待って、心の準備ができてない
ひとしきり広い砂と骸骨まみれの部屋を歩いた後、サードは顔を斜め上にあげる。つられるように私も斜め上を見上げると、あの巨大な魔法陣が壁に見えた。
「あれ…もしかしてこの部屋一周した?」
「そうだ。入口もねえし、階段もねえ。…本当にここはゴミ捨て場らしいな、上からどんどん捨てるだけの死体捨て場」
サードは辺りを改めて見渡し、ため息をつく。
「にしても酷え絵面だ。こんな雑に捨てられたら化けて出そうなもんだぜ」
「…化けて出るって…」
いうでもなく、あれよね?幽霊…。
でも口に出したくないから黙っていると、サードは「さーて、これからどうすっか…」と独り言をいいながら壁を背にすると、フッと顔つきを変え私の手をグイッと引っ張った。
「!?な…」
何、と言い切る前にサードは私の口を手でふさぐ。
そのままサードが視線を向けている方向を見ると、カーテンの明かりが届くギリギリの所に赤い服を着た何者かが立ってる。
ビクッと思わず肩が揺れた。
一体どこからやってきたの?ここは入口も階段も何もないのに、音も無しにどこからどうやって?
魔法陣…の訳ないわ、魔法陣は私たちの後ろだから魔法陣から出てきたのならすぐ気づけるはず。それにあの赤い衣の袖、あれは地下墳墓の入口で見たのと同じ。
それじゃあ、あれはこのエディンム地下墳墓に巣くう、ナムタル…!
サードは私の口から手を離すと、音をださずに聖剣を鞘からゆっくり引き抜いた。
ナムタルは砂と人骨の上を滑るようにスウーッと進んで、私たちの居る場所へと近づいてくる。
緊張感が高まる…。
でもお互い目視できるところにいるはずなのに、ナムタルはちっともこちらを見ない、私たちが見えていないんじゃないかと思うレベルで。
…というより本当に私たちのことが見えていない?これも神のお守りの効果ってことなのかしら。
それでもナムタルは一瞬で人を死に追いやれる相手、サードの聖剣があれば倒せるのかもしれないけど魔法が使えない私と一緒じゃ思う存分に戦えないかもしれない。
じゃあ一旦このまま黙ってやり過ごすのが無難よね。
それでも一応油断をせず私たちから少し離れた場所を横切っていくナムタルをジッと目で追う。
…ん?
待って、あの横顔、ルミエールに似ている気がする。ううん、似ているどころかルミエールの肖像画と瓜二つだわ。まるで肖像画から抜け出して来たみたいに。
権威の象徴みたいな引きずるほど長く赤いマント、胸まで届くくらいの立派な白いひげ、その頭には肖像画に描かれているのと同じ王冠…。
目の下に真っ黒なクマがあって目は呆けたように虚ろ、顔も体も不気味な緑色だけど、それでも似ている。
サードにそのことを伝えようかとも考えたけど、ナムタル?ルミエール?はまだ近い所にいるから喋るのはダメよね。せめてもっと遠くに行ってから…。
ナムタルなのかルミエールなのか…、まあともかくナムタルは明かりが届かない場所まで移動していき、ついには明かりが届かない暗闇へと体が溶けるように見えなく…。
「ッドーーーーーン!」
「ギャーーーーー!」
絶叫に近い楽しそうな声が聞こえて思わず私も絶叫する。
音がした魔法陣のほうをみあげると魔法陣からリビウスが飛び出し降ってきて、ザンッと砂をまき散らし着地した。
するとリビウスの後から続々とアレン、ガウリス、モディリーと上から降って来て、アレンは到着と同時にとんでもない大声で絶叫する。
「うわっ、何だこれ骨だーーー!ッワアアアアアアーーーーー」
「こんの馬鹿ども…!」
あ、サードがモディリーの前だというのに思わず悪態づいてる。
でも振り返るとモディリーは、
「オエエエ、口ん中に砂と骨入ったぁ、オエエ、ペッペッ」
と全く気づいていない。こういう時はどこまでも悪運が強いわ、サードって。けど今はそんなことより…!
「皆静かにして、向こうにナムタルが…!」
今更遅いけど皆を見渡し静かにするよう小声で強く訴える。
だけどその奥に見えた。暗闇に紛れかけていたナムタルがこっちを振り返っているのが。
そして虚ろな目が段々と正気に戻り、私たちに焦点を合わせ目を見開きつり上げた。
「貴様ら、何者だああああああ!」
ナムタルが叫ぶと同時にガタガタと地下墳墓が揺れ出して、上から砂がパラパラと降ってくる。
床に積もった砂も振動して人骨が沈んだり浮いたりと細かく動いている。同時に「ボォオオオオオオ」とデスボイスみたいな声がナムタルから飛び出した。
モディリーは顔を上げる。
「これだ、俺が財宝見つけた時に聞こえてきた声!ってことは声の正体はこいつ…!」
「ってかあれルミエールじゃね?見た目も肖像画と全く同じじゃん」
こんな状況だというのに、アレンは今そんな話してる場合じゃないでしょってことを口にする。そしてリビウスも今の状況なんて我関せずではしゃぎだした。
「じゃあさ、じゃあさ、あれ王冠?あの頭にかぶってんのが神様だか天使からもらった王冠?かっこいい!俺あれ欲しい、かぶりたい!」
リビウスの言葉にルミエールはピクッと反応した。
「この王冠が…欲しい?」
その言葉にルミエールはあごが外れそうなほど口を開けて、怒鳴りつける。
「やらん!誰にもやらん!王冠は誰にも渡さん、私のものだ、この王冠は私のものだぁあああああああああ!」
その言葉と同時にルミエールの口から鼻から目から耳から出てきた緑のモヤはドワドワと私たちに放たれ迫ってくる…!
「うわああ!やっべ、ガウリスさっきのやって、さっきの!」
アレンがガウリスの後ろにサッと隠れる。さっきのって一体、と思わず振り返るとガウリスは、
「え、え、いや私は先ほどから別に何も…」
と困惑しながら後ろに隠れるアレンを振り向き振り向きみていて…、そんな二人を見ている私にも緑のモヤが迫るからアーウェルサでモヤをかわした。
緑のモヤが迫るガウリスとアレンを見る、するとガウリスの体は淡い金色の光に包まれ、服がフワッと風で動くように浮き上がったと思ったら、ガウリスを中心に光が下から上へドンッと立ち昇っていく。その光に触れたモヤは瞬時にスパァンッときれいさっぱり消えていった。
「え!ガウリス今の…何!?」
困惑の顔のガウリスは、
「分かりません、ただ悪い精霊に効果のある神の呪文…カファレフメムヨドと唱えてから勝手にこのようなことが…」
「悪い精霊除けの呪文ってそういうものなの、ナディム!?」
思わず聞くとリビウスの顔はヒュッとナディムに変わり、
「前にベルーノが唱えた時はこんなこと起きなかった。やはりガウリスが本職だというのと…神に近いからだろう、相性がいいから一度唱えたら勝手に害になりそうなものは弾いているんじゃないか?」
なるほどと頷くけどナディムはものすごく顔をしかめたままナムタルへ視線を移した。
「だが本来であればナムタル程度、今の呪文でどこかへ消えていくはずなんだ。だが本職であるガウリスが唱えてこのような芸当をしてもあれは全く消えやしない、消えるのは体から出る瘴気だけで本体はにじり下がる程度…」
「ここを管理している魔族のメーギュスト伯とやらの力で数十倍タチの悪いモノに成り下がっているのでしょうね」
表向きの顔になったサードが継ぎ足すとナディムは頷き、
「それも死に至らせる瘴気の力も一般的なナムタルよりもっとずっと上だ。おかしいと思っていたんだ、ナムタルには離れた者を遠隔で殺す能力なんて無い、あくまでも近くにいる者に対し病気を発症させ殺すのがメイン…」
喋っているナディムの顔がヒュッとリビウスに変わる。
「俺強い子だから大丈夫、病気すぐ治る」
するとすぐにヒュッとナディムに切り替わって、
「僕にも効果はないが、人間種の全員は気をつけるんだ、少しでもあの瘴気に触れでもしたら死ぬぞ」
「分かった!」
アレンはそう言いながらガウリスの背後にピッタリマークして、モディリーも、
「うひぃー、おっかねー」
と言いながらガウリスに隠れるアレンの背後にサッと隠れた。
…ガウリスの影から順番に顔をヒョコヒョコと出しているアレンとモディリー…。こんな状況でもなんか笑える。
「ああー」
うめき声が聞こえてナムタルに視線を戻すと、さっきまで焦点が合っていたその目はまた呆けて虚ろになっていて、「ああーああー」と上半身をメトロノームみたいに左右にゆらゆら揺らし、緑色のモヤを顔の至る所から細く長く煙のように立ち上らせている。
「…ああ、ああああ…、うあああああああ!」
引きずるほどの長いマントの下から緑の手が大量に飛び出してきて、四方八方に砂と骨をザスザスとまき散らし広がっていく。
皆が一斉に動いた。
サードは先頭に立ち真っ先に伸びてくる手を聖剣で斬りつけ、ガウリスへ向かう緑の手はガウリスからの光でスパァンッと消えていく。
私はさっきからアーウェルサで体に当たらないようにしているけど、ガウリスの近くにいこうかしら。アーウェルサは数分単位で解いておかないと体がどこかに消えそうで怖い、でもこんな緑のモヤが漂っている所で解きたくもない。
ガウリスの傍に行こうと動くと、一番前にいたサードへ緑の手がザザザザとあらゆる方向から向かっていく。
と、近づく手を全て確認したサードは、その場を動かずブォオン!と当たりそうにもない数メートルも離れた場所で聖剣を振り回した。
え!サードの距離感バグった!?
驚いて立ち止まる。それでも迫る緑色の手はサードの剣の動きと共にザンッと切断され、ブワッと緑色のモヤになって飛散し消えていった。
「!?」
さらに驚いていると私と目が合ったサードは、
「アーウェルサを解き忘れて消えないように。何ならガウリスの近くへ移動してください」
と指示してくる。でもそんなこと言ってる場合じゃない。
「サード、今、そこから動かないで遠くのもの斬った…!?」
緑の手が斬られた離れた場所とサードを指さし聞くと、モディリーが随分離れているのを見たサードはニヤッと笑いながら伝えてくる。
「ロナーガに言われて色々攻撃方法思いついたんだ。これはこの世の全てが斬れるもん、そんでてめえは風の力で物を切り裂くだろ、あれの応用で風圧で離れたもんを空気ごと斬った」
「…サードがまた人間離れしていく…」
「それを言うならガウリスのほうが人間離れしてんだろ、それよりここからならギリギリ今の攻撃が届くか…」
聖剣を大きく振りかぶるサードを見て、リビウスがヒュッと駆けだす。
「待ってサード!俺王冠もらってくるからちょっと待って!」
砂と骨だらけで走りにくい場所もなんのその、リビウスは猛スピードで私たちの横を駆け抜けていく。
「ねえーーー!その王冠俺にちょうだーーーーい!」
王冠に向かって手を伸ばし大きくジャンプするリビウスに、ナムタルは激高しながらボォオオオオと周りが揺れるような声をあげる。
「やらん!これは私のだ、私のものだぁああああ!」
怒りに呼応するかのようにナムタルの大きく開いた口からボッと大量の緑のモヤが噴き出されてリビウスを包み込む。でもリビウスはイヒヒヒと笑いながら緑のモヤを突破すると、そのままナムタルの頭から王冠を奪い取って着地した。
頭から王冠が離れるたナムタルの目はグリンと白目を剥いて、膝をついてゆっくりと砂の上に倒れ込む。
「…倒し、た…?」
しばらく様子を見てみても起き上がる素振りは無い。っていうことは、王冠が動力源だったとかそんなのかしら。
リビウスはパッと顔を輝かせて王冠を掲げながら、
「王冠♪王冠♪王様の王冠♪カッコイー!」
と嬉しそうに自分の頭にカポッと被る。
もう大丈夫そうとみたのか、アレンはガウリスの後ろからそーっと出ると、ナムタルを遠巻きに避けリビウスに近寄り手を伸ばした。
「リビウス、次貸して次、俺も王冠被りたい」
「イヤッ」
リビウスは笑いながら頭にかぶる王冠を抑えて逃げ出し、アレンは、
「いいじゃんかよ、待て待て~」
と倒れているナムタルの周りで楽しそうに追いかけっこしている。
今まで人を急死させるナムタルと対峙していたっていうのに緊張感がない…。ま、案外あっさり倒せて良かったわ、じゃあ次はどうやってここから脱出するかよね。
「この体はしばらく私のものとなる」
「ん?」
聞きなれない声がして振り返ると、倒れていたナムタルがのっそり立ち上がっていて、楽しそうに逃げるリビウスに指をクッと向ける。
「…!リビウス危ない!」
叫ぶと、リビウスは「え?」と振り返った。完全に立ち上がったナムタルは、さっきまでとは違う落ち着いた、まるで若者のような声でリビウスをを見据え言った。
「マイレージ、リビウス、ナディム。お前たちは全員ヒズの体に入れない。遠くへ離れろ」
その言葉の次に、リビウスの顔はヒュッと消え、ヒズに戻る。
「あらあ?」
キョトキョトと辺りを見渡すヒズから離れたところで、私たちの目に見えるようナディムがブワッと姿を現わした。
「気をつけろ!」
「何を!?」
リビウスと一緒に走り回っていたアレンは慌ててナムタルから離れ大声で聞き返すと、ナディムは非常事態とばかりの強ばった顔で、
「ベルーノが…ベルーノがナムタルの体を乗っ取った、そこにいるのはナムタルじゃない、ベルーノだ!」
「…え…?」
ナムタルはゆっくりと私たちのほうに首を向けて、それから私に焦点を合わせ真っすぐ見た。
ナムタル…じゃない。ベルーノは私に向かって口を開く。
「ここで全て終わらせるために来た。…ところで君に前言ったことを覚えているか」
頭が真っ白になって黙っている私に、ベルーノは静かに続けた。
「どうしても私を連れて行きたいのならば力づくで連れて行け。…それが出来るものならばやってみろ」
まるで心の準備ができる前に魔族のラスボスと出会ってしまったかのような錯覚を、私は覚えた。
―理想―
リビウス(見た目ヒズ)
「うふふ、捕まえてごらーん」(タタタ…)
アレン
「ハハハ、待て待て~」(タタタ…)
―現実―
リビウス(見た目ヒズ)
「捕まえてごらんっ!」(100m走5秒のスピード)
アレン
「無理っ!」(100m走12秒のスピード)
サード
「(リビウスにゃ何かしらのモンスターの血入ってんだろ、あれ…)」
※地球での100m走世界一の記録は9秒弱、10代後半男性の平均は14秒弱、口裂け女は3秒。陸上部が口裂け女から逃げ切った話絶対嘘だろ。




