お…お…!
エディンム地下墳墓から拠点に戻る道中、私たちは行き合った町の住民、それとバーソロミューの兵士たちにオビドやその傭兵がいたことを伝えていく。住民たちには早く避難するように、そして兵士たちには気をつけるよにと。
そのまま拠点のドアを開けて皆揃っていないかと期待したけど…。やっぱりまだ午前の早い時間帯のせいかまだ誰も戻って来ていない。
「とりあえず皆戻ってきたらこの町出るだろ?」
モディリーの言葉に振り向いた。
「それは分からない。でも皆が戻ってくるまでできる限りこの近所にいる人たちにも逃げるよう伝えに行くわ」
「え~?エリー今魔法も使えないんだし危ないからやめたら?」
モディリーはのったり動きながら棚に置かれているお酒のボトルを手に取ると、リビングのソファーに座ってそのままラッパ飲みし始める。
…ダメだわこの人、動く気ない。
「だったら別にいいわよ、私一人だけで行くから」
ちょっとイライラしてモディリーに背を向けて歩き出す。確かにいつも使っている魔法は使えないけれど、黒魔術のクネスタとアーウェルサは使える。その二つさえあれば攻撃をよけることはできるもの。
家を出ようとドアノブに手をかけようとすると、先にドアがドンドンドン!と叩かれた。
「…?」
サードたちの誰かだったらここまで激しく叩くわけない。誰?
私はドアの目線の高さにある、本来は郵便物を入れる隙間をパカッと指で開けてみた。外に立っているのは兵士二人と、豪華な鎧を着て男らしい髭を生やしたリアンが…え?
リアン!?何でリアンが鎧を着てここにいるの!?
「リアン!?」
ドアを開けて詰め寄ろうとすると、リアンの両脇に立っていた兵士二人はギョッとした顔で私の体を押し返しリアンから突き放す。
「無礼者、立場を弁えよ!」
「この方を誰と存ずる!」
「え…リアンでしょ?」
兵士二人は互いに顔を見合わせ、微妙な顔をしてから一人が言い含めるように続ける。
「この方はリアンではない、リベラリスム大帝国第一皇太子、バーソロミュー様だ」
バーソロミュー!?
驚いてバーソロミューを見るけど、見れば見る程リアンにそっくり。リアンに髭が生えてるかどうかの違いしか分からないぐらい…。
それよりどうしよう。関わってはいけないバーソロミューとこんなにも接近してしまったわ。…今からでも何もなかったことにして家の中に戻っていいかしら…。
ソッと後ろに引き返してドアをゆっくり閉めようとすると、バーソロミューが一歩前に詰めてきてドアをバッと思いっきり開ける。
「貴様、今リアンと言ったな?」
「…あ、いえ別に、気のせい…」
「リアンに会ったのか?」
何となく会ったとは言ってはいけない気がして、首を横に振る。
「リアンは余の弟だ」
「え!」
驚いた隙にバーソロミューは私の横を通り抜けズカズカと家の中に入ってくると、兵士たちもそれに続いてやってくる。
バーソロミューは何の躊躇もなくソファーにどっかり座りモディリーが置いていたお酒のボトルに目を止めて手に取ると、ラベルをジロジロ眺める。
そのままフン、と鼻であしらうように鳴らしながらテーブルにドン、と戻した。
「見たこともない銘柄だ、余が知らぬほどの安酒であろう」
そのままバーソロミューは私に視線を向けてきた。
「お前も座るがよい、話がある」
「…」
もうここまで来たら「出て行って、帰って、私に話なんてないわ」なんて言葉、通じないわよね…。
観念してソファーに座るとバーソロミューは身を乗り出してきた。
「で、弟…リアンと会ったのだな?今どこでどうしている」
リアンはエタンセルカンパニーの社長兼デザイナーとして服飾の仕事をしている。
だけどバーソロミューは無能と評判の男で次期皇帝の座を狙ってオビドと争っているんだもの。
もし皇帝の座に座るかもしれないもう一人の候補者が現れたとすれば…バーソロミューがどんな行動に出るかも分からない、そう簡単に答えられないわ。
「…それより先に聞いてもいい?本当にリアンはあなたの弟なの?」
とは言ってみたけど、聞くまでもなく二人は兄弟に違いないわ、だって見た瞬間にリアンかと驚いてしまうくらい似ているんだから。
「そうだ。余とリアンは十ほど年は離れていたが、見た目は余をそのまま小さくしたようにそっくりだとよく言われていた。互いに大人になった今ならほぼ同じ見た目になっておろう」
「そう…。だけどリアンは自分が皇族だなんて一言も…そうよ、リアンが皇族ならどうしてお城に住んでいないの?」
バーソロミューは腕を組んで私を見返す。
「リアンは追い出されたのだ、オビドによってな」
「オビドに?」
うむ、とバーソロミューは頷く。
「ある時からリアンは女の服を着て、女のように化粧をし、女のように振る舞い始めた。そんなリアンを見たオビドがリアンは錯乱して皇帝の座につける状態ではないと、あの手この手を使い王宮から追い出したのだ。まあ分かりやすい言いがかりだな。すぐに探させたがリアンの消息は掴めなかった」
バーソロミューはそう言うと、眉をひそめ私を真っすぐ見てくる。
「今のお前の話をきくにお前はリアンと会っているのだろう、リアンは無事に過ごせているのか?食うに困る生活を送ってはいないか?」
その言葉に私は真っすぐバーソロミューを見返す。
だってこの様子を見る限り、バーソロミューは本気でリアンのこと心配してる気がするもの。
以前のファディアントのような感じの無能な人だって聞いていたけど、もしかして底抜けに仕事ができないだけで性格は良い人なんじゃない?
「つーか、それ聞きにここに来たわけじゃないだろ?」
モディリーがかしこまる気配もなくそう言うと、後ろに控えている兵士が「貴様…!」と止めようとする。
でもバーソロミューは手をサッと上げて兵士を留めると、
「そうだな、まずリアンはどこかで無事に過ごせているのは分かったからその話は後でいい。余が聞きたいのはオビドのことだ。お前たちがエディンム地下墳墓付近でオビドやその傭兵に遭遇した話を我が兵士たちから伝え聞き、余も詳細を知ったほうが良いとここまで来たのだ」
それでバーソロミュー本人が来たってわけ。これは予想外だったわね…。
それでも性格も悪そうな人じゃないし、簡単に人の爪を剥ごうとするオビドよりバーソロミューに皇帝になってもらったほうがいいと思う。分かっている限りは伝えておこう。
私は地下墳墓でのオビドとその傭兵の話を全て話し、話を全て聞いたバーソロミューは黙って話を聞いていて、すごく厳しい顔をしている。
「そうか…。それにしても傭兵どもならともかく、顔も割れているオビドはどうやってこの町に侵入したのやら」
「それは分からないけど…」
そこで私はふとバーソロミューに聞いた。
「ところで、オビドって何かしら特殊な魔法が使えたりする?」
そこでバーソロミューは厳しい顔を緩める。
「特殊な魔法?」
「オビドが私を痛めつけようとした時、このモディリーが私を助けるためオビドの頭に攻撃をしたの。
確かにオビドの額から血が出たのは私も近くで見ていたのよ、でもその飛び出した血が煙みたいにたなびいて元に戻って傷口もすっかりふさがってしまったの。あれは何かしらの魔法だったとしか思えないわ」
バーソロミューはものすごく眉間にしわを寄せ、口もすぼむくらい引き締めると、苦々しく口を開いた。
「黒魔術…かもしれんな」
私はものすごく反応してバーソロミューを見返した。そんなものすごい反応する私にバーソロミューはなだめるように続ける。
「そのような噂がずっとあったのだ。オビドが従える傭兵は神出鬼没、どこからともなく現れては消えていく。しかし我が国にいる魔導士でもオビドの使う魔術が何なのか全く分かっていない。
となればもしや誰も知らぬ禁忌の術…黒魔術なのではないかとな。はるか遠くの国で黒魔術が横行していた話がここに届いてからはその噂の信憑性も増している」
そのはるか遠くの国って確実にウチサザイ国よね…。
するとバーソロミューはため息を一つついて、
「だがそれならばしっくり来るというものだ。奴の性格上、魔族に忠誠を誓うのも厭わないであろう。子供のころからオビドは母に似た天使のような顔に反し残虐な振る舞いが多かった、魔族の子と取り換えられたのではと噂されるほどにだ」
チェンジリング…妖精の子と人間の子が取り換えられるもの。妖精でもあり得るんだから魔族の子と取り換えられることもあり得なくはないって話は聞いたことあるけど…。
「…もしオビドが本当に魔族に忠誠を使って黒魔術を使っていたとしたら、あなたどうするの?」
バーソロミューは少し黙り込んで首を横に振る。
「だとしたらどうにもできん。黒魔術とはその背後に魔族が控えているようなものなのであろう?もしその魔族が前に出て対立することになるのであれば…どうにもならん、この大帝国はオビドの物になるしかないであろう」
そんな…。この人は皇帝になるには無能なのかもしれないけどまともな人だわ。だとしたらバーソロミューが皇帝になったほうが大帝国に住む人たちにとっていいはず…。
するとバーソロミューは虚ろな目になって頭を抱える。
「はは…どうしてこうなってしまったんだろうな…余は第一皇太子として円満に次期皇帝になるはずだったのに…オビドが生まれてから全てが狂い始めた…あいつは本当に魔族だ、魔族そのものだ…リアンは利発な子だった、それなのにどうして女装なんて始めてしまったんだ…リアン…リアン…余にはリアンが必要だ、リアンは聡明な子だった、リアンが成長しさえすればいずれオビドをどうにかしてくれると思っていたのに…どうしてオビドに言いがかりを受けるようなことを自らしてしまったんだ…リアン…リアン…余一人であのオビドに対抗しろなどと無茶なことをお前は…」
「…あの…?」
ブツブツと呟き続けて様子がおかしくなっているバーソロミューに声をかけると、後ろに控えている兵士の一人が何とも言えない表情で手を動かしてくる。
「今はナーバスな状態になっておられる」
「今は誰の言葉も聞こえないからもうしばらく待て」
そう言われたからそのまま待ってみるけど、バーソロミューはずっと頭を抱えたまま下を向いてブツブツと呪いのように小声でリアンリアンと呟き続けたまま…。
と思ったらいきなりガバッと顔を上げた。
その目を見開いた表情にビクッとなると、バーソロミューは私に頭突きでもするつもりかと思う勢いで身を乗り出してきた。
「リアンはどこだ」
「え…と…」
「リアンを探し出す。リアンを探し出してこの状況をどうにかしてもらう。リアンだ、リアンがどうにかしてくれる、きっとオビドのこともどうにかしてこの大帝国のことも無事に安泰にして余を皇帝に押し上げる!リアンはどこだ、リアンはどこだああ!」
肩を掴まれバーソロミューにガクガク揺らされるけど…私は今、心の底からガッカリした。
やっぱりこの人、無能だわ。
「ちょっとやめて」
バーソロミューの手を肩から離させるけど、バーソロミューはなおも私の肩をガッと掴む。
「言え!リアンがどこにいたのかを今ここで言え!」
こんな人にリアンの居場所なんて教えるわけないじゃない。でも言わないままじゃきっといつまでもここから帰らないわよね。
ため息一つついて、私は口を開いた。
「…リアンはね」
バーソロミューは真剣な顔でうんうん頷いて続きを待った。
「木の葉っぱを集めていたわ」
「…え?」
バーソロミューどころか後ろの兵士二人の声も被った。でも嘘は言ってないわ。初めて会った時は木の葉っぱを集めていたもの。
「詳しくは分からないけどお金になるかもしれない木の葉っぱなんですって」
それだって嘘は言ってない。染色に使えるかもしれないって言っていたからあの木の葉っぱもゆくゆくはお金に変わるはずだもの。
「いや…何をしているかではなく、リアンはどこにいるのか聞いている」
「さあ?私たちが会った時はこの大帝国の入口近くにいたけど、あの時から日にちもたっているし今はどこに居るのかなんて分からないわ、葉っぱを探して国のあちこちを歩き回っているんじゃない?」
適当なことを言うとバーソロミューは絶望の顔に染まって、顔を手で覆って泣き出してしまう。
「…お…お…!リアン、リアン!お前は一体今どこにいるというのだ…!余の元に帰って来てくれリアン、リアン…!リアーン!」
バーソロミューは床にズダァンッと臥せると、床にダンダンと拳を叩きつけ始める。
「とりあえず私は知っていることは全部伝えたし、オビドのこともあるからあなたは早めに戻ったほうがいいと思う」
どうにか誤魔化せたみたいだから、後はさっさと帰ってもらおうと入口のドアを開けてさあ外に出てと手振りをする。
兵士の二人もこれ以上ここにいても仕方ないと思ったのか泣き臥せっているバーソロミューを抱え上げようとした。
「バーソロミュー様、ひとまず戻りましょう」
「そうです、さあ頑張って立って」
髭も生えそろっている大人に対して泣く子をなだめるかのような優しくあやす言葉…引くわぁ…。
肩に担ぐように二人がかりで立ち上げられたバーソロミューは、「リアァン…」とグシュグシュとした泣き声を残して引きずられるように拠点から出て行った。
「お…お…!」は、レジェンド漫画「王家の紋章」に出てくる感嘆句。
前に勤めていた職場で王家の紋章ブームが起きた際、職場の方々は「普段は冷たいのに主人公にだけ情熱的なイズミル素敵」と話していましたが、個人的にどうしても彼はストーカー気質のある人としか思えませんでした。情熱的とストーカー気質は紙一重だよ。
ちなみに私は商人のハサン推し。何かあればすぐ殺されかねない身分もない立場なのに、主人公がピンチと知れば危険を冒し助けに行ったりする。その様は気骨のある漢としか言いようがない。
「どうしても私の物にする」って人より「何かあれば助けるぜ」って人のほうが良いと思うんだけどなぁ。やっぱ顔なのかなぁ。




