お話ししましょう
ベルーノに会話がしたいと伝えて少し待つと、紙の上に置かれたコインがツツ、と『はい』の文字へと移動する。
ベルーノが応えてくれた…。
感慨深い気持ちになりながらも喋るのをやめたらまたどこかに消えてしまうんじゃないかという心配もあったから私はすぐさま質問する。
「えっと…ベルーノ、あなたは今自分の状況がどうなっているか分かる?その…自分の人生一回終わってるっていうか…死んだこと…」
するとコインが一瞬浮かび上がって再び「はい」の上にコン、と落とされる。
それならベルーノはマイレージとリビウスと違って、自分はもう死んだ身だってことを分かっているのね。
「ゾルゲに呼び出されたのも分かる?」
『はい』
「その関係で大変なことになっている女の子がいるの、ヒズっていう子なんだけどあなたの仲間が憑りついているような状態で」
するとコインが「はい」以外の場所に移動していく。
『知っている、この前見た』
スッスッと動いて綴られていく文字…。コインの動き方も淡々としたものだわ。落ち着いている、そう感じる動き方…。
「どうしてこの前は逃げたの?」
何となく聞くとコインが動く。
『皆に会ひたくなかった』
今は使われていない少し古い文字使い…家族に宛てた手紙と同じだわ。
「皆って、マイレージとリビウスとナディム?」
『はい』
私の言葉にモディリーは「ん?」とあごをさする。
「マイレージとリビウスとナディム?そんでここにいるのはベルーノ…」
モディリーは顔をハッと引きつらせて、
「おいおいおいおい、まさかあのヒズの周りウロチョロして体乗っ取ってんのインラス御一行なのかよ!うおおおマジかよ!」
モディリーは歴史上の有名人に会えていたのに今更気づいてテンションが上がっているけれど、私はベルーノが仲間になるかどうかの間際だから、
「そうなの、ゾルゲって悪い人が色々やったせいでこんなことになってて」
と簡単に説明してからベルーノに視線を戻す。
「だからヒズの体を元に戻すために…それと世界にとっても悪いことが起きそうになっているの。だからお願い、一緒に私たちと来て」
『いいえ』
「ええ!?」
話し合いに応じてくれるからすぐに「はい」って言ってくれるかと思ったのにまさかの『いいえ』が出て驚いてしまう。それよりどうして皆に会いたくないの?皆ベルーノに対してすごく好意的なのに。
「ベルーノは皆が嫌い?」
すぐさまコインは移動する。
『いいえ』
その後はゆっくりコインが動いていく。
『一人をぬかす』
その一人って…考えるでもなくインラスね…。とにかくベルーノとの話を先に進める。
「嫌いじゃないならどうして皆と会いたくないの」
コインは動かない。ノーコメントってこと?
「じゃあどうすればついて来てくれる?」
『どうもない、ついて行くことはない』
「でもそれだとヒズはずっとあのままマイレージたちが憑りついたままだし、世界だって崩壊に向かっちゃうのよ?あなたは無理やりインラスの仲間にされたのかもしれないけど、元勇者一行ならどうにかしなくちゃって思わない?今も静かに世界の危機が進んでいる最中なのよ」
コインは動かない。またノーコメント?と思っているとモディリーは苦笑して、
「あんまり一気に追い詰めるなよ、返答に困ってるぜ」
「…」
そこまで追い詰めてるつもりはないんだけど…。
それでも話を急ぎ過ぎたかしらと思って少し息をつく。
「…私たちだってここまで話がこじれているだなんて思いもしなかったわ。最初はヒズの体のことをどうにかするために皆を仲間にしていけばいいって思っていたの。でも蓋を開けてみたらインラスが原因で世界が崩壊するとか言われて…」
するとコインがスッスッと動く。
『インラスが原因で世界が崩壊するとは、どういふことだ』
「詳しくは分からない。でもインラスが何かやろうとしているみたいなの、それで世界が崩壊する危険が高いって少し前に聞いて…それで全員でインラスに会わないといけないみたいで、どうしてもあなたにも一緒について来てほしいのよ」
コインは動かない。モディリーは呟く。
「ベルーノの顔すげー強ばって青ざめてっけど…」
青ざめてる…ってことは、危機感を持ち始めてるってことよね?
それでも私ばっかり話すのも何だからと思ってベルーノの反応を少し待つ。それでもコインはちっとも動かない。
「ベルーノ居る?」
「いるけど…すげー死にそうな沈鬱な表情したままピクリともしなくなった」
「…」
少し話題を変えて気分も変えたほうがいいかしら。そう思っているとフッとモディリーが文句言いたげに口を開いた。
「つーかベルーノさんよ。あんたずっと俺の後ろマークしてたじゃん、あれ何だったの?マジで死神ついてきてんのかと思って怖かったんだけど」
コインはやっぱり動かない。そんな簡単に気持ちの切り替えができやしないかしらと思ったころ、コインがゆっくりと動き出した。
『入ってはならない場所に入っていくのが見へ、危ないと思ひついていった』
それを見てモディリーはハッと顔色を変え、感激の顔でベルーノを見る。
「ってことは…もしかして俺のこと守ってくれてたってこと?」
『はい。偶然見かけ、あの場は危ないと思ひ共に地下墳墓に入りお前を守っていた』
それを見たモディリーは神様を拝むかのように指を組んで、
「だから一週間で熱上げて死ぬって場所に入っても俺こうやって生きてるんだぁ、マジでありがて~」
…。それでも地下墳墓から出たその後もベルーノはモディリーの近くにいたのよね、イルルの目で見た限りでも後ろをついて行っていたようだし。
「じゃあどうして地下墳墓から出た後もモディリーの近くにいたの?」
『死は遠のいていない』
「え」
モディリーの嬉しそうな顔が固まる。
『今もモンスターの力は衰えず残っている、一度助けた手前見捨てられず近くで熱病にかからぬやう見張っていた』
「ってことは…俺まだ危ないってこと?」
『はい。恐らく原因のモンスターを倒さない限り永遠に続く』
「ひぃいい!やだー!死にたくない、俺死にたくないよぉおお!」
モディリーはおいおいと机に突っ伏して泣き出した。
だからそれ本業殺し屋の人が言ってもいいセリフなの?と呆れながらもベルーノが開いたナムタルの項目にチラと視線を落とした。
そこには人の体に蛇の頭、サソリの尻尾を生やし鳥の羽を生やしているというキメラみたいなイラストが描かれている。
えっと説明は…。
『ナムタル
主に乾燥地帯に現れるアンデッドモンスター。体から湧き出る瘴気により数十種類の病気を引き起こし、人を急死に追い込む。その瘴気に当てられた者は熱が上がり長くは生きられないようである。
見た目に関しては統一性がなく、巨人、毒蛇、サソリ、鳥の羽が生えた人、はたまた壁だったという証言もある。しかしそれを伝えた者たちは高熱で死に瀕した状態であったため、幻覚によるうわごとだった可能性が高い(上記イラストは目撃証言から画家の想像で描かれている。実物とは違うであろうから注意すること)。
ナムタルが出る場所には近寄らないのが賢明だろうが、ナムタルに対抗できるほどの聖なる呪文を唱えられる職業の者が仲間にいるなら例外である。
攻撃…近寄るだけで数十種類の病気を発症させる
防御…通常攻撃・魔法攻撃共に有効だろうが、体に触れる前に高熱に襲われる可能性が高い
弱点…神の呪文にはめっぽう弱く、呪文を唱えると離れていく』
神の呪文にはめっぽう弱い…じゃあやっぱりアンデッドモンスターで間違いなさそうね。それに聖魔術士のガウリスが居れば大丈夫そう。
うーん、それにしてもイルルに調べてもらおうとしたのにイルルより先にモンスターが何なのか分かっちゃった…。
そう思いながらベルーノが居る辺りに視線を向けて話しかける。
「けど一度助けたからずっと今も守ってるとか、ベルーノって優しいのね」
「まぁ…そうだよな、守ってくれてるんだもんな…まだ俺危ないみたいだけど…」
グスグス鼻をすすりながらモディリーはランニングシャツで涙と鼻水をぬぐう。
…っていうかなモディリーのランニングシャツって変にガビガビになっているような気がしたけど、もしかしてずっとシャツで鼻水とかぬぐい続けてるせい?
ウッとモディリーから身を引いて、文句を言いながらお風呂場を指さす。
「ちょっと、汚いからあっちで洗ってきて」
「え、何で」
「何でって…全体的にモディリーの服が土とか色んなので薄汚れてるんだもの、さっきお風呂に水張ったから先に入って服も洗ってきて!」
「いいって、風呂なんて入んなくたって別に…」
すると紙の上のコインが動く。
『お前は十分に汚いから従へ』
「えー!ベルーノまでそんなこと言うの、ひどっ!マジでひどっ!」
するとコインの動きが少し遅くなり、また動き出す。
『先程からお前が言ふ、まじ、とはどういふ意味だ』
「え?『本当に』っていう意味だけど知らない?」
『私が生きていた頃には使われていない』
「そりゃそうよ、六千年ぐらい前の人なんだから」
私が当たり前のことを言うとモディリーも「あ、そっか」と言いながらマジマジとベルーノを見て、少しおかしそうにあごをさする。
「それにしてもベルーノってそういう見た目だったんだなぁ。陰キャって感じ」
『いんきゃとは』
「暗~くて湿っぽい性格」
コインはしばらく止まって、スー…と動きだした。
『否定はしない』
「あ、ごめんごめん傷ついた?」
『いいえ』
「いやごめんって、マジごめん。ちょっとテンションおかしくなっちゃってオッサン」
『いいえ』
「…」
何となくだけど、インラスの会話を出した時と違ってコインもよく動くわ。話題が変わってベルーノの気持ちも少し和らいだのかも。
…モディリーもおチャラらけた感じだから話しやすいでしょうしね。
「…ねえベルーノも一緒にあの地下墳墓について来てくれない?ガウリスも聖魔術を使えるけどあなたも一緒にいてくれたら心強いわ」
ベルーノは心配になってちょっと関わっただけのモディリーのこともこんなにガードし続けているんだもの。それくらい人を助けようとする気持ちがあるんだし、さりげなく頼み込んだら一緒について来てくれるかも。
『いいえ。行かない』
「…」
そこはやっぱり拒否するの…。
ガックリしながらも顔を上げてベルーノを見据える。
「どうしてそんなについて来たくないの?やっぱり皆と…ううん、インラスと会いたくないから?」
今まで淡々と動いていたコインが動かなくなった。やっぱり一番の理由はインラスと会いたくないからなんだわ。
「…私たちはインラスの本当の性格を知ってる。だから会いたくないって気持ち何となく分かる。一緒に居るのが本当に辛かったから、もう会いたくないんでしょう?」
コインは動かない。
「…でもお願いよ、ヒズのために…世界のためにも…」
私の言葉を遮るようにコインが動き出す。
『皆揃ってはならない、会ってはならない』
「…え?」
そこでコインが止まって、またゆっくりと動き出す。
『全員が揃ったら終はりだ。全員が来なければよかったと後悔する、さうすれば世界の崩壊より恐ろしいことになる。それは始まりだ、世界にとって地獄の日々の』
コインの動きがせわしくなくなってきた。でも私は何かおかしいと感じて質問する。
「マイレージたちは全員で会わないといけないことがある、全員が焦っていることがある、でもそれを忘れているって聞いたわ。でももしかしてベルーノは全員で集まらないといけない理由も…集まってはいけない理由も何か知っているの?」
するとコインの動きはピタリと止まって、すぐ動き出す。
『知らない』
絶対嘘よ、今の動きは絶対何か誤魔化したわ。
「…あなたは一体何を知っているの、ベルーノ」
コインは動かない…と思ったら動き出した。
『私は皆と会う訳にはいかない、どふしても私を連れて行きたいのならば力づくで連れて行け。インラスが私にしたやうに力づくで。出来るものならばやってみるといい』
素早く文字を綴るコインが止まると、モディリーの視線が横に動いて壁の遠くを眺めるように見る。
「行っちゃった…」
そのままモディリーは私をチラッと見てきた。
「ねえ、今までの話聞いてて思ったんだけどさ…もしかしてインラスって性格ヤベー奴?」
まさかね、と言いたげなその言葉に私は隠す必要もないから大きく頷いた。
「ええ。もしかしたら歴史史上最高の極悪人かも」
ナムタルが現れる地域は海から吹いてくる熱波が凄いようで熱病で人を苦しめるモンスターが大量出没している印象で、もしかしたらその熱病は風邪とかではなく熱中症の可能性もあるのかも?と思いました。(ペスト系のモンスターも多かったから詳しくは知らない)
マレーシアにはジャビの精という妖怪がいて、魚を捕りすぎたら憑りついて体を熱くするやら寒気を引き起こすやらするとのことで、それももしかしたら暑い日差しが降り注ぐ中ずっと仕事していた人が熱中症になっていたのかもしれないですね。知らんけど。
そんな感じでモンスターや妖怪を知るとそれらが出た地域・場所でどんな危険が起こりえるのかがうっすら分かる場合もあるので楽しいですよ。山の斜面がエグすぎる徳島県大歩危では明らかに「ここは土砂崩れの危険があるんだぜ」系の妖怪が大量発生してますし(大歩危の地元妖怪が載ってる冊子を現地で購入済み)。
あと詳しく調べてないから当てずっぽうですが、西洋で炎や毒を吐くドラゴンが居た場所は近くに火山ある気がする。




