全員集合!そして解散!
「エリー、どうしたんだよそんなにむくれてぇー」
アレンがなだめるように私の両肩に手を乗せて軽く揺らす。
でも私はムスッとした顔で誰とも目を合わせないで別の方向を見ている。
サードからもピリピリとした空気が漂ってきているけど、私が怒るならともかくサードが怒るのおかしいじゃないの。
私が怒るのは当たり前よ。昨日寝ている時またサードが部屋の中に侵入してきていて、それも寝ている私の頭を櫛で殴ってきたんだもの。
一瞬何が起きたのか分からなくて頭を押さえながらハッと目を開けたら、暗がりの中、ベッドの脇で男が椅子に座り櫛をブラブラと揺らし、私を見下ろしていているシルエットが見えた。
ギョッとしたけど櫛を持っている時点でサードだと分かって、鍵を開けて部屋に侵入してきたんだと思って、状況的にサードに櫛で叩かれたと察知した。
「何すんのよ!」
すぐさま起き上がり、寝起きでも声を張り上げて怒ると、
「てめえの寝顔見てたら腹が立った」
とだけ言った。
それからお互いに言い合いになってサードは怒りながら部屋から出て行った、でも寝ている時に侵入されたうえ櫛で殴られ起こされた私は、怒りのあまり朝までろくに寝付けなかった。
だから日が昇る辺りからさっさと一人で朝食を食べて、部屋に戻ってからどうしてアレンとガウリスは昨日戻ってこなかったのってことでも腹が立ってきた。
色々とあってここに戻る前に日が暮れたんだって分かっている。理不尽だとも分かっている。でもとにかく腹が立って仕方なかった。
そうしてイライラしていたらアレンが私の部屋に訪ねてきて、あとからガウリスがサードを連れてきて四人で合流して今に至っている。
それでも私はとにかくイライラが収まらないしサードもピリピリしている。
「…とりあえず俺らの情報聞く?」
アレンが困ったように笑いながら言うとサードが、
「言えよ」
と突き放すように言った。
まあー、何て偉そうな言い方なの、ムカつく、その鼻っ面ぶん殴ってやりたい。ガンッガンに杖でぶん殴って鼻血が出るまでぶん殴ってやる。
私たちのギスギスの雰囲気の中、アレンは話し始めた。
昨日一日がかりで情報収集をしたけど、サンシラの子供を取り扱っている売買所はないこと。それなら隣の国の兵士などが子供をさらっているかもしれないという話を。
その話を聞いていたサードからは段々とピリピリとした雰囲気は消えていって、アレンが話し終えるころには機嫌も直りいつも通りの口調で話し始めた。
「昨日俺らは人さらいがこの国に居るってのが噂になるようにばら撒いておいたんだ。朝飯ん時にこのホテルの中でもその話題が出てきたぜ。サンシラの国に人さらいが出て子供が次々とさらわれて殺されてるってな」
「殺…!?」
ガウリスがギョッと目を見開き声をあげると、サードはニヤニヤと笑った。
「噂話に尾ひれがついたな。上等上等。内容が殺伐とするだけ噂は広まりやすい」
私と違ってサードの機嫌はすっかり直った。私をイラつかせておいて私よりより先に機嫌が直るとかムカつく。
そんなサードは機嫌の悪さなんてなかったかのように面白い話をする時みたいに身を乗り出し話を続ける。
「で、だ。俺は昨日の夜に酒場に行ったんだが…」
「ええ!?夜は危険なんだろ?外に出て大丈夫だったの?」
アレンが驚いて言うと、私はこれみよがしに口を開いて毒ついた。
「言われても出かけたのよ、この男は」
サードは私を一瞬睨んでから無視して話を続ける。
「そんで酒場であれこれと話を聞いたんだ。そうしたらアレン、てめえの言う通りカドイアの動きが怪しいときた。どうやらサンシラは毎年夏になると国境でいざこざがあるみてえだが?」
サードがガウリスに目を向けると、ガウリスは頷く。
「はい、国境の川を巡って互いの兵士が激突します。去年もあわや戦争が起きるのではというほど激しかったようです。今年は夏になる前に…その、私は山に登ってあのようになったので今どのようになっているか分かりませんが…」
アレンはその話でピンときたみたいで、なるほど、と呟く。
「子供をさらってサンシラの兵士の目が国境から別の方向に向くようにしてんだ?」
サードは頷いた。
「サンシラはまともにやり合ったら勝てる相手じゃねえ。だからそうやって少しでも国境から離れた場所で騒ぎを起こせば国境の警備が少なくなる…ってカドイアの野郎が言ってたぜ」
一瞬部屋の中が「え?」という静かな驚きで皆が口をつぐんだけど、アレンが真っ先に口を開いた。
「カドイアの野郎って?カドイアの人?」
「カドイアに二週間前クビにされた元兵士だってよ。病気で戦えなくなったから粗末な装備だけで城から追い出されて、もう命も長くねえからサンシラの綺麗な海で入水するつもりらしいぜ」
本当なら重苦しい話でしょうに、サードが言うとどこか遠い所で起きた話みたいに淡々としている。
「なんと…」
しかもそれを聞いたガウリスのほうが傷ついた表情をしているし。
「えー…、カドイアってそんな国なの?」
アレンが問いかけるとガウリスは少し首をかしげながら口を開いた。
「数年前に前国王が亡くなり息子に代がかわったとは聞いていますが、まだ日も浅いので詳しい事は…」
「そのボンボンは無能な野郎らしくてな。下で働く兵士が苦労してるみてえだぜ」
サードはバッサリ話をぶった切ると楽しそうに口端を上げて笑う。
「アレン、てめえが言う通りこれは人身売買のためにガキをさらってんじゃねえ。隣のボンボンはサンシラのガキを殺せと命じてるらしいが、サンシラにそんなことを知られたら後々全力で潰されると恐れた兵士どもはガキを生け捕りにしてどっかに監禁してやがんだ」
昨日まで誰も知りえなかった情報を…アレンでさえ集められなかった子供たちの誘拐の裏側を全て把握してペラペラ話すサードを、目を見開いてジッと見る。
だってまさか…女の子とよろしくしに行くつもりだと思っていたサードが、危険な外に出てまで人さらいについての情報収集をしに行っていただなんてちっとも知らなかった。
なのに私は一方的に遊びに行くと決めつけて、酔っぱらってお金取られて反省すればいいとか嫌味を言っちゃって…。
さっきまでサードに感じていた怒りが、じわじわと申し訳なさと居心地の悪さに変わっていく。
「…それじゃあサードは、情報集めるために昨日出かけたのね?」
言うとサードは眉間にしわを寄せて私を睨んだ。
「てめえがベッドの中でスヤスヤ眠ってる時にな。どうせ俺が外で酒と女引っかけに行くとでも思ってたんだろ」
全くもってその通りだから私は黙ってうつむいた。
「…それは…ごめんなさい、確かにそうだけど…。でもそれなら情報集めに出かけるって一言いってくれてもよかったじゃないの。それなら私だってあんな風に言わなかったし…」
なるべくケンカ口調にならないようモゴモゴと言うと、サードは面倒くさそうな顔をしてため息をつく。
「なんで一々自分の行動をてめえに報告しねえといけねえんだよ」
アレンはなるほど、と頷いた。
「そういう喧嘩があったから二人とも怒ってたんだ」
「違う!」
私は即座に否定し首を横に振って、サードをビッシと指さした。
「私が怒ってたのそれじゃないの!この男また夜中に私の部屋に入り込んで来たのよ、しかもいきなり櫛で人の頭殴ってきたの!信じられない!」
キィッと喚くと、ガウリスは驚いた表情でサードを見た。
「どうしてそのようなことをなさったのです」
「腹が立ったんだ」
説明するのが面倒と言いたげな冷めた顔で椅子にもたれかかるサードにガウリスは軽く困惑し、
「それでも寝ている女性の部屋に入るのは…」
と諌めようした…、でもそこで自分で言ったことに違和感を感じたのか私のほうへ視線を向ける。
「もしかしてエリーさんは部屋の鍵をかけていなかったのですか?だからサードさんが部屋に…」
ガウリスの言葉に、私は首を大きくブンブン動かし、訴える。
「こいつ鍵をあけるの上手なのよ!泥棒並み…ううん、それ以上!」
寝ている時に何度部屋に侵入されたのか分からない。その全てが髪の毛をとかすためで私本体には全く興味がないから放っておかれている…いや、それはそれでいいのよもちろん。
だけど夜更けに何度も部屋に侵入されるなんてたまったものじゃない、髪の状態を心配するなら夜はぐっすり眠らせればいいのに…。あー、何かまたイライラしてきた…!
「エリー落ち着けって。それでサード、そのさらわれた子供たちがどこにいるのかは聞いたのか?」
「いいや」
アレンがずっこける。
「そこ大事な所だろー?」
「二週間前にクビになった病気の兵士が知ってるわけねえだろ」
「そりゃそうだろうけどさ…」
サードは何か考えるような表情になってアレンに地図を出すよう指示すると、アレンは荷物入れから地図を取り出してテーブルの上に広げる。
「てめえらがガキをさらう立場だとしたら、どこに連れて行く?それも下手したら反抗してこちらを殺しかねないガキをだ」
突然のサードの質問に私たちは目を見張ってサードを見た。アレンとガウリスはサンシラ国周辺の地図を見て頭をひねる。
「そう言われてもなぁ…俺は掴まえたら縛って布にでも入れて自分の国に連れてってんじゃないかって思ったけど」
アレンはそう言いながらサードの顔を見ると、サードは鼻を鳴らし頷いた。まぁ考えの候補にしておこうとでもいう顔だわ。
サードはガウリスに視線を移す。
「ガウリスはどう思う?お前が一番土地勘があるだろ。ガキを連れ去って監禁できそうな場所考えろ」
ガウリスは「え」と言葉に詰まって少し嫌そうな顔になった。
子供をさらって監禁するという犯罪行為、お前だったらどうするかと言われているようなものだもの、そんな顔になるのもしょうがない話。
それでもこういう事態なのだからやらねばならないかと顔つきを改めて地図を端から端まで視線を動かす。
「…使われていない神殿…でしょうか…」
ガウリスは地図の上を指さす。
「ここの神殿は今は使われておりません。神殿ですが大昔にカドイアやベリロッドの捕虜を捕らえていたと聞いたことがあります。破壊されていなければ現在でも使用できるかもしれません」
そのままカームァービ山のふもとを指さす。
「それと昔ここには悪事を働いた者が入れられ見せしめにされる大きい檻がありました。現在では捨て置かれていますが、ずいぶん頑丈な檻らしいので今でも使おうと思えば使えるはずです」
「なるほど」
サードは頷く。
…流れ的に私にも話を振られるのかしら。ええと私だったら…とは言ってもよく分からないわね、地図だけ見たって…。
うーん、と考えていたら、サードは私には声をかけず、
「じゃあ今日も情報集めとするか。昨日と同じ面子で分かれてもいいな。戻るか戻らねえかは別として、ここを一時拠点とする」
と立ち上がった。私にはなんにも聞かないで。
ふーんそう、私には聞いても無駄ってこと。そうよねー、どうせ私に聞いたってアレンとガウリスみたいな考えなんて出ないって踏んだのよねー、あーはいはいそうですかそうですかー。
「サード、エリーと一緒で大丈夫かよ。また喧嘩するんじゃねえの?」
イライラし始めている私を見たアレンが心配そうに言うと、サードは少し考えるように目を動かしてアレンを見る。
「じゃあアレンはエリーと一緒に行け。ガウリス行くぞ」
歩きだすサードに、ガウリスは「はい」と慌てて立ち上がってサードの後ろに続いて行った。
「じゃ、俺らも行こうかエリー」
「ええ」
釈然としないけど、サードと一緒に行動するよりだったらアレンと一緒のほうが断然良い。
私も立ち上がってアレンと一緒に部屋を出た。
夏に一ヶ月雨が降らないまま気温三十五度前後の日々が続いて水が少なくなっていた時期、ある人が(水を独り占めしようとしているわけでもなく)自分ちの畑用の水をポンプで組み上げていたら、その組み上げた水が盗まれたそうです。
現代でこれなんだから昔の水不足の時に血が流れたっていうの分かる。




