今までのことを皆に報告
夜になって全員が戻ってきたから今日のお昼にあったことを全て伝えた。ベルーノが来て、そのまま去ってしまったこと…。
「それで去り際に言っていたわ。皆と会う訳にはいかない、自分を連れて行きたいのなら力づくで連れて行け、出来るならやってみろって」
するとサードは表向きの顔ながらものすごく嫌そうな顔をして、確認するように私に聞いてくる。
「ベルーノは『力づくで連れて行け』と言い残したのですね?」
「ええ、そう言っていたわ」
サードは見るからにやる気をなくしたようでズルル…と椅子から半分滑り落ちる。
「…とすれば、ベルーノとは戦うしかありませんか…」
するとヒズの顔がマイレージに変わって「ウゲッ」と心の底から嫌そうな声を出して嫌そうな顔になる。
「ベルーノと戦うなんざあり得ねえ、あいつはインラスの次に敵に回したらヤベー奴だ」
するとヒュッとマイレージからリビウスに変わってはしゃぎだした。
「ベルーノ強い!魔王指さして『エビュンダス、死ね』って言ったら魔王即死した!」
その話は知ってる。だってそれはどの本にも必ず書かれている魔王エビュンダスを倒したベルーノの有名エピソードだもの。
ついでにベルーノはインラスが死んだあとは故郷…現デキャージャ国の親元に戻り喫茶店を受け継いで、周りの紹介で女の人と結婚。子供はできなかったらしいけどその生涯を終えるまで奥さんと静かに過ごし…インラス一行としての冒険譚は親であれ奥さんであれ国王であれ、一切語ろうとしなかった。
するとはしゃぐリビウスの顔がヒュッと難しい顔をするナディムに変わって、
「ベルーノのあの言葉の魔法は厄介すぎる。たったの一言で魔王すら死に追いやった一件で、声にまつわる魔法は直接的に精神や生死に作用するから危険すぎると魔導士連盟が設立されて、専門の魔導士の元でしか使用してはならないと決まりができたほどだ」
え、そうなの、ベルーノが魔王を殺した一件から魔導士連盟ができたの。
私は驚いているけど、皆はこれは非常にヤバい出来事だと深刻な表情を浮かべているわ。まあ…そうよね。
私はナディムに視線を向け、
「ところでベルーノは皆と会うわけにはいかないって言っていたのよ。覚えている限りで皆で会わないようにしようみたいな約束したことある?」
それでもナディムは周りにいるマイレージやリビウスと視線を合わせながらも頭に「?」を浮かべているような雰囲気をしているわ。
「別に僕たちはそんな話も約束もしたことはないよ」
そこでふと思いついたようにアレンが口を開く。
「そう言われてみれば皆インラスが死んでからお互いに一度も会ってないんじゃね?」
そこでナディムたちもそれに気づいたみたいで、そう言われてみれば、という顔をしている。
するとスウ、とナディムがヒズの背後で実体化したから近くにいるマイレージとリビウスの姿も浮かび上がった。
「僕たちはインラスが死んだあとバラバラに別れたからね」
ナディムがそう言うとリビウスはウンウンと大きく頭を動かして、
「俺あのあとすぐ海行った、海の端っこまで行きたいってずっと思ってたから。でさ、でさ、皆に海の端っこまで行こうって言ったら断られた」
「ったりめーだろ、俺とベルーノはハナっから故郷に戻るつもりだったんだ。ナディムは…一人で行動するっつってたよな」
「うん。僕は神にまつわる場所を回るつもりだったし、皆はそんなの興味ないだろうと思っていたから」
そう話す三人にアレンは少し首をかしげて、
「でもさぁ、『久しぶり~』って感じで会おうとしなかったの?お互いの場所分かんなかったとか?」
マイレージは首を横に動かす。
「いや知ってた。ベルーノん家の喫茶店はインラスに引き連れられて行ったことがあるからな」
「でも行かなかったのか?」
モディリーの言葉に、マイレージは少し考え込んでから微妙な表情を浮かべている。
「…そうだな、行かなかったな。ベルーノ助けるたびに『今度てめえの家のコーヒーおごれ』って散々言いつけてたから三十杯近くはタダ飲みできたのに。もったいねえことした」
その呟きにナディムも何か思い出したように、
「そういえば僕の家族が死んで、ベルーノが買ってきたケーキを食べている時にもそんな話したよね。もしこんな酷い旅が終わることがあれば、ベルーノの家に全員で集まってゆっくりコーヒーでも飲みたいなって。そうしたらベルーノは微笑んで『その時はタダで飲ませてあげるよ、軽食付きで満腹になるまで』って紙に書いて…」
「えー!それなのに行かなかったの!?俺ベルーノの立場だったらそれめちゃくちゃ悲しいよぉ!」
マイレージは頭をボリボリとかいて、
「俺はしょうがねえよ、地元帰って結婚したらガキがたて続けに産まれて、子供育ててるうちに孫も生まれてその世話で家からろくに離れられなかったんだ」
「マイレージが産んだの?」
リビウスの質問にマイレージが「俺なわけねえだろ」と軽く殴りつける。
ナディムは頬をかきながら、
「僕は懺悔の途中でベルーノの国に行ったんだけど…人間界の時間の観念忘れててさ、行ってみたらもうベルーノが死んで百年ぐらいたってたんだ、マイレージも同じく…」
「…で、リビウスは真っ先に海に向かい溺死していたと」
サードの言葉にリビウスは頷く。
「うん、魚追いかけてて俺息できなくて死んだ」
それなら結局インラスが死んだあとはお互い誰一人会うこともなく、ベルーノとの約束も果たすこともなかったのね。もしかして皆が焦ってるけど忘れていることって、全員でベルーノの喫茶店に遊びにいくことだったんじゃないの?
…でもそれくらいのことだったらシーリーとスダーシャンがケラケラ笑いながら「酷いですネ~」「ひどーい」って明かしそうなものよね。じゃあ違うか。
ともかく大きくそれた話を戻そうとモンスター辞典を取り出す。
「それでエディンム地下墳墓に出るモンスターのことはベルーノが教えてくれたの。このナムタルっていうモンスターなんだけど呪文があれば大丈夫なんですって。ほらこれがナムタルの説明よ」
ページを開いて皆に向けると全員が頭を寄せて説明を読み、アレンが頷く。
「うん、これ俺らが外で仕入れた情報とほとんど同じだ」
「ちなみに皆の集めた情報はどんなものなの?」
思えば皆の集めた情報をまだ聞いていないことに気づくと、アレンは全員で集めた情報をまとめたメモを見せてくる。
「この町に留まってる人たちから聞いたのはこんな感じ」
・エディンム地下墳墓に入った者は熱病にかかり一週間ももたず死ぬ
・ルミエールの財宝があるのではと疑い中に入りこむ者もいるが、その全員が次の日には苦悶の表情で入口に転がっていて、熱でうなされているか死んでいる
・かろうじて息のある者は支離滅裂なうわごとばかり口にしていた
・きっとエディンム地下墳墓には悪い精霊が居座ってるに違いない
「…精霊。じゃあやっぱりエディンム地下墳墓にいるのはモンスターじゃなくて精霊なのね?」
最後の一文が引っかかって呟くとガウリスが補足のように付け足した。
「いえ、どうやらこの辺りに住む人間種以外の存在は目に映らないか、姿を変幻自在に変えられるようなのです。そのように目に映らず姿も変えるので善悪の区別もハッキリしない。ですから人を助けたならば良い精霊、人に害をだしたならば悪い精霊と分類しているそうで」
「それって…例えば天使も、このナムタルも全部ひっくるめて精霊のくくりなわけ?ザックリすぎじゃない?」
私の言葉にサードは、
「まぁその地域特有の考えもありますから。精霊といえど我々が出会ってきた精霊とは別物と考えておいたほうがいいかもしれませんね」
するとマイレージはヒズの後ろからナムタルの項目を見ながら呟く。
「ナムタルか…あったよな、こんな乾燥した国でナムタルがうようよしてるルートが近道だからインラスが強行突破したのは」
ナディムも頷いて、
「確かこの近辺だったと思うよ。あの時はベルーノがナムタルの出る荒野で三日三晩呪文を唱え続けてくれたおかげで皆無事に通り過ぎたんだったね。ベルーノはあのあと不眠不休で倒れたけど」
「インラス、そんなベルーノ蹴とばしてこんな所で寝るなって笑ってた…ベルーノ可哀想だった」
「しょうがねえからベルーノが回復するまで俺が負ぶって歩いたなぁ…」
ションボリ呟くリビウスにマイレージがしみじみ昔を思い出すように遠くをみている。
「…歴代最高の勇者…マジでそんなとんでもねえ野郎なのかよ…」
モディリーもインラスの本性を知ってどこか混乱に陥っているけれど、私はガウリスに視線を向け話を進める。
「でも聖なる呪文を唱える者が居れば大丈夫って辞典のここに書いてあるから、ガウリスが居れば大丈夫よ。ね?」
私はガウリスを見る。ガウリスも私の視線を受けて力強く微笑みながら頷くと、口を開いた。
「それでその呪文とは?」
「…え?」
「神の呪文です。今のマイレージさんたちの話とこのモンスター辞典の説明を読む限り、ナムタルとはこのような乾燥地域にのみ現れる特定のモンスターのようです。
ほら、モンスター辞典にも『神の呪文にめっぽう弱い』『ナムタルに対抗できるほどの聖なる呪文を唱える職業の者』とあるでしょう?もし聖魔術士で事足りるのであれは『聖魔術士が居れば問題ない』と明確に書くはずですから、きっとこれは一般的な聖魔術の呪文ではなくこの辺りで主に信仰されている神の呪文が有効だと思うのです。その呪文…」
みるみる強ばる私の顔を見て、そこまで知らないようだと察したガウリスは、話している途中で静かに口を閉じナディムたちに視線を移す。
「どなたかベルーノさんが唱えていた呪文がどのようなものだったか覚えていませんか?」
「覚えてない!」
「覚えてねえ」
リビウスとマイレージは即座に返し、ナディムは眉間にしわを寄せる。
「…そんなに長くないものだった気がするけど…記憶が曖昧で…」
するとマイレージは呆れたようにナディムに突っ込んだ。
「曖昧どころじゃねえだろ、あの時のお前なんか度々虚ろな目して記憶飛んでたじゃねえか」
つまり誰もナムタルに効果的な神の呪文を知らないってことね…。
サードも秘かに全員使えねえみたいな感情を見え隠れさせながらブツブツと呟く。
「その呪文を調べ上げなければ地下墳墓に入るのは危険ですね…モディリーも未だにベルーノの力が無ければ命の危険があるようですし…」
「できれば財宝とかベルーノより先にナムタル倒してくれないかなーなんて…」
モディリーが指をいじいじしながらサードに訴えるけれど、サードはあっさり返す。
「先にナムタルを倒したらあなたはもう大丈夫とベルーノがどこかに消えてしまうかもしれません。ですからベルーノが完全に仲間になるまではナムタルは倒しませんよ」
「うわああああん、他人事だと思ってーー!」
喚くモディリーをよそに私は遠くを見る。
それにしてもベルーノは今どこにいるのかしら。
とりあえずまだ命の危険のあるモディリーからはそう遠くに行ってないような気はするけど。それに…ベルーノを仲間にするためには、ベルーノに勝たないといけない…。
私はマイレージたちに聞いた。
「ところでベルーノの言葉の魔法って弱点はないの?」
その言葉にマイレージたちは一斉に視線を合わせ、そのまま皆で私を見て一斉に首を横に振った。
「ねえな」
「ない!」
「ないね」
三人同時に否定するから思わずガックリ肩を落とすと、マイレージは続ける。
「まー、あったにはあったぜ?奴の弱点は両親だった。ついてこないなら両親を嬲り殺すって脅されてベルーノはついてきたんだからな。その親も死んでる以上、奴の弱点は何もねえよ」
するとサードの声が部屋に響いた。
「いいえ、ありますよ。ベルーノの弱点は」
一瞬シン、とした静寂が訪れたけど、マイレージは呆れたような顔でサードに身を乗り出した。
「言っとくが一緒に戦った俺らでもベルーノの弱点なんて思い浮かばねえんだぜ、インラスが居なけりゃあの時代で一番強えのはベルーノだろうってこの俺が思ったぐれえだ」
サードは軽く含み笑いしてからおかしそうにマイレージを見る。
「確かにまともに戦ったら敵わない相手でしょう。しかし仲間だからこそ気づけない弱点というものがあるものです。きっと私の考えついたものでベルーノの弱点は合っているはず」
「何!?ベルーノの弱点って何?何?何?何?」
鼻がくっつきそうなほど迫るリビウスをサードは腕で突っぱね…ても、ヒズに入っていない透明な体の状態だからリビウスはサードの腕をすり抜け体もすり抜けて「あれ?サード消えた」とサードの後ろでキョロキョロしている。
「リビウスじゃないけどベルーノの弱点なんなの?教えてくれよ」
アレンも気になったのか聞くけれどサードは、
「もしかしたら近くでベルーノが聞いている可能性もありますから言いません」
「…」
そういう弱点だったら私たちも知っていたほうがいと思うんだけど。
…でもこうなったら絶対言わないわよねサードは、と思いつつ、もう一つ気になっていることを皆に伝える。
「それと地下墳墓のモンスターを調べに行ったイルルが未だに戻ってきてないのよ、すぐ戻ってくると思ったのに」
それについてサードはすぐに答える。
「イルルは自分の力量と身の振り方はよく分かっています、何の考えも無しに危険なものに突き進むこともないでしょうから放っておいても大丈夫ですよ」
でもどこにいるのかも分からないベルーノを短時間で見つけて戻ってくるくらいなんだから、地下墳墓のアンデッドモンスターぐらいすぐに分かって戻ってくると思うんだけど…。何か心配。
アレン
「ところでリビウスが追いかけた魚ってどんなのだった?俺海辺出身で魚は少し詳しいし、その辺で売ってたら買って食べようぜ」
リビウス
「ほんと!?あのな、あの魚すっげーでかかった!俺の腕広げても足りないぐらいでっかくてな!黒くてな!最初見つけた時ザパーッて海から出てきてさ、んでさ、んでさ、水ブシャー!って頭から出してすげー深く海に潜ってった!」
アレン
「あ、クジラか~。ごめんクジラはその辺じゃ売ってないなぁ」
リビウス
「え~ガッカリ~(´・ω・`)」
ガウリス
「(クジラを追いかけて深く長く潜ったら息も続きませんよね…)」
※クジラは最低でも九十分近く水中に潜っていられる




