ねぇ買って買って、買ってよぉ~買
布が入ってこないと言われてリアンは檻の中に入れられた猛獣みたいに唸りながら目の前をグルグル回って、機嫌も悪そうにランソワに言いつける。
「とにかく布を運べそうなルートは他にどうしてもないのか話してきて頂戴、値段によるけど輸送量が吊り上がっても構わないとも商人に伝えて、その輸送量がどれだけかかるかの値段もキッチリ聞いてくること。足元みられんじゃないわよ」
言いつけられたランソワは、そんな難しいこと言われても…みたいな情けない顔をして去っていく。ランソワを見送ってから私は聞いた。
「布が入らないって、それ大丈夫なの?」
リアンは本当に参ったと言いたげな顔で頷く。
「ぜんっぜん大丈夫じゃないわよ、元々考えてたデザインじゃお得意さん用の注文の衣装に圧倒的に布が足りないわ。輸送で余計に金もかかるからそもそものデザインを変えないといけないかも…。
まあこっちの国内の事情を聞いたら納得はしてくれるでしょうけど、嫌味の一つは言われるでしょうね。ほんっと腹の立つ女なのよ、あのお得意客のレディア・グローナって女」
「…レディア・グローナ?」
頭の中にボーチをいじめては高笑いして、すぐに人を怒らせるようなことを言っては高笑いするレディアの姿が出てくる。
「そのレディアってもしかして、デキャージャ国のスペラービト商会の女社長?」
「あら知ってるの?」
アレンの言葉にリアンが返すと、アレンはパッと顔を明るくする。
「そうなんだよお!俺らレディアにすごくよくしてもらってさぁ、なぁ」
アレンが私たちを振り向いて、サードはそうですねと頷く。
「ドラゴンの討伐の時にご協力いただきました。聡明で敏腕な女性でしたね」
「そして愛情深い方です」
アレンの言葉にサードとガウリスが続けると、リアンはボッと吹きだして大爆笑しだした。
「ダーッハッハッハッハッ!やっだ、あのレディアがそんなに褒められんなら大体の女は聖女になっちゃうじゃないの!ダーッハッハッハッハッハッハッ!」
…今まで口調は女性的だったのに、笑い方と笑い声はものすごく男らしい。
しばらく大爆笑していたリアンだけれど、ひとしきり笑ったら顔を引き締める。
「笑ってる場合じゃないわ。新規の依頼は断る方向にするにしても今受けてる分は作らないと…とりあえずレディアの分だけはどうにかしないといけないわ。んー…でもあの女を満足させられるもんが作れるかしら、今ある残りの生地で…」
そんなリアンに私は声をかけた。
「レディアなら事情を説明して生地が手に入らないって言えば納得してくれると思うけど」
嫌味は凄いけれど、レディアは心の底から意地が悪いわけじゃないし。
するとリアンはスッと背を正して腕を組むと見下げた表情をする。
「『内戦で生地が手に入らないから作れませんでした?あーら、人気デザイナーが聞いて呆れますわ、他の業者と横の連携が取れていなかったのかしら?コミュニケーション不足ですわねぇ』」
リアンはそこで馬鹿にする笑みをやめて組んだ腕を下ろす。
「そんなこと言われるわ、絶対言うわあの女」
「いやでも国がゴタゴタしてるんだししょうがないって」
アレンはフォローするけれど、リアンは首を横に振る。
「自分で言っててなんだけど横の連携がろくに取れてこれなかったのは事実だもの。…まぁカンパニー立ち上げる少し前からあの馬鹿二人が内輪もめし始めたから、布を取り扱う商人と連携を取る間がなかったってのが正直なとこだけど…後から何言ったって言い訳にしかなんないわ」
「そんな大変な状態でよく人気デザイナーになれましたね」
ガウリスが感心するように言うとリアンは「本当よねぇ」と、うんうん頷く。
「それもレディアのおかげなのよ。どこで知ったんだかレディアがアタシの作る服を気に入ったの。その縁であの国のホテルの制服とか観光地でのイベントの服とか色々頼まれるようになったのよ。で、観光業でにぎわうあの国に訪れた各国の旅行客がアタシの服をに目をつけて、そのまま世界各地に広まって人気になったってわけ。…ムカつく女だけど恩があるのよね」
ムカつくというわりにその顔は親しい人に向けるような表情。
なんだかんだ言ってレディアのことは気に入っているのかしら。そう思えばレディアとリアン、毒を吐きながらお互い楽しそうに会話できそう。
それにしても、とリアンはチッと舌打ちしながら、
「しっかしオビドもバーソロミューもほんっと迷惑な野郎だわ、どっちも相打ちになってさっさと死ねばいいのに。あいつらのせいで作りたい服がどんどん作れなくなっていくじゃないのよ」
何てあからさまな言い方…。でもこれがこの国の人たちの本音なのかも。
するとヒズがモジモジしながら、そっと一冊のノートを取り出した。
「あのお…」
ヒズに声をかけられたリアンはヒズを見る。するとヒズはすごくモジモジしながら、
「あの私、服が好きで…それで、服が好きって気づいてから私…私…」
モジモジしていたヒズは思いっきりリアンに向かってノートをバッと広げた。
「服のデザインとか移動中に色々考えて書き留めてたんですう!良かったらこの中のデザイン使えないですか!」
リアンは一瞬呆気にとられたけれど、おかしそうにニヤニヤしながらノートを受け取って最初のページから見ていく。
「人気デザイナーのアタシにいきなりデザイン売り込むなんて度胸あるじゃない」
ヒズは自分から差し出したけれど、それでも恥ずかしいと緊張の混じったドキドキした表情でページをめくるリアンを見ている。
それよりヒズはクッルスの外を見て楽しそうにノートに何か描いて色塗りしているなぁって思っていたけれど、服のデザインを描いていたのね。…ごめんなさいヒズ、てっきり暇だからお絵かきしているんだと思ってた、マリヴァンもよく画用紙にグリグリとお絵描きしてたし…。
ページを一枚一枚じっくりとめくりながらリアンは呟く。
「男物も女物も年配向けも子供向けも一緒くたになっているのね」
「クッルスの中から外を通り過ぎる人を見て、あの人に合いそうな服ってどんなのかなあって考えながら描いたんですよお」
「ふーん…」
リアンはそのあと何も言わないでページをめくっていく。中盤まではじっくり見ていたけれど、後半になるとバラバラバラッとめくって…ついにはある場所でピタリと止まると最後まで見ないでバタンと閉じた。そのまま無言でヒズにつき返す。
何の言葉もなくノートを返されたヒズはキョトン、としながらノートを受け取り「あれ?」という顔付きで首をかしげる。
「もしかして…全然ダメでしたあ?」
するとリアンはズイッと身を乗り出す。
「買うわ」
「へ?」
「すごく良い、嫉妬でイラッとするぐらい良い!アタシじゃ考えつかないような新しい、それでも機能性十分なデザインも何個もあったわ、それが布の少ない今使えそうなものも多い。だからあなたのデザインを何個か買いたいの。どう?」
「ええ!」
パァッと顔を輝かせるヒズは、
「嬉しいですう!どうぞご自由に使ってくださあい、人気デザイナーのリアンさんに使ってもらえるなんて光栄ですう」
「…?自由に使ってって…権利は?」
「権利?よく分からないですけどそれはどうでも…」
「はぁ?何言ってんのよゴラァ!」
「ひぇっ」
低い声で顔を近づけられてヒズは少し引く。リアンはグワッとヒズの肩を掴むとそのままガクガク揺らした。
「あんたの頭ん中お花畑なの!?あんたみたいに自分の能力安売りし続けたら周りの悪どい奴らに散々食いつぶされて生活送れなくなるわよ!」
「フォオオ…フォオオ…!」
グラグラ揺らされ続けてるヒズの目が回り始めていて、ギュリンとその目がリビウスに変わる。
「ウッヒヒたっのしー!」
「うわっ、何この子こわッ」
急に声が男になって顔つきが変わったヒズをリアンが放す。するとサードが横から、
「そのヒズは今ちょっと問題を抱えているのでその解決のために一緒に行動しているのですよ。多重人格のようなものだと考えていただければいいです」
「あ、そうなの…」
そう言いながらもリアンはしげしげとリビウスを見て、指を突き付ける。
「じゃあヒズって子はちゃんとそこにいるわけ?」
「うん、いる!」
「変わってもらうことはできる?」
「できる!」
スッとリビウスが抜けて顔がヒズに戻る。リアンは表情の変化にもう一度目を見張ってから、ヒズに話しかけた。
「あのね、あんたは自分のデザインをタダで譲ろうとしたけど頭の中のアイディアだって金にも名誉にもなるのよ。それが自分の助けになったりするの、だから簡単に手放しちゃダメ。しっかり譲れない所は決めないとダメ。…アタシが言ってること分かる?」
ヒズはノートを手に持ちながら、キョトンとした顔でリアンを見上げる。
「何となくは…分かりますう」
リアンは腰に手を当てて、
「じゃああんたには三つの選ぶ道がある。デザインの権利を全て手放しアタシに譲ってここで権利分の金額を受け取るか、それとも権利の一部は自分にあると主張して服が売れる度に売れた分のお金の一部を永続的に受け取れるようにするか、それともやっぱり全ての権利は自分のものとしてアタシに売らないことにするか」
ヒズは目をパチクリさせながらリアンを見上げ、私たちを振り返りをする。
「えっと…どれがいいんですかねえ?」
「それはあんたが決めなさいよ、自分のことでしょ」
「私今までこういうの自分で決めたことがなくてえ…」
「あーら、じゃあ初経験じゃなーい。どう、刺激的で楽しいでしょ」
下ネタに聞こえかねないことをいたずらっぽくいうリアンに対し、ヒズはハッとした顔で背筋を伸ばす。
「初経験…ですかあ。実は私色んなことを経験するために家を出てるんですよお、そうですねえ、これも経験の一つなんですねえ」
それじゃあこれは自分が決めないといけない、とばかりの顔でヒズは拳を握ってやる気の顔になっているけれど、逆にリアンは下ネタが不発で終わってつまらなそうな顔をしているわ。
ヒズはあれこれと考えて、リアンを見上げる。
「えっと…じゃあ全部の権利をリアンさんに…」
「ちょっと待ったぁ!」
「うひゃあっ」
アレンが後ろからヒズの言葉を遮った。
「ヒズちょっと待って、答え出すより先に俺の考えも聞いて」
「何ですう?」
「デザインの権利はヒズが持ってたほうがいいと思うんだよ。ヒズが有名デザイナーならまだしも無名のアマチュアだから権利丸ごと売っても貰える金もそこそこになっちゃうぜ」
ヒズは目を見開く。
「そういうこともあるんですかあ?」
「あるある。だからリアンも安値で売り飛ばすか、一部権利を自分で持つか、どっちも自分に不利そうだからやっぱやめるかってわざわざ三つ選択肢用意してくれたんだ。その中でお得なのは権利の一部はヒズが持つやつだと思うんだよな俺。そのデザインの服が売れる限りずっとお金が入るし、困った時にはその権利も売ってお金にできるし」
ヒズは「ほえ~」と気が抜けるような感心した声を出す。
「私の家は商家ですけどそういうことがあるだなんて初めて知りましたあ」
リアンが「え」とヒズを見る。
「あんた商家の出なの?嘘でしょ」
「いやいや、ヒズはめちゃくそお金持ちの商家の出だぜ」
アレンの言葉にリアンは信じられないものを見る目つきでヒズを見て、
「…だったらよっぽどお金に苦労しないで花よ蝶よと育てられた超絶お嬢様なのね。どこの家出身なの、他の国?」
「はい。リヴィール国のジョーエス家出身ですう」
「リヴィール国…ああ、レディアのいるデキャージャ国のすぐ隣のあの国ね、運搬で潤ってる国だってのは聞いてる」
そう言いながらもリアンはアレンをチラと見てニヤと笑った。
「ところであんた、勇者御一行のくせに随分とビジネスめいたことできるじゃない?武道家なのに」
「…まぁ、一応…」
武道家のアレンと言われると引き気味になってしまうアレンは、それまで元気にあれこれ言っていたのにしおしおと静かになって黙り込む。
するとリアンはヒズが持つノートをパラパラとめくり、次々と指さしていく。
「じゃあレディアの服はこれでいくわ、これならアタシが元々考えてたデザインより少ない布の重ね合わせで何とか作れそう。それにこっちのデザインは他の所から頼まれたダンス衣装にピッタリ。サイッコーよ、あんたのデザイン見てるだけでやる気ブチ上がるわ」
「嬉しいですう」
「つーかあんた結局自分のことなのにアレンのいうこと全部素直に聞いて終わったわね」
「…ですねえ」
ヒズは悩みこむようにうつむいて、拳をまたグッと握る。
「それでも初めてだから私よく分からなくて…でもそうですよねえ、自分のことは自分で決めていかないといけないんですよねえ。だったらこれからは自分のことは全部自分で決めるようにしていきますう!」
やる気十分のヒズに、サードはヒズに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「あなたには独り立ちできるまで他人に意見を仰ぐのをお勧めしたいですね」
ヒズは振り返って、
「え?独り立ちってどうやったらできるんですう?」
サードは表向きの顔ながら、どこか呆れた雰囲気で返す。
「そういうことをわざわざ聞かなくなったら、でしょうか」
ヒズ
「何か私に選択肢を言ってみてください、全部自分で決めてみせますう!」(ドヤァ)
サード
「アルコール度数40度の酒と、アルコール度数42度の酒どっち飲む?」
ヒズ
「…え」
サード
「選択肢だしてやったぜ、さあ、どっち飲む?俺とお前のどっちかが潰れるまでショットでいくか?いくだろ?」(ニヤニヤ)
ヒズ
「あ…ああ…あああ…」(涙目)
エリー
「(だから何でそういうことを言う相手にサードを選ぶのよ…)」
マイレージ
「だからなヒズ、そういう時は鼻っ面ぶん殴って断っていいんだぜ」




