恐怖で動きを封じる
膝をつくシモーン、その様子をリアンは見下ろす。
「…何?」
いきなり自分の目の前にやってきて頭を下げるシモーンを怪訝な目でみていると、シモーンは顔を上げた。
「リアン様、俺は…大帝国筆頭家臣団が一人、シモーン・エトワと申します」
えっ、シモーンってそんな肩書持ってる人だったの?
だって門番の一人みたいな感じで私たちを拠点まで案内する下っ端みたいなことをしていたのに…年齢も若そうな人だし。
リアンはそんなシモーンを見て、片眉を上げる。
「筆頭家臣団?皇帝が直々に認めた兵士しかなれないエリート様がどうしたってのよ、アタシあんたに頭下げられる筋合いなんてないんだけど」
「…。正確には筆頭家臣団と認められる前にあなたの父である皇帝がお隠れになられたので、正式に筆頭家臣団と認められてはいません」
「じゃあ自称エリートじゃないのダッサ」
ぷぷー、と小馬鹿にして笑うリアンにシモーンは懇願するような顔ですがるように近づく。
「お願いですリアン様、王宮に戻ってください、戻って皇帝になってください」
するとリアンは笑い顔からキレた顔になって、シモーンの鼻面に指を突きつけ怒鳴った。
「ハァ!?なんでアタシがこんな落ちぶれた大帝国のトップになんなきゃなんないのよ、アタシはエタンセルカンパニーのオーナーとデザイナーで世界的に成功してんのよ、そんなのお断りよ!」
「殺されたんです」
いきなりの物騒な言葉にリアンはキレた顔をしつつ、無理やり口をひん曲げながら閉じて話を聞く構えになる。
「筆頭家臣団並びに、その一族の男全員が殺されました」
「…誰に」
「大臣及び宰相です」
リアンは目を見開き、シモーンに一歩詰め寄った。
「は?大臣と宰相がなんで皇族と国を一番に守る筆頭家臣団を…」
そこまで言っていてリアンの思考回路がどんどん色んなところにへ繋がっていく顔つきになる。そしてグルリと周りを見渡して、シモーンに視線を向ける。
「つまりどういうこと?まさか…あの馬鹿兄弟を争わせて弱らせて、大臣と宰相は大帝国を乗っ取るつもりだった?そうなれば皇帝に忠実な筆頭家臣団どもが邪魔。そいつらを消してしまえば大帝国は実質政治を取り仕切る宰相と大臣のもの…。思えばそうよ、国のお偉いさんがアホな兄弟喧嘩を数年もずっと放置していることがそもそもおかしいことだったんだわ…!」
シモーンは何度も頷き首を垂れる。
「筆頭家臣団並びにその一族の男たちは大臣や宰相からあらぬ罪を着せられ処刑を言い渡され、王宮の地下獄へと投獄されました。
そして…処刑の前日、オビドが俺の前にやってきて言ったんです。家臣団たちは自前の実力で脱獄に成功した、そしてその全員を自分が殺してやったという話を。…オビドは俺に向かって『お前は筆頭家臣団になりそこなって助かったな』と…」
そのまま青い顔でうつむきシモーンは悲痛な声で続ける。
「そのまま男がいなくなった筆頭家臣団の家族…主に妻や娘たちは宰相や大臣らに召し抱えられたんです、せめて彼女たちを救いたいんです、そのためには宰相や大臣をどうにかしないといけない、でもこんな争いが起きている中俺だけじゃどうすればいいのか分からないまま今まで…だからリアン様が皇帝としてお戻りになったら…!」
「妻と娘が召し抱えられた!?あんな男たちにか!?」
怒鳴るようにオビドの傭兵の紋章をつけた中層年の男の人が歩いてきて、
「本当にか、シモーン!」
と続けて聞いた。その口調は知り合い同士のような話し方に聞こえる。でもシモーンは頭に「?」マークを浮かべているような顔で近づいてきた中層年の男の人を見上げ、
「…誰?」
と呟いた。
誰と言われたオビドの傭兵は口をつぐみ、苦い顔をするとシモーンと同じようにリアンに向かい膝をつく。
「リアン様、私は…筆頭家臣団が一人、ゼーラです」
シモーンが目を見開いた。
「ゼーラって…え?ゼーラ団長…!?」
団長…?オビドの傭兵が!?
ん…あれ?けどちょっと待って、今さっき脱獄に成功した人たちをオビドが殺したってシモーンが言っていたわよね…?
それにシモーンはマジマジとゼーラという人を横から見ていて、
「…いや、嘘だろ?顔違うし…」
とか呟いている。リアンもリアンでゼーラという人の顔をマジマジと見て首をかしげる。
「そうよねえ、おかしいわよねえ、ゼーラってば若くして団長になった褐色の肌に金髪が映える中性的な見た目、それでも細身筋肉質なクールガイだったはずよ?」
そう言われてゼーラという人を見てみる。
褐色の肌以外どれもこれもその特徴に当てはまっていないわ。
黒い剛毛の髪、りりしい太い眉にガッと見開いた目、体を覆う盛り上がった筋肉の中年男性…。
シモーンも混乱の顔でマジマジと隣にいるゼーラを見て、
「だがゼーラ団長も殺したってオビドが…」
ゼーラは沈鬱な顔のままどこを見るでもなく黙っていて、首を横に振る。
「さっきお前が言ったオビドに殺されたという筆頭家臣団ならびにその一族の男たちは、私を含め全員生きている」
そう言いながらゼーラが後ろを振り向くと、その場にいるオビドの元にいた兵士や傭兵たちの多くが前に出てきてザッとその場に膝をついた。ゼーラはリアンを見上げる。
「我々はあらぬ罪を着せられ殺される前日の夜、牢の前へ訪れたオビドに己の配下となるなら助け出してやろうと話を持ち掛けてきました」
「…」
黙ったままのリアンにゼーラは続ける。
「オビドは言うのです、『俺と共にお前たちを殺そうとした宰相、大臣、そしてその宰相らが擁護するバーソロミューを打ち倒そう』と。オビド自体は心の底から嫌いでしたがあらぬ罪を着せられ殺される寸前であったので我々は頷きました。そして我らが生きていると宰相らに知られれば面倒だとオビドの奇怪な術でこのように姿を変えられたのです」
リアンは少し目を見開き口を引き結び黙っていて、…でも次第に真顔になって、半笑いの顔になる。
「ってことは、筆頭家臣団だったのにオビドの下で国中の町や村で略奪して回ってたってこと?」
ゼーラは何ともバツが悪そうにうつむいていく。
「言い訳はしません、その通りです。しかしこれだけは信じていただきたい。我々はあくまでも宰相らを倒す目的でオビド側にいただけで完全に従う気はさらさらありませんでした。しかし…。ここからは言い訳がましくなりますが、聞いてください」
そこで息を吐いて、
「ついさっきリアン様がまだいらっしゃらない中、オビドは魔族に仕える立場の者であったと分かりました。だとすればオビドの使う黒魔術で操られていたとしかいいようがありません。…奴が何かしらの呪文を唱えると意識がもうろうとして、気づいた時には私の手には金目のものや食料が握られ、体は返り血にまみれ目の前には死体が転がっていました」
ゼーラは今までのことが頭をよぎったのかものすごく渋い顔つきになり、口を噛みしめる。
「…その間の記憶は全くありません。それでも気づけば何度も…何度もそのようなことが繰り返し続いていました。逃げようにもオビドの元から逃げらず、ここまで来ました」
その場にいる全員がシン…と静かになった中、リアンはゼーラを眺め下ろし、質問する。
「…ということは、オビドの兵士と傭兵全員が筆頭家臣団とその一族ってわけ?」
「いえ、それは…」
ゼーラが言おうとすると、「あーあ!」と投げやりな声が後ろから聞こえる。
見ると…ゼーラと同じ鎧を着た人が頭をボリボリかいて、
「いつまで続くんだよ、そんな『僕ちゃんやりたくてやったわけじゃないんですぅ~』みたいな言い訳とお涙ちょうだいの茶番」
その人は耳をホジホジしてからその指の先をフッと吹き飛ばすと、
「そういうの後にして、報酬だけどうにかしてくんねえ?報酬を寄こすはずだったオビドは死んで、ルミエールの財宝もなければ勇者様はケチときた。だったらオビドの弟の…何とかカンパニーのオーナーさんが報酬を寄こすのが筋じぇねえの?」
と、リアンが近くにいる兵士から槍をもぎとって、ビュンッとぶん投げてその傭兵の顔の中心にドッと突き立てた。傭兵は倒れていく。
「こっちは立て込んでんのよ、ふざけた話で割り込んでこないでちょうだい」
それを見てオビドの傭兵…リアンに対して膝をついていない人たちの顔がカッと怒りに染まる。
「ふざけた話だぁ!?こっちは命かけてここまできてんだよ、報酬があるから命張ってんじゃねえか、金がねえならなんのためにここにいるか分かんねえだろうが!」
その言葉に呼応するように他の傭兵たちも怒鳴りつける。
「俺らはオビドに雇われてここまで来たんだ、報酬を受け取るまではここを動かねえぞ!」
「素直に俺らに報酬出してくれるってなら、その何とかカンパニーにゃ手出さねえでこの国を大人しく立ち去ってやるぜえ?報酬寄こさねえってなら、分かってんだろ?」
明らかな脅しにリアンはブチッとキレた顔になって、チラと周囲を見渡すと…近くの兵士から弓と矢をガッともぎとり、傭兵へ向かって矢をギッと引いて、フッと放った。
流れるような綺麗な動作で放たれた矢は、まるでそこに当たると最初から決まっていたように傭兵の額の中心を射抜き、声を上げる間もなく傭兵は倒れて行く。
「てめえ!」
リアンは流れる動作で怒鳴りかけた傭兵の額へ矢をフッと放ち、同じように傭兵は倒れていく。
リアンは矢をいつでも放てるようつがえ、他の傭兵たちを威圧するように見渡すと低い低い声で言う。
「今のがあんたらにあげる報酬よ。あとは…誰にあげたらいいかしらぁ?欲しい人手ぇ上げて~…」
キリキリと矢をつがえ、目を見開き狙いを定めるリアンの背後、そこに立っていた人が動いて剣を振りかぶった。
「クソッタレ、てめえみてえなオカマに負けるわけ…!」
「危なッ…!」
皆の声がかぶる中、リアンは後ろを見ずに軽く足を上げると、真後ろ一直線にヒールでズガンッと蹴りを入れた。
それもその蹴りはどれくらいの威力があったのか、鎧を貫通した。…男の人の下半身部分に、全力で。
多分だけど、ものすごいモロにヒールの先っちょが急所に直撃したんじゃないかしら、あれ…。
「~~~~~!」
内股になって前がかみになっていく男の人の鎧からリアンは勢いをつけてヒールを抜き取ると、わざとらしく口を押えてシナを作って笑う。
「あーら、ごめんなさい、痛かったかしら?今楽にしてあげるわね」
そう言いながらリアンは勢いをつけて眉間に矢をズンッと手で深々と突き立てる。
リアンはゆらっと周囲の男たちを睨みつけた。
「これでも元皇族で武術は十分に仕込まれてんのよ。使おうと思えば魔術も使えるわ。あんたらの使うよりもっと上級で、もっと早く発動できる魔術をね!」
そこまで言って、リアンは悪者だったかしらと思うほどの顔で笑いながら矢をキリキリとつがえ始める。
「他に報酬欲しい人、手ぇ上げて~?」
クスクス笑うリアンに誰も何も言わない。むしろリアンの前でかしこまってたシモーンとゼーラでさえ恐れおののいてドン引いているのか、凍り付いたように動かなくなってしまっているわ。
「ヒィっ」
逃げ出す傭兵に、リアンは矢をフッと放つ。傭兵はドッと倒れる。
「はい次~」
リアンは矢をつがえる。
もう誰も動かない。まるで大人に激怒され、恐怖のあまり動けなくなってしまった子供みたいに、みんなが張り詰めた表情で身動き一つしない。
誰も息すらしてないんじゃないかと思うほどの静かな、でも張り詰めた空気感…。
そんな中。一歩前に動く人が現れた。
リアンはその人に矢をフッ放つ。するとその人…オビドの紋章をつけた傭兵は素手で矢をパシュッと掴んでポイと捨ててリアンにズンズン近づいていく。
「…」
軽く目を見開いたリアンは素早く次の矢をつがえ、フッと放つ。さっきより近距離だというのにどんな反応速度をしているのか、その傭兵は指先で矢の進路を変えリアンに詰めていく。
「いいぞ、やっちまえ!」
「そのオカマ野郎を殺せ!」
他の傭兵がはやしたてると、リアンに詰めていた傭兵ははやし立てる傭兵たちをギロッと睨んで、周りを見渡し怒鳴りつけた。
「おいてめえら!うるせえからしゃがんでる野郎以外のオビドの傭兵は殺しちまえ!」
するとオビドの傭兵の一団がヒュッと動き出して、仲間であるはずの傭兵たちを殺し始めていく…!?
その間にリアンの前に傭兵がザンッと立ちはだかり、私たちはこれ以上黙ってみていてはリアンが危ないと、
「リアン!」
と助けに動き出した…!
犯人の男が逃げるぞ→俺が股間を蹴り上げて動きを止めてやるドン→犯人「(ニヤリ)」→どうして効かない!?→まさこいつ女だったのか!?→犯人「その通りだハハハ」
という展開の漫画をどこかで見ましたが、女だって男の全力で股を蹴り上げられたら呻いてうずくまると思うんだよね。




