お祭りは楽しかった?
ガウリスとラグナスの二人が人混みに消えていくのを見たリンカは、私がアレンに告白して手酷くフラれた時みたいな周りの声が何も聞こえないくらいの絶望の声と虚ろな目で、
「デート…デート…」
って呟いている。
慰めたほうがいいかしら、でも恋心を(バレバレだけど本人的には)隠していたのに慰めるのも変よね、どうしよう…。
するとサードはニヤニヤしながら、
「ガウリスも中々やるな。魔族の女を二人もタラシ込むなんて結構なやり手じゃねえの?」
と呟くと、リンカはパッと顔を上げる。
「他にもガウリスさんに好意を持っている魔族の女性がいるの…!?」
思わずサードと二人でリンカをジッと見つめる…。
するとリンカも察したのかボッと顔を赤くしてモジモジと身をくねらせ顔を両手で隠して、
「ち、違う…私は違います…!」
否定しているけれど、それでももう自分の恋心は私たちにバレていると観念したのか、しばらくすると恥ずかしそうに顔を赤くしつつ、
「そ、そうだけど…でもそんな関係になりたいとかそんなのじゃなくて、神様に近い存在だし一番最初に私をそのまま認めてくれた人だし神様のことが好き同士だしそういう近しい気持ちで良い人だなって思ってるだけで…」
「分かった、分かったから」
あれこれと理由を早口で並べ立てるリンカの肩を叩きながらもうそれ以上言わなくてもいいと止めて、私も今まで思っていたけど黙っていたことを伝える。
「それでもね、リンカももう少し自分の気持ちを出したほうがいいわよ。ガウリスって誰に対しても優しいから特別な存在になるにはもっと努力しないと分かってもらえないわ」
リンカは私の言葉にうつむき、落ち込んだ顔をする。
「でも…ラグナスさんもガウリスさんに好意があるみたいだし…」
「…うーん、まあねえ」
最初はただお祭りを楽しみたいからリンカは見なかったことにしよう、ってことでふざけながらガウリスを連れて行ったんだと思った。
それでも最後にリンカに向けてのざまあみろ的なあっかんべーは明らかに「あんたなんかに渡さないよ」とでも言っているような挑発的なものだったわ。
「ラグナスさんがガウリスさんのことを好きなら…私は引かないと…」
「え、どうして」
リンカの急に諦める発言に驚いて聞き返すと、リンカは悲し気に首を横に振る。
「他の人を押しやってでも私が手に入れるなんてこと、したくないの。それに普通に戦ってもラグナスさんに敵うわけないし、ガウリスさんも満更でもなさそうだったし…むしろ嬉しそうにデレデレしてた…!?」
…リンカの目にガウリスがどんな風に映っていたかは知らない。でも私から見たガウリスはひたすら混乱の顔のまま引っ張られていて、満更でもない表情も嬉しそうな表情も一切していなかった。
「お前、自分のこと満たせってファリアに言われたんじゃなかったのか?」
サードが不意にそんなことを言いだして、リンカは顔を上げて頷く。それを見てサードは続けた。
「自分を満たすにはどうすりゃいいと思う?」
「…分からない…」
「自分を満たせって、心を満足させるってことだろ?お前は自分が引っ込んでガウリスをラグナスに取られたら楽しい気分になって心が満たされんのか?」
「…」
サードの言葉にリンカは黙り込んでうつむく。
「でも…それってラグナスさんとガウリスさんの仲を引き裂くってことじゃないですか。私一人の欲望のために傷つく人が出るなら、私はそれは望まない」
「ガウリスはラグナスのことは何も思っちゃいねえよ。ありゃただ振り回されてるだけだ。それに…」
サードから下世話な表情が出る。
「どう頑張ろうがラグナスはガウリスに触れられねえ。だがお前は触れられる。どっちが有利だよ?お前は手も繋げるし体の関係にもなれんだぜ?」
「…!」
サードの言葉にリンカは顔を真っ赤にして顔を隠し、いやいや、と身を激しくくねらせる。
「そ、そこまでは…!」
「望まねえのか」
「だ、や、う、あ、だ、だっ、……ちょっとくらいは…、あっ、でも、でも、まだそんな仲じゃないしっ……そういうのはもっと仲良くなってからがいいなとか……!」
リンカは見ているのが気の毒になるほど恥ずかしそうに身をくねらせるとしゃがみ込んでしまう。でも往来の激しい場所でしゃがみこんだら危ないからすぐに手を引っ張って立ち上がらせた。
「その望みを少しずつでも叶えていくのが自分を満たすってことなんじゃねえの」
リンカは赤い顔のままサードを見ると、サードはかすかに笑いながらリンカを見ている。
「男の俺から言わせるとな、自分の人生を楽しんで謳歌してる女ってのはそりゃあ魅力的なんだぜ?てめえは魔界と決別して自由になったってのにそれでも他人のために自分が引っ込むのか?そんな耐える生き方続けて自分ってのが満たされんのかよ?」
「…」
リンカは赤い顔ながらもサードの言葉にわずかに考え込む顔になる。
「てめえのところの神だって下半身は特別に素直なんだろ。それならお前だってもっと下半身に素直になって生きていいんじゃねえのか」
「私に下半身のこと言わないで…!そこはサンシラの神様たちと違うから…!」
リンカはまた顔を真っ赤にしてうつむく。リンカは火照った顔を手で扇いで、少し落ち着いてきたのかもじもじ指先を動かした。
「…でも…そうね。ガウリスさんが完全にラグナスさんとのお付き合いを選ぶまでは私も…頑張ってみる。それまで私も諦めないわ」
リンカはそう言ってサードを見ると微笑んだ。
「ありがとう、背中を押してくれて。あなたって怖いだけじゃないのね」
そう言いながらどこか軽い顔つきに戻ったリンカは、私たちにお別れの挨拶をすると去って行った。
去って行ったリンカを見送って、私はサードに聞く。
「…何が目的?」
だって人の恋路に全く興味のないサードがあんな風に仲を取り持って励ますことなんてするわけないもの、絶対に何か目的があるはず。
すると思った通りサードはニヤニヤ笑っていて、
「魔王が背後にいるラグナスと神が背後にいるリンカの間で抗争が起きたらどうなると思う?下手したら魔界と天界を二分する戦いが起きるかもしれねえんだぜ、考えるだけで楽しいだろ」
こいつは隙があれば国を滅ぼそうとすると思っていたけれど、地上がめちゃくちゃになりそうなことも考えだしてるわ。本当に神と魔族の間で戦いが起きたら伝説みたいに地上が破壊されるんだからね、この…。
* * *
「あー、頭痛ぇ…気持ち悪ぅ…」
アレンはクッルスの床でグロッキー状態で横たわっている。
昨日は夜も更けたころ、ヒズたちはよく分からない呪われそうなお面とか可愛いぬいぐるみとか爪の出るナックルとかロナーガ神殿の力が込められたイヤリングとか…他にもゴチャゴチャと色んな物や食べ物を抱えてホクホク顔で戻ってきた。
そしてアレンは地元の人たちと大いに盛り上がっていたみたい。朝日が昇って皆が起き始める頃にヨロヨロと宿舎に戻ってきたのよね、二日酔いの状態で。
そうしてミスマルの宿舎でずっと私たちのお世話をしてくれた兵士にお礼を言ってから二日酔いのアレンをクッルスに乗せてギャラバヤ都を出発した。最初はクッルスのソファーに横になったアレンだけど、
「でけえ図体の奴が一人で場所取ってんじゃねえ」
と無情にもサードに蹴り落とされ、そのまま床に寝そべっている。
でも具合が悪いのに床に転がしたままなのは可哀想だわ。
「上の寝る場所に行ったら?」
「いや…吐くかもしれないから入口に近いとこにいる…」
結局アレンはすぐ外に出られる位置でのたのたと横たわったまま…。
「どこにいても邪魔くせえなあいつ…。縮めよ邪魔くせえな」
ソファーからアレンを蹴り落としたサードが余計に酷いこと言ってる。するとヒズ…じゃなくてナディムがアレンに近寄って、スッと膝をつくと淹れたてのコーヒーを渡した。
「二日酔いにはコーヒーがいいよ、飲める?」
「ありがと…」
アレンはのったー、と這いずるようにうつ伏せになると、上半身を起こしてコーヒーをすする。
するとナディムの顔がヒュッとリビウスに切り替わり、ズイッとアレンに顔を寄せた。
「コーヒーどう?苦くねえ?なあブラック苦くねえ?なあなあ!砂糖入れなくて平気!?ブラック苦くねえ!?俺苦いの嫌いだけどブラック苦くねえ!?」
「やめて…リビウスやめて…今ほんと辛い…」
リビウスの大声でアレンは苦しんでいる。するとリビウスの顔がヒュッヒズに切り替わって少し視線を上げて注意するように人さし指を動かした。
「ダメですよお、具合悪い人に大声出しちゃ~。めっ」
するとヒズからおかしそうに笑いを押さえるナディムの顔に切り変わって、
「マイレージが二日酔いになった時もリビウスがそんな風に騒いで怒られてたね、懐かしいなぁ」
って笑いだす。
マイレージはヒズの体を使って表に出てこないけれど、何となく憮然とした表情を浮かべていそうだわ。
「…で、ガウリス。ラグナスとのデートは楽しかったか?」
サードがニヤニヤしながら声をかけると、ガウリスは困ったように眉をひそめて首を横に振る。
「あれはデートではありません。リンカさんを見逃すためラグナスさんがついたとっさの嘘です」
…絶対違うけどね?
魔族の女に捕まったんだ、きっとガウリスは朝に帰ってくるぞ。サードは楽しそうに強くそう言っていたけど、その日の夕暮れには帰ってきた。
「何だよ早すぎんだろ、まだ夜にもなってねえだろうが」
って悪態をつくサードに対しガウリスは、
「え…女性を日暮れ後も連れ回すのは失礼ですよ」
って言いながら手土産みたいな箱をクッルスのテーブルの上に置いた。
「ラグナスさんに家でドーナツを食べないかと言われたのですが、もう夜になりますから帰りますと伝えたらお土産として渡してくれました。皆さんで食べてくださいとのことです」
箱から出てきたのは、どうやらラグナスお手製のもっちりドーナツ。
「…ラグナスも遊びの経験浅いな…こんなドーナツ程度で男が家までついてくかよ…もっと頭使えよ魔族のくせにつまんねえ」
サードはそんなことを言いながら、もっちりドーナツを引っつかんでむっちむっちと食べていたわ。
そんなことを思い出しながらイルルに視線を移す。
イルルはタテハ国の薬草を飲んで丸一日ベッドで寝ていたら健康な状態に戻った。あんなにひどい骨と皮の状態だったのに、たった一日で健康的な肉付きになって…。本当に魔族って体が頑丈よね。
「で、だ。イルル」
「へえ」
サードに声をかけられてイルルは返事をする。
「お前の能力は聞いたが、もう少し詳しく聞かせろ。おまえは幽霊みてえにあちこち際限なく移動出来て目に見えるもの、見えないものも見ることができると言ったが…」
「へえ、その通りでございやす」
「違う次元のものを見ることもできるってわけだな?」
「その違う次元ってのがよく分かりやせんが、とりあえず隠れたもんを見つけるのは得意でございやす、魔界でも隠れた魔族に隠された物を見つけるのがあっしの主な仕事でしたんで…」
「つまり雇われだったわけか?」
「へえ、その通りでございやす、あっしの能力は魔族の上に立つにはクソほどの役にも…おっとエリーお嬢様の前で下品な言葉を失礼しやした。魔族の上に立つには微妙な能力でやすが、そういう探し物関係にはもってこいのものでやしたので」
「探偵みてえなもんか」
マイレージがそう呟くとヒュッとすぐさまリビウスの顔に変わって、
「探偵!?俺探偵初めて見た!探偵って人殺した犯人探すんだろ?犯人探して崖まで追い詰めて自殺に追い込むんだろ!?」
「何その変な探偵像」
私が突っ込むとサードは面倒くさそうに、
「まずそんなことはいい。イルル、お前にはゾルゲを…」
「ちょっとすいやせん、サード坊ちゃま」
「坊ちゃまやめろ」
「申し訳ねえこってす」
サードに悪態をつかれて謝ったあと、イルルは続ける。
「あっしはエリーお嬢様の使い魔としてここにおりやす。ですからエリーお嬢様をぬかしてサード様から直接指示されるのは違うような気がするんでございやすがね…」
「俺がこのパーティのリーダーでエリーはそれに従う立場だ。だったら俺が直接指示出すのも問題ねえだろ」
「それでもあっしが仕えているのはサード様じゃなくてエリーお嬢様でございやすから。そこはハッキリさせとかないといけないんじゃねえですか」
「…てめえ、卑屈な態度のくせに言うときゃ言うじゃねえか」
「しょうがねえこってす、魔界では雇い主とそのさらに上司の両方にいい顔していたらお前はどっちのものなんだと睨まれることもよくあったもんで」
「何だそりゃ、本妻と愛人に挟まれた男みてえだな」
それにはイルルもヒッヒッと笑って、
「言いえて妙でございやすな、最もあっしはその本妻にも愛人にもすぐ切り捨てられる弱い男の立場でございやしたが」
サードもそれには鼻でおかしそうに笑って、頷きながら私を見る。
「ならゾルゲ探しの件はエリーに全部任せた」
「えっ」
「そいつは俺の言うことは聞かねえつってんだ。だったらエリーがあれこれ命令して探させとけ」
「で、でも…相手はあのゾルゲよ?どんなこと言って探してもらえば…」
「そいつはそんなに馬鹿じゃねえ、ジョークをすぐ返すぐらい頭の回転も速えし聖剣持ってる俺にも真っ向から歯向かうほど肝も据わってる。だったらゾルゲを探してこいって簡単な命令でも自分の身の置き所を見つけて勝手に色々探してくるだろ。ただしそいつから聞いた情報は全て全員に共有すること、いいな」
「…うん」
不安に思いながらイルルをそっと見ると、かすかに微笑みながらイルルは私を見てくる。
「大丈夫でございやす、あっしはこれでも仕えてきた方々に満足していただく仕事ぶりでございやしたから」
まるで子供をあやすような口調ね。
「それじゃあ…ゾルゲ探しの件をお願いね」
「へえ、承知いたしやした」
「あっ、ところで」
「へえ?」
少し姿が薄くなり始めたイルルに慌てて声をかけると、体の薄さが元に戻る。
「別の場所に離れたあと、連絡があった時とかどうすれば…」
「ああ、それなら…」
イルルは空中から落ちてきた何かを手でキャッチしてから、私の手を取る。
「魔界で使ってた魔道具の指輪でございやす。用事があればこれに向かってあっしの名前を呼んでくだせえ、そうすればあっしの耳にエリーお嬢様の声が聞こえて目の前に戻って来やすんで…」
そう言いながらイルルは私の左手の薬指に指輪をはめていく…。
「えええ!そこにはめるんですかあああ!?」
ヒズが顔を真っ赤にしながら絶叫して、イルルは「へえ?」と動きを止める。
「左の薬指は結婚指輪はめるところですよお!もしかしてイルルさん、エリーさんにどさくさに紛れてプロポーズを…!?キャー!」
「…」
まるで自分のことのように顔を真っ赤にして騒ぐヒズにイルルは地顔だっていうニヤけ顔のまま固まって、
「…いや…一番声が届きやすいのが左手の薬指ってだけなんですがね…なるほど人間界ではそんな意味になるんですかい、それは失礼いたしやした」
イルルは、はめかけていた薬指から指輪を外して隣の中指にはめ直す。
へー、と私は指輪を上に掲げてシンプルなシルバーのリングを見上げた。
「これに向かってイルルって呼べばいいのね?」
「へえ。呼ばれなくてもいい情報が入ったらあっしからも来やすよ。では…」
そう言うと同時にイルルの姿は薄くなって、消えて行った。
ヒズ
「前シーリーさんが言ってた恋の矢が刺さるってこれのことだったんじゃないですかあ!?主従関係の恋…それも人間と魔族…キャアアアア~ロマンチックですう~///」(ピョンピョン跳ねる)
エリー
「いや…多分違う…そうはならないから落ち着いて…」
アレン
「恋の矢?何それ詳しく…うう…」(のたのたと向きを変える)
エリー
「いいからアレンは寝てて」
サード
「…」
ナディム
「(勇者は少し気になってるな…)」




