ルミエールの話と、依頼者到着
「大昔この辺は大小合わせて百近くの部族がひしめき合って暮らしていたんですって。それでもあまりに部族同士が密集して暮らしていたから土地を巡る争いが毎日のように起きていたの。
そんな殺伐とした中で育ったルミエール青年はある日、敵の部族からよーく見える小高い丘の上で敵部族の男の首をはねた。そんで立ち去ろうとした瞬間に…見てしまったのよ」
「何を?」
アレンが聞くとリアンは、
「敵の集落から飛び出して男の首に駆け寄って抱きかかえて泣く、妻らしき女とその子供」
「…それは…気分が落ち込むでしょうね」
ガウリスの言葉にリアンはうんうん頷いて、
「そっからも胸クソの話よ。ルミエールの周りにいた男たちが丘の上から泣いている女と子供に弓矢を引いて殺したんですって。ルミエールもそれを見て思ったんでしょうね、一体自分たちは何をやっているんだって」
リアンはそこで食事を口に入れて飲み込んでから、
「その時からルミエールの人生が変わったの。この大量の部族同士の戦いを終わらせよう、全ての部族をまとめるために生きようって」
まるで英雄譚の始まりのシーンみたい。そう思って真剣に話を聞くけど、そんな私とは対照的にリアンは馬鹿にするような笑みを浮かべている。
「さあこっからよ、話が胡散臭くなるのは」
「胡散臭い?どういうことです」
サードが聞くとリアンは含み笑いをして、
「だって急に天使なんて訳わかんない存在が出てくるんですもの」
「天使が?」
信仰心の篤いガウリスがいち早く反応すると、リアンは「あら」とガウリスを見る。
「何、あんた天使なんて信じてるの」
「もちろんです、神々や天使は私たちのことをいつでも見守ってくださっています」
そんな真っすぐな目を見たリアンは「ふーん」と興味なさげに首を傾げて、
「だったらガウリスにとってはこっからの話は胸熱かもねー」
と続ける。
「まー、ルミエールがこの戦い終わらせるぞーって動こうとしたら天使がルミエールの前に現れ告げたんですって」
リアンはそう言うとスッと崇高な顔つきになって背を正す。
「『神はお前の考えを大層評価しているが、お前の力だけでは到底叶わぬであろう。我が神はお前の信念に必要なものを一つ与えるとの仰せだ、さあ望め、何が欲しい』」
ものすごく厳かに言ったリアンは肩を揺らしてものすごく大爆笑する。
「ダーッハッハッハ!っねー、急に神だの天使だの出てきて展開が胡散臭くなってくるでしょー?すっごく怪しいダーッハッハッハ!」
…どうやらリアンは信仰心が薄いみたいね…。
でもまぁ、修道院を潰してこうやって会社に変えてしまうくらいだし、司祭はヒールでぶん殴って追い出したって悪い顔で笑うくらいだものね…。
そこでリアンは一人で大爆笑しているのに気づいたのか、
「ああごめんごめん、そんでルミエールは天使の言葉にこう答えたんですって。『力づくではなく言葉で解決できるような能力が欲しい。武力で抑え込むと反発が起きる、しかしこの地域の者たちの因縁は深く互いの言葉に全く耳を傾けず、結局力での話し合いになる。どうか円満に全てが解決できるような能力が欲しい』って」
そう言ってからリアンは立ち上がって、部屋に飾られている絵を持ってきて空いている椅子の上に乗せる。額縁の内に描かれているのは、胸まで届く白いひげを蓄えた威厳のある姿の老人の横顔。リアンはその絵の老人を指さす。
「これがお話の初代皇帝ルミエールの晩年の肖像画。そのとき天使に渡されたっていうのがこの王冠よ」
ルミエールの被る王冠をリアンは指さすから、その指の先にある王冠を見てみる。
確かに立派なものだわ。金で作られた冠、ちりばめられた宝石、王冠の内側を覆う赤いビロード調の布…まさに権威者が頭にかぶるにふさわしい立派なもの。
リアンは椅子の上に肖像画を置いたまま席に戻って、
「天使とやらにもらったこの王冠をかぶってからは、他部族との話合いが全て円満に進むようになったんですって」
「じゃあやっぱり王冠に効果あったんだ」
アレンが言うとリアンはとりあえず頷く。
「まあそうみたいね。色んな部族の首長にリーダー格の奴ら、その全員がルミエールの話に耳を傾けて、その全員がルミエールの配下または友好的な立場に収まった。それを続けているうちにルミエールは力を使ことなくこの大帝国を治める初代皇帝になったって流れよ」
お肉をギコギコしながら、もう話の盛り上がりどころは終わったとばかりにリアンは話を終わらせにかかる。
「そうして妻を迎え世継ぎも産まれ、配下に民衆からは敬われ慕われ、全てが順風満帆。そんな穏やかな時も過ぎてそろそろルミエールの子に帝位継承かしらって話が出始めていたあくる朝、ルミエールは自分の財宝…あと王冠と自身も共にふっつりと行方をくらませた。アタシの知ってる限りのルミエールの話はこんな感じよ」
「やっぱりルミエールさんがどこに行ったのか分からないんですかあ?」
ヒズが聞くとリアンは頷く。
「国の勢力をあげてルミエールを探したけど見つからなかったみたいね。そうやって三年間探し続けても見つからないからようやく葬儀が行われて、ルミエールの子が皇帝に即位した」
リアンはそう言いながらナイフでルミエールの肖像画の王冠を指し示す。
「つっても人が本気で探したのはルミエールより財宝と王冠でしょ。特に王冠は天使を通じて神から賜った聖なる物で、王冠の力で敵すら味方にして円満に皆を従えさせられるのはルミエールが実証済み。
つまり王冠を手に入れし者こそがこの大帝国の皇帝になれるってことよ。ルミエールの子たちは『皇帝の座を他の者に渡してはならぬ』って血眼で探し回ったみたいよ。今でも宮殿を埋め尽くすほどの財宝と皇帝の座を手に入れるため王冠を求めて探している奴もちらほらいるらしいけど…」
リアンはフッと鼻で笑うようにため息をついた。
「財宝はともかくこんな落ち目の大帝国の皇帝になんて誰がなるかって話よね。バーソロミューとオビドはどうしても自分が皇帝になりたいみたいだけど?
馬鹿よねぇ、皇帝の肩書ばっかり見て現状が全然分かってないんだもの、どんどん領地取られて国が小さくなってってるってのに。さーて、あと何年でリベラリスム大帝国って名前が地図上から消えるかしら」
ケッケッケッとリアンは笑う。それでもフッと真顔になると、どこか遠い目つきで微笑んで頬杖をついた。
「…でもさ、ちょっと思うのよ。特に激しい戦闘もなく周りの国に領地が取られて国が消える…。それって考えようによっては円満な国の終焉よねって」
そこで区切ってからリアンはフッと顔つきを戻して、
「ま、そんな国の行く末なんてどうでもいいから食べちゃいましょうよ、料理が冷めちゃうわ。スパークリングの葡萄酒飲む?勇者様たちがいるから今夜は特別に開けちゃう」
と皆の返答を待たずにボトルを掴み、ポンッと栓を開けた。
* * *
次の日。
依頼者のモディリーが来るという話だけれど、ヒズはまたリアンと縫製の仕事を見に行っていてこの場にはいない。
服が好きなヒズはこのエタンセルカンパニーの服を作る作業場を見るのが好きみたいなのよね。リアンもリアンで自分の会社の大ファンみたいなヒズにサービス精神が溢れるみたいで、
「ベテランたちの刺繍するとこ近くで見てみる?」
と言うと、
「見たいですう!」
ってヒズが答えて、朝から刺繍をするお婆さんたちの所へ行ってしまった。
「…どうする?このままヒズがここに残って服作りたいとか言い出したら。リアンにも気に入られてるっぽいし俺たちから引き抜かれるかも」
アレンがボソッと言うけれどサードは首を横に振る。
「それでも今はヒズとヒズの近くにいるマイレージたちは必要だ。認められるか」
するとコンコン、とノックする音が聞こえてきてサードの顔が表向きに変わる。
「どうぞ」
サードの声に入って来たのはランソワ。ランソワは少し顔をしかめながら私たちに伺うように聞いてくる。
「あの…モディリー・ドアーニという者が入口まで来ていて、ここにいるはずの冒険者と話がしたいとしつこく食い下がっているんですけど…。見るからに不審者なので追い返していいですよね?」
「いえ、お通しください、私たちの依頼者です」
私たちの依頼者だと知ったランソワはサッと顔付きを変えすぐさま頭を下げて、
「それは失礼しました!今すぐこの部屋にお通しします」
と慌ただしく部屋から出て行き、サードは元の表情に戻ってボソッと呟く。
「ルミエールの王冠…それはモディリーにはやらねえで手に入れてえな」
その言葉に私はぞっとした。
「まさかサード、皇太子二人を差し置いてこの大帝国を手に入れようと…!?」
こんな奴が土地と金と権力を手に入れたらどうなるかと脅えると、サードはイラッとした顔で私を睨んできた。
「誰がこんな周りから狙われ放題で弱いくせに広すぎて守り辛え国なんざ欲しがるかよ。要らねえよこんな国。仮に手に入れるとしたらタテハ山脈一択だ、あそこは儲かる上に住民全員鍛えりゃ戦えるし道は険しくて守りが固い」
「タテハ永世中立国な」
そっと訂正するアレンの言葉はどうだっていいって感じでサードは続ける。
「王冠は俺が手に入れるんじゃねえ、早い者勝ちでバーソロミューかオビドのどっちかにくれてやる。どっちかが皇帝になりゃ戦いも一旦は終わってこの国の奴らも一安心、世界的に有名デザイナーのリアンも俺らに感謝して、リアンの商品が世界に出荷されると同時に俺らの英雄譚もタダで素早く世界に広がってく。良いことずくめだ」
「…」
こいつ、どうしてこう自分の得になることをこんなにもパッパッとすぐ思いつくのかしら。
そう思いつつ私は釘を刺すように伝える。
「でもバーソロミューもオビドもかなり評判悪いみたいだし、どっちが上に立ってもこの国の行く末は大変なんじゃないの」
門番の兵士、それとリアンの話しぶりからしてみても皇太子二人の人望は全く無いに等しい。国を守るはずの兵士にすら馬鹿って言われてるぐらい見下げられているし。
するとサードはこれまた簡単に答えた。
「この国については俺らが関わることじゃねえ。俺らの目的はベルーノだろ?そのついでにルミエールの財宝を手に入れるだけだ。そのあとに残るこの国の行く末なんて知ったことかよ」
…始まったわ、サードの国が潰れてしまってもどうだっていいっていう国嫌い発言…。
呆れていると足音が聞こえてきて、扉をノックする音が聞こえる。その瞬間サードの顔は表向きのものに切り替わって言った。
「どうぞ」
「っじゃましまーす、勇者御一行様」
サードが入るよう促すのと同時に入ってきたのは…カーミの言う通りどこか小汚い感じのおじさん。
これは確かにランソワが不審者と思うのも無理はないかもしれない。
穴の空いたよれよれのカンカン帽、白髪交じりのぼさぼさの黒髪、まばらに生えた無精ひげ、元々白かったはずの土で汚れたよれよれのランニングシャツに、同じく土で汚れたベージュのよれよれのハーフパンツ…。
「…ん?」
あれ、でもこの小汚い身なり、どこかで見たことがあるような気がする。えーっとどこでだったかしら…。
あれこれと思い返してハッとした。
そうだわ、イルルがベルーノを発見した時、ベルーノからずっと遠くを歩いていた男の人じゃない?そうよ、この土で汚れまくってろくに洗濯もしてなさそうな小汚い服は確かにそうだわ。
「あなたがモディリーだったの、私昨日あなたのこと見たわ!」
十九世紀イギリスの某貴族の執事をしている人はこう言っていたそうです。
「スパークリングの栓を開ける時には上からのぞき込んではいけない、それで目を潰した人を私は何人か知っている」
そりゃ当たり前…と思いつつ、実際にあった話として聞くと怖いですね。
私は空中で揺れる猫の尻尾で顔をピシピシされたいと近づいたら、急に尻尾が突拍子もない動きをして目に尻尾がモサリと当たり「目が、目がぁああ」となったことがあります。
あと後頭部の匂いを嗅ぎたいと顔を近づけたら耳がビンビン動き二連続で目にヒットし「目が、目がぁああ」となったことがあります。猫って可愛いなぁ。




