道しるべになるその背中
あり得ない動きで矢を掴むやら弾き飛ばすやらして前に立ちはだかった傭兵からリアンを助けなければ、と私たちは動き出そうとする。
でも傭兵のその顔は殺してやるという類のものじゃなくて、宝物を見つけた時の私たちみたいな興奮したキラキラした目で、リアンに顔をズイッと近づけた。
「最高だ!あんた最高だよ!」
怪訝な顔のリアンの目の前で、その傭兵は興奮して顔を紅潮させながら叫んだ。
「あんた最高だよ!一人で百を超える男どもの動きを止めちまうなんざ並の奴にできるもんじゃねえ、俺はあんたに惚れたぜ!これだけの数の武器を持つ奴らに囲まれてんのに脅えもしねえその度胸、人を押さえつけ動かせなくするほどの覇気、歯向かう者には容赦しねえ残酷さ、全部俺らの望む王そのものの姿だ!俺ぁ今後働くならあんたの下で働きてえ!」
「…はぁあ?」
何言ってんのこいつ、みたいな雰囲気でいるうちに、オビドの傭兵たちの殺し合いは終わったみたいで、
「全員殺してやったぜ、ジャザ様」
とリアンの前に立つ傭兵へ自慢げに報告してくる。
「おい、てめえらも働くならこんな方のところがいいよなあ?」
その呼びかけにその全員は「うーす!」と武器を上にあげ同意している、でもリアンは後ろからその…ジャザとかいう傭兵を後ろからドムッと膝蹴りした。
「おい、勝手に決めてんじゃないわよ。何でアタシがあんたらみたいなオビドの元でこの大帝国中を略奪して回った野郎たちを面倒みてあげないといけないわけ?」
ジャザは振り向いて、軽く鼻で笑う。
「この国のトップ争いしてた二人が死んじまったんだぜ?ってことはこの国はこれから土地を巡って周りの国からの侵略が始まって荒れに荒れるだろうさ、俺らはここから遥かに遠いコールダ領遊牧地帯にいた戦闘部族サージャック族、俺はその首領ジャザ・ポローだ。あんたが俺らを使うってんならこの大帝国に侵攻する奴らは防げると思うがなあ?」
リアンは軽く黙り込んで、鼻で笑い返す。
「そもそもアタシ王だの皇帝とかそんなのになる気ないから。それにアタシのカンパニーにいるほとんどの社員が多かれ少なかれ略奪の被害に遭ってんのよ、どうやら筆頭家臣団たちはオビドに操られてましたってオチだったけど、あんたらは?」
ジャザはちょっと口を閉じて、それから簡単に返す。
「やったよ。操られずに略奪して回った」
それに対しリアンは軽蔑の顔でジャザを見てため息をつく。
「そんなあんたらが何を今更この大帝国を守るって?今更改心して民たちを守るから許してくださいとか言うつもり?どの口がそんなこと言ってんだか…」
「待って、リアン待って!」
急にアレンがリアンとジャザの間に割り入った。
「確かにこの人たちオビドの下で悪いことしてたけど、それでも理由があったっていうか…。俺ちょっと前にジャザと友達になってあれこれ聞いたんだけどさ、サージャック族の皆って長い間すげぇ国から迫害されてきたんだよ。他にたくさんいる部族の中でサージャック族がすごい強すぎてコールダ領の草もろくに生えない遊牧地帯の端に端にって年々追いやられてさ。
それもサージャック族に関わるないようにって王様から国民にお触れが出されて、百年以上孤立する羽目になったんだよ。そうなれば商人だって近寄ってこないし、草もろくに生えない場所にいるから食べられるものもろくにないし、そうなったら自分たちで作れないものは人から盗まないと手に入らなくって、そんな生き方しかできなくて…」
「それでオビドに肩入れして略奪しましたって?」
アレンはなんとも微妙な顔で口を引き結んでから何度か頷いて、
「まぁ…そうはなったけど。もちろん盗みも略奪も悪いことだよ、分かってるよ、分かってるんだけど、でもさぁ…」
「結局は略奪してたんでしょ?人を殺して、人の財を奪って、自分の物にしてまた次って。強いから迫害された?だったら大人しくしていればいい話じゃない、別の道だっていくらでも選べたでしょ、略奪しないで品行方正に暮らすって道がね!それを選べなかったなら元からその程度のオツムしかないろくでなしだったってことだわ!」
するとルミエールがおかしそうにダハハハ、と笑いだした。
笑うルミエールをリアンがギッと振り返る。
「何笑ってんのよ」
ルミエールはなおもおかしそうに笑い、
「いや何、まるで私のようだと思ってな。私も王冠を被りそのようなことを戦闘部族に言ったものだ、『戦う道以外にも生き方がある、その道を選んでみないか』と」
ルミエールは昔を思い出すかのようにフゥ、と鼻で息をつき、
「だが返ってくる言葉はほとんど似通ったものだった。『戦う以外の生き方が分からない、やり方が分からない、戦わないで暮らすなんてできるものか、戦わなかったら殺されるじゃないか』…。それまで百に近い部族らが毎日戦い、人を殺すのが日常のことだった。そんな暮らししかしていなかったから、戦い以外の平和に暮らす方法すら思いつけなかったのだ」
ルミエールはリアンを見た。
「この傭兵…。いや、サージャック族もそれと同じだ。恐らくこやつらは先祖代々に渡り手に入らない物は戦い奪う生き方をしてきたからそれでしか生きる道を見つけられなかった。リアン、お前も皇族の肩書きを捨て苦労してカンパニーのオーナーになったのであろう。だがお前のようにそれまでの生き方を全て捨てて上手に方向転換できる者はそうそういない。
私はそのように戦うことしか分からない者たちを大量に見てきた。それなのに『どうして別の生き方ができない』と責めてもどうしようもない。分からないんだ、分からないものを分かれと責めるものほど無意味な暴言はないだろう」
「…」
黙って話を聞くリアンに、ルミエールはおかしそうに続けた。
「しかしお前は王冠を被っておらぬのに、まるで王冠を被っていた時の私と同じことを言う。お前は私や私の子と違って勇気もある、度胸もある。お前が私の子であれば私はお前に皇帝の座を譲っていただろう」
「あ~ら、リベラリスム大帝国初代皇帝にそこまで言ってもらえるなんて光栄の極みだわ。それでも皇帝になる気なんてサラサラないけど」
「それは本心か?」
「は?」
リアンがチラとルミエールを横目で見る。ルミエールは腕を組んで続けた。
「皇帝になりたくないのは本心であろう。こんな滅亡確定の大帝国の皇帝になんぞ誰がなりたいと思うものか。だが別の考えがお前の中で膨らんでいるのも分かる」
おちょくるようにルミエールは続ける。
「皇帝にはなりたくない。だが皇帝の権威、権力、権利だけは非常に魅力的だ。…心の中ではそう思っているのではないか?」
「…」
何も言わないリアンにルミエールは独り言みたいなテンションであっちを見ながらつぶやく。
「この戦いの発端は魔族であろうが、それを黙って見過ごし皇族の権力を削ぎ落し、誰がその権力を握ろうとしていたのは誰だろうなぁ。そしてバーソロミューにオビドが居なくなった今、大帝国の土地を巡り周囲の国からどのような激しい侵略を受け荒れていくものやら分からん。そして自分たちの欲のため、国や自身たちを守るはずの筆頭家臣団を殺そうとした大臣や宰相に人民の命を守るための最善の策が練られるはずがない。お前の口調に合わせてみたらお前の心の中にある思いはこうではないか?」
「…」
色々と考え込んでいる顔つきでずっと黙り続けるリアンに、ルミエールはわざとらしくリアンの真似をして悪い顔で笑いながら身を乗り出した。
「『アタシ、皇帝の権威、権力、権利の全てを使って大臣と宰相どもをぶっ殺してやりたいワ』!」
「…ざけんじゃないわよ」
馬鹿にするような物まねにリアンがイラッと返す。そんなリアンに対しルミエールはふざけた態度を収め、ゆっくり話しかけた。
「なぁリアン。そこのシモーンとやらが先ほど言っていただろう。筆頭家臣団の一族の女たちは大臣や宰相に召し抱えられた、と。それを聞いてもどうにも思わんかったのか?何よりも今助けを求めている人民とはその女たちだと思わなかったか?」
ルミエールに名前を呼ばれたシモーンはちょっと緊張の顔で、そんなシモーンを見てからリアンはルミエールに鋭い視線を向けた。
「…あんた、アタシに何が言いたいわけ?もしかして英雄譚のヒーローみたいに悪い大臣と宰相を倒して王宮に閉じ込められている女性たちを助け出せとでもいいたいの?」
イライラした言い方ながらも、話し終えるころには楽しそうに口端を上げている。
「あんたの口車に乗るのはすっごく面白くないけど、その内容は面白いじゃないの。いいわ、その話乗った!」
リアンは殺され重なった傭兵たちの死体の上に登り、周囲にいる全員をグルリと見て声を張り上げた。
「あたし今、すっごく暴れたい気分なの。それも国の中枢を支える宰相とか大臣を相手に」
でもリアンは困ったとばかりに首を傾げ頬に手を当て、わざとらしい口調でため息をついた。
「でもほら、アタシってただのカンパニーのオーナーじゃない?こんなドレス風の服で王宮に押し入って喧嘩売るなんて正気の沙汰じゃないわ」
そのままリアンは膝をついたままの筆頭家臣団へ視線を向け、
「あんたらは全員宰相と大臣に恨みつらみがあるわよね?そうよねぇ、あらぬ罪を着せられ殺されそうになった挙句自分の妻に娘たちを奪われて」
筆頭家臣団たちは、何度も何度も力強く頷く。
次にリアンはバーソロミューの兵士たちに目を向けた。
「あなたたちも可哀想に。筆頭家臣団が全員粛清されちゃったら、従う相手がもう宰相だの大臣だのしかいなくなっちゃんだもの。でも悪評高いオビドに従うなんて論外、だから消去法でバーソロミューの元にいるしかなかった、そうよね?」
バーソロミューの兵士たちも戸惑いながらも頷く。
リアンはサージャック族たちを見る。
「で、あんたたちは強いって話だけどどれくらい強いの」
声をかけられてジャザは口を開く。
「サージャック族の首領になる者は代々ジャザ・ポローの名前を襲名する。その強さは自国の王どころかコールダ領に隣接する国々の国王、帝王、王君どもを数百年に渡って脅かしてきた。その全ての国で『暗くなる前に家に帰らないとジャザ・ポローが来るぞ』といえば子供どころか大人でさえ震えあがって家に帰るぐらい脅えられてたぜ」
リアンはおかしそうにフン、と鼻で笑う。
「何それ、どれくらい強いのか分かんないわよ。ま、いいわ。ちょうどいいからちょっと手貸してくんない?」
「もちろんだ」
全員をグルリと見回したリアンはずっと手に持っていた布を大きく上に掲げて伸びをする。
「さーて!王冠も壊れたし、大帝国はもう終わるわ」
そのまま男らしい笑みを浮かべたリアンは皆に背を向け、そして一回全員を振り返る。
「いくわよ、てめえら!大帝国滅亡前の一暴れにね!」
大きくはためく布を肩に乗せザッと歩き始めるその背中に、兵士も傭兵もサージャック族もついて行く道標が目の前にいるとばかりの興奮の顔で、おおおおおお!と雄たけびをあげ武器を打ち鳴らし地面を足で踏み鳴らし、その熱気に押されるように人々はどんどんリアンの後ろに続いていく。
雄たけび、鎧の音、足音…その全てが遠くなり静かになった広場で、ルミエールは軽くため息をついた。
「さて、これからどうなるものやら」
「まぁ宰相と大臣は無事とはいかないでしょうね」
サードの言葉にルミエールはいたずら好きの顔を覗かせサードを見る。
「そこからリアンがどう出るかだな」
「まあ我々が考えた通り大帝国は滅亡するでしょう、そしてリアンさんの性格上そのまま皇帝の立場に収まるはず」
「どうして、どうやって?」
私が聞くと、サードはニヤニヤしながら私を振り向く。
「それはリアンさんが負けん気が強く責任感のある性格で、地位のある皇族出身の敏腕で先見の明もある情け深いカンパニー経営者でもあるからです。どうなるのかはすぐ分かりますよ」
「…」
それ何の答えにもなってないんだけど。
「早く家に帰らないと○○が来るぞ」
↑この脅し文句は地域によって中身が変わるみたいですね。今の所知っているのはこんな感じ。
「モッコが来るぞ」←(蒙古のことらしい)
「モクリコクリが来るぞ」←(蒙古のことらしい)
「カモシカが来るぞ」←(私が言われた)
「ヤドウカが来るぞ」←(夜道怪。諸国を巡り仏の威光で物を押売りするダメ坊主が子供をさらう妖怪へと進化したもの)
「タヌキが来るぞ」←(四国の一部ではこう言うらしい、さすがタヌキ天国の四国。タヌキかわいいよタヌキ)




