勇者の言うセリフじゃない
ミラーニョの言葉に驚き、私はつい身を乗り出し早口で聞き出した。
「ミラーニョって、これくらいの背の高さで気の良いおじさんみたいなニカニカとした笑い方で、メタボ体型の?」
オビドとバーソロミューは「えっ」と同時に顔を上げて聞き返してくる。
「知ってんのか?ミラーニョ様を?」
その言葉に続けて私は、
「知ってるも何も知り合いよ!少し前に出会って色々と手助けしてくれたわ、すごく信頼できるし頼りになる人よ」
その私の言葉に、自分たちはもう終わりだ、みたいなどんより沈んでいた雰囲気が二人から消えて、笑顔が浮かぶ。
「なんだ、お前らもミラーニョ様に世話になっておったのか」
「ってことはミラーニョ様に会ったってことだろ?どうだ、元気でおられたか?」
「ええ元気にしているわ。今は新しくできた国の大臣になって腕を振るっているに違いないわ」
二人はおかしそうに笑い合っている。
「相変わらず国の内部に入って色々やってるらしい」
「ああ」
「それで、ミラーニョさんがどうしたと?」
サードに促された二人は、もう私たちは気の置ける友人とばかりに気さくな態度で話しだした。
「ミラーニョ様は余たちがビンに閉じ込められているのに気づいてすぐ外に出してくれたのだ」
「ビン?」
ガウリスが気になった所を繰り返すとバーソロミューは指でサードを差し、
「そこの勇者の言う通り余たちは人間ではない、本物のバーソロミューとオビドは生まれたと同時に殺し、そのまま成りすましてきた。成長を重ねるたびにバーソロミューの余は父の姿を似せながら育ち、オビドは母の姿に似せつつこの姿になってな」
「それじゃあ結局あんたら何者なんだよ」
モディリーが聞くとオビドは答える。
「この辺に居ついてるジャーンって精霊だ」
「…ジャー…ン?」
何それ、聞いたこともない名前だわ。
私の困惑した反応に二人は視線を合わせ、肩をすくめてボソボソと会話をする。
「知らねえみてえだ」
「しょうがあるまい、余たちはこの地域にしか居らぬからな…」
「ジャーンという名のモンスターということですか?…ああ、この地域では精霊と呼ぶのでしたね」
サードの言葉にオビドは頷き、
「そうだ。自分で言うのもあれだが、俺らジャーンはこの地域に住む精霊の中でも一番低級の存在なんだ」
「階級があるのですか」
ガウリスが聞き返すとバーソロミューは頷いて、
「そう。最高位がマリード、次にイフリート、シャイターン、ジンときて、余たちジャーンである」
「あ。イフリートとジンなら俺も聞いたことあるぜ!」
はしゃぎながら言うモディリーに二人は顔をしかめ、顔を寄せ合ってボソボソと愚痴っぽく言い合う。
「イフリートの野郎共は無駄に見た目も派手で技のパフォーマンスが上手だからな…」
「ジンだってこの地域の精霊の総称ぐらいの下っ端であるのに…なんであやつ共がこんな世界的に有名になったのだ…」
…どうやら同じ精霊同士でも仲がいいってわけでもないのねと思っていると、オビドは頭をガシガシとかいて、
「まぁ俺らジャーンは悪い精霊だがイタズラをする程度しか人に害は出さねえ、人に石を投げたり道に迷わせてからかったりする程度。言い変えりゃそのくらいの力しかねえ」
「そういうイタズラ、まるで妖精みたいね」
思ったことを口にする私を、オビドはすぐさまギッと睨んでくる。
「精霊だつってんだろ」
精霊の立場は譲れないのかイラッとした口調で言い直すと、バーソロミューは昔を思い出すように腕を組む。
「余たちはこの辺をねぐらにしていたのだが、近所のシャイターンによくいじめられていたのだ、ちなみにシャイターンはこの辺の精霊の中で一番性格も性根も悪く、どうあっても人に害を出す精霊であるぞ」
「そのシャイターンにビンに詰め込まれてその辺に放置されたんだ俺らは。そうして外に出られないままどれだけ経ったんだか…ある日ミラーニョ様に助けていただいた。だから言ったんだよ、外に出してくれたお礼に三回願いを叶えますってな。俺とこいつを同時に助けたから二人合わせて六回分の願いを」
「その願いの一つが大帝国の滅亡…てこと?」
二人は同時に頷く。
「その前に『自分が死ぬまでしもべでいること』『決して逆らわないこと』『黒魔術を教えるから覚えること』の三つを願われた」
「黒魔術を覚えろと?」
サードが聞き返すと二人はウンウン頷いて、
「そこで余たちはミラーニョ様に忠誠を誓って黒魔術をあれこれ覚えたのだ。人間が使う術を精霊の余たちに覚えろとは残酷なことをと思ったが、覚えてみると案外と勝手がよくてな」
「ってことは、オビドどころかバーソロミューも黒魔術を覚えてたってことかよ」
モディリーが呆れたように言うと二人はハッハッハッと笑って、
「そうだ、余はオビドのことを魔族だの黒魔術を使っているだのと言いふらしておったが、実は余も使えたのだ」
「っていうか待って、ちょっと聞いてもいい?」
モディリーはそこで話を区切ってから私たちを見てくる。
「どうして高潔だって噂の勇者一行が半魔族のミラーニョとかいう輩と知り合いなわけ?それも信用してるとか頼りになるとか…」
あ…。しまったわ、ついミラーニョの名前が出たから親しい感じで言っちゃったけど、マズかったかしら。
するとすぐさまサードは口を開く。
「確かにミラーニョは魔族の血が混じっていますが、半分は人間です。人間の血が混じっているということで兄や妹から冷遇され育ち、特に兄のことはひどく憎んでいました。
なのでどちらかと言えば人間側に立っている方だったのですよ。その上で魔族の兄を追いやるためにご協力いただいたのです。これがウチサザイ国であった出来事の一つです」
「あ、なるほど…。って言いたい所だけどさぁ、じゃあ何で人間側に立ってるはずのミラーニョがこの大帝国を滅亡させてほしいってこいつらに願ったわけ?そこ納得できないんだけどオッサン」
するとサードは時間をかけゆるゆると空中を見上げ、ミラーニョを思いだしながら同情するような悲しい表情をすると、
「それは彼も本意ではありませんでした。しかし魔族とは人を苦しめることが生きがい。ですから兄から命じられていたのです、世界を回る中で人を苦しめることし続けろと。断れば自身の命はなかったと彼もおっしゃっていました…」
「…そっかぁ…」
胡散臭いサードの演技でも、モディリーは納得した。それよりモディリーって本当に裏社会で生きてきた人なの?こんな嘘くさいサードの言葉にあっさり騙されるなんて…。
それよりもよ。
リベラリスム大帝国のこの現状はミラーニョが裏で仕組んでいたことが始まりなのよね?
タテハ国で幽閉の身になった今でもミラーニョが世界にばら撒いてきた悪事の素がこんな形で続いているとかとんでもないことだわ。むしろあの頭の回るミラーニョが世界中にどれだけの害を振りまいて、それがどんな悪い形で今も進行しているのかと思うと何か不安になってきた…。
「それにしても皇太子になりすましてから数十年程度でここまで帝国を衰弱させられるとは思わなんだ」
「ああ、もう少しでミラーニョ様に胸張って報告に行けるってもんだぜ」
ミラーニョのしたことで不安になっている私とは違ってバーソロミューとオビドは和やかに頷き合っている。そこにサードは質問した。
「ちなみにこの大帝国を滅亡し終えたら、あなた方はその後どうするおつもりです?」
「まあミラーニョ様が死ぬまでは僕の立場だから、ミラーニョ様の命令待ちか?願い事もまだ残ってるしな」
オビドがそう言うと、バーソロミューは「うむ」と腕を組んで頷いている。でもなぁ、と私は二人に声をかける。
「できればこの大帝国を滅亡させるのはやめてほしいんだけど。ただでさえあなたたち二人の行動でこの大帝国の人たちが苦しんでいるんだもの、このままやめるとかできないの?」
二人はむう、と口をつぐむ。
「そうは言われても余たちを救い出してくれたミラーニョ様の願いだ。叶えなければならん」
「そうだそうだ、俺らはそのために何の罪もない皇太子二人を殺して成りすましてんだぜ?ここで中途半端にやめたほうが今までに死んできた奴らが浮かばれねえってもんじゃねえか」
「でも…」
不満な態度を取っていると、オビドとバーソロミューは視線を互いに合わせて、聞き分けの無い子供を諭すように言葉を続けた。
「あのなぁ、俺らがこんなことする前からこの大帝国は力を失ってて弱体化して崩壊の道を真っすぐたどってたんだ。確かに今は混乱の時期で皆苦しいかもしれねえが、それも今だけだって」
「その通り。ここまで来たらいっそ滅亡したほうが後々の人間たちにとってはいいだろう。この大帝国を囲う周りの国々も我は強いがそんなに悪い国ではない。大帝国が滅亡したあとはうまく土地を分割し丸め込んで事を収めるであろう」
二人は「な?」と優しい顔で、あやすように私の肩をポンポンと軽く叩く。
…何で皇太子二人に成りすましてる精霊二人にこんな子供扱いされてるの、私…。
「ん、そういえば」
私はハタと思い出して声を漏らすと、皆の視線が私に集中する。
「私たちここの聖職者にナムタル除けの呪文を聞きに来たのに、肝心の聖職者が逃げちゃっているわ」
「あ、そういやそうじゃん、ヤベーんじゃね?」
モディリーがそういえば、とばかりの声を上げると、ガウリスは視線を私たちに向ける。
「大丈夫ですよ、呪文なら先に私が聞いて覚えています」
「そうなの?良かった…」
これから逃げた聖職者を探さないといけないのかと思っていたからホッとした。さすがだわガウリス。
「ちなみにその呪文とはどのようなものなのです?」
サードの言葉にガウリスが呪文を唱え始める。
「カファレフ…」
「ストーーーップ!」
と、バーソロミューとオビドが同時に慌てたように頭の上で腕を大きく動かし、その勢いにガウリスは驚いて口を閉じ、バーソロミューとオビドはワァワァ言いながら、
「その呪文はナムタルだけではなく余たちにも効果がある、それを唱えられたら退散するしかなくなるのだ!」
「それに呪文の効果でしばらく人間の前に姿を現わせなくなっちまう、俺らはこの町でまだやることがあるからその呪文だけは俺たちの前で絶対に唱えるな!」
「そ、そうだったのですね、すみません気をつけます」
ガウリスが謝ると、バーソロミューたちは「ああびっくりした」とばかりに体から力が抜け、そのままオビドは私たちを見て改めて聞いてきた。
「で、俺らは正直にお前らの質問に答えたつもりだが…結局どうすんだ?俺としてはミラーニョ様の知り合いで、魔族を何度も討ってる勇者一行と戦う気なんてさらさらねえんだが。ぜってぇ負けるし」
オビドの質問にサードが答える。
「分かりました。ではあなた方はミラーニョさんの願い通りこの大帝国を滅亡させてください」
二人はホッとしたけど、ただし、とサードは続ける。
「その大帝国の滅亡の方法は私の指示に従っていただきます」
「はっ!?」
オビドが驚いた声を上げて、首を軽く横に振る。
「いやいやいや、あとは隣の国から一気に攻め込ませて滅亡させるだけ…」
「やり方がまどろっこしいです。こちらには財宝以外にも人探しの用事がありますから、のんびり隣国から攻め入られ滅亡を待っている暇はないのですよ。私に全て任せていただけるなら明後日までにはこの大帝国を滅亡させてみせます」
「…勇者の言うセリフか?それは」
「悪人のセリフじゃねえか…」
バーソロミューとオビドの二人はドン引きの表情でサードを見据える。でも私だってドン引きの表情でサードを見ている。
こいつ、色んな国をすぐ滅ぼそうとし続けてきたけど、本格的に国一つを滅亡させると宣言したわ。
そのころアレン
アレン
「傭兵にめっちゃボッコボコにされた…酷い…痛い…きっと俺ここで死ぬんだ…殺されるんだ…」(メソメソメソメソ)
傭兵
「この俺と殴り合って三分以上耐える奴はそうそう居ねえから殺さねえよ、どうだ俺らの傭兵団に入らねえか」
アレン
「え、やだよ。オビドの集めてる悪評高い傭兵の仲間なんて」
傭兵
「実は俺らは元居た国の国王に遠ざけられて迫害された民族の一団で、金のために仕方なくなぁ…」
アレン
「何それ詳しく。元々どこの国にいたの?」
傭兵
「話聞いてくれんのか?じゃあその前に回復薬をやろう」
アレン
「優しい」
周りの傭兵たち
「(何か仲良くなっちゃった)」




