スライムの塔、攻略
次の日の朝、食堂で私たち三人は朝食をとっている。
他の宿泊している全員が冒険者のようで、チラチラと私たちを伺っている気配がする。
「勇者様たちのお口に合うかどうか…」
宿屋のおかみさんがハラハラした顔で、パン、ハムエッグ、スープ、牛乳が乗ったトレイを私たちに持ってきてくれる。
「何を申されますか。昨夜の食事も美味しくいただきましたよ」
サードはパンを手に取ってちぎりながら食べすすめる。背筋を伸ばし、優雅な手つきで食べるその様は悔しいけど勇者としての品格は十分。
「…で、五階からどうするの」
私はサードを睨み加減に呟く。
あの後はいくら待ってもサードが戻ってこないからアレンも部屋に戻って私もそのまま寝た。
まあ私は夜中に部屋に侵入して来たサードに一度起こされたんだけどね。それもドアに机と椅子でバリケードを作っていたら窓の鍵をこじ開けて侵入してきやがって。
「また勝手に人の部屋に入ってきて!」
と寝ぼけ眼で怒ると、
「寝る前にとかさねえと抜けた髪がお前の頭ですり潰されて金が枕にすり込まれるだろうが!」
と妙なキレ方をされた。それが不法侵入する奴の態度かと私もキレたけど…。
五階からどうする、の私の質問にサードは軽く首を動かし、
「やはり色々な方に聞いてみても五階以上の情報はあまりにも少なくてここでの判断は難しいですね」
「色々な方って、どうせあの女の子たちの情報でしょ?」
こっちの話し合いより女遊びを選んで…という気持ちを込めて不満気に呟くと、サードがスッと顔を寄せた。
「おや嫉妬ですか?」
カッと怒りが湧いて手を高く上げて引っぱたこうとすると、サードは素早く私の手を上からそっとテーブルに押さえ込んだ。
「いけませんよ、食事中に暴れるなんて」
「誰が…!」
怒鳴りかけるけど、周りの目が集中しているのを感じた私は怒りを抱えたまま黙り込んだ。
ムカつく!
私はパンを怒り任せにちぎってはがつがつと食べる。
「よく噛まないと太りますよ、エリー」
キッとサードを睨むけど、サードは私を無視し素知らぬ顔でパンを優雅に食べ続けていた。
* * *
雑誌に載っただけあって、スライムの塔の周りには様々な格好をした冒険者の姿が揃っているわ。
見るからに装備の整っていない駆け出しっぽい人たちから、結構強そうに見える鎧の冒険者、それと人じゃない種族で構成されている軽装のパーティ…。
それでも塔に近づく度にその場にいる冒険者たちの視線は私たちに向けられてくる。
「勇者…?」
「勇者御一行だ…」
どよめきが広がって、サードが歩く先を自然と皆がよけていく。
「…魔族の塔にしてはシンプルだなぁ。実は魔族いないんじゃね?」
アレンが塔を見上げながら言った。
今まで何度か攻略した魔族のいる塔やダンジョンはもっとおどろおどろしい雰囲気が広がっていて、魔界らしい恐ろしくも豪華な飾りつけで人を拒むような雰囲気があった。
なのにこの塔は森の奥にぽっかりと空いた原っぱのど真ん中、赤茶色の石材でできた円形状の塔がポツンと建っているだけ。
魔族の塔というより、森の中の灯台と言われたほうがしっくりくる。
「入りましょう」
サードが歩き出すと目の前に誰かがズン、立ちはだかった。
それは鎧姿に剣を差している大柄な男の剣士。それでもその顔は行く手を阻んでやったという意地悪な感じじゃなくて、どうしても話をしたくて前に来たとばかりのキラキラした目をしているわ。
「あんた、勇者のサードだろ?俺は冒険者のマーク。よろしく」
マークという剣士の男の人は人懐っこそうな顔で手を差し出す。
サードはそれを軽く握り返し、
「サードです、後ろの二人は…」
「格闘家のアレンと魔導士のエリーだろ?まさか勇者と呼ばれる一行がこんな所にくるなんてな。ほら、勇者ってもっときらびやかな所に行くと思って。どっかの国があんたたちを近衛にしたいってラブコール送ってたみたいじゃないか?」
それは橋を封鎖されて国に閉じ込められた時の話かしら。
「一つの国だけと関わると色々と問題が起こりますので。あくまでも私たちは中立ですから」
マークはキラキラした目をサードに向けている。「カッコイイ」という心の声が全て顔に出ているかのようだわ。
それを皮切りに周りの冒険者たちもいつの間にか距離を詰めて私たちを取り囲んでいた。
私たちはよくこうやって囲まれる。
サードは軽く人をいなしながら話しているけど、アレンも私もこの有名人扱いの状況に未だに慣れない。
アレンは自分より体格のいい格闘家の人たちに囲まれて、
「アレンさん!深淵の森でアレンさんの一蹴りで木のモンスターごと万年巨木が割れたって本当っすか!?」
と聞かれ、引き気味にしどろもどろで返す。
「ええー…ないない、ないって…はは…俺弱いし戦うの嫌いだし…」
「なんて謙虚な…。最高っす!」
アレン的に本当のことを言っているんだけど、むしろ好感度が上がっているわ。
そんな中私は私で女性の冒険者に囲まれ詰められている。
「エリーさんシャンプーとリンスと髪のケア用品は何を使ってるんですか?」
「日焼け止めと化粧品は?」
「冒険してるのにいつも綺麗だって皆の噂になってるんですよ!」
…別に何も使ってないんだけどなぁ…。
「…栄養のいい食事と睡眠だと思う…」
「またまた冗談言ってぇ。隠さないで教えてくださいよお」
これは何か教えるまで逃げられないパターン?でも化粧品もヘア用品も名前なんてよく分からない。特に髪のケア用品はサードが管理してるから…。
…ん?サードは仲間の女の髪をせこせことケアしている勇者だとここで皆にバラしたらどうなる?
「ええーカッコ悪ーい、思ってた勇者像じゃなーい」
ってここにいる女性陣の目がドン引きした見下げた目に変わるかも。バラしてやろうかしら。
『エリーが綺麗でいられるのならお安い行為ですよ』
言おうとした瞬間、即座にサード微笑んで言葉を続けて、女の子たちのサードへの好感度がグーンと上がっているシーンが脳内をよぎった。
…やめておこう、悔しいけどサード相手に言葉では勝てないし、無駄に好感度を上げさせたくない。
「ああーっと、早く攻略しないと予定が狂っちゃうな!サード、エリー、行こうぜ!」
この状況に耐えられなくなったのか、アレンは私たちに声をかけて人をかき分け逃げるように塔へと向かう。
「おやおや、しょうがありませんね。では失礼」
サードは卒なく言いながら私を促すから、私も逃げるようにサードの後ろを小走りでついていく。
塔の入口は単なる大きい木の板でできた扉で、簡単に開けて中に入る。扉を閉めてアレンは情けない声を出した。
「何で俺強いって思われてんだろ…本当に弱いのにさぁ。何か疲れた…」
「私もよ。ああいう扱い慣れないわ…」
「いい加減慣れろよ。勇者御一行なんて冒険者の憧れの中の憧れなんだぜ?ただニッコリ笑ってりゃそれでいいんだよ」
サードはそう言いながら先を見るから、私も同じように前を見た。
扉に入るとすぐらせん階段がある。幅は二人で並んで歩くのがちょうどいいくらいで、結構広い。
五階まではトラップも特に何もないと聞いてるから特に警戒することなく登っていくと、上からバタバタと足早に降りてくる音が聞こえてきた。
「うわっ!ああ、人か…」
身軽な服装をした男の人が剣士の男の人を支えながら降りてきた。その後ろには剣士の女の人や、エルフらしい女の子も続いてやって来る。
「もしかして五階から上に行ったの?」
アレンの声かけに剣士の男の人を負ぶる人は「ああ」と素早く答えて目の前を通り過ぎていく。
と、エルフの女の子と私の目がバチッと合った。エルフの女の子は口を手で押さえ、
「あ!え!?もしかしてエリーさん!?わあー初めまして、私エルフの魔導士でエリーさんのことずっと憧れてるんですよぉ。あ、私たち今六階に行ったんですけど、うちのリーダーが罠に引っかかってケガしちゃって…いったん戻るところなんですぅ」
手を差し出して握手を求めてくるエルフの女の子に女剣士がイラついたように声をかけた。
「おい!置いてくぞ!」
「あーん、だって勇者御一行がいるのにぃ…。いいですか?六階に行ったら宝箱があるんですけど、絶対に開けちゃだめですよ!」
エルフの女の子はそう言い残すと「待ってぇ」と仲間を追いかけて行った。
「…宝箱が罠なのかしら」
「宝箱型のモンスターなのかも」
「いいよなあ。ああいう従順そうなエルフ女…」
私たちの会話そっちのけでサードは去っていくエルフの女の子を目で追いかけ、小さく呟いている。
この男…。
ともかくらせん階段を上がっていくと、階段にスライムがプルプルして居座っている。でもサードは足蹴にしてさっさと進む。
「本当にスライムばっかりなのね」
たまにプルプルしながら天井から頭にボヨンと乗ってくるスライムもいるけど痛くもないし相手にするほどでもないわ。頭を振るって落としてそのまま進む。
「最初のフロアだな」
らせん階段を上がると踊り場があって、木の扉がある。そっと扉を開けると、大量のスライムがプルプルしながらワッとこちらに寄って来た。
普通だったらこのスライムたちを倒して先に進むべきなのでしょうけど、特に相手にもならないから歩きながら弾き飛ばして進んでいく。
フロアの反対側の扉を開けるとまたらせん階段。
階段にいるスライムをスルーして二つ目のフロアに入って大量のスライムをスルーしながら反対側の扉を開ける。
またらせん階段を上る…。
「こんなに楽でいいのかしら」
サクサクと攻略できるに越したことはないけど、ここまで苦労せずに登るのは妙な気分だわ。
「うーん、でも冒険者になりたての初心者だったらここまで来るのも苦労すると思うぜ。数も多いし」
確かにそうかも。スライムの数は階層を重ねるごとにどんどんと増えていて、数段ほどスライムで埋まっている段差が続いているもの。
でも普通だったらそろそろトラップの一つが来そうなものだけど、そんなトラップもないみたい。だって警戒心の塊みたいなサードが何の警戒もなく進んで行くもの。
そこでふと振り返る。足でチョイチョイとスライムを避けて進むアレンが遅れ気味になってる。
「蹴とばせよ、まどろっこしい」
サードがイライラとした声をかけるけどアレンは情けない顔で頭を横に振る。
「俺このプルプルしてるの気持ち悪くて無理ぃ。本当は靴でも触りたくないし…」
そうやって雑談しながら進み、ついに五階層の部屋までたどり着いた。そこには冒険者が何組かに分かれて固まっていて、新しく入ってきた人を確認するように振り向く。
「あれ…もしかして勇者御一行…?」
「進まないのですか?」
場のざわめきを無視しながらサードは表向きの顔になって歩み寄る。
「いや、誰が先に行くかで話し合いをしてて…」
「さっき強そうなパーティがケガして慌てて戻って行ったし…」
緊張した顔持ちの冒険者が報告すると、一人の冒険者が意を決したような顔でサードに近寄った。
「あの勇者様、よかったら一緒に行ってくれませんか?うちら初心者でここから先に行くのが怖くて」
「あ!ずるいぞ!それならうちらのパーティだってなぁ!」
「それならうちも!」
冒険者同士で喧嘩が起きそうだけど、サードがスッと手を上げると冒険者たちは静かになる。
「申し訳ありませんが、そのような誘いは断っているんです。確かに私たちが同行すれば安心かもしれません。しかしながら私たちのほうが世間的に認知度は高く、それだけで全てが私たちの手柄のように思われます。
そしてあなたたちがどんなに活躍をしたとしても私たちに同行したというだけで皆さんの手柄が私たちのものになりかねない。そのようなこと、私は許せないのです」
あちこちから「おお…」「何て高潔な考え…」という囁きが聞こえてくる。
でも私は知っている。
この男は単に初回限定の宝箱の分け前を大人数で割りたくないだけよ。
「それならば先に私たちは進みますが、よろしいですか?」
冒険者たちは異存なさそうにウンウンと頷く。
「では、失礼」
サードが軽く会釈をすると、女の子たちの間からキャー!と黄色い声が響き渡る。
そして六階へと続く扉を開けて、閉めた。
「さーて、本腰入れるぞ」
サードは裏の顔になって首をコキッと鳴らす。
「ほんっと、役者になれるわ、あなた」
嫌味を込めて言ってもサードは私のことは無視して六階へ続くらせん階段を登。それでも今までと同じくスライムがたむろしているだけですんなりと六階の部屋へとたどり着いた。
「ここが…六階」
見渡すと、宝箱が部屋の隅の目立たない所にひっそりと置かれているので思わず指さす。
「宝箱」
「ああー、ありゃ開けたくなるなぁ」
確かに。あんな目立たない隅っこにある宝箱を見つけたら「いいものみつけた!」と大喜びで近寄ってすぐ開けてしまいそうになるわよね。
アレンが近寄るスライムを足先で遠ざけながら、
「…ちなみに、あれどういう罠だと思う?」
と呟くと、サードが即座に返す。
「開けたら中から矢が飛んでくる仕組みだろ」
「どうして分かるの」
「後ろ」
サードの指さす方向の壁に、何かの引っかき傷のようなものが少し残っている。
「何かがそこまで飛んでった。他の壁に似たような傷は無いから戦闘による傷でもない。奇跡的に避けた奴もいるんだろ。入口で通りすぎた剣士の鎧にも一か所だけ穴が開いて血が出ていた。ってことは矢だろ」
部屋に入った一瞬、目の前を通り過ぎた一瞬でそこまで分かるのか。人間的には尊敬できないけど、この一瞬一瞬での観察眼には素直に舌を巻いてしまう。
「じゃあ横から開けたら当たらないんだな?おりゃ」
「ちょっ…」
止めようとする前にアレンは宝箱の真横に立って思いっきり宝箱を開ける。すると矢がヒュッと通り過ぎて真向かいの石の壁まで飛んで行き、カーンと当たって床にカラカラと金属音を出しながら落下すると、そのまま消えた。
「おお~」
「あのねぇ…」
アレンはしっかりしているようで、たまに後先考えず行動する時がある。
「何か入ってたか?」
サードが近寄り、私たちも宝箱の中身を覗き込む。中には銀貨が五枚に銅貨三枚が入っていた。
箱の大きさの割にちんまりとしているから少し物足りない感はあるけれど、モンスターだったってオチよりはマシだわ。
「よっしゃ!」
そしてサードは素早く硬貨を掴みあげ、重さを確認してから自分の財布に入れる。
ちゃっかりと自分のものにしているけど、まあ結局誰の財布に入っても自分たちのお金ということになるから誰も何も言わない。
ただアレンは「銀貨五枚、銅貨三枚…サード…」と呟きながら帳簿に書き記しているけど。
「なんだ、六階はこれだけか?」
「五階から先に進めねぇって話だったんだけど、六階も何もないな」
「五階は一回誰かが攻略したらあとは楽に進める仕様なんじゃねえの」
「そうなの?」
「知るか」
サードとアレンが会話しながら進み、サードは部屋の反対側の扉を開けて進む。
と、サードが空中で止まった。
「ん?」
目がおかしくなったかしらと目を擦ってみる。でもやぱりサードは空中に浮いている。
「あれ、俺の目おかしくなったかな」
アレンも同じように目を擦る。
するとサードが聖剣を抜いてゆっくりと上に振り上げ、振り下ろした。すると、サードは急に動き出して地面に着地し、踵を返して戻って来る。
「スライムが居やがった」
ポカンとした顔でサードを見る。
「どこに?」
「扉の!向こう側!それだ!」
サードが聖剣で扉の向こうをさす。見ると、サードが空中で止まり聖剣を振り回した空間がモニョモニョと動いて再び元の静けさに戻る。
「うわー!マジだ!天井から床まで透明なスライムが壁作ってる!うへー、気持ちわるー」
アレンがプルンプルンと扉のすぐ向こうで揺れるスライムを指でつついてから嫌そうに服で手をこする。
私も扉の向こうを指で突ついてみると、確かにプルプルとした感触が伝わってくる。
「…私こんなに透明なスライム初めてみた…」
じゃあさっきサードは普通に突き進んでスライムの中に入ってしまったのね。
「しかも剣先が出ねえぐらい向こうまで続いてやがんだ。エリー、やれ」
「分かった」
サードに命令されるのは癪だけど、確かにこれは私の魔法を使うしかない。
スライムに対しては炎が効果的だけど、こんな狭くて窓のない所で炎を使うと空気が足りなくなって私たちが呼吸困難になって倒れてしまうし(一度やったことがある。全滅の危機だった…)
だとしたら空気を風に変えて切り裂くしかないわね。
魔法を発動すると周りに風がたなびき、空気が風になって透明なスライムをズバズバと切り裂いていく。
でも私の魔法は強すぎて自分でもコントロールできないから、透明なスライムどころか階段や壁の一面もガツガツと切り取って塔の側面に大きな穴が開いてしまった。
「それ今だ!」
アレンはそう言うと一気に階段を駆け上がっていくけど、私の風の魔法が届かない曲がりくねった向こうにもスライムが居たみたいで、モニュンッとスライムの中に入って動きが止まる。
サードはスタスタと私の魔法で壊れかけた階段を上がり、マッチを一本すって私の前に差し出してきた。
「アレン、そこに居ると燃えるぞ」
なるほど、壁に穴が開いて空気が足りなくなる心配はなくなったから炎で燃やせってわけね。
アレンはあわあわと動きながらスライムの中から抜け出し、
「ちょ、待って!」
と慌てて私の後ろに移動する。
「上には誰もいないわよね?」
一応確認のために聞いたけど、ここにいるのは私たちだけか。
それならマッチの炎を増幅させて、階段の天井から床まで…しかも上にあがる階段いっぱいに広がっているかもしれないスライムを全て焼き尽くそう。
と、急激にアレンが力任せに杖をつかんできた。
アレンがこんな時に邪魔をしてくるなんて無い。驚くと、アレンも驚きの顔で階段の上を指さして言った。
「待ったエリー!上に人がいる!」
アレン
「うへースライム気持ち悪ぃー」(足でチョイチョイ避ける)
周りで見ていた武道家たち
「スライムすら倒さないなんて…」
「さすが賢者っす、何者に対しても慈悲深いっす」
「最高っす!」
エリー
「(余計アレンの名声が上がってる…)」