勇者さん、事件です
チェックアウトを済まし宿屋を出発し、さぁガウリスのいた神殿へ行こうと町を出てすぐ。
金髪の巻き毛をふわふわさせた少年が街道の脇からいきなりザッと飛び出してきた。
昨日ガウリスからサバイバル中の子供たちが襲ってくる可能性があるって聞いたから思わず身構えて杖を向けたけど、そういえば大人に見つかるようには犯罪はしないんだっけと思い直して杖を下げる。
飛び出してきた少年は飛び出た先に私たちがいるのに驚いた顔で身構えた、でも私たち…というより後ろにいるガウリスへすぐさま視線が移動し目を大きく見開く。
「ガウリス様?ガウリス様じゃないですか!?」
ガウリス…『様』?
ガウリスの知り合い?と振り向くと、ガウリスもその少年を見て驚きつつも嬉しそうに声を上げる。
「ヒトヌスではないですか!」
どうやらお互いに知り合いみたいで、少年…ヒトヌスは嬉しそうな顔を段々と怪訝なものにして近づいて来る。
「神殿ではガウリス様が消えたと大騒ぎになっているらしいですよ?それなのに何で海側からやってきて…?」
知合いの子に今まであったことを伝えるのには流石にためらいがあるみたいで、ガウリスは言い淀んで歯切れも悪く、
「色々と事情がありまして…。これから戻るところです」
とだけ答えると、ヒトヌスは頷きつつガウリスと一緒にいる私たちへ順々に目を向けてくる。
すると「ん?」と少し目を見開いて、ガウリスを見て、また私たちを二度見してくる。
「あの、ガウリス様。もしかして、この人たち勇者…?」
小声でガウリスに確認するように聞くとガウリスは
「そうです」と頷いた。
途端にヒトヌスは飛び上がり、パニック状態でワタワタと手を動かしながら、
「え…ええー!どうしてガウリス様が、勇者御一行と一緒に…!?」
「まあ、色々と事情がありまして…」
「う、うわああ!本物の勇者御一行だぁ!握手してください、握手してください!」
ヒトヌスは顔を輝かせ一人ずつと握手していくと、キャッホウ!と腕を上に突き出しその場で大きくジャンプする。
「うっひゃあー!すっげー、本当に勇者御一行だあ!勇者御一行と握手したー!もう手ぇ洗えねえー!」
…。可愛い。
大喜びでジャンプし続けるその姿が微笑ましくてほっこりしながら見ていると、視線に気づいたのかヒトヌスはハッとして真っ赤になりながら姿勢を正した。
「えと、初めましてなのにはしゃいですみません。僕はヒトヌスです。僕の父はガウリス様と同じ神殿の神官を務めていて、その縁でガウリス様には子供のころからお世話になっていました…」
さっきまでの子供っぽい言動とは打って変わって真面目な口調でハキハキとヒトヌスは自己紹介をして…、少し口をつぐんだかと思うとガウリスにチラッと視線を向けた。
何かを言おうとしているようにも見えるけど何も言わない。かすかに口が開いたかと思えばすぐにキュッと口をつぐんで地面に視線を落とす。
「…どうしました?家族宛ての伝言があるのならばお聞きしますよ」
何か言いたげなヒトヌスにガウリスが声をかけるけど「いえ、別に…」とモゴモゴとした返事が戻ってくる。
「神殿で騒ぎになっているのなら早めに行ったほうが良さそうですね」
サードの言葉にガウリスは頷き、
「ではヒトヌス、無事故郷に戻れるよう祈っていますよ。あなたに神の愛と祝福を」
ガウリスはヒトヌスの小さい手を取って額に近づける。
ヒトヌスもガウリスの大きい手を両手に取って、
「…あなたにも…」
と額に近づけたけど、ヒトヌスは思いつめたような表情でガウリスの手を離さないで、いつまでも額に近づけたままで固まってしまった。
「…ヒトヌス?」
ガウリスが声をかけると、ヒトヌスは顔を上げてどこか泣きそうな表情でガウリスを見上げている。まるでここでガウリスの手を離してしまったらもう助けはこない、全てが終わってしまうとばかりの救いを求めている顔で。
その表情を見たガウリスの顔つきが真剣になり、すぐさま膝をついてヒトヌスの肩に手を乗せ見上げる形になった。
「何かありましたか?」
「あったんだけど…大人の力借りちゃいけないから…」
「私は神官です。神官としてあなたの話を聞きましょう。さあ、何がありました?」
ガウリスが促すと、ヒトヌスは肩を震わせて泣き出してしまった。
そしてその口から出てきた言葉にガウリスより先にアレンが真っ先に驚く。
「ええ!仲間がさらわれた!?」
ヒトヌスは涙をぬぐいながら大きくウンウンと頷く。
「仲間だけじゃないんです、最近僕たちのように故郷を出ている同年代の男が居なくなってるようなんです、もしかしたらその全員がさらわれてるのかも…」
同年代の男って言ってるけど、ヒトヌスと同年代といったら十歳前後の少年ってことでしょ?
混乱している中でも語られ続けるヒトヌスの話はこうだった。
ヒトヌスは同郷の五人と共にサバイバル生活に出発し、お互いに力を合わせて半年前から生活していたんだって。
そうして今日の明け方前の薄暗い時間帯。
寝ている所に大人の男が数人が現れて襲い掛かってきた。
抵抗したけど寝起きでろくに抵抗できなくて仲間はあっという間に捕まってしまった。
でもヒトヌスは生まれつきすばしっこく、とにかく必死に大人の手に捕まらないよう逃げ惑っていたら、
「ヒトヌス、お前だけでも逃げろ!」
大人の男に掴まりながらも、同郷のリーダー格の少年にヒトヌスは思いっきり蹴り飛ばされ、そのまま近くの小さい崖を転げ落ちた。
それでもヒトヌスは自分一人だけ逃げるわけにはいかないと崖を見上げた。
でも見上げた先の暗闇の中から、顔もろくに見えない体格のいい男が剣を片手に崖をざりざりと滑り下りながら向かってきたのを見た瞬間、恐怖でゾッとしてしまい、あとは後ろを振り向かずその場を逃げ出した。
助けに戻ろうか、でも全員捕まった、自分はすばしっこいだけで力もないし武器もろくに扱えない、一人だけ逃げ出してしまった、仲間を見捨てて自分だけ逃げてしまった、ろくに戦いもしないで怖くて逃げだしてしまった…。
ヒトヌスは怖さと後悔とこれからどうすればいいのか分からないので頭がグチャグチャになって、そのまま走り続けてこの街道に飛び出してきたところで、私たちと会った…。
ヒトヌスは顔を赤らめながら泣き続けた。
「とっさの出来事だったけど、サンシラの男として仲間を見捨てて戦わずに逃げたなんて、皆にも、皆の母にも顔向けできません…!」
えっ、こんなに小さい子なのに、そんなことをまず考えるなんて…!?
私がヒトヌスぐらいの子供だった時にこんな…誰それに顔向けできないなんてこと全然考えたことない。ただ魔法を勉強して、外で友達と夕方まで遊んで、お菓子にご飯はまだかしらと椅子に座っている記憶しか。
「他の皆は…どうなったのかは分からないのですね?」
ガウリスが言いにくそうに質問すると、ヒトヌスは何度も頷いた。
「分かりません…。けど男の一人が言っていました。殺すな、ただ捕まえるだけだから傷つけるなって。命を狙っているのではないと思います。…でも僕は…」
後悔で押し潰されそうな表情でヒトヌスは、うつむいて嗚咽をあげ両手で流れる涙を拭い続けている。
話を聞き終わったアレンが私たちをチラチラみてから口を開いた。
「なあ、これって…」
「そうですね」
サードも頷いた。
私は話の内容がさっぱり読めなくて、何がこれで、何がそうなのよと思っているとガウリスは難しい表情で立ち上がって振り返り、サードの言葉に続けるように言う。
「人買いかもしれません」
「人買い?」
オウム返ししたけど私だって分かる。人を売買する商売のことは…。
「子供をさらって少しずつ国の力をそぎ落とす狙いか、力のあるサンシラの男を高い金で売り飛ばすつもりか、よそで力のある兵士として育てるつもりか…」
サードのダークな思考の呟きにドン引きした。
何考えてんのこいつ。でも…子供をさらった人は実際にそんな犯罪じみた考えをしていたのかもしれないのよね。じゃなきゃ子供を襲ってさらうなんてこと普通するわけない。
「これって大人が関わってもいい事件なんじゃないの?だって子供がさらわれてるんでしょう?」
ガウリスに聞くと、ガウリスは唇を噛みしめて唸りながら空を見上げた。
「故郷を出た後は全て自分たちで処理しなければなりません。死んだとしても生きる能力が無かったと言われるだけです」
「そんな…!」
こんな力任せの誘拐紛いのことをされているのに、その被害に遭った子供たちすら自分でどうにか逃げ出せって見捨てる国なの、この国は…?
絶望の顔をしているとガウリスは真っすぐに私を見てくる。
「しかしその者たちが行っていることは我が国の法で裁かれるべきことです。法律に則りその男たちを捕まえることはできます」
と言いながらガウリスは気がねするような目でサードを見た。助けたい気持ちはある、でもそれを決めるのは一緒に行動しているリーダーのサードだから。
サードは爽やかな表情のまま少し考えてから頷いた。
「そうですね。勇者として見逃せない案件です。手伝いましょう」
ヒトヌスはそれを聞いて更に泣きじゃくりながらも、嬉しそうに言った。
「神の名のもとに、あなたに愛と祝福を!」
サードから「男からの愛なんていらねえー」と言いたげな感情がチラとよぎったけど、勇者の表情を崩さず視線をアレンとガウリスに向ける。
「アレン、ガウリス」
「ん?」
「はい」
「これから二手に分かれます。アレンは土地勘のあるガウリスと共にこの界隈に人買い市場があるかどうか探ってみてください。そこにサンシラの子たちがいれば犯人はおのずと分かるでしょう。私とエリーはヒトヌスが襲われた洞窟へ行き何か手がかりがないか探してみます」
「分かった」
アレンは簡単に頷いて、ガウリスは真面目に大きく頷いて私たちから離れて歩いてく。
…ああ、アレンとガウリスが行っちゃう…。
今はヒトヌスもいるけど、私、サードとペアで行動しないといけないの…?不安だわ…すごく不安…。
でも土地勘があるガウリスと地図を読むのに長けているアレンをそっちに回すのは妥当な判断よね。でも…サードとペアとか気が重い…。
鬱々ながらもヒトヌスたちが寝起きしていた洞窟に向かった。
獣道をかなりの時間をかけ歩き続けていくと「あそこです」と、指差す。
小さい崖と言うから岩だらけの直角の崖を想像していたけど思ったよりかなり低くて木々も生い茂っているから崖という感じはあまりしない。
それでも上まで三メートルくらいはありそうかしら…だったら結構高いのかも。
崖を迂回して洞窟にたどり着き中を見てみると、薪、食料、生活の足しになる道具が最低限置かれている。
でもたき火は踏み荒らされ、炭の付いた大きい足跡があちこちに残されている。食料も、毛布も無残にも踏み散らかされて黒い足跡が残ってぐちゃぐちゃになっている。
この小さい洞窟でどれだけの出来事があったのかが一目で分かるような荒れようだわ。
ヒトヌスは泣きそうな顔になっているけど、ぐっと堪えて入口で立ったままいる。
サードは洞窟の入口から中をチラチラと見て、外に出て地面をくまなく見た。
「男は三人組だったようですね。足跡を見る限りやはりさらったのは成人男性でしょう」
と言いながら近くの木に近寄って木の肌をなぞる。
「この枝も今折れたようなものです。頭がぶつかったか…身長は約百七十センチ程、私と同じくらいですね。あとは足跡から推測するに一人は二メートル近くの大男、もう一人はエリーと同じくらいの身長でしょうか?男であれば多少小さいですね」
ちなみに私は身長百六十センチぐらい、アレンは身長百九十センチぐらい、ガウリスはアレンより背が大きいから二メートルは超えている。
「他の小さい足跡は子供たちのものでしょう。そしてヒトヌスは蹴り飛ばされてこの…」
って言いながら一、二歩前に進む。
「小さい崖から転げ落ちたと」
サードの傍に寄って下を覗き込むと、低木のあちこちの枝が人一人が通ったと分かるぐらいに折れていて、土もえぐれて新しい地面が見えている。
…それにしても足跡と折れた枝を見ただけでよくその時の現状が手に取るように分かるものよね、と思っているとヒトヌスも近寄り、
「そうです。落ちた後に男がここを滑り降りてきて、…逃げました」
バツが悪そうな顔で肩を落とすヒトヌスに手を当ててポンポンとあやすように慰める。
「けどそのおかげでガウリスや私たちに会えたんだもの、逃げるのは間違った判断じゃなかったわ」
ヒトヌスは私を見上げて、目が合うと少し気恥ずかしそうに視線をそらした。
それにしても手に伝わるヒトヌスの肩の感触はあまりに細くて柔らかい。まだ少年から抜け出していない子供の体つきだわ。
まだまだ子供なのにこんな状況になって、どれくらい心細かったのかしら…。
周りを探り続けていたサードは私たちから離れ、ややもすると喋りながら戻ってくる。
「途中で足跡が消されていました。よほど手慣れた者たちのようです」
戻るとサードはメモ帳と鉛筆を取り出しその場にあぐらをかいて座った。
「まず座りましょう。あなたも今の状況でさぞ落ち込んでいるとは思いますが、いつまでも我々があなたの周りに居る訳には参りません。分かりますね?」
そうよね、大人の私たちと長く一緒にいたらヒトヌスが手助けを受けているように思われてしまうものね。
とりあえず座るとヒトヌスもおずおずとその場に座り、サードはメモ帳をめくって鉛筆を舐めメモ帳に当てる。
「まずあなたのお仲間の名前や容姿の特徴などを教えていただけますか?」
「はい」
ヒトヌスの話によると、
・年長で十一歳のリーダー格、フェリアヌス。茶色の髪で耳にかからない程度に髪の毛を伸ばしている。身長はヒトヌスより頭一つ分高い
・ヒトヌスと同い年で十歳のヴァンス。ブロンドの豊かな巻き毛をしている。同郷の女の子から絶大な人気を持つ容姿をしている。背格好はヒトヌスと同じくらい
・同じく十歳のハリワヌス。体が弱く体力もなくて一番背が低い。髪は金髪に近い茶髪。サバイバルに向け薬草の知識をほぼ暗記した。ヒトヌスより頭一つ分背が低い
・一番年下で九歳のバジリス。ハリワヌスの弟だけど、兄より背が高く利かん気が強い。見た目もハリワヌスと似ているけど背はヒトヌスより少し高い
サードはヒトヌスが特徴などを言う度に素早く鉛筆を走らせて、大体説明が終わると質問する。
「ちなみに他の故郷を出ている者もいなくなっているらしいと言っていましたが、それはどういうことですか?」
ヒトヌスは手を動かしながら答える。
「やはり最初から一人での外の生活は厳しいんですよ。だからまずは同郷の者と共に過ごして、ある程度慣れたら分散してサバイバル生活に身を投じるのが一般的なんです。
そうやって同年代のグループを組んで行動している人たちと行き合って情報交換みたいに話をする機会もあるんですけど、仲間が居なくなったって探しまわってるグループが近ごろでかなり増えてるんです。フェリアヌスも『こんな短期間で迷子になるやつが多いなんておかしくないか?』って首をかしげてました」
私もそこまで聞いたらピンとくる。
「じゃあここ最近になって人買いが現れ始めたってことね」
そう言いながらサードを見ると頷くから、私の考えが当たったと少し嬉しくなった。
でも嬉しがる内容じゃないとすぐに思い直して、嬉しく思った自分に、バカ!と頭の中でビンタする。
「分かりました。この場所からはもう何も分からないので私たちはそろそろ行きます」
サードが立ち上がるから私も立ち上がるとヒトヌスも立ち上がった。
「本当なら僕が一人で解決することなのに…ごめんなさい」
「いいえ、ガウリスも言っていたでしょう。これは大人が法律をもって介入すべき事件です。その全ての責任はあなたにありません、悪いのは人をさらった男たちなのですから、あなたが謝ることもありませんよ」
サードは勇者らしいことを言いながら荒らされた小さい洞窟を見た。
「あなた方はここでずっと寝泊まりしていたのですね?」
サードの問いかけにヒトヌスは頷く。
「そうです。獣が昔使った洞窟のようで、近くには沢もあって周りは木で囲まれていて風も防げますから寝泊まりにちょうどいいと…」
「ここはもう使用しないように」
ヒトヌスは「えっ」と驚いた声をあげた。
「けどもしかしたら逃げ出した仲間がここに戻って来るかもしれません」
「足跡を消すような狡猾な者たちがそうそう簡単に子供を逃がすでしょうか」
サードはヒトヌスを見据えながら続ける。
「それに闇の中の出来事でもあなたを逃がしました。いくら子供が大人の力を借りてはいけないとはいえ、今回の出来事は即座に大人が動き出すことだと犯人たちも分かっているはずです。どうしても自分たちの犯行を近くで目撃したあなたを捕まえたいでしょう。
もしここに留まったらどうなると思いますか?向こうは巣穴に逃げ戻ったウサギを捕まえるぐらい簡単にあなたを捕まえるでしょうね」
ヒトヌスの表情が強ばる。
「これからは寝る場所を毎日変えること、もしよかったら知り合いのグループに入れてもらってください。そして人買いがこの近辺をうろついていることを行き合う人全員に伝えなさい。
犯人たちの狙いは生きたまま子供を捕えること、怪しい大人がうろついていたら戦いを挑まず逃げるように、と。…できますね?」
サードはヒトヌスと目線を合わせて強い口調で言い、ヒトヌスは力強く何度もうんうんと頷いた。
Q,サード何で鉛筆舐めたの?ヤバくね?
A,作者
一昔前の鉛筆は黒鉛部分を舐めて湿り気をプラスしてから書くとよく書けたんです。今の鉛筆はそんなことしなくてもよく書けます。職人たちによる技術の進化。




