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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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暗部(ガウリス目線)

「…エリーとサード、喧嘩してなきゃいいけどなぁ」


狭い室内でアレンさんが夜の外を見ながらぽつりと呟いたので私は顔を上げました。


勇者御一行と共に旅をするようになって数ヶ月。


確かにサードさんとエリーさん両名の小競り合いは多く、お互いに牙を向きかけるとアレンさんが仲裁して止める流れがこのパーティの定番のようです。


勇者御一行といえば様々な魔族を何度となく討ち果たし、一般市民が困っていればサッと駆けつけ問題を解決していくという素晴らしい話を旅人などから聞いていました。


勇者サードはまるで貴族のような品の良さがあり、実力もあるのに全く偉ぶったりしない出来た方。

女魔導士エリーはとても美しく、その物静かな容姿とは裏腹に熟練を重ねた魔導士でも太刀打ちできないほどの魔法を使う。

武道家アレンは大変な実力を持っているのに、拳をろくに振るわず誰とでも気さくに接する賢者のような存在。


しかし共に旅をしてみたら聞いていた話と実像は大分違うようだと分かりました。


サードさんの性格は噂で聞いていたものとは正反対の毒舌家で、善悪問わず自分にとても正直な人物だということ。

エリーさんは噂通りの容姿で周りの気遣いのできる女性ですがサードさんとすこぶる相性が悪く、すぐ牙をむいて杖を振り回すので物静かかと言われたら少々返答に困ってしまいます。


アレンさんなど自分は弱いから体の鍛え方を教えてほしいと戦えないことをカミングアウトする始末。

事実サードさんと対面して戦っているのを客観的にみるとこれは先が長そうと思えましたが…。


それでもサードさんは毒を吐きながらも面倒見が良い方です。ドラゴン姿だった私がいくら迷惑をかけても決して見捨てようとしませんでした。

エリーさんは悪い言葉を使わない限り人には好ましい相手として対応をして、気を使ってくれる優しい女性。

アレンさんはこの通り朗らかで人懐っこい性格ですから話やすく、体の鍛え方や戦い方を学び始めたらとことん真面目に練習する方。


噂通りでなくとも三人とも好ましい方たちです。それぞれがまっすぐで、正直で、人間味があふれていて…。


「思えばこうやって二人と離れたことないからさ、喧嘩したらもうそりゃあギスギスした感じになってるだろうなぁ。聖剣と魔法使って喧嘩してなけりゃいいけど」


独り言のように呟くアレンさんのその言葉がおかしくて、私は、ふふ、と笑いました。


「大丈夫ですよ、お二人ともそこまで我を無くす方たちではないでしょう?」


「サードはともかくエリーがなぁ…前も頭に血がのぼって戦闘中サードに魔法ぶっ放してるし」


「…」


エリーさん…何てことをしているのです。


確かにそんなことをした過去があるならアレンさんが心配する気持ちも分かりますね。

本当はもう少し先の町のホテルでサードさん、エリーさんらと合流する予定だったのですが…。その前に日が暮れてしまい、しょうがないと近場の宿に入ってしまいましたから。


勇者御一行の立場で安宿には泊まらないとおっしゃるサードさんと違い、私もアレンさんもそこには無頓着なので安めの宿に入りました。


ベッド二つでほとんど埋まっている部屋に体格の良い男二人なので余計に狭く感じますが、屋根の下でベッドに寝られるだけで十分というものです。

サバイバル生活に身を投じていたころは一度もベッドで眠ったことはなく、ほとんど風に晒され過ごしていたのですから。


しかし大人たちにさらわれたあの子らを思うと落ち着きません。彼らはよく神殿に訪れ、読み書きを学び私にもよくなついてくれていた子たちでした。

無事であればよいのですが…。


「とりあえず人身売買所はあったけど、サンシラ国の子が売られてるってことは無さそうだよな」


アレンさんが靴を脱いでベッドにゴロリと横になりながら言うので、私は頷きました。


思ったより簡単に人身売買されている場所は分かりました。


ゴミだらけの町の片隅に大きい檻があり、檻の奥には小さい子供から大人までが固まっていて、不安に虚脱の表情を浮かべ、ある者は横目で睨みつけ座っていました。


話には聞いていましたが実際に自分の目で人身売買の現場を目の当たりにすると何とも重苦しい感情に襲われ言葉を失い、この者たちはどのような気持ちで檻の前に訪れた私たちのことを見ているのかと思うと神の祝福がこの者たちに訪れるようにと祈らずにはいられませんでした。


アレンさんは小声で、


「エリーをこっちに回さなくて正解だったよな」


と言いながら人身売買を取り仕切る人物を呼び寄せ、いつも通りの人当たりのよさで声をかけました。


「ちょっといい?」


それなりに上等の服を着こんだ売買人は意気揚々とした声で足を引きずり杖を突き、手を揉みながらアレンさんの目の前に訪れ会話を始めました。


「はいはい、どんな者を御所望で?女かな?男かな?今なら働き手になる可愛い子供も揃っておりますよ」


ニコニコしながらの言葉に…嫌悪感が先だって悲しめばいいのか怒ればいいのか分からない感情で渋い気持ちで黙っていると、アレンさんは、


「いやさ、俺ら旅してんだけど、サンシラの子供が欲しいんだよね」


と切り出して、続けました。


「ほらサンシラの男って強いって聞くし、子供ならこれからの伸びしろすげーありそうじゃん?旅をするにはもってこいの仲間になりそうだしさ。サンシラの子はいないの?」


売買人はニコニコと表情を崩すことなく私たちの身なりを見て冒険者と察しのか、


「なるほど、旅の仲間になるサンシラの男の子ですか」


と言いながらもどこか小馬鹿にする目つきであごをさすり、


「しかしね、お客様。サンシラの人間は扱いにくいよ。特に男は子供の頃から一人前になるため強くなろうとしてるもんだから、売られるとなりゃ全力で反発しますよ。

今までも行き倒れたサンシラの子を見つけて売ろうとしたこともありますよ。しかし死にかけてるというのに飯も食わんで何て言ったと思います?『売られるくらいなら死ぬ』って言って本当にそのまま死にましたよ。この国のやつらは生まれたころからプライドが高いんで、自分が売り物にされるのが許せないんです。…それよりどうです、この男なんて腕っぷしも強いし旅のお役に立ちますが」


檻の中に居る一人の男を杖で指す売買人の言葉にアレンさんはうーん、と悩む素振りを見せて、


「そうだなぁ。もうちょっと考えてみるよ、今ちょっと財布の中身がヤバいからそいつみたいな強い奴買ったら宿代が無くなっちまう」


と言って私の肩を叩きその場を引き揚げようとしたら、売買人は慌てたように身を乗り出して…。


…ああ。あの後に言った言葉は今でも頭に残って消えない。


「今ならお安くしますよ」


それを聞いた瞬間、人をなんだと思っていると思わず振り向きかけましたが、アレンさんは私の腕を強めに叩きながら、


「いいから」


と私を(いさ)め、売買人へ軽く手を振り「考えとくよ」と言うと私の腕を引きつつあの場を立ち去りました。


今まで見た事のない世界を見たせいで私は激しく落ち込み、あまりに心が落ち着かずアレンさんに思わず言ってしまいました。


「あの男こそが怪しいのではないですか?」


普段人に感じることがないくらいの嫌悪を抱いた、ならばあの男こそが子供たちをさらったのでは。あんな人を人とも思わない発言をする者ならばそのような悪事などやるはずだと。


しかしアレンさんは首を横に振って静かに言いました。


「確かに怪しく感じるけどありゃただのゲスい商売人だ。足引きずってたから元気な子供なんてさらえないだろ?周りに居る売人も顔色の悪い病人みたいな奴らだったし、ああいう商売しないとあの人たちも生きていけないんじゃね?」


余計私はショックを受け、旅をすると神殿の中にいるだけでは見えなかったものがこんなにも見えてくるのかと唇を噛みしめました。


神殿の中はとても清潔で和やかで愛と感謝に溢れていました。困っている方には手を差し伸べ、相談事を聞きアドバイスをしてきました。

しかし同じ国でも神殿の外はどうでしょう。神官らが神を通して与える愛と感謝はこんなにも届いていない。


あの光景は世の中の一部を見ただけ。

治世が取れていてる我が国でもこうなのです、治世の取れていない国では今見た以上の状況に陥る者が多く存在しているはず。


全員救うなんてできるわけありません。しかし神殿に訪れずとも生きる道に迷っている方に少しでも行き先を指し示すように出来たらどれだけいいでしょう。

あの生きるために人を売らねばならない者たちにも生きる希望を与えられ、もっといい道へ導けるようになれたらどれだけいいでしょう。


…そう思えども、それはただの偽善的な理想論。実際あの者たちに何かしてやれるかと言われたら何もできないくせに。


ただ神よ、どうかあの者たちに愛と祝福を…と祈りを捧げ気持ちを切り替え、他の怪しいと思える所に次々と行きました。


どうやら人身売買所でも商売敵というのがあるらしく他所(よそ)の売人を酷く罵っている者がいて、これなら何かしら文句ついでに情報が引き出せるかもと期待したアレンさんは悪口に長々と付き合い、


「もしかしてその人身売買所でサンシラの子をさらって売り飛ばすとかしてんじゃねぇの?」


と合間に聞いたら、


「何を言ってんだよ、サンシラの子供がそうやすやすとさらえるもんかい。返り討ちに遭うわボケ」


の一言で終わり、大体の場所を周り分かったことはサンシラの子が売られている形跡は一切なかったということ。


「全部グルかも〜とも思ったけど、そうでもなさそうだったしなぁ。だったら犯人何のためにさらってんだろ…」


アレンさんの言葉に昼間の思い出から我に返りました。


サードさんも頭の回る方ですが、アレンさんもかなり頭が回る方です。

特に人間関係のやりとりなど今日見ただけで敵対する人なんて作らないのではと思えるほどでした。

どんな横柄な相手だろうがせこそうな相手だろうが、どんな人とも友人のように振る舞ってさくさくと自身の聞きたい情報を引き出してしまう。すごいお方です。


「ガウリス」


「はい?」


「サンシラの周りの国ってどんなところ?確か三つの国と接してるよな?」


「ええ。サンシラ国の北がロウデン国、東の川向こうがカドイア国、西の山脈の向こうがベリロッド国。南は海ですね」


サンシラ国は隣接する周りの国と比べるとやや小めの国。


大昔から自分たちの住む分の領土が無事ならそれで良いという方針なので国土をむやみに広げて来なかったのです。

ですからその分守りが固く国民が昔からの統一された精神を保ち現在にまで至っていて、国のほとんどを占めるカームァービ山はまるで腕でゆったり囲うような形でサンシラ国を覆い、その山脈と山脈から連なる川が国境となっています。


アレンさんが起き上がって地図を見始めるので説明を続け、


「北のロウデン国とはほとんど行き交いが無いに等しいですね、カームァービ山が互いの行く手を阻んでいますから。東のカドイアと西のベリロッドとは大昔からいざこざが多く、未だに何かきっかけがあれば戦火が起きるやもしれないという間柄です」


「ふーん…」


アレンさんはベッドの上にあぐらをかいて地図をマジマジと見続け、目だけ私に向けて聞いてきました。


「どっちかとサンシラは今怪しい状況なの?」


「そうですね…。どちらかと言えば東のカドイアでしょうか。ここにカームァービ山から流れる川があるでしょう?これは国境にもなっていて…」


身を乗り出し地図にもある大きい川を指さすとアレンさんは頷く。


「この川はサンシラ国内へ流れが向いているのでカドイアとしてはこの川をどうしても自身の国のものにしたいようですね。この川を廻り大昔からカドイアとサンシラはよく戦争になっています。今でも夏の水が少なくなる時期になると国境で頻繁にトラブルが起きていますね」


「ベリロッドは?」


「ベリロッドとも大昔からよく戦争になっています。サンシラ国は神と深く結び付いている土地なので神殿を乗っ取り神を自分たちの物としたいようです。しかし今は昔ほど戦争を仕掛けて来ずお互いに友好な関係を続けて数百年ほどたっていますが、サンシラが少しでも弱みを見せれば襲ってくるやもしれません」


「ふーん…」


アレンさんは地図をなぞり黙り込みましたが、それでも今までの話口からアレンさんが今何を考えているのか分かります。


「サンシラ国と敵対しそうな隣国の者が子供たちをさらっていると考えているのですか?」


「じゃねぇかなぁ。だっていくら人身売買の奴らに聞いてもサンシラの子供は扱いにくくて売れない、掴まえられるわけないって言われたら普通の人買いがさらってるとは思えないんだよな。

だったら戦い慣れしてる国の兵士とかが数人がかりで一気に襲い掛かってきたら?そんで子供を縛り付けて布の袋とかに入れて、あとは通行手形を見せれば自分の国にそのまま連れて行けるんじゃね?」


しかしそれだとなんのために隣国の兵士が子供をさらうのか?という疑問に当たりますが…。


「サードさんの考えた通りなのでしょうか。サンシラの子供をさらって少しずつ国の力をそぎ落とす…」


「けどさらわれた子供全員が俺らはサンシラの男だーって結束して集団で暴れる可能性だってあると思うけど。…まあまだ子供でろくな武器持ってないだろうから、そうなったら兵士から反撃喰らって全滅だろうなぁ」


アレンさんからはたまに軽い口調でヒヤッとする言葉が飛び出してくる。


思わず顔をこわばらせる私を見たアレンさんはハッとして、すぐさま拳を握り大きく頷き身を乗り出し、


「大丈夫!みんな元気!」


と、謎の励ましを私に投げかけてきます。


「…ええ…まぁ、きっとそうでしょう」


その励ましに色々とどう返せばいいのか迷ったので曖昧(あいまい)な返事をすると、アレンさんは時計をチラと見て、地図をしまってベッドの中にもぐりこみました。


「そろそろ寝るかぁ。朝になったらさっさとサードとエリーのところに行こうぜ」


「そうですね」


私は大きいベッドとベッドの隙間で窮屈そうに挟まっている机の上のロウソクの火を吹き消し、ベッドの中にモゾモゾともぐりこむと一気に静かになります。

そうなると隣の部屋からは大きいいびきが聞こえ、上の階からアハハハハと笑い声が響いてくる…。


それにしても昔であればこのような暗闇では視野が利かなかったというのに、ドラゴンの姿になってから暗闇でも周りが鮮明に見えるようになったものです。人間の姿に戻った今でもこんなにも全ての輪郭も色も全てがはっきりと識別できる。


「…今日は色々見てショックだったろ」


アレンさんがポツリと言うので、私は目をアレンさんに向けました。どうやら目をつぶったまま仰向けで話しかけてきているようで、私は顔を天井に向け、ふうとため息をつきます。


「…はい。話に聞くのと実際に見るのとでは全くの別物だと思いました。それも、人を扱っているというのに値段交渉など…」


「俺も初めて見たよ。いやー、なんか落ち込むよなぁ。あの人たちどうなるんだろって思ったらさ。嫌な感じの売人もいたし」


その言葉に驚いてアレンさんを見ました。


すべての売人とまるで長年の友人のように話し合っていたからまさかそのように思っていたとは…。

勇者御一行で様々な所を駆け抜けてきたのだから、きっとあのような光景も見慣れているんだろうと思っていたのに…アレンさんも私と同様に胸を痛めていたなんて。


「まぁそれだけなんだけど。…おやすみ」


「…」


思えばアレンさんは私より随分と年下ではないですか。それなのに今日一日、売買人に嫌悪ばかり感じて年下のアレンさんに嫌な役目を私は押しつけ続けていた。


ああ、私は…!こういう時こそ年上の者が前に出て嫌な役目を引き受け年下の者を守らねばならないというのに、こんな寝る間際になってそのことに気づくなんて、なんて不甲斐ない…!


なのに胸を痛めながらも私が嫌がっていたことを一手に引き受け文句一つ言わないアレンさんはなんて出来た人なのでしょう。


武道家らしく戦えない?そんなのどうだっていい、あなたは本当に勇者御一行にふさわしい優しいお方です。


「…神の名の下にアレンさんに愛と祝福を。おやすみなさい、いい夢が見られますように」


そう呟くとアレンさんは何がおかしかったのか、ふふ、と笑いました。

背後が山で目の前が海っていう地形は守りが固くて防衛面でいいらしいですね。

鎌倉とか東京とか。

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