サード、頭おかしくなった?
私とサードはヒトヌスと別れて、街道を少しずつ歩いている。
「少しそこで休みますか」
街道の分かれ道の脇にある、腰をかけて休むにはちょうどいい岩をサードは指さしてきた。
普段ならこんな少し歩いただけで休むだなんて言わないのに珍しい、でも別に断ることもないからサードの後ろをついて行って岩に腰かける。
きっとたくさんの人がここに座って一休みしているんだわ、岩の表面がこんなにツルツルしていて座りやすいもの。
岩をツルツル触っているとサードはさっき書いたメモを取り出した。
「ヴァンスという子が一番に売られるかもしれませんね」
「ヴァンスって…」
どういう子だったかしらと思いながらサードの書いたメモ帳に頭を寄せたけど、書かれている文字が全然読めない。
人に見せるためのメモはちゃんと読める文字で書くけど、自分用のメモだとサードは全く読めない文字で書き綴っているのよね。しかも左から右の横書きじゃなくて上から下にっていう縦書き。
多分サードの生まれ故郷で使われていた文字なんだろうけど、私からしてみれば線の連続というか…。そもそも文字なのかも怪しいから暗号じゃないかしらと思っている。
ジロジロと文字を見るだけで何も言わないでいたらサードは話し始める。
「ヴァンスは一番顔が整っている子ですよ。どんな目的であれ美少年は良い値段で売れるでしょう」
淡々と恐ろしいことを言いながら、サードは少し口をつぐんで考え込んでいる。
「しかしこの国の子がそうそう簡単に売られるようなタマでしょうか」
「そうよね」
あの小さいヒトヌスでさえも自分はサンシラ国の男、っていうプライドがあったもの。きっと相手が戦い慣れした男の人でも真っ向から歯向かいそう子もいそうな気もするけど…。
「だとしたら、子供を集めた先から売り払っているのか…。まずその情報収集はアレンたちに任せたので私たちは…」
サードが不意に言葉を止めてふっと遠くを見たかと思うと、私の顔を見た。
「そう言えば知っていますか?」
サードが大きい声を張り上げて話しかけてきたから、驚いてサードの顔を見ながら反射的に返した。
「何?」
「最近、故郷を出ている子供たちが次々に居なくなっているそうですよ」
「…はあ?」
何を言っているの、今その話をしていたんじゃない。
「あの子供たちは仲間を探していましたが、見つかったんでしょうかね?まさか人さらいに遭ったのではないでしょうか」
たからそれについての話し合いを今していたでしよ、なんで何も知らないみたいなこと言ってんのこいつ。
「最近この国に人さらいが出たという噂もありますし…心配ですねえ」
サード私の怪訝な顔を無視し、声を張り上げ一方的に話し続け、さも心配だという口ぶりで話し終えた。
意味が分からなすぎて、一体何を言ってるのこいつって気持ちのままサードをジッと見る。
サードも私の顔をしばし黙り込んで眺めてから、メモに目を戻す。
「情報はアレンたちに任せるとして、私たちは一旦次の町に泊まって…。
…そう言えば知っていますか?最近、故郷を出ている子供たちが次々に居なくなっているそうですよ。あの子供たちは仲間を探していましたが、見つかったんでしょうかね?まさか人さらいに遭ったのではないでしょうか。最近この国に人さらいが出たという噂もありますし…心配ですねえ」
サードはまた声を張り上げて、さっきと同じ言葉を繰り返している。
私はポカンとした顔でサードの顔を見た。するとサードはまた口を開く。
「そう言えば知っていますか?最近、故郷を出ている子供たちが次々に居なくなっているそうですよ。あの子供たちは仲間を探していましたが、見つかったんでしょうかね?まさか人さらいに遭ったのではないでしょうか。最近この国に人さらいが出たという噂もありますし…心配ですねえ」
ポカンとし続ける私をサードは、少し睨みつけて、
「会話に合わせろ」
と小声で言ってきた。
「合わせろって…。サード、さっきから大声で何言ってるの?」
頭がおかしくなったのかと心配してそう言うと、サードは周りに人が居ないのを確認してから裏の表情で私を見すくめる。
「こうやってこの国に人さらいが居るって噂を広めるんだよ」
「…はぁ?」
サードの言っていることが分からなくて聞き返すと、まだ分かんねえのかよ、とばかりの面倒な顔になって説明してきた。
「直接俺らが公安局に人さらいがいるっつー話をしたら、どうせまた手助けしてくださいとか面倒くせえこと言ってくるのが目に見えてるじゃねえか。だったらできる限りこの国に人さらいがいるって噂を勝手に広めさせんだ。
そうすりゃ公安局だって噂の出どころを確かめるだろうし、人さらいの耳にそんな噂が出てるのが届いたら身の危険を感じていなくなるかもしれねえ。だからさっきから人が通るたびにそういう話をしてんだろうが」
そういえば、さっきから目の前を人が通りかかる度にサードはその話を繰り返して言っていたような…。
「けど皆聞いてる素振りなんてなさそうだったわよ」
覚えている限りサードの言葉に反応している人はいなそうだった気がすると思って言うと、サードは鼻で笑う。
「噂話なんて聞きたくなくても勝手に耳に届くようにできてんだ」
そんなものかしら、私はそんなに人の噂話なんて聞いた覚えはないけど。
でもだからなのね、サードがわざわざ休もうと言ったのは。この人通りの多い街道の分かれ道で噂話を人に聞かせるためにに。
「そう言えば知っていますか?最近、故郷を出ている子供たちが次々に居なくなっているそうですよ」
人が通りかかったからサードがまた同じことを繰り返す。サードの考えが分かったから私も、
「ええ、そうらしいわね」
と少し声を大きめに返した。
それをどれくらい繰り返したかしら。
背丈でも髪の色でも目立つアレンが居ないから私たちは勇者一行だと気づかれもせず、ほとんどの人はこちらをチラとも見ずに通り過ぎていく。
それでも通りすがりに私たちの会話を聞いてチラと視線を向ける人、立ち止まって話を聞きに来る人もチラホラといた。
特に話を聞きに来たのは故郷から外に出ている子を持つ母親やその家族が多くて、許せないとばかりに憤然と怒りだす人もいた。
そうやって真上にあった太陽が少しずつ西に傾いて周りが赤くなってくるころ、ようやくサードは立ち上がって、
「そろそろ町に向かいますか」
と言ってきたから、私も立ち上がって「んー…!」と腕を上にあげて伸びをする。
歩き通しは疲れるけど、こうやってずっと岩に座っているのも結構辛いものだわ。あー、お尻痛い。
「でもこんなので本当に噂が広まるものかしら」
「男性だけなら広まらないでしょうが、女性に言えばすぐ広まりますよ。特に自分の子が外に出ている母親ならば即座に誰かに相談するでしょう。そうなればしめたものです」
まあ女の人同士の会話は確かに広まりやすいかも。特に自分の子供の危険に関わりそうな話なら旦那さんとか両親とか、同じ境遇のママ友にこんな話を聞いたって伝えるかもしれないものね。
そうしたら公安局にもそんな話があるって誰かが聞きに行って、本当かどうか確かめてほしいって訴える人も出てきたりしそう。
…でもそれって…、
「自分の手を汚さずに人を動かすってやり方よね…」
ポツリと漏らすと、サードは振り向きながらニッコリと笑った。
「何か問題でも?」
「…別に」
ただサードがやりそうな裏で暗躍するやり方だなぁって思うぐらいで問題もなにもないけど。
「ああそう言えば知っていますか?最近、故郷を出ている子供たちが次々に居なくなっているそうですよ」
向こうから人が歩いてくると、サードはまた同じような言葉を言い始める。
まだやるの?ってうんざりしたけどしょうがなく、
「そうらしいわねぇ」
と投げやりに返した。
そんな同じ言葉を繰り返し町にたどり着いて、サードと私はその町で一番のホテルにチェックインした。
「今日中にくるか分からないのですが、あと二人仲間がいるのです。お金は支払いますので、一応もう二つほど部屋を押さえていただけますか?」
サードが言うと、ガウリスが着ているような白い布地の服をキッチリと着込んでいる武道家…ではなく、ホテルマンの男性は恭しい態度で、
「かしこまりました。しかし当ホテルはお客様の安全を守るため夜の八時以降は扉に鍵を閉めさせていただいております。なので八時以降のチェックインとなりますと少々お仲間の方にお手数をおかけしますがよろしいですか?」
「そちらのご迷惑でなければ私の方は一向に構いません」
「かしこまりました。当ホテルでは八時以降にもフロントには誰かが待機しております。もしお仲間がいらっしゃった場合、そこの入口脇にある小さい小窓から名前と冒険者カード、ないし通行手形などを拝見してお仲間だと判断したら当ホテルの扉をお開けして中にお招きさせていただきます。ですのでお仲間のお名前や職業、外見などをお教え願えますか?」
サードがアレンとガウリスの事を説明すると、ホテルマンの男性はふっと私たちの顔を見てきた。
サード、エリー、アレンの名前を見て私たちが勇者一行だと気づいた顔だわ。でも仕事中だからと思ったのかそれ以上何を言うでもなく視線を落としてフロント作業に戻る。
「ちなみに八時以降の外出などは出来ますか?」
サードがいきなりそんなことを聞くと、ホテルマンは困った顔をしてから言葉を選んでいるように黙り込んだ。
「あまりお勧めは致しませんが、外に出る用事があるのなら一声かけていただければ扉をお開けいたします。戻って来た際は先ほど説明したようにしていただければ…」
「分かりました。ありがとうございます」
サードがそう言うと、ホテルマンは鍵を二つサードに渡して、
「ではごゆっくりどうぞ」
と恭しく頭を下げた。
部屋に向かうため階段を登りながら、私はサードを見上げる。
「外に出かけるつもりなの?夜に?」
サードなら一人でも大丈夫かもしれないけど、それでもこの国の宿泊業者の子供に対する自衛態度を見ても外を歩くのは危険だと思うのよね。
「別にエリーはついてこなくてもいいですよ」
「…」
別について行くとは一言も言っていないし、ついて行くつもりも全くないわよ。むしろわざわざそう言うんだから女の人?お酒を飲みながら女の人を探しに行くつもりね?
…あーそうね、船の中でもここに来るまでもろくに女の人とお楽しみなんてしてなかったものね。
「酔っぱらって子供にお金取られるんじゃないの」
少し腹が立って言うと、サードは少し目じりをきつくして私を見た。
「私が子供に負けるとでも?」
「百パーセント無いとは言えないでしょ」
「はは、言いますね」
サードは爽やかに笑いながら私の頬をギニッとつねり上げた。
「いひゃい!いひゃい!」
私はサードの手をバシッと払い落とした。
サードはムッとした表情になって私の肩をベンッと叩く。
私もムッとなってサードの背中を杖でバッシと叩く。
サードはイラッとした表情で私の体を手でドンッと押す。
「あぶなっ」
慌てて階段の手すりを思いっきり片手で掴む。それより階段で押すとか何てことをするのよとサードをギッと睨みつけ、荷物入れをヒュンと振り回してからサードの腰にドッとぶつけた。
「ぐっ」
サードから思わず声が漏れ、私を睨みつけながら聖剣に手をかけて、スッと一、二センチ引き抜く。
何よやる気?
私も杖を構えてサードに向ける。
お互いに数秒程睨み合っていると、サードが段々と冷静さを取り戻したような表情になって聖剣をチン、と収めた。
「バカやってねえで行くぞ」
まだイライラした口調のサードは階段を登っていく。
「どっちが先に喧嘩売ってきたのよ」
怒りの収まらない声で返すとサードは、
「お前だろ」
と言いながら踊り場を抜けてまた階段を登っていくのにムッカーと怒りが湧き上がる。
何こいつ、あっさり人に罪をなすりつけやかったわ。この野郎、魔法を使って階段の上まで吹き飛ばさてやる…!
杖を向け狙いを定める。でもここはダンジョンでも外でもないホテルの中だと思い直して、怒りで震える腕を理性で抑えながら下におろした。
「金でもなんでも盗られればいいんだわ。そうすれば反省なりなんなりするでしょ」
「なんだよてめえ、さっきから」
サードが立ち止まって威圧するように階段の上から私を見下ろす。
「俺がいつ外に出ようが関係ねえだろ、それとも俺が大人しくホテルの中にずっといればてめえは満足か?」
「そんなこと言ってないじゃないの」
「そういうこと言ってんじゃねえか」
「なんでそういう風に受けとるのよ?私はサードのことを心配して言ってるんじゃないの」
「てめえに心配された程度でてめえの言うとおりにしろとでも言いてえのかよ」
その言葉にはムッとなる。
「いくら言ったって自分の思った通りにしか動かないくせに」
「ったりめえだ、誰がてめえの言う通りに動くか!」
サードは私の部屋の鍵をぶん投げた。
鍵は私の横を通り越して踊り場に激しい音を立てて叩きつけられ、壁までギュルギュル回転してから止まる。
「勝手に部屋に行ってろ」
吐き捨てると、サードは一段抜かしでさっさと階段を登って行き、そのセリフとさっさと去っていく後ろ姿を見てカーッと血が頭にのぼる。
「…何よ…!」
鍵を拾いに踊り場までいってかがむ。
でもなんで私がサードの腹立ち紛れでぶん投げた鍵をわざわざ拾いに階段を降りて、こんなかがまないといけないのよと思ったら余計に怒りが湧いてきた。
船の中でサードを守りたいって思った。もっと守ってみせるとも思った。あんなに具合が悪いのに助けに来てくれたんだからって遠慮してた。
でも今思うのは一つだけだわ。
今すぐ勇者の立場を失業してしまえ…!
学生時代に駅の階段を登っている際、目の前にスゴい腰パンの男子高校生がいてパンツのゴム部分が完全に見えてる状態で、
「このズボンを一気に下に引きずり下ろしたらこいつどうなるんだろう」
という好奇心がわきましたが、私は自制心が強かったのでよしておきました。お互い助かったな。
でも血の繋がった家族で家の中だったら腰パンは絶対引きずり下ろす。やる。




