例のブツ
ベルーノと接触した次の日の今日。朝七時という早くから私は拠点を出発した。
サード曰く、
「ナムタルがこの地域にしか出ねえなら現地の奴に聞くのが一番だ」
とのことで、呪文が分かったら地下墳墓に突入するってことになってる。でもそれもサードたちが調べたらすぐ分かるだろうってことで、私は別のことをで町へ繰り出したんだけど…。何か兵士がせわしなく町の中を歩き回っている気がする、それもどこかピリピリしている雰囲気…。
おかしいわね、昨日までこんなのじゃなかったのにと少し気になりながらキョロキョロしていると、見たことのある顔の兵士を見つけて声をかけに行った。
「おはよう、シモーン。何だか兵士の様子がおかしいけど何かあったの?」
私たちを拠点の家まで案内してくれたあのシモーンがいたから駆け寄っていく。でもシモーンは他の兵士たちと同じくピリピリした雰囲気で私をジロリと見て、シッシッと手を動かした。
「今は世間話してる場合じゃない、帰れ…」
不愛想に帰れと言いかけシモーンだけど、ふと顔つきを変えて、
「そういえばお前冒険者だったな」
「そうだけど、何?」
「オビドの配下の兵士と傭兵が侵入したんだ、この町に」
簡潔だけれどとんでもないその言葉に思わず目を見開いた。驚きのまま私は質問をする。
「町の出入り口は一つしかないのにどうやって…もしかして突破された!?」
それでもその考えは首を横に振るシモーンに否定される。
「いいや町の入口には誰も攻めてきちゃいない。だが昨日の夜から兵士や民間人も問わず被害が出て、そのうちの一人をとっ掴まえたらオビドの傭兵だったんだ。腕に巻き付けてた布にオビドの紋章が刺繍されてた。そいつの言うことには他にも仲間が潜んでるって話だ。そんな時に遺跡調査なんてやってる場合じゃねえだろ、こっちに手を貸せ」
「貸せって言われたって…」
そもそも私たちは戦いに関わりたくないんだから、直接でなくてもバーソロミューに肩入れするのはどうしても避けたい。
すぐに返事をしない私にシモーンはため息をついて、
「自分たちもオビドの配下に狙われる立場だってのに、それでも優先順位は遺跡調査か?」
「そう言われても…こっちにも事情があるんだもの」
「…あっそ」
これ以上話しても無駄と判断したのかシモーンは去りかけるけど、それでも一旦立ち止まって振り向いた。
「なあおい、それでもこの町には民間人も随分残ってんだ、冒険者としてそれだけは覚えとけよ」
それを言い残すとシモーンは去っていった。
「…」
今のは…いざとなればこの町に残る人々のためには働けよ、という念押し?
ふーん、バーソロミューのことは小馬鹿にしているけれど、兵士としてこの町を守ろうっていう気持ちはあるんだ。
でも流石に私だってその時は力を貸すわよ、隠しているけど勇者一行の一人なんだから。
でもその前に…。
私はチラとイルルを呼べる指輪を見る。
「イルルー」
指輪に向かって声をかけてみてもイルルは現れない。昨日の夜、皆との情報共有が終わって寝る時間になっても朝になってもイルルは未だに戻ってこない。
不安になって度々指輪に声をかけているけれど、それでもイルルは一切現われもしない。
あまりに心配になってきた私は朝起きてから皆への挨拶もそこそこに、
「もしかしてナムタルのせいで熱を上げてそのまま動けなくなっているんじゃ…」
と言うと、ガウリスは冷静に私に言い聞かせてきた。
「イルルさんはアンデッドモンスターからの攻撃は効かないでしょう?大丈夫ですよ」
でもそれならおかしいのよ。
イルルは今まで指輪に向かって声をかけたらすぐさま現れた。
それでも何度声をかけても反応なし。
いくら何でもこれはおかしい、やっぱりイルルの身の上に何かあったに違いないわと思った私は…とりあえずエディンム地下墳墓の手前まで様子を見に行こうと外に出てきた。
ナムタルに効果のある神の呪文は皆が調べたらすぐ分かるだろうっていうし。
それでもオビドの配下の兵士や傭兵が侵入していたってのは予想外だったわ。でももし出会ったとしてもそんな奴らより私のほうが強いもの、どうにでもなるってものよ。
私は早足で町の奥へと向かう。詳しい場所は分からないけどエディンム地下墳墓は町の奥だってシモーンも言っていたから町の入口とは正反対のほうに向かったらあるはず。
ピリピリして見回っている兵士を後目にどんどん奥に進んでいくと、兵士の数は少なくなってきて…居住地が段々と路地裏みたいな雰囲気になってきて…町並みがどんどん荒廃していく。
多分この辺にも昔は建物があったんだと思う、でも周りに広がるのは崩れた家と、家の土台らしき残骸。もう少し進むと簡易なお墓を現わす十字の木の棒や小さい石塔みたいなものが乱立してるのが見えてきた。
それもカラスが数羽「ア”ー」とダミ声で鳴きながら枯れかけた木の上から首を動かしこっちを見ている…気がする…。
うわあ…夜だったら絶対に一人で来たくない…っていうよりこんな朝の清々しい乾いた空気感の中でも一人で行くの勇気がいる…。
不気味に思いながら歩いていくと、ひと際大きい石塔に『エディンム地下墳墓犠牲者碑』って書かれてある。
ゾワッとした。
もしかしてここにあるお墓って、全部がエディンム地下墳墓に入って亡くなった犠牲者が眠ってる…!?
ひぃー、と小走りで石碑の前を通り抜けていくと道がゆるくカーブしている。そのカーブを進んだ一番奥に、大きい建物がドーンと現れた。
この町で一番立派な茶色い石造りの建物、でも手入れされていなくて砂にまみれ風化した外観、町の防御壁と防御壁の間ににキッチリ挟まれて少し窮屈そうでもある印象…。
「…あれがエディンム地下墳墓…」
呟くけど返事をする人は周りに誰もいない。むしろこんな所で周りに誰もいないのに返事が返ってきたら怖い。
とにかく入口近くまで行ってみよう、中に入らなきゃ大丈夫だし。
遠くから見る限り入口は洞窟みたいにぽっかりと大きく空いている。でも洞窟と違うのは入口が四角くて形が整えられていて、明らかに人工的だってことかしら。
入口から数百メートル離れた場所から地下墳墓の中を覗いてみても暗くて奥が全然見えない。でもここで指輪に声をかけたら何か反応があるかも。
私は指輪に向かって声をかけてみる。
「イルル」
「はーい」
急に背後から声が聞こえて、ビクッと飛び上がりながら振り返る。
でも後ろにいたのはイルルじゃない。粗末な鎧を着た見たこともない粗野な顔立ちの見知らぬ男…!
男はニヤニヤ笑いながら手の平を水平に自分の口元に持って行くと、フッと手の平に息を思いっきり吹きかけた。
「ブワッ」
その手の平には何か粉っぽいものが乗っていたのか、思いっきり私の顔に粉がかかる。
何すんのよ!
そう言ったつもり。でも私は体が動かなくなって、そのまま力が抜けて倒れてしまった。
え?何これ。身体が動かない。口も利けない…!
「こいつもーらいっと」
私は男に雑に肩に担き上げられた。
でも馬鹿ね、私は体と口が動かなくても魔法が使えるのよ。
魔法を発動しようとした。それでも魔法が発動されない。
あれ?魔法が使えない!?
慌てて集中して魔法を使おうとする。サブマジェネシス、イリニブラカーダ、精霊魔法…。
どんなに集中しても全ての魔法が発動されない。
まさか…さっきの粉って体が動かない以外にも魔法が使えなくなる効果があるとか…?そんな都合のいいものがこの世の中にあるの!?
私を担ぎあげている男に、同じく粗末な鎧や服を着こんだ男たちが近寄ってきた。今私を担ぎ上げている男を含めて全員で六人…全員がこっちに視線を向け目を見張る。
「何だお前、女捕まえたのかよこんな墓場で。しかも上玉じゃねえか」
私を担ぎ上げている男は笑う。
「へへ、見つけたもん勝ちだぜ」
羨ましそうに他の男たちはこっちを見ているけれど、それでも気を取り直したように口々に言いだした。
「ま、この町にゃ他に女もいるからな。それに食い物も金目の物も」
「これがねえとやってらんねえよ」
「全くだ、オビドの野郎はもうほとんど金もねえし」
「金の切れ目が縁の切れ目だ」
「この町の略奪が大体終わったらとっとと消えようぜ」
男たちはゲラゲラ笑い合っている。
そうなんだ、オビドお金ないんだ…。待って、そんなこと考えている場合じゃないわ。
身体が動かないうえに魔法も使えない、それなのにこんなガラの悪い男たちにさらわれているとかものすごくヤバい状況じゃないの!
「ってかあの建物何だ?」
私を運ぶ男が立ち止まってエディンム地下墳墓を振り向いた。
「さあ?何かの遺跡じゃねえの?」
「遺跡…ってことは金目のものがあるんじゃねえか?」
「…」
全員が一瞬黙り込んで、それからニヤと笑う。
「お宝は…」
「見つけたもん勝ち!」
そう言うなり全員引き返してエディンム地下墳墓に入っていこうとするけど…!いやーーー!やめて、入ったら死ぬ場所に私を連れて行かないで、私だけここに置いてってーーーー!
心の中で絶叫するけど、体はピクリと動きもしないし声も出ない。
全員がズンズン歩いてエディンム地下墳墓に入っていこうと入口に近づいていく…!
やだ、やだやだやだーーー!
そこでフッと気づいた。そういえばさっき色んな魔法を使おうとして黒魔術だけ使ってない。
もしかして黒魔術なら使える?それともやっぱり黒魔術も使えない?ああそんなこと考えている間にも男たちは地下墳墓へ…!
ええい、考えている暇なんて無いわ、とにかくこの建物の中に入る前にどうにかしないといけないから…アーウェルサ、アーウェルサでこの男の手から逃れる!
黒魔術を発動する。
黒魔術ももしかしたら使えないかもと思ったけど、私の体は男の肩から足までズゾゾゾッと一気にすり抜け、エディンム地下墳墓に向かい横たわる形でドッと地面に落ちた。
「ギャアアアアア!」
私を肩に担いでいた男は絶叫をあげて飛びのき、そのまま尻もちをつく。
男の絶叫に前を歩いていた男たちが驚いて振り向いて止まるけど、そのうち二人はエディンム地下墳墓に入っている。
「何だ、どうした」
「この、この女…!今、俺の体すり抜けて地面に落ち…!」
「何訳わかんねえこと言ってんだ…」
中に入っていた男が外に出ようと引き返してくるけれど、エディンム地下墳墓の壁がグヨンと動いた気がした。
え?
動かないままにそっちを見ていると、壁から赤い衣をまとった緑色の手がヌウ、と出てきた。
その緑色の手からは煙のようにくゆるモヤモヤがまとわりついていて、男の口をふさぎ、そのまま男を壁に引きずりこむかの勢いで頭の側頭部をゴッと打ち付ける。
「ムグウっ!?」
暴れて壁から離れようともがく男の全身の皮膚が少しずつ黒ずんでいく。
緑色のモヤを放つその手が離れると、黒ずんだ色になった男はむせるように激しく咳き込み、鼻から口から黒い血を吐き「た、助けて…」と手を伸ばし数歩あるいたかと思うと白目を剥いて地下墳墓の入口にドッと倒れた。
もう一人、地下墳墓に足を踏み入れた男にも緑色の手が伸びていく。でも男は気づかない。
「おい後ろ!」
仲間の声に男は振り向き、自分に緑色の手が迫っているのを見て「ヒィッ」と素早い動きでその手を避ける。緑の手は男を捕まえられず宙を掴んだけれど、それでもその中指が男の頭をス、と撫でたのを私は見た。
「ウッ」
男は入口から脱出する寸前ですぐさま頭を押さえドシャアッと倒れ込む。
「あ、あえ…あえ…うあ、あ」
舌がもつれるような呻き声をしながら男は頭を押さえ、一度のたうち回ったかと思うと動かなくなった。
エディンム地下墳墓に入り込んだ二人が動かなくなると、赤い衣をまとう緑の手はズルンッと壁に消えた。
ギリギリ地下墳墓に入らなかった男たちは無残な形で死んでいった二人を見てゾッとしていて、チラと私を見下ろしてくる。
「ま、まさか…こいつが…?」
は?
「そうだ、考えてみりゃ女一人でこんな墓地にいるとかおかしいじゃねえか」
「それにこいつ、俺の体をすり抜けて地面に落ちたんだ、モンスター…いやこの地域にいるなら精霊だ、悪い精霊だこいつは!」
「じゃあこいつは俺たちをこんな訳の分からねえ場所に誘い込んで殺そうと…!」
はぁあ!?何言ってんの、あんたらが勝手にエディンム地下墳墓に入ってそうなっただけでしょー!?
でもそんな私の怒りは男たちに届かない。ただただ地面に転がっているしかできない。
男たちは剣をジャッと抜き取ると、恐怖にゆがんだ顔で剣を振り上げる。
「殺せ!」
「殺さねえと俺らもどうなるか…!」
え、え、ちょっと待ってよ、それとこれは話が違うじゃない、私何もやってない、あの二人が死んだのはナムタルのせい…!
でもパニック状態になっている男たちは尋常じゃない目で剣を振り下ろそうと…!
「何やってんだ、お前ら」
横たわる私の後ろから聞こえてきた声に一人が顔をあげて、声を出した。
「オビド様…!」
オビド!?まさか第二皇太子オビド本人が後ろに…!?
「仲間二人がこの女…いや、悪い精霊に殺されたんだ!」
男たちがわぁわぁ喚く中、砂をザッザッと踏みしめるオビドの足音が近づいてきて、私の頭の真後ろでピタリと止まった。
オビドは横たわる私の肩に足をかけて、ゴロリと仰向けにする。
逆光になっているけどその顔はよく見える。
…これが、オビド。
プラチナブロンドの短髪、男の人にしてはキュルンとした女の子みたいな可愛らしい顔、細身の華奢な体…。
オビドは昔からガラが悪くて薄暗い経歴の人と付き合いが深いって聞いていたから、てっきり…ジルみたいな…あんな風に一目でガラが悪いと分かる見た目だと思っていた。でも…可愛い…本当にオビドって男なの?
そのオビドは腰に手を当て「ほう?」と自身のあごを撫でる。
「いい面してんじゃねえか、おい、こいつは俺に寄こせよ」
見た目に反してガラの悪い口調。すると男の一人が、
「でもオビド様、そいつは例のブツで体は動かなくなったがこの遺跡に俺たちを誘い込もうしてた悪い精霊だ」
オビドは傭兵たちをチラと見てから私を見下ろす。
「精霊に例のブツが効いた…?おかしいな、あれは人間にしか効果はねえと思うが」
…さっきから言ってる例のブツって何なのよ、例のブツって。さっきの粉は一体何なのよ怖いんだけど。
中学生の時、先生が生徒の呼び出しを放送でする際、
「○年○組○○さん、例のブツが届いています、職員室まで来てください」
と言っていて、皆が「例のブツ!!?」と反応していました。
結局例のブツが何だったのかは今も分かっていません、でもそのブツの正体は恐らく…おっと誰か来たようだ。客人かな?すまないがここで私は失礼するよ、この話はまた後にしよう。
▼音声はここで止まっている―




