ジリスはゆっくり立ち上がって、手を私に差し出してきた。
あまりの手のゴツさと大きさに、これで殴られたら一発であの世行きだわとかすかに考えながら手を出して、そっと握手をする。
すると手をガッチリ握られて上下に振られ…ウッ、ちょっと待って痛い!手の骨が砕けて腕と肩の関節外れそう…!
続けてアレンもジリスと握手をして上下に振られたあと「いって」とかすかに呟いた。
やっぱり痛いわよね?今の挨拶じゃなくて攻撃レベルだったわよね?
「最初に言っとくけど、俺ら国からの依頼は全部断ってるよ」
アレンが最初に釘をさすと、ジリスは鋭い目つきのままアレンを見る。
「存じております。まずお座りになってお話を聞いてください」
そう促されるからアレンと私は椅子に座った。
座ってジリスと後ろの兵士二人と対面すると、圧迫感がもの凄い。三人でこの迫力なんだから、この国の男の人たちが武装して隊列を組んで目の前に立ったとしたら…ここで私は死ぬんだわって生きることを諦めるかもかもしれない。
「で、何?」
私は驚いていつも通りの軽い感じで声をかけるアレンを見る。
こんな怖い人たちを前にしているのに、どうしてそんな普通に声をかけられるの?アレンのそういうところ、いつもすごいって思うわ。
でもあまりに馴れ馴れしい口調だからさすがに怒られるんじゃないかと様子を見ると、特にジリスは気にしていないようで口を開いた。
「今、この国に噂が立っているのですが…」
「子供が誘拐されて殺されてるって噂?」
ジリスはアレンを睨みつけるような目で見据えた。
「そうです。それと勇者御一行がいるという噂も」
「で、俺たちを呼んだんだ?」
アレンが聞くと鋭い目つきを変えないままジリスは、
「国からの依頼は受けないと知っていますが、どうにか手を貸していただけないかと思いまして」
と言ってくる。
手に持った槍も離さないままだし、もしかして言うことを聞かないならどうなるか分かっているだろうなって脅し?
しばらく無言でお互い見合う。
それでも私は近衛三人の威圧感のある視線に負けてしまって、そろそろとアレンの横顔に目を移した。
そのアレンはというといつも通りのあっけらかんとした態度で、
「けど俺ら国の関係者からの依頼は受けないことにしてるから。悪いな」
と言うや私の肩を軽く叩いて「エリー、行こう」と声をかけてくる。
えっ?とビックリしたけどすぐさま、ああなるほどねと納得した。
顔を見せてそっちのしたい話は聞いたから面会する義理は果たした、それじゃあサヨウナラって最小限の接触で終わらせようとしているのね。
これで終わるならよかったよかったと立ち上がると、ガァンッと音が響いた。
見るとジリスは立ち上がって槍を床についていて、高い位置から私たちを見下ろしている。彫りの深い眉の陰から薄暗い目が私とアレンを捉えていて、思わず体がすくんでしまう。
「お話はまだ終わっていません。どうかそのままで」
ゆっくりとした口調で近衛隊長が言ってくるけど、口調が丁寧な分、余計に圧迫感がすごい。
それにこれは完全に脅されているわ。
チラ、と隣のアレンを見上げると、アレンは迷惑そうな困った顔で、
「何度も言うけどさぁ…」
と言いかけると、
「国からの依頼は受けないと言うのでしょう?それは最初から存じていると申し上げているではないですか」
と話を遮りジリスが返し、アレンもすぐさま言葉を返した。
「じゃあ何か他に話あんの?」
さすがにそれジリス怒るんじゃないのと心配しなから成り行きを静かに見守っていると、ジリスは話し始めた。
「ハロワから勇者御一行あてに依頼が入っている件で訪れたのです。これはサンシラ国からではなくサンシラ市民からの合同の依頼となっています。依頼内容は少年たちのかどわかし犯の捜索、そしてよければ捕縛、悪質なら殺害も可。中々ハロワに行っていただけていないようなので失礼ながら我々が急かしにきた次第です」
それを聞いたアレンはちょっと考え込んでからソファーに座り直し、私も同じように座った。
「ちなみに何人ぐらいさらわれてんの?」
アレン質問すると、ジリスは口を一直線に閉じて、すぐに開いた。
「正確な数字は分かりません、行き倒れる者も多いものですから。正直さらわれたとしても自力で戻れないのならばそれまでの実力だったというものです」
「そんな酷い…!」
思わず口を挟むとギッと鋭い視線が私に向いてきたから黙り込んだ。ジリスは怒りを交えた声で、続ける。
「しかし今回の件はとんでもない事態です、国としても放っておくわけにはまいりません。こちらとしては放置しているのではなく、一人前の男になって欲しいという願いを込めて行っている風習なのですから。我々も総力を挙げて誘拐犯を捜していますが、どうか勇者御一行にもその手伝いをしていただきたい」
見た感じでは嘘はついてなさそう…に見える。誘拐犯への怒りとそれの対処について手伝ってほしいという言葉には。
でもねぇ…。船では国の関係者のヤッジャにも手伝ってほしいとか言われて頷いたら勇者一行の肩書を良いように利用されそうになったもの。
もしかしたらジリスも何か考えがあってこうやって近づいて来たのかもしれないのだから、そうそう簡単に頷けないわ。
むしろ手を貸す以前にもう調査中だし、誘拐犯が隣の国の兵士だってことまで知っている。
ということは私たちのほうが詳しい情報を多く仕入れてるみたいね。
「とりあえず、うちらのリーダーは勇者のサードなわけなんだけど」
アレンが口を開くとジリスは先を促すように頷く。
「今そのサードとは別行動でここにいないわけだ。リーダー抜きで勝手に決めるわけにはいかないんだよな。だからこの話はサードが戻るまで保留、ってことでいい?」
「なるほど」
アレンの言葉に納得しているわけでもない事務的な口調でジリスは返し、
「そういうことならばこれ以上は何も言えません。しかし市民…特に子供たちの親御から助けが求められていること、どうぞお忘れなく」
「うん分かった。じゃあ俺らもういいかな」
さっさと話を切り上げようとするアレンに、ジリスは少し口をつぐむ。
「…何かそんなに急ぐことでも?」
「まぁ俺らも色々調べたいことがあって忙しいからさ。行こうエリー」
まぁ朝食から葡萄酒を飲んでダラダラと会話をしてのんびりしていたんだから、忙しいことなんて何もないけどね。
そう思いつつ、「ええ」と言いながら立ち上がって入口に向かうアレンの後ろに続く。
アレンが扉から出ていって私もその後ろに続こうとした瞬間、太い腕が風を切って頭の斜め上を通り過ぎて、開いていたドアがバァンッと閉められた。
驚いて腕が伸びてきた方向に顔を向けると、ジリスが私を真上から見下ろしている。
そのほとんど陰になってる顔に見すくめられて腰が抜けそうになって杖を握りしめたまま見上げていると、外からアレンの「あれ?エリー?」という間の抜けた声が聞こえてきた。
「エリーさん」
「な、何よ…!」
何かする気?女の私を人質に取ってアレンを脅す気?
キッと睨み上げてみたものの、ジリスの視線の鋭さに一瞬で負けて私のほうが先にオドオドと視線を逸らすはめになってしまった。
「エリーさんの噂はかねがね聞いております。なんでも船の中で海賊に人質にされても気丈に魔法を使って倒したとか」
「あれは…」
あれは海をせり上げて攻撃するって息巻いて、船が壊れるんだぜって海賊の船長イリスに言われてすぐ引っ込めただけ…。
「…私は何もしてないわ」
結局海賊をやっつけたのはドラゴン姿になって我を忘れて暴れ回ったガウリスだし。
「謙遜なさるのですね。…有名な身分で美しい見た目なのに偉ぶらない。あなたは私が思った通りの素晴らしいお方です」
ジリスは口角を上げて笑った。その悪どい表情に思わず息を飲んで呼吸も忘れる。
褒められてるっぽいけど、何?何が目的?何を企んでいるの?
と、ジリスが私の目の前にズイッと何かを押しつけるように差し出してきた。
見ると四角くて白い…厚紙?
目を瞬かせながら目の前の厚紙を見て、チラ、とジリスを見上げる。
ジリスはしばらく黙って私の顔を見下ろしてから、ゆっくり口を開いた。
「サイン…いただけますか?」
「…え…?」
「隊長、壁際に女性を追いつめるのはよろしくないかと」
ジリスの陰になって見えない兵士の一人がそう言うと、ハッとした顔になったジリスは、
「すみません、今を逃がしたらもうチャンスはないと思い…」
と、慌てたような早口で身を引く。
ジリスが身を引いて見えた兵士の一人は笑いを堪えるように口元を歪め顔を背けていて、もう一人はニヤニヤしながらこっちを見ている。
そのニヤニヤしている人はおかしそうに口を開いた。
「うちの隊長エリーさんの大ファンなんですよ。ちょっとした記事でも集めてまとめてて」
顔を背けていた人もこっちを向いて、
「そうそう、ここに急かしに来たのもただエリーさんに会いたいがための口実なんですよ?」
「でも一人で来て、もしエリーさんと二人きりだったら恥ずかしいからって俺らも一緒に…」
ジリスは後ろを振り向く。
「黙れ」
凄みのある一言で二人の兵士は迫力ある真顔に戻って、ビシッと先ほどと同じ姿勢になった。
近衛隊長たちはジョジョの絵柄のイメージ(ドドドドドド)
ラノベ風の絵の中に突如現れたッ!それは!荒木(先生)風の屈強な男たちッ!(ドキャァアアン)
あとジリスって名前のリスがいることを去年知りました。リス可愛い。




