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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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夜の情報収集(サード目線)

受付の男に出かけると伝えると、受付の…さっき俺らに対応したのとは別の野郎は困ったような、心配するような表情を浮かべた。


「あの、この国は子供が一人前の男になるために…」


「知っています。夜に出歩くと襲われるかもしれないんでしょう?大丈夫ですよ、私はそのような子供に負けやしません」


どうでもいいからさっさと行かせやがれこのクズが、と心の中では毒つき、顔ではニッコリ微笑む。


「あの、でももし襲われたら…」


そうか、お前は外に客を出して怪我をされたらホテルもとい自分の責任になるから出したくないんだな?


「大丈夫です。私は自分の判断で外に出るのですから、このホテルのせいにはしませんよ」


「いえ、ホテルではなくお客様を心配しているのです」


…うわ…面倒くせぇー…。


「私は勇者と呼ばれる身分です。少なからず防衛する力に自信はあります」


そう言うと、受付の野郎は驚いた顔をして俺の顔を見た。


「え…まさか本当に勇者御一行だったのですか?サードとエリーというお名前でいらっしゃったので、もしやそうじゃないかと仲間内で話していたんですけど…アレンさんは…?」


「情報収集のため今は別行動を取っているんです。今日ここで合流の手はずだってのですがその前に日が暮れたようですね」


「そうだったんですか、ちなみにどんな情報を探しているんです?私で分かることならお教えできますが」


俺はてめえと会話しに来たわけじゃねえんだよゴラ。


「少々込み入ったことでしてね、なので自分の足で情報を集めに行きたいのです。それに子供に襲われるかもとのことですが…。そうですね、この国の男性たちは私よりも強そうに見えます。きっとあなたの思う通り私ほどの腕では子供にすら敵わないのでしょう…」


沈んだ口調でわずかに目を伏せ傷ついた演技をすると、受付の野郎はあわあわと手を動かして頭をブンブン上げ下げする。


「ちちちち、違います、そのようなことは決して言っていませんし思ってもいません!どうぞ、お出かけになってください、今お開けします!」


あー面倒くせえー。最初から素直にそうしろよバーカ、クソが。


「では、ありがたく」


勇者の微笑みで軽く会釈をしてから外に出た。


昼の日差しがウソのように外はひんやりしている。歩く奴らもほとんどいねぇし、大体の家の入口はしっかりと閉められているみてえだ。


後ろから受付の野郎が「お気をつけて」と見送り扉と鍵を閉めた。


ホテルから歩き出して、ポケットに入れていた小さい布を取り出して口内の奥に押し込む。これで俺の顔はしもぶくれになった。


さらにポケットから丸い物を取り出して歩きながら両目に入れた。エリー用のシャンプーを買う時にたまたま見つけた目の色を変えるカラーコンタクトというお洒落道具だ。これで俺の目の色は茶色から青になった。


そして歩きながら服を脱いで裏返しにして着直した。紺色の服は裏返すとあえて特注で作らせた薄汚い灰色の服になる。


そして髪の毛をグチャグチャとかき乱し、地面の砂をすくっては頭から振りかける。これで何日も風呂に入ってない野宿者のような風体に見えるだろう。


これほどのことをすれば誰も俺が勇者だと気づくまい。単体だと勇者と気づかれることはまずないが、念には念を、だ。


もう表向きの表情をする意味もないから裏の表情のまま通りを歩くが、ここの通りは治安が良すぎる。


路地の横に入り込み、石畳の上を足音をさせず同じ速さと歩幅で歩き続ける。今ホテルから八百メートル歩いた。


…。今ホテルから一キロ歩いた。


ふと横に視線を向けると、薄汚い路地の裏にひっそりと明かりの灯った、中から笑い声の響く酒場があるのに気づく。


近づき入口の小窓から中を覗くが…どうやらこの中の全員が顔見知りのようで、店主から客までの全員がご機嫌に大笑いして酒を飲み交わしている。


ここはダメだ、俺が求めてるのはこんな地元の奴らが集う隠れた名店じゃねえ。


なおもホテルから何キロ離れたか確認しながら歩き続け、いたる酒場を窓から眺め、自分が求めている酒場を捜し歩く。そしてホテルから三キロほど歩いた裏通りにある酒場にたどり着いた。


窓から覗く。


明かりが点いているのに中は薄暗く煙がゆらゆら漂い充満している。…タバコの煙か?

客はというと、むっつり押し黙って酒を飲む者、タバコらしき者をふかす者、黙々と謎の料理を食べる者、賭け事らしきゲームに興じ下卑た笑いを浮かべる者と別れている。


普通だったら見向きもしねえ安酒場。しかし俺が今望んでたのはこういう店だ。


扉に手を当て、わざと足を引きずりながら中に入った。妙に甘ったるい臭いが鼻につく。タバコにしてはおかしい臭いだ。


ギギィッという立て付けの悪いドアの音に中にいる男たちが全員俺を見てきた。


俺は足を引きずりながらカウンターに寄って、


「何か飲み物」


と、声色をいつもより低く変えて言うと、


「金」


と店主はチラとも見ねえで素っ気なく言う。


財布の中から銀貨を一枚チャリン、と取り出して店主の前に叩きつけた。店主はそれを見て片眉を上げ、適当に酒を見繕って俺の前にドンと置く。


「おお!?銀貨じゃねえか」


カウンターの端で飯を食っていた男が声を上げると、後ろでゲームに興じていた男たちが顔を一斉にこっちに向ける。


「銀貨?そんななりにゃ見えねえがな」


「いいや、俺は聞いたね。あいつの金袋からチャリンて(かね)の音がしたぜ。他にも金持ってんだ」


「金持ちかよ、おごってくれよ」


ゲラゲラと笑いながら近づいて来た男たちに取り囲まれ、馴れ馴れしく肩に肘を置かれた。


とりあえず無視して酒を口の中に入れる。

…が、上等とは言えない。これは大いに水が混じっている。


酒をカウンターの上にダンッと叩きつけ、店主を睨んだ。


「最初から水入れておくたあ、ちっと酷いんじゃねえの?銀貨で支払ったあてがねえな」


店主は俺をチラと見下げた横目で見ると、ハッと笑い吐き捨てる。


「そんな汚ぇなりなのに酒の味だけは随分と分かるみてぇだな。どこでそんなに酒の味覚えてきたんだ?ええ?その銀貨だって盗んだんだろこの泥棒が」


ケッと俺は笑う。


「そうさ、こりゃ俺が盗んだ金だ」


嘘だ。これはスライムの塔で手に入れた銀貨だ。


「てめえ誰から盗んだんだ!?」


俺を取り囲んでいる男の一人が声を荒げる。声は荒いが怒っていない、興味本位で興奮して聞いているのがよく分かる口ぶりだ。


俺はニヤと笑った。


やっぱりな。この酒場には善人なんて一人もいねえ、この酒場を選んで正解だった。


「兵士」


とりあえずそう言っておくと、小さい酒場でどよめきが起こった。


「まさかサンシラのか?」


「どう思う?」


ハッキリ答えず質問を返すと、話を聞いて興味を持ったのか俺の周りには一人二人と人が増える。


「まさかカドイアの兵士か?最近サンシラに侵攻してきてるだろ」


カドイア?


頭の中で「カドイア」という単語を探す。最近見たか聞いたかしたはずだ。


…そう言えばアレンが広げた地図の中で、サンシラの右隣にカドイア国って文字があったな。


ということはカドイアは国名で…サンシラ国はカドイア国に侵攻されている。ガウリスは何も言わなかったが、しばらくこの国から離れていたから知らなかったんだな。


ここはこいつらの話に乗ってみるか。


「そう、カドイアの兵士から盗んだ。しけた野郎だったぜ。銀貨三枚しか袋に入ってねえ。国の兵士ならもっと持ってると思ったんだが」


「しっかし、その足でどうやって盗んだんだ」


一人が俺の足を指差し言うと、周りからもそうだそうだ、と声が唱和していく。


「まず俺のやり方はこうだ。地面に(すが)りつきながら近づく。『旦那、俺にどうかお恵みを』って情けなくだ」


周りの男たちはうんうん、と真剣に俺の話を聞いている。


「カドイアの兵士はこう言った。『てめえなんかにやる金はねえ、消えろ』ってな」


周りの男たちは「ああ…」と落胆したような声を上げるが、それでもそこからの展開を待ち望むようなワクワクとした表情をしていて、そんな顔を見りゃ俺だって話を盛り上げたくなる。


「そうして立ち去ろうと後ろを向いた瞬間…俺は持ってたナイフで足の腱を斬った!倒れたところをもう片足の腱もだ!」


ナイフで足を切る動作を大げさに演じながら自慢気に説明すると、周りから「おお!」っと喜びのどよめきが広がる。


「あとは痛みで悶える兵士から金を奪って悠々と逃げおおせたってわけだ」


全て作り話だがな。


だが俺の話を信じた男たちは大いに喜んでいて、


「お前やるなあ」


「最高だぜ!」


と褒めたたえてくる。


さて、銀貨と適当な作り話で俺はこの酒場に受け入れられた。これで話がしやすく…。


「それ本当の話か?」


冷ややかな声が響き渡って、場が静まり返った。


声のした方向に目を向けると、酒場の隅に粗末な鎧をまとった骨と皮ばかりの男が、ギョロギョロとした目で変わった形のパイプでタバコを吸いながらこっちを見ている。


「本当の話か?それ。どうせ作り話だろ」


「んだとぉ?なんだってそんなこと言うんだ」


俺の近くにいる男が声を荒げてそう言うと、ギョロ目の男は煙を吐きながら俺を見た。


「あんた、この国の奴か?」


「そうだ」


違うが、とりあえずこの国の奴にしておけば問題はない。


「カドイアの兵士は国境沿いの川向こうまでにしかいないはずだ。あんた、川の国境向こうまで行ってカドイアの兵士だらけのところから金を奪ってここまで来たってのか?その足で?」


周りの男たちは黙り込み俺に視線を集中させる。そう言われれば何かおかしいぞ、と怪訝(けげん)な顔つきで…。


ふむなるほど、カドイアの兵士は侵攻してきていても国境沿いにしかいねえらしい。しくじった。

だが慌てることもねえ、これくらいならまだ帳尻合わせできる。


「いいや、俺は確かにこの国の中でカドイアの兵士を見たぜ。そんで一人でうろいてる奴を狙ってやったのさ」


もちろん嘘だ。カドイアの兵士なんて一度も見てない。


「この国のどこで見たっていうんだ」


ギョロ目の男が胡散臭い物を見る目で俺に聞く。


「あれはこの町に来る街道を歩いて少しだったな。森の中で見かけた。ああ、そう言えば子供がどうの、生け捕りどうのとか言っていたような」


子供がさらわれている話を何気なく織り交ぜながらも堂々と嘘と突き通そうとすると、ギョロ目の男の目がわずかに焦点があい、口元はへの字になって「…ふん」と鼻を鳴らすとタバコを吸う動作に戻る。


その顔の動き、話は全て理解したとあからさまに俺への興味をなくした動作を見て俺の直感が告げた。


―こいつは何か知っている。


「あんた、見たところ冒険者かなにかかい?その鎧に腰に差した短剣がカッコいいじゃねえの」


適当な褒め言葉を言いながら水で薄まった酒を持ち足を引きずりつつ、ギョロ目の男の前に座った。

男は俺が目の前に座ると迷惑そうな顔をして体を横にずらす。


「今までどれだけのモンスターを倒してきたってんだ」


気にせず声をかけるとギョロ目の男は迷惑そうに横目でしばし俺を睨んでいたが、どこか観念したようにため息をつき、口を開いた。


「俺は二週間前までカドイアの兵士だったんだ」


どよめきが酒場の中に起きる。


「カドイアの兵士が、なんだってサンシラにいるんだ」


一人が指さしながら訊ねると、ギョロ目の男は手を広げた。


「見ての通り、病気になって骨と皮ばかりになって働けなくなったもんでね。お役御免になったわけだ。しかし戦いでお役御免になったわけじゃないから国から支給金は出ない。カドイアはこんな粗末な鎧と切れ味の悪い短剣だけ渡して俺を城から追い出しやがった」


と言いながら煙をプカプカと吐き出す…。う、なんか嫌な臭いだなこの煙は…タバコじゃねえぞこりゃ。


しかし俺はピクリとも眉をしかめず、話を真剣に聞く素振りで頷く。


「だから死に場所を探してサンシラに来たのさ。カドイアの海岸は崖だらけで海なんてろくに近くで見たこともなかったから、サンシラの綺麗な海とやらを近くで見たくてね。ほとんど敵国だから一度も足を踏み入れたことが無かったしな。ここから海まであと一日二日だろ?どうせ長くもないし、そのまま綺麗な海に入って死ぬつもりだ」


「おいおい、お前を食った魚を俺たちに喰わせるつもりかよ」


「まずそうだな」


ハハハハ、と笑いが起こり、俺も思わず笑いそうになるが堪えて同情の顔をする。


「そいつぁ可哀想によお」


全く可哀想と思っていないが心からの声のように言っておいて、袋の中に入っている銀貨を二枚カウンターの向こうに居る店主に向かって指で弾き飛ばす。


「水の混じってねえ、でけえボトルを丸ごとこいつにくれてやれ。末期(まつご)の酒だ」


店主は緩慢な動きながら黙々と金を拾い、それから酒を用意してこちらのテーブルの上にドンと大きいボトルを置いた。そのボトルを開けて、ギョロ目の男の目の前にあったコップになみなみと酒を注ぐ。

チラとボトルラベルに書いてあるアルコール度数を確認すると九十とある。これは一杯で十分に酔うだろ。


「…いいのか?」


ギョロ目の男が信じられないという目つきで俺を見てくる。


「飲めよ、上等な酒とは言えねえだろうがな」


カウンターの向こうから店主の舌打ちが聞こえるが、周りの男たちからは「否定できねえ」とゲラゲラと笑いが起きた。


ギョロ目の男は震える手でそのコップを持つと、大事そうにゆっくりと口の中に入れた。酒が喉を通過したのを確認して口を開く。


「ところでカドイアが何を企んで侵攻してきてるのか教えてくれよ。この足だ、戦争になんて巻き込まれたらたまったもんじゃねえからな」


ギョロ目の男は酒をもう一口飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。もう酔いが回ってる顔だ。


「毎年夏になると水不足でカドイアとサンシラでは国境沿いでいざこざが起きるだろ?あの川は国境になってるが、川の流れはサンシラの国にだけ流れててカドイアには支流程度しか来てねえ。そんでカドイアはあの川を全て自分のものにしたいからこっちとそっちは大昔から小競り合いをしてる」


その部分の話はよく分からないが、頷きながらギョロ目の男のコップに酒を注ぐ。


「大昔からカドイアはあの川を奪おうと喧嘩吹っ掛けて、そんで負け続けだ。だが助かってんだ、サンシラ国は腰が重いからな。本気出せばうちの国どころか海の向こうまで支配できるだろうに戦争は自分たちからしようとしない。この国のやつらはただ降りかかる火の粉を払っているだけだ」


一旦区切ってまた酒を飲むから、俺はまたなみなみに酒を注ぐ。


「だがカドイア国の若いボンボンが今のこのあり方を変えると言い出したんだよ。そして目を付けたのはこの国の風習だ」


若いボンボン?…まあカドイア国の王子とか若い王と言った存在だろう。


「故郷を出て自力で生活するやつだろ?」


話を先に進めるために言うと、ギョロ目の男は頷いて続けた。


「お前が見たカドイア兵はまさに子供をさらってるに違いない。ボンボンは殺せって言ってたんだが、ガキを片っ端から殺したらさすがにサンシラの奴らが黙っちゃいねえだろ?それがカドイアのせいだって分かったらサンシラは火の粉を払うどころか本気出してカドイアを潰しにくるはずだ。兵士の間じゃ、あのボンボン頭は正気か?って陰口叩いてたね」


ギョロ目の男は頭の上で指をクルクルと回す。酒が回って来たのか、最初よりも饒舌(じょうぜつ)になってきた。


「だから殺さずに生け捕りにしてるってことか」


「ったりめぇだ。命令通りサンシラ国にもぐりこんでますっての見せねぇと癇癪(かんしゃく)起こしたボンボンが次にどんな無茶ぶりしてくるか分かんねえからな」


それなら人身売買のために捕えてるわけじゃねえのか。なら捕えたガキ共はどこに連れて行かれたんだ?

サンシラの男としての自尊心が高いヒトヌスを見れば他のガキ共も大人しく黙ってるとは考えにくいが…。


「だぁら、ボンボンには内緒で殺さずさらって監禁してんだよ。行方不明のガキが増えりゃ人買いにさらわれたかってなっだろ?そうしたらよぉ、サンシラの兵士も人買いを調べるために国境から遠いこの辺に分散するわな。

そうすりゃあ、国境の警備も手薄になって襲いやすくなる。…まぁ俺はな、それ聞いた辺りからこのなりだからよ、話だけ聞かせてあとはポイ、だ。ポイ…」


呂律が回らなくなってきたギョロ目の男は頭を横にグワングワンと揺らしながらテーブルの上に重そうな頭をゴンとぶつけていびきをかいて寝始めた。


「寝ちまったからこの残りの酒貰おうぜ」


他の男たちがギョロ目の男の脇に置いていたボトルの酒を奪って勝手に自分のコップに注いで飲み始めている。


俺は酒を奪っている男たちをしり目に気配を消して酒場を出た。外に出ると甘ったるい嫌な臭いが消えうせ、清々しい空気に満ちている。


思いっきり外の空気を吸い込み、そして吐くのを繰り返した。


だが思った以上に良い情報が手に入った。人身売買の情報が少しでも手に入れば、と思ったが、こんなにも事情に詳しい隣国の兵士がいたなんて。


やはり俺はついてる。運がいい。


「おい」


ホテルに戻ろうと歩きだすと後ろから声をかけられ、振り向いた。

五メートルほど離れた場所にガキ二人がナイフとこん棒を片手にして俺を見据えている。


「今酒場から出てきただろ」


「か、金を出せ!」


ああ、これが噂に聞く夜の物盗りか。


だがこいつらは弱いな。酒場の明かりで照らされた二人の顔は緊張して強ばっていてそれが動きにも口調にも出ている。

そんな緊張して強ばった体でまともに戦えるものか。


面倒だから簡単に答える。


「全部使っちまったから持ってねえよ」


本当だ。今夜は銀貨三枚しか持ち歩いていない。


二人は黙り込んでお互いに顔を見合わせてゴニョゴニョと「どうする?どうする?」と小声で話し合っている。

その煮え切らない態度にイラッときた。


「盗るのか!?盗らねえのか!?どっちなんだ、ハッキリしやがれぶっ殺すぞガキ共が!」


二人にズンズンと近づいて行くと、二人はヒッと息を吸い込み、ダッシュで背を向け走り去っていった。


俺は大きく舌打ちしてホテルのほうへ歩いて行く。

さっきまでの上機嫌に水を差された気分で胸くそ悪い。


歩きながら口の中から布を取り出してその辺に投げ捨て、目からコンタクトを取ってケースの中に戻した。上着を脱いでひっくり返して元々の紺色の服に着直して、頭にかかった砂を手櫛で丁寧に払い落とし髪型を整える。


ホテルにたどり着くと表向き用の表情を浮かべてポケットから冒険者カードを取り出し、


「申し訳ありません、誰かいらっしゃいますか」


と声をかけた。


さっきの面倒くせえ受付の野郎がが慌てて駆け寄ってきて、小窓から冒険者カードと俺の顔を見てすぐに扉を開ける。


「おかえりなさいませ、何事もありませんでしたか」


「ええ、何も」


これ以上お前と会話はしないとばかりに通り過ぎ、階段を上がって部屋に戻る。


っと、寝る前にエリーの髪の毛を()かさねえといけねえ。


俺は自分の部屋に入り、櫛とピッキング道具を持ってエリーの部屋に向かった。


鍵穴に針金を差し入れわずかに動かすとすぐにピンと音がする。最近だと鍵穴の形状を見るだけでどのように動かせば開けられるのか分かってきた。国によっても多少違いはあるが大体は同じだ。


エリーが軽い寝息を立てて眠っているのを確認し、俺は近くにある椅子をベッドの傍らに置いてエリーの髪を梳かし始める。


地肌に櫛を当てなければエリーは起きない。むしろ起こすとギャーギャー喚いて面倒くせえ。


それにしてもこれは…昼間に岩に座って太陽の光に当たりすぎたせいか、少し髪の毛がパサついてる。保湿する液も持ってこようか…。まあそれは明日の朝でもいいか。


スッスッと梳かし続けていると、エリーがゴロリとこちらに寝返りを打って、スルスルと髪の毛が俺の手の平から滑り落ちていった。


スヤスヤ眠るその顔をしばらく眺める。


……。こうやって黙ってると好みなんだがなぁ。


最初に会った時は十四歳でガキ同然だったエリーも、十六歳を過ぎるとグッと女らしくなった。


あれこれと話し合っている時エリーは真剣な表情でジッと人の顔を見つめてくる。そんな顔で見られると瞬間的に首すじを押さえつけてそのまま唇に吸い付きたくなる衝動に駆られる。


急に唇を奪ったらどんな反応をするんだろうな、こいつは。

顔を赤らめて恥じらうか?息が漏れるか?このまま続けて欲しいって目で誘うか?


エリーのそんな顔を想像するだけで軽く興奮するが、実際こいつが唇を開くと人のやることなすことにあーだこーだとケチをつけ、俺が以前言って忘れていることすら覚えていてネチネチ嫌味を言ってくるねちっこい性格だ。


だから唇を奪ったら最後、旅をしている間中ギャーギャー喚いて鬱陶しいだろう。だからしない。


こいつは顔が良いぶん性格が悪い。


アレンみてえに従順でガウリスみてえに物静かな性格だったらもっと可愛がってやるのに。

いや、十四歳のころはそんな性格だったのにいつからこんなクソみてえな性格になった?


つーか何でこいつは一々小言を言ってくるんだ?今日もこのホテルの階段で酔っぱらって金を盗られればいいだとか意味分かんねぇこと言いやがって。


大体てめえがこうやってスヤスヤ眠ってる時に俺は外に出て情報収集してんだぞ、このブス。


段々と腹が立ってきて、思わずエリーの頭を櫛でスコンと叩いた。

Q,サードはどうやってホテルから何キロ離れたとかわかったんですか?


A,一定の歩幅と一定のスピードで歩いて距離を測っていました。忍者が体感でやる測量です。

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