リベラリスム大帝国の財宝
「エリーお嬢様」
「ギャッ」
サードにどうやってカーミから受けた依頼の話をしようと悩んでいると、さっき消えたはずのイルルが急に現れて思わず叫んだ。
イルルは驚く私を見て楽しそうにヒッヒッと引きつったような笑いをしてから、
「ベルーノ様のことでございやすが、それらしい奴を見つけやした」
私は驚いてベッドから立ち上がってイルルを見上げた。
「そうなの、どこにいるの?もしかして連れて来たの!?」
「いえ、ともかく…」
イルルは私に向かって手の平を上にして差し出してくる。
「お手をどうぞ」
「…?」
何で?まさか踊りに誘ってるわけでもないでしょうし…。
とりあえず手を乗せると、目の前にブワッと外の映像が広がった。
「えっ何これ…!」
「あっしが見てきた光景でございやす」
…じゃあこれはイルルの目線ってことね。
目の前の映像は勝手に動き続けて、視界に二人の人が見えた。
一人はずっと遠くを歩いている。土で汚れまくってて洗濯もろくにしてないんだろうなと思えるぐらいの小汚い服を着た男の人。それとほとんど目の前にいる黒いローブを羽織った男の人。
するとイルルは目の前にいる黒いローブの男の人に近よると横並びになった。猫背でうつむき加減だった黒いローブの男の人はかすかにイルルを見る。
顔は深くかぶっているローブでほとんど隠れていてろくに見えない…っていうか、口に布を当てているから本当に顔が見えない。
「すいやせん、あっしはイルルと申す者でございやすが…」
映像の中のイルルが喋るとまるで自分が喋っているみたいに声が近くで聞こえる。イルルはすぐさま話を続けた。
「実はあっしは人探しを頼まれていやしてね、もしかしてあなたはインラス一行の一人、ベルーノ様ではございやせんか?」
ベルーノ!?この人が?それよりこんな短時間でどうやってベルーノを見つけたの?
そんな疑問を口にしようとしたけど、目の前の映像は動き続けるから黙って目の前に集中する。
名前を呼ばれたベルーノはわずかに顔を上げて…まぁ顔を上げてもローブの影になってろくに顔なんて見えないけど、警戒するような雰囲気に見える。
「ああいや、怪しい者ではございやせん。あっしの主人は勇者御一行の一人でベルーノ様を探すよう要請を受け…」
ベルーノから明らかな警戒の雰囲気がにじみ出て、グッとイルルに顔を近づけた。
「イルル、お前は二度と私を探し出せない。遠くに行け!」
ベルーノがそう口にした瞬間、目の前からベルーノの姿がフッと消えて、周りの景色がそれまでと全く別の場所になる。イルルは「おや?」と言いながらあちこち見渡すと「…言葉を間違えやしたな…」とぼやいて頭をかくような仕草をした。
そこでイルルは私から手を離すと、目の前に広がっていた光景は全部消えて部屋の中に戻った。
「…今のって…」
「あっしの能力の一部でございやす。言葉で伝えるより手っ取り早いでございやしょう?」
「それよりベルーノをこんな短時間でどうやって見つけたの?」
すごい、と思いながら聞くとイルルはヒヒ、と笑いながら、
「それはあっしにしか分からない感覚で探しておりやすので説明のしようがありやせん。魔界でもだーれも理解できんもんでございやした」
といたずらっぽく言うけれど、すぐさま落胆したように肩をすくめる。
「しかしこの後からは本当にベルーノ様の気配が一切感じられなくなって探し出せなくなりやした。大変申し訳ありやせん、言葉の選び方を間違えて警戒されてしまったようで…」
とりあえず気配で探すのね。ふーん。
「けどどこにいるのかも分からないベルーノをこんな短時間で見つけたってだけですごいことよ。ちなみにどこにいたの?」
「ここから人の足で歩いて半日程度のところですかね。しかし体の無いまま移動する御仁でございやすから、これからどこにいくのかは…」
「おーい、エリー」
アレンが部屋をノックしてくる声が聞こえてきて、「どうぞ」と促すとアレンが入って来た。
「あ、イルルじゃん久しぶりー」
「お久しぶりでございやす、アレン坊ちゃま」
「え、俺も坊ちゃま呼びなの?へー俺坊ちゃまかぁ」
アレンも特に嫌がらずそう言いながら中に入ってきて、
「ゾルゲみつけたの?」
ってイルルに聞く。それでも私は首を横に振って、
「ゾルゲより先にベルーノを探してもらったの。そうしたらすぐ見つけてくれたんだけど、ベルーノの言葉の魔法でもう見つけられなくなっちゃったみたい」
「え!でもこんな短時間で見つけ出すとか天才じゃん、すげー!」
アレンはイルルの手を取ってブンブン大きく動かす。
「それよりアレン、相談に乗って欲しいんだけど…」
「ん?何?」
私はカーミから一方的に押しつけられた依頼の話を伝えた。明日の朝、モディリーという依頼者が私たちに財宝を取りに行くためのボディーガードをしてもらえると信じてやってくるって話を…。
「これ、どうサードに伝えれば…どう伝えてもサードが怒りそうじゃない?」
「カーミが勝手に依頼を受けたって?」
アレンじゃないその声にヒヤッとして振り向いた。部屋の入口はサードが立っている。いつの間に?それより今の話全部聞いてた!?
「つまり依頼はルミエールの財宝探しの護衛ってわけか?」
「そう…だけど…」
怒られると思いながらドキドキしつつ頷くと、サードは静かに怒りの目をしながらどこかに居るカーミを睨んでいるような薄暗い表情をしている。
「さっさとこの国から立ち去ろうとしてるっつーのにあの野郎勝手なことを…」
低い声でボソボソと呟くサードにアレンは慌て、
「でももうこれ依頼受けちゃってるようなもんだし…やってきて早々にできないって追い返すのも失礼だと思うぜ、受けたほうがいいんじゃね?なぁ?」
どうやらアレンはサードを説得しようとしてくれているから私もアレンの言葉に重ねるように、
「そうよ。依頼を受けてもらえると思ってやって来た人を無下に追い返すのは可哀想だわ。勇者としても良い印象じゃないと思う」
と続ける。サードはカーミに対してまだ怒りの目を燃やしていたけれど、それでも少し腕を組んで考え込んでから私に聞いてきた。
「その財宝のある場所はもう分かっているって言ったな?」
「うん…」
ほとんど話を聞いていたんじゃないと思いながら頷くと、サードは頷いて更に質問してくる。
「その財宝ってのはどれくらいあるんだ?」
「財宝専用の宮殿があって、そこの部屋を埋め尽くすぐらいってカーミは言っていたけど」
サードの目が一瞬で欲に染まりきってニヤニヤ笑いだしてる。
…きっとカーミが財宝の話をした時に求めていたのは、こういう欲にまみれた目と表情だったんでしょうね。
サードはどれくらいの取り分が自分に入るかみたいな笑みを浮かべ、
「で、冒険者の俺らを雇うっつーならモンスターが出んだろ?何が出る?」
「それは…聞いてない」
サードは黙っているイルルに目を向けて、
「イルル、お前そういうモンスターを調べることもできんのか?」
「それは容易いことでございやすが、あっしの主人はエリーお嬢様でございやすから…」
「あー分かった分かった、だったらいい、面倒くせえからそれ以上言うな」
言葉のぶっきらぼうさと違ってニヤニヤとご機嫌な雰囲気でサードは続ける。
「もう財宝の場所が分かってて依頼者を護衛するだけならそう時間はとらねえだろ。だったらベルーノ探しのついでにその財宝を頂くのも悪くねえ」
「あのね、その財宝は依頼者のモディリーって人の物だと思うんだけど?その人が先に場所を発見したんだから」
「何言ってやがる、こんな内戦やってる危ねえ所でわざわざ護衛してやるんだぜ?金は弾んでもらわねえと割に合わねえだろ」
クックックッとサードが悪どい顔で笑っている。
こいつラーダリア湖の宝石もまだまだあってタテハ国からもらった物でも懐は十分に潤っている状態なのに、まだ宝を手に入れようとしているわ…。何て欲深い奴…。
* * *
「え、ルミエール?何でいきなりルミエール?もしかして勇者様たちルミエールの財宝を探しに来たの?帝国外でもそんなに有名なの?」
夕食時、近くに座ったリアンにさっそくサードがルミエールのことを聞き始めたら、リアンのほうが逆に興味を持って矢継ぎ早に質問してくる。するとサードは飲み物を飲む手を止めて、
「いえ、私たちはこの帝国に入ってから初めて聞きました。しかしそんなにもルミエールの財宝は帝国内で有名なのですか?」
「まぁね~。初代皇帝ルミエールっていったらこの大帝国を作り上げた英雄だし、宮殿を埋め尽くすほどの財宝と共にふっつり消えたミステリーで強烈な印象を残す偉人だもの」
「財宝と消えた?どうして」
私が聞くとリアンは、
「さあ分からない。朝にルミエールが消えていて、あちこちルミエールを探していたら財宝専用の宮殿の中が空っぽになっていたみたいなの。
考えられるとしたらルミエールがこっそり運んだものだけど、財宝はルミエールのものだから宮殿から持ち去る理由なんてないし、宮殿を埋め尽くす量をたった一晩で一人で運ぶなんて到底無理な話でしょ?でもだーれも気づかないうちにルミエールは財宝と共に一晩で消えてしまったの。ね?ミステリーでしょ~?」
面白おかしくリアンは伝えてきたけど、それ以上は興味なさそうに話を戻す。
「で、何で急にルミエール?本当に勇者様たちは宝探しにきたってわけ?こんな身内争いしてる危険な国に」
「この大帝国には人探しできたのですがね、それ以外にルミエールの財宝をみつけたかもしれない、しかしモンスターの問題で一人で行動するのは危険だから護衛してほしいと人づてに依頼が入りまして…」
リアンはサードの話を聞くと「ダッハッハッハッハッ」と豪快に笑いだしてしばらく肩を揺らして笑っている。
「そりゃあロマンのある依頼ねえー!でも言っとくけどルミエールが消えてから多くの人が財宝を探し回ってんのよ?それでも数百年たった今でも見つからないの。それを見つけたかもだってえ?まあまた空振りでしょうね~」
プークスクスとリアンは笑ってから続ける。
「でも皆欲しいのはルミエールの財宝よりルミエールの王冠かもね」
「王冠?」
サードが聞くとリアンは、
「あらそれは知らない?ルミエールがいつもかぶっていた王冠の話。ルミエールの王冠を手に入れたらこの大帝国が手に入るって話は?」
「いいえ、ルミエールの名前は知ったばかりなので詳しいことは何も分からないのです。できればルミエールがどのような人物なのか、王冠のことも分かることを教えていただけませんか?」
サードの言葉にリアンは頷いて、話し始めた。
「このリベラリスム大帝国は元々百近くの部族がめいめい暮らす土地だったの。ルミエールはその中の小さい部族出身の男で…」
アレン
「ねえ~ベルーノどうやって見つけたの~?ねえ~教えて~」
イルル
「ぎゃん行って、ぎゃん行って、ぎゃーんでございやすね」
エリー
「全然分かんない」




