お祭りに行こう
「…え?」
ダドバ村と口にしたヒズへ聞き返した瞬間、その顔はヒズの元々のくりくりとした横顔に戻っている。
…あれ?ヒズって今私を見ていたわよね?でもヒズは全然こっちを見ていないし、輝く目で石のでっぱりを見て「わぁ…」って言ってる。
…今のは幻覚?でも今ハッキリと私を見てダドバ村って言ってなかった?
呆然とヒズを見ていると、私の視線を感じたのかヒズがパッと私をみる。
「どうかしましたかあ?」
「えっと…今私の方を見てダドバ村って言わなかった?」
ヒズはキョトンと首をかしげて、
「いえ、そんなこと言ってませんよお?それより世界の栓が見れて私嬉しいですう」
ってはしゃいでいる。
「何かありましたか」
サードが声をかけてきて、私は「えっと…」と声を詰まらせた。
だって今のどう説明すればいいの、言ったって信じてもらえるわけないでしょ…。
「…エリー」
サードが声をかけてくる。
「イルスの件の時にも言ったはずです。何か違和感があればすぐ私に報告するようにと。何かありましたか」
その言葉にそれなら、と話し始める。
「今ね、ヒズの表情が全く見たことがない人になってて、男の人の声でダドバ村って言ったの。ヒズの周りにいる誰でもなかったのよ」
「…ダドバ村…」
どこかピンときているようなサードの反応に、まさか、と私は身を乗り出す。
「知ってるの?」
「知りません」
何よそれ。呆れるとサードはアレンに聞いた。
「アレンはダドバという名の村を知っていますか?」
「え?知らねー」
「後で調べてください、どうやら挨拶をしたらすぐ返答がいただけたようです。もう用事は済みました、ここから出ましょう」
その言葉にガウリスが「えっ…」とサードを振り向く。
「あそこに並べば世界の栓が触れるそうです、すみませんがどうしても私はこの機会を逃がしたくありません、あの列に並ばせてください」
ガウリスが珍しくサードに逆らっているわ。
サードは面倒くさそうにガウリスを一瞥してから私たちに視線を移して、そこで何かに気づいたように口を閉じてキョロキョロした。
「…カーミ、どこに消えました?」
「え?」
キョロキョロしてみると、サードの言う通りカーミが見当たらない。するとリビウスが私のローブのフードからスッと何かを引っ張り出した。
「カーミな、神殿に向かってる途中でこれエリーのローブに入れてそのままどっか行った」
「…」
ローブに入っているのはメモみたいな紙。広げてみる。
『次に向かうのベルーノさんのとこでしょ?エリーさん黒魔術覚えたし俺はナディムさんに忠誠誓ったしあとここに用もないから先にそっち行って色々調べてるよ。じゃね』
…あのね、カーミ。こういうことは直接口で言ってから立ち去って欲しいわ。
そうしているうちにガウリスは世界の栓を触れる列の最後尾に並んでいて、サードはもうああなったガウリスを動かすのは無理と諦めたみたい。
「用が済んだら戻ってきてくださいね、私たちは宿舎に戻っています」
ガウリスに声をかけてから神殿の外に出ようとするサードに、リビウスがウキウキと話しかけた。
「な、な、これからどうする?お祭り見る?見る?なあ見る?遊ぶ?遊ぶ?」
サードは返す。
「いいえ。エリーが聞いたというダドバ村が本当にあるのか確認し、ガウリスが宿舎に戻って来次第そのまま出発します」
「っえーーーーー!!」
リビウスだけじゃなくてアレンからも同時に絶叫が出て、周囲にいる人が一瞬ギョッとしたように静かになる。
「こんな盛り上がってるお祭りのそばにいるのにすぐ立ち去るとか信じらんない!」
「俺遊びたいー!お祭りー!ギャーーー!」
「祭りを無視するとかアホか!?楽しんでから行くに決まってんだろ!?」
「私もお祭り行きたいですう~!」
上からアレン、リビウス、マイレージ、ヒズ。まあ文句を言ってるうちの三人分は一人から発せられているんだけど。
「…」
でもそんなの知ったことかよって雰囲気でサードは背を向け、
「次の目的地も分かったようなものなのです、まずアレンにダドバ村があるかどうか地図で調べてもらって、ガウリスも一時間程度で戻るでしょうからそれから出発すれば…」
「嫌だー!俺こんな大きいお祭り初めてだから遊ぶ!遊ぶんだーーーー!」
リビウスは地団太を踏むと、そのまま「うわああああ」と泣き叫びながら走り去っていく。大騒ぎしている人が急に走り出したからかひしめき合っている人たちはザッと道を空けて、リビウスはその隙間をあり得ない素早さで通り抜け消えてしまった。
そうなるとアレンも「なるほど実力行使か、その手があった」とばかりの顔になるとその隙間を抜けあっという間に去っていく…。
「…」
取り残された私、サードは黙って消えて行った皆を見送って…何となくチラとサードを見る。
人に注目されている中だからサードの笑顔は崩れない。でも怒りをはらませた地の底から響くような低い声でボソボソと、
「…行先は分かってます。地図でダドバ村があるかどうか調べて私たちだけクッルスに乗って先に行きましょうか」
「いやいやいや、ダメよ皆揃って行きましょうよ」
「…」
サードは何も言わず笑みを浮かべている。でも分かる。内心サードはブチ切れている。
それでもこんな皆バラバラになってしまったんだし…どうしようもないわよ。
「しょうがないわ、私たちも自由時間にしましょう?一日自由にさせておいたらきっと満足して戻ってくるんだから」
「…」
サードは何も言わない。よっぽどキレてるわねこいつ。こんなのと二人きりになってしまってどうしよう…。
そう思いながらふと昨日ガウリスから貰った物を思い出して大きいバッグからパンフレットを取り出した。
「そういえばガウリスからこれ貰ったんだけど、周囲の国の有名な食事店が屋台を出しているみたいよ。値段も普段よりリーズナブルなんですって。いつまでもキレてるわけにもいかないでしょ、行ってみない?」
サードはまだ無言だけど、いつまでも人の注目を浴びながら突っ立っているのもしょうがないと思ったのか歩きだした。
「食事のことになると無駄に情報が早い時がありますね、ガウリスは」
「ガウリスは色んな国の食べ物が気になるみたいよ。甘いものも好きみたいだから色んな町のスイーツ店によく付き合ってもらっているの」
するとサードは何か言いたげなイラついた表情で少し黙ってこっちを見るから何か悪態つく気かしらこいつと身構えたけど、実際にサードの口から出たのは、
「…。ですか」
という興味無さそうな一言だけだった。まあ興味のない話かもね、サードって食事に関してはお腹にたまればいいくらいだし。
色んなお店の情報が詰まっているパンフレットを眺めると、私たちがいつも活動している北ではあまり見ないような食べ物のイラストがいっぱい載ってるわ。見たことがないものだらけでどれがどんな食べ物なのかよく分からないけれど…気になるのがたくさん!
「とりあえずこれは絶対食べたいわ。あとこれも」
「何だかんだでエリーも楽しそうですね」
何それ嫌味?
「だってこうなったなら楽しみたいじゃない。せっかくのお祭りの時期にここにいるんだから。サードは食べたいものないの?ほら」
出店目録を見せるけどサードはチラと見てから、
「見たってどんな料理なのか分かりません。まず私はお腹に入れば何でもいいです」
って視線を逸らす。
ほらやっぱり。サードはお腹に入ればどうでもいいって奴なのよね。せっかくなら気になるご当地の美味しい食べ物を食べたほうが楽しいでしょうに。
「サードってモチ以外で何か好きな料理とか食べ物ないの?」
「人肉」
緊張が走って体が硬直する。すると私の反応を見たサードは不愉快そうに、
「まさか本気だと思っているんですか?冗談に決まっているでしょう」
「あなたが言うと冗談に聞こえないのよ」
「…どういう意味ですかそれは」
そういう意味に決まってんじゃない。変な冗談やめてよ。
とりあえず屋台のある場所に向かって歩いていくけれど、人が多すぎて中々進めないわ。
それにしてもあそこら辺…随分ごつい男の人たちが群がっているわね。何なのかしらあの人だかり…。
チラと横目で見るとごつい男の人たちの隙間の奥にヒズの姿がチラと見える。
「え、ヒズ!?」
驚いていると、ヒズから「オラァッ」とマイレージの声が出て、周りのごつい人たちから歓声が上がった。
「これで連続十人抜きだぜえ!?」
「賞金どれだけになってんだよぉ!?」
マイレージはそれは生き生きとした顔で、
「次はいねえのかよ!それともてめえらそんなガタイしてて腰抜け揃いか!?」
と煽るように挑発して、周りにいた男の人が上半身の服を勢いよく脱ぎ捨て、お金を叩きつけるように払うとテーブルの上に肘を乗せて、マイレージとガッチリと手を組みかわす…。ああ、アームレスリングね。
「レディー…ファイッ」
ファ、の部分でマイレージは相手の手を、ッダァン!と瞬殺で沈める。
周りからは歓声が沸き上がって、こんな小柄な女にゃ負けられんとばかりに別の男の人がお金を払いマイレージの前に現れて手を組みかわす…。
「…並の男が勝てるわけないでしょう、相手はマイレージですよ」
サードの言葉に私も頷く。
しかもあれ、マイレージは身体能力向上魔法も使っていないし本気も出していないでしょ。
だって前にマイレージは言っていたじゃない。昔はよくワンパンチで相手の首を消し飛ばしてたとか怖いこと…。アームレスリングで本気出したら相手の手を粉砕したうえで肩から腕を引きちぎってしまうんじゃないの?
しかしまぁ楽しそうだこと。リビウスがお祭りを楽しみに飛び出していったのに、リビウスよりも楽しんでいるんじゃない?
楽しそうなマイレージを後目に進みながらサードは通り過ぎる人と少し会話して、どうやらダドバ村は本当にある村だっていうのが分かった。
それを教えてくれた人によるとダドバ村は小さい村で、ほとんど自足自給で細々と暮らしてるような所なんですって。そんでここから南に歩いて一日二日程度の距離にある。
それよりダドバ村って本当にあったんだと少なからず感動してしまう。だとしたらヒズの体を通してダドバ村って言ってきたのって一体誰だったの?まさかロナーガ本人だとか?
するとワァーッと歓声が聞こえてきたからそっちに目を向けると、男の集団がドドドドと走って来ていて周りの人たちがぎゅうぎゅうと脇に避けてその集団に道を譲る。
私たちも巻き込まれたくないから脇に避けるけど…あれって…アレン?
「勇者御一行のアレン様のお通りだ~い!」
「や~め~て~」
酔っぱらっている若者からおじさんらにアレンが胴上げされている。でも勇者一行として扱われると引き気味になってしまうアレンは恥ずかしそうに顔を隠していて、そのまま私たちの目の前を通過していった。
「…馬鹿だな」
サードは運ばれて行くアレンを見送り、もう誰も自分たちを勇者一行だと認識してないと分かるや否や裏の口調で一言呟いて、雑踏に消えていくアレンも後目にまた歩き出した。
マイレージ
「よっしゃアームレスリングの賞金で金は大量にゲットした!遊ぶぜ、豪遊だ!」
リビウス
「マイレージ、めちゃくちゃカッコイイ…!」(惚れ惚れ)
ヒズ
「お金なら私持ってましたよお?」(小首かしげ)
ナディム
「女の子のお金に頼るのはマイレージ的に許せなかったんだと思うよ、見栄っ張りだから」
マイレージ
「うるせえ!」




