リベラリスム大帝国
「…で、そんな感じで魔界での仕事の話をしてそのまま消えちゃった」
イルルと話し会ってから数日。
イルルと最近話したかとサードに聞かれ、思えばこの前話し合ったのを皆に伝えていなかったのを思い出してこんな感じの話をしたと伝えておいた。
でも…最後に見せた薄暗い表情のことは何だか言い辛くてそこは言わなかった。もしかしたら私の見間違いだったのかもしれないし、それにやっぱりイルルがそんなサードが危険視するような人にも見えないから…。
それでも私は念のためと思ってナディムに声をかける。
「ねえナディム」
ヒズの顔がヒュッとナディムに変わる。
「ヴォーチェって私と相性のいい人が来るので間違いないわよね?」
「ああ。前に説明した通りだよ。呼び出しておいて相性が悪いと話にならないから相性のいいものが来る」
だったらやっぱりあの目は私の見間違いかも。だって私と相性がいいんだったら人を利用しようとするわけないもの、サードじゃあるまいし。
「まあ相性がいいからって最初から仲が良くなれるとも限らないけどね。何かイルルとあったのかい?」
ナディムはそう聞いてくるけど、とりあえず「何も」と首を横に振っておいた。サードはそんな私を見てからナディムに声をかける。
「魔族のナディムからみてイルルはどんな野郎に見える?信用できそうか?」
ナディムは少し目線を下げて少し考えこんでから顔をあげる。
「ハッキリしないね」
「…そのハッキリしないって、どういうこと?」
まさか本当に信用できない人なのと身を乗り出して聞くと「うーん…」とナディムは言葉を選ぶように唸ってから、
「何となくだけどエリー。奴は君のことは気に入っている、君のことをとても信頼していて君のためなら命だって差し出すかもしれない。だが…」
「だが?」
その先を聞きたくてもっと前のめりになると、ナディムは腕を組んで、
「だが…何だろうな、何かしら歪んだ考えを持っている気はする」
するとナディムの顔がヒュッとヒズに切り替わると興奮したように、
「それってエリーさんのこと好きすぎて感情の行き先が見つからないような感じですかあ!?」
って拳を握って上下に振り回すけれど、すぐさまヒュッと落ち着いたナディムの顔に戻った。
「いいや、慕っているようには思えるけど恋愛感情は見えない。どちらかというと神を盲信する信者に近い」
「エリー教かぁ。…いいかもしれない…あったら俺入る…」
アレンが何か訳分かんないこと言ってるから無視していると、ナディムはアレンの言葉を嘲るように鼻で笑った。
「純粋に信仰する姿はそれは美しいよ。だが自分にはこれしかないと盲信する姿は狂気そのものだぞ」
「じゃあイルルは狂気に近いってことか?」
サードの言葉にナディムは腕を組んで、
「さあて。ただエリーのことは心から信用しているから君たち勇者一行を簡単に裏切ることはまず無いとは思う」
サードは少し黙り込んでから私に視線を向けてくる。
「それなら今までと変わらずだな、お前はイルルの動向に目を光らせておけ」
結局イルルはサードの中で信用できない存在ってことで変わらないのね。
そんな話をしながらもクッルスは進み続けて、明日にはリベラリスム大帝国に到着するころになった。そして改めてサードは私たちに伝えてくる。
「まずいつも通り俺らは勇者一行だとバレねえように変装する、クッルスは目立つから今日泊まる町の倉庫を借りて置いていく。しばらくクッルスに戻らねえから荷物忘れんなよ」
「…それなら歩かないといけないんですねえ」
ヒズは覚悟を決めた顔をしていたけれど、そんなヒズの顔がすぐさまヒュッとマイレージに変わって鼻で笑う。
「どうせすぐ『足が痛いですう』ってベソかくだろ、だったら俺が表に出て歩いてやるよ」
ヒュッと顔がヒズに変わる。
「マイレージさん優しいですう」
するとすぐさま褒められて自慢げな顔のマイレージにヒュッと変わって、足を組んでフフン、と笑う。
「ったりめーだ、強い男は女に優しいんだよ」
するとマイレージからリビウスの顔にヒュッと切り替わった。
「じゃあ俺らも変装すんの?仮面かぶる?」
この間お祭りで買ってきた不気味な仮面を取り出すリビウスにサードはすぐさま突っ込む。
「そんなん被ったら余計目立つだろボケ。てめえらは変装しなくていい。別に勇者一行でもねえし、ヒズの体にお前らが出入りしてりゃ変装してんのと同じだ」
そうね、顔どころか声も性格も雰囲気も一瞬で変わるものね。
何度もやっているから私たちも慣れたもので、サードがテーブルに置く変装道具をめいめい手に取っていく。
私は毎度おなじみの茶色のボサボサのカツラを手に取るけど…。
「こんな暑い場所でカツラって…辛そうね」
「そうそう、エルボ国の時なんて秋の始めくらいの季節だったけどカツラかぶったらムレて暑かったもんなぁ」
「しょうがねえだろ、こんな内戦が起きてる時に、それもトップに馬鹿がいる国にいくんだぜ?普通に俺らが行ってみろ、俺らを利用して皇帝になろうとあの手この手で俺らを引き入れようと躍起になるぜ」
…それは嫌だわ。
するとサードの言葉に被せるように、アレンは怖い話の締めくくりを聞かせるような神妙な顔、ゆっくりな口調で続けた。
「しかも噂でリベラリスム大帝国の皇太子二人の評判聞いた限りだと…第一皇太子のバーソロミューも第二皇太子のオビドも幼児返りする前のファディアントに似てるんだよ…」
それを聞いて私は戦慄する。
うわぁ…それ絶対関わったら面倒くさいやつ…。
以前のファディアントを知っている私たちは気を引き締めて行かないといけないと視線を合わせて力強く頷くけれど、ファディアントを知らないヒズたちはキョトンとしているわ。
「ところでベルーノがいるのってリベラスラム大帝国のどこら辺なの?」
その皇太子たちと関わらないよう素早くベルーノを見つけなきゃという気持ちで聞くとアレンは、
「アンスタン州カゼロ町だよ」
と言いながらも軽くため息をついて、サードもゲンナリとした不機嫌そうな表情で続ける。
「激戦区に近い場所だ。激戦区の真っただ中じゃなかっただけまだマシ…と言いたいところだが、第一皇太子のバーソロミューが駐屯してその軍も居座ってやがるんだとよ」
うわぁ…最悪…。
サードは私たちを睨むように身を乗り出して、
「まずベルーノを見つけるまでに俺らが確実にこなさねえといけねえことはな、勇者一行とバレねえようにすること、それと国の関係者と一切関わらねえようにすることだ、いいかこの二つだけは絶対に守れ!」
と言いながらテーブルを拳でドンと叩く。
ファディアントは幼児返りしてからはまともな性格になった印象だけど、その前は本当に最悪なぐらい無能なのに自分がこの世で一番みたいな腹の立つ性格だったもの。そんな性格の皇太子にいちいち絡まれて利用されるとか…うう、想像しただけで嫌すぎる…!
とりあえず早めにベルーノが見つかることを祈ろう。
* * *
「…勇者、御一行…?」
通行手形を取っていた兵士が私たちを見て、サードはお馴染みの表向きの顔で頷く。
「世間的にはそう言われています」
私たちはまだいつも通りの格好でいる。そんで通行手形を見せて中に入ってからすぐ変装する。…本当にもう手馴れたものよね、これで変装して国に入るのは三回目ぐらいかしら。
すると兵士はどこか微妙な顔をして、
「あの…知っていると思いますが、今この国は内戦が起きていて…通り過ぎるだけでも危険な所もあります、良ければこの国を迂回できるルートをお教えしましょうか」
「内戦が起きているのは知っています。しかし依頼の関係でこの国にどうしても入らなければならないので…」
「それは内戦と関係あることですか?」
「いいえ、人探しです」
兵士も納得したのか、バサッと大帝国内の地図を広げる。
「この帝国内なのですが、今現在だとこの辺りで皇太子らの隊が激突しているんです。可能ならばここの道をこう通った方が安全です。それとこの辺りも比較的安全ですので…」
私たちのことを気づかってくれているのか兵士は安全な通り道を教えてくれて、アレンは「ほうほう」と頷き前に出て、自分のマップに安全な道を書きながら兵士に声をかける。
「それにしてもこの大帝国って年々国の領土取られてんのに、国の入口守って通行手形取る兵士が一人とか大変じゃね?」
それは私も思った。他の国でもこういう通行手形を取る場所には兵士が最低でも二人、その後ろにも何か騒ぎがあった時に駆けつけられるように数人控えているのが普通だもの。
兵士は深々とため息をつく。
「皇太子両名が…兵士をどこまでも自分の元に集めようと頑張るのでこういう所に割く人数がどんどん減っていまして…」
「…」
そういう国の体制とか私疎いけど…隣の国に接してるような場所から人を減らすってどうなの…?
ここにずっと一人でいて入国する人もろくにいなくて話し相手がいなかったせいか、兵士はぼやくように、でも確実に私たちに聞こえるように文句を言う。
「全く、内輪もめしてる場合じゃないのにあの二人いつまで戦い合ってるんだか。帝国民も皆言ってますよ、俺たちはいつまで二人の兄弟喧嘩に巻き込まれてりゃいいんだーって」
「こういうものは上が少し動くだけで下は大きく振り回されますからねえ」
サードは気の無いように軽く同調すると、兵士も大きく「そうそう」と頷く。
兵士は私たちに通行手形を戻してくるから、私たちは別れを告げて高い壁の内側に入る。
「…兵士も大変ね」
私の呟きにサードはボソッと言う。
「これで他国が攻めて来たら、あいつ一人で敵を防ぎながら国の中央まで知らせに行かねえといけねえんだぜ」
…どう考えてもそれ無理よ。
するとアレンは地図を広げて、
「とりあえず今日は適当な所で泊まるとして…カゼロ町で泊まる所どうしよっかなー。バーソロミュー軍が陣置いてるから部外者の俺らが入れるかも分かんないし…そうなるとどうやってベルーノ探そう…」
「それよりもまず変装するぞ。俺らが勇者一行だってこの帝国の奴らにバレたら皇族のアホ共が味方に引き入れようと寄ってきそうだからな」
先のことを考えるアレンにサードはまず今やるべきことを伝える。
まあそれもそうね、とりあえず変装しないと。私はいつも通り茶髪のカツラをかぶって…。
「っあーーーーー!」
急に大きい声が聞こえて、かぶろうとしていたカツラを慌てて大きいバッグにバッとしまう。
どこから声がしたのとキョロキョロと辺りを見渡してみるけれど、辺りは少し乾燥した地面とまばらに生えている木だけ…。
「え、お化…」
アレンが私に近寄ってくるけれど、少し離れた木の上から人が幹を伝ってズルゥッと素早く降りてきた。
「ギャーー!」
アレンは思わず叫んだけれど、それは明らかに人でお化けじゃない。
すると木の上から降りてきた人は体中に葉っぱをつけたまま私たちにガッと視線を向け、ズンズンと近づいてくる。
何…?一体なんなのこの人…!?
アレン
「エリー教があったら俺マジで入るなぁ」
ナディム
「どんなことするんだそれは」
アレン
「うーんと…。エリーに毎日頭よしよしされて、ハグしあって、ご飯食べに行って、膝枕してもらって、寝る前におやすみのチューしてもらうとか?」
マイレージ
「…悪くねえかもな…」
リビウス
「入る!俺入る!寝る前チューしてもらう!」
アレン
「えー、じゃあ作っちゃう~?」
エリー
「勝手なこと言わないで」(ガチギレ)




