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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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甲板上でのできごと

急に現れたサードに船の上は一瞬静かになって、全員の視線がサードに集中している。


「サード…」


大丈夫なの、と言おうとしたけど、弱っているのを海賊に教えるようなことを言っちゃいけないわと口をつぐむ。

でもやつれた青白い顔色、聖剣も杖みたいに床についているのを見ただけで大丈夫じゃないのは見て取れる。


「…」


イリスはサード、私、アレンに目を動かして、指を円を描くように何度か動かしながら何かを思いついたように笑った。


「もしかしてあんたら、勇者御一行かい?」


「ええ、一般にはそう呼ばれています」


いつもより小さい、でもハッキリと聞こえる声で言いながら微笑みゆっくり歩く勇者サードを警戒しているのか、海賊たちは自然と後ろに下がってサードに道をあける形になっている。


でもイリスはすぐさま気づいた。サードの顔色の悪さを。


「倒せんのかよ、どうやら具合が悪そうだが?それに女は馬鹿で、赤髪は…思えばなんもしてねえな。噂の勇者御一行がこんなんとはガッカリだぜ」


イリスが剣を持ち直してサードに突進した。

サードはスッと流れるようにイリスの攻撃を避けたけど、今まで見てきた動きと比べると格段に遅い。


「ほーら、お爺ちゃんが剣の指導でもしてあげましょうか~?ほれほれ~」


今の動きにサードは大したことないと判断したのか、イリスは馬鹿にした言葉つきでフェンシングみたいに剣をチョイチョイ出したり引っ込めたりして煽っている。でもそんな挑発に乗るサードじゃない。


サードはニッコリと微笑んだ。


「確かに私は今、調子がよろしくありません。認めましょう。正直に言うと立っているのも辛いほどです」


敵に弱みをさらけ出すようなことを言った!?サードが!?


驚いていると、サードは視線をガウリスに向けてこちらに来るよう手で招いた。


ガウリスは一瞬何のことか分かってなさそうな顔をしていたけど、サードの方向に歩いていく。

そんなどさくさに紛れて海賊が「ふんっ!」と歩いているガウリスに剣を突き出したけどガウリスは盾で簡単にいなすとあっという間にサードの隣までたどり着いた。


「さて、取引といきましょうか」


サードはガウリスの肩に手をかけて、イリスを見る。


「…取引ぃ?」


「まず、ヤッジャ船長」


サードはヤッジャに目を向ける。


「私はこれから少々手荒なことをします。しかし手荒なことですので見られると勇者という肩書上、少々不都合があるのです。どうか船の中に戻っていただけませんか?」


ヤッジャは目を()いた。


「何をおっしゃるのか。この男は国が掲げた賞金首、こいつを捕えれば他の賞金首にも繋がります。ここで逃すわけには…」


「私が捕まえます」


「しかし…そんな体調の悪いあなたに…」


ヤッジャがなおも言うと、サードは気持ち悪そうに口に手を当てて、少し落ち着いてからまた微笑んだ。


「私の肩書や体面を気にして一部の者以外に私の体調不良を言わないよう気遣ってくれていたのでしょう?それと同じように勇者の体面を守る気遣いをしてくれませんか?それともこんな船ごときで酔う男に全てを任せられないと、私が考えなしに甲板に来ただけの愚か者だと思っておられますか?」


「…」


「…」


しばらく二人は見合っていたけど、苦い表情でヤッジャは鼻からフムー!と息を吐いて頷いた。


「分かりました、何を考えておられるのか分かりませんが、あなたは愚か者ではありません。本当に何か考えがあるからこそ、その体調の悪さをおしてまでここまで来たのでしょう?」


サードは頷いて、それからイリスに目を向ける。


「ということです。まずはヤッジャ船長が中に入るまで彼には手出しをしませんようお願いします。あなた方も戦う相手が減って楽になるのですから」


イリスは口も眉もひん曲げて、サードを睨みつけている。


何を考えて戦力を減らす真似をするのかの意味が分からなくて、分からないからこそ苛立っているみたいな表情。

海賊たちもサードが何を考えているのか分からないみたいで、お互いに目くばせをしながら困惑した表情。


でも仲間の私でもサードが何を考えているのかさっぱり分からないし、きっとアレンもガウリスも何が起こるのか見当もついていない。二人の顔を見ても困惑の表情でサードを見ているんだから。


「しかし、本当に考えがあるのですね?」


サードの横を通る時ヤッジャが最後の念押しみたいに言うと、サードは、


「お任せください」


と青い顔で笑った。


「…ご武運を」


ヤッジャはそう言い残すと船の中に入って扉を閉める。

甲板の上には三十人以上の海賊と、勇者一行の私たちだけが残った。


「…で、その少人数で戦うのかい?」


イリスの言葉に不可解な顔をしていた海賊たちも、勇者一行相手でも数の上では自分たちが上、と次第にヘラヘラ笑いだして、武器を手に手に威嚇するよう私たちに構える。


「ええ、戦いますとも」


サードはガウリスの肩をポンと叩く。


「この者が」


ガウリスはギョッと目を見開いてサードを見る。そんなやりとりにイリスはブッハと吹き出しお腹を揺らしゲラゲラ笑いだした。


「おいおい、馬鹿言っちゃいけねえよ、そいつがいくらサンシラ国の男だろうがこんな人数相手に、しかも足に傷を負った状態で…」


「少し静かにしてもらえますか、猿じゃあるまいし」


「…あ゛あ゛?」


イリスがイラッとした表情でサードを見る。でもサードはどこまでも優雅に、そして爽やかに気品あふれる表情でイリスを見た。


「さて取引です。先ほど申した通りこれから私たちは手荒な真似をします、素直に投降した方が良かったと後悔するほどのことを。私は勇者ですし、この男は神に仕える者。なのであなた方に一度だけ投降する機会を与えましょう。さあ、投降してください」


イリスは口を尖らせたまま動きを止めて、チッチッと歯の隙間から息を吸った。


「勇者御一行ってのは馬鹿と役立たずの集まりかい?」


イリスは剣を九十度上に掲げ、こちらに向かってヒュッとおろす。


かかれ、の合図。


後ろに居た数十人の海賊が雄たけびに奇声を上げて一斉に向かってくる。


向かってくる海賊たちに、ガウリスはやらねばならないという表情で戦闘態勢に入った。そしてそのガウリスの肩をサードはトントン、と叩く。


「はい?」


わずかに表情を緩めガウリスがサードを見ると、サードはガウリスのストールを下にずらし、


「失礼」


と、喉の下のゲキリンを人差し指でズムッと押した。


えっ。

…ゲキリンって押しちゃいけないやつって、サード言ってなかった…?


「ッギャアアアアアアアアアアア!」


ガウリスから人間とは思えない咆哮が飛び出すと同時に周囲がビカッと光が走りて思わず目をつぶった。

目を開けると、ターコイズブルーに輝く細長いドラゴンの姿が船の上に渦巻くように現れている。


「ゴアアアアアアアアアア!」


空気をビリビリ震わすほどのガウリスの咆哮で海賊の何人かは尻もちをつき、何人かは「ドラゴンだぁあ!」と逃げだした。


ドラゴンは身をよじりながら咆哮を続け、空高く飛んでいく。


すると真っ青だった空に暗雲がグルグルとたちこめてきて、その雲の隙間から激しい雷の音が響き渡る。


「エリー、あの雷が船に落ちないように守ってください。海賊のいる所は守らなくて結構です」


弱弱しいけどしっかり通る声でサードが私に指示を出してくる。


私は自然のものなら何でも操れる。


むしろ大味の力しか使えない私にしてみれば、人の手に負えない雷みたいな激しいものが操りやすい。

それに私は自然の力を利用して操れるんだからこの悪天候を防ぐのも簡単。ただ自分たちの周りに来ないように弾き返すだけ。


警戒していると…大風が吹いて激しい雨が降ってきたわ。風が吹くと波も高くなって、甲板まで波が届くくらいになってきて…。


船の揺れも今まで以上に酷くなっていく。踏ん張っても足がふらついて転がって倒れてしまいそうになるわ。これは船酔いしない人も酔ってしまうぐいのレベル…っていうかこれ、船が横転してひっくり返ったりしないわよね?

さっきから船が波に乗って大きく上に動いたと思うと海に叩きつけられるかのようにほぼ直角に落ち続けているんだけど。なにこれ怖い。


その大きくうねる波間に海賊たちの乗っていたボロボロの船が一瞬映った、その一瞬で船は巨大な波と波に挟まれバキバキと破壊され波に飲まれて消えていく。なにあれ怖い。


「こるああ!落ち着けぇーい!」


イリスは怒鳴るけど、海賊はわぁわぁ言いながら逃げ惑っていて、イリスの言葉も届いていないわ。


「アレン!サード!雨と風防ぐから、近くに寄って!」


私の言葉に二人が近くに寄ってくる。


サードはこの激しい揺れで表向きの表情すら作れていない。サードは直角に海に落ちるような揺れで足がよろけて、私のローブを掴みながら床に崩れ落ちた。


ローブを掴まれた私は驚いてサードを見おろす。


いつも傲慢で人を頼りにしないあのサードが、こんなにも私の服をしっかりと掴んでいる。


ただよろけて私の服を掴んだだけだと思う。でもまるで心から救いを求められているような、そんな感覚が湧きあがる。


…そうよ、体の具合が悪いのに異変が起きた事を察してサードはここまで来たんだわ。そんなサードを今度は私が守らないと…!


それなら暴風雨を防ぐ以外にこの船の揺れを止めたほうがいい。でも自然の脅威を跳ね飛ばすことはできても、船の揺れを止めるなんて…。


ん?


私の魔法って自然の力を最大限に増幅できるもの。けど今、私たちの周りに雨風が来ないようにしてるこれって自然の力を増幅してるわけじゃないわよね?


そうよ、これってむしろ自然の増幅じゃなくて無効化だわ。


だとしたらできるかしら、私たちの周りだけじゃなく船の動きも…波の動きを止めるようなことが。


サードを見る。


もう私のローブから手を離しているサードは、膝どころか肘をついて人生が終わった人みたいに床に突っ伏している。


私は何度も深呼吸しながら呟いた。


「一、気分を落ち着かせること。二、感覚で発動せず魔力の核から魔法を使うようにすること。三、周りへの被害を考え恐れないこと。四、自分のエネルギーと周りのエネルギーを呼応させること…」


ロッテから渡された、私に合っている制御魔法のやり方。毎日見ているからもう暗記できている。

そしてあの紙の最後に大きく書かれていたこと、それは…。


「考えすぎない!」


私は魔法を発動した。


具合の悪いサード、乗船している人々を守るため、雨風や雷、甲板まで届く波とこの激しい揺れを無効化させる!


その瞬間、光が私からほとばしって、その光が一気に広がって私から後ろのアレン、サード、客船へと広がっていく。


今まで使ってきた魔法の感覚じゃない。

今までは「よいしょ」と動かせば、とにかく自然のものがどこまでも動いて、そのまま暴走していた。


でも今は違う。


よいしょと私が動かしているというより、私が自然と一体になって、自然も私と一緒に動いているような…ああもう言葉じゃ言い表せない。とにかく私が発動した魔法の何もかもが私の考えに沿って私が望む通りの強さで、思い通りに全部動いていく…。


私からほとばしった光に包まれた内側は周りが見えないぐらいだった大雨も、波を大きく押し上げていた風も、激しく落ちる雷も、甲板まで到達していた波も穏やかになって、元の天候の良かった状態の海に戻った。


「エリーすげえ!」


アレンのはしゃいでいる声が聞こえて肩に手を置かれたけど、口を開いたらこの魔法が解けてしまいそうで、黙って前を見続けて魔法を発動し続ける。


さっきまでの激しい揺れは収まりつつあるけど、その穏やかな空間は私の発動している光の内側だけ。


上空ではドラゴンになったガウリスが叫ぶたびに雷が束になって周りの海に落下し続け、稲光は黒雲を伝いはるか遠くにバッと蜘蛛の巣のように広がり、私の魔法で覆われていない目の前の甲板とその周りの海は未だに暴風雨、大波、竜巻も次々に発生し続けるという…死を覚悟してしまいそうな悪天候が未だに繰り広げられている。


「助けてくれええ!」


私たちの居る場所は安全だと気づいた海賊が走って来たけど、サードは即座に立ち上がってその海賊を殴って向こうの荒れた空間に蹴り戻した。


「さあどうしますか、大人しく投降するのならば私たちは迎え入れますよ!」


具合が悪いはずなのにサードは表向きの表情で大声で怒鳴るように言っている。

そんな間にも何人かが甲板まで届いた波にのまれて海にさらわれそうになっているけど、なんとか(へり)を掴んで助かっている。


甲板に剣を深々と差して波にのまれないように踏ん張っているイリスが、ずぶ濡れになった服装で剣を引き抜いて、真上にあげた。


「誰が投降なんてするかクソが!俺は賞金首にもなった、イリス・ファーノ船長…!」


その瞬間、イリスの剣先をめがけて雷が落ちて、バンッと火花が散った。


イリスに落ちた雷は雨と海水で濡れた甲板を伝い全体に広がったのか、海賊たちのほとんどが声をあげる間もなく倒れ、それぞれが動かなくなって、一部では痙攣(けいれん)している。


「…何人か死んだか?エリー、舳先(へさき)までこれ広げろ」


吐きそうな声のサードに言われて、私はコクリ、と頷いて今発動している無効化の魔法で船全体を包み込んだ。

船の周りは次第に波もおさまり元の静かな状態になって平和になるけど…。


私はチラと上を見上げる。アレンも私と同じように見上げた。

私の魔法の光に包まれて居ない上空では、ドラゴン姿のガウリスが雄たけびを上げながら雷を落とし、竜巻を起こし、風を起こし、高波を起こし続けて暴れまわっている。


「…ガウリスはいつまで暴れてんの?」


アレンがサードに問いかけると、


「満足するまでじゃねえの?俺もあれに触った後なんて知らねえし。ただ、今は目茶苦茶怒ってる状態だ」


と辛そうな顔で言って、アレンはギョッとして返した。


「知らないでやったのかよ!?」


と不安そうな顔で上をまた見上げ、


「まさかずっとあのままってわけじゃないよな!?」


と慌てた口調でサードに問い詰める。


「知らねえー」


どうなるか分からない状態で触ったらいけないっていうゲキリンを触ったの!?散々危険だって皆が触るのを止めていたくせに…!


海賊の問題は終わったけど、それよりガウリスをなだめるほうが大変なんじゃないの?


こんなに荒れた海の中へ放り出されるのだけはどうしても避けたいから魔法は解けない。


でもドラゴン姿のガウリスの怒りがなくなるまでこの魔法を使い続けないといけないんだとしたら、結構辛い。魔法を使うのは大変じゃないけど、終わりが見えないのに魔法を使い続けるとかそんなのは…!


するとアレンは私の肩をせわしなくポンポン連続でたたき、


「エリー、この落ち着いた状態にするこれ、これで船だけじゃなくてガウリスの周りも包んだらさ、ガウリスの周りの天気よくなって全体的にどうにかなんないかなぁ?」


と慌てた口調で、かなりまとまりのない話を私の横で言っている。


それでどうにかなるか分からないけど、それでもいい考えかもしれない。

私は深呼吸して、上を見あげて一気にこの穏やかな空間を上空にザッと広げていく。


見る見るうちに船の真上に天気のいい空間が広がって、私の魔法の光に触れた黒雲、雨風、竜巻はフッと消えた。

ガウリスは喉の奥を鳴らして、瞬間的に何が起こったのか理解できない雰囲気で頭をもたげ、それからこっちを見た。


驚いたってことは少し我に返ったってことよね?

これでどうにかなりますようにと祈りながら見あげていると、ガウリスは不愉快そうに低く唸って、口を大きく開けて叫んだ。


耳をつんざく叫びが海の四方六方に響き渡ると、ガウリスの周りを覆っていた穏やかな空間は消えて、声の力に押されるように船を覆っていた私の魔法もバッと消えてしまった。


「消された!?」


驚いて叫ぶとガウリスも一声叫んで、それと同時に船に向かって雷が落ちてきた。


でも私は考える間もなく雷をグンッと湾曲させる。湾曲した雷はガウリスの長い体の一部へバリリッと当たってすぐ消えたけど私は慌てた。


しまった、ガウリスに当ててしまったわ、見た感じ大丈夫そうに見えるけど怪我は…。


心配したけどガウリスはケロリとした顔…。…いや違う、あれは違う。

爛々と光る目は明らかに怒っている。しかも私を真っすぐ見据えて目を吊り上げ睨んでいて、口からはイラついて低く唸る声が漏れて口端を震わせている。


嫌な予感がしてすぐさま船全体を光の空間で覆ったその直後、船全体を包む雷の束がドォンッと落とされた。


上からの圧力で船が下にズン、とわずかに沈んだような感覚が体に伝わってくる。穏やかな空間の中だと外の荒れた音は少しか聞こえないけど、あまりの威力に目がくらんで、轟音で耳がキィン、と鳴る。


間髪空けずにガウリスはまた船を丸ごと覆うかのような雷の束を落としてきて、また船が海の中に沈むような感覚がする。


「ちょ、モロにこの船狙って雷落とし始めたぞ!」


「完全に我を忘れてるな…」


他人事みたいにサードは呟いているけど誰のせいよ、誰の!


サードはユラ、と揺れるように私の隣に立ち上がった。


「さっきのできるか、ガウリスのところまでこの空間を広げるの」


色々と言いたいことはあるけど、私は頷いた。


「そうしたらこう言ってみろ…」


サードが私にボソボソと指示を出してきて、私はうんうん、と頷いて、光の空間を一気に上に広げた。二回目だからかさっきより素早くガウリスを覆う。


私はガウリスを見上げ、サードに指示された言葉を大にして叫んだ。


「神の名のもとに!」


穏やかな空間に私の声が響き渡る。


「私はあなたを、祝福します!ガウリス!」


―神に対する信仰が強いガウリスだ、この言葉に反応しないはずがない。


…というのはサードが言ったことだけど、とにかく何でもいいから元の優しいガウリスに戻って。ガウリスだって、こんな風に人に怖い思いをさせるのは嫌なはずでしょう?


祈るように見ているとガウリスは私の言葉にゆっくりと動きを止めて、グルルル、と喉を鳴らした。何か悩んでいるかのように目を動かしている間に体はスルスルと空気が抜けた風船みたいに少しずつ落下してきて、フッと大きい姿が消えた。


そのほんの少し後、人間姿のガウリスがダァンッと甲板へと落下してきた。


「イダッ」


「ちょ、ガウリスまた素っ裸」


アレンが上着を脱いでガウリスの下半身を隠す。


死を覚悟するほどの荒れた天気はあっという間にパァッ…と晴れて、黒い雲もかき消されるように消えて青空が見えてくる。


私は魔法を止めて、フゥッとその場にへたり込んだ。


…こんなに自分の思い通りに魔法が使えたのは初めてかも。すごかった、いつもなら魔法が暴走するほどの力を出していたのに暴走しないでこんなに長く魔法を発動し続けてたなんて。これが…制御魔法…。


へたりこんだまま青空を見上げ放心していると、頭をペンッと軽く叩かれた。見上げると、サードが私を見下ろしている。


「さっきの制御魔法なんだろ?よくやった」


えっ。


普段けなすだけでいくら魔法で敵を倒してピンチを乗り越えても褒めることなんか一度もなかったサードに…褒められた。


軽く叩かれた頭を押さえると、何となく鼻の奥がジーンとしてきて、目からポロッと涙が零れ落ちる。


「えっ、エリーどうした、サードか!?サードなのか!?」


アレンが泣いてる私に気づいて驚いた顔をして駆け寄ってくる。


私は首を横に動かすけど、声が出ない。


大体私が褒められるのはサードが丹精込めて世話している髪と、この強い魔法。

その強い魔法は生まれながらにお父様から受け継いだようなもので、私の努力で手に入れたのものじゃない。


だけど今やったのは今までコツコツと練習してきた努力もので、それもこんな切羽詰まった状況でちゃんとできて、普段けなすだけのサードに褒められた。


毎日頑張ってきたこと、それが上手にできたことをたった一言だけでも褒められるのがこんなにも嬉しいものだったなんて。


ヨロヨロとした足取りで船の中に戻ってくサードの後ろ姿を見送る。


サード、私、もっと強くなるわ。強くなってもっと皆を…あなたも守ってみせるわ。

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