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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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ロナーガ神殿へ

とりあえずまだ本調子じゃなさそうなイルルにはミスマルの宿舎でゆっくり寝てもらうことにして、私たちはロナーガの祀られている神殿に向かうことにした。


さあ出発とミスマルの宿舎から出て歩き出そうとすると、リンカがその場でジッとして動かない。

ん?と振り向くとリンカは深々と私たちに頭を下げてきた。


「どしたの?」


アレンが声をかけるとリンカは顔を上げる。


「ここまで連れて来てくれてありがとう。私はこの国に残るわ」


「え?」


いきなりの言葉に驚いているとリンカは私たちを真っすぐに見た。


「あのミスマル王子の言っていたブッキョー…それを見届けたいの。新しく起こる宗教がどういうものなのか、私は知りたい」


その表情にはゾンビが操れないとメソメソ泣いてオドオドしていたリンカの面影はない。自分の目標に向かって一歩踏み出した、そんな決意がみえる表情…。

それを聞いたサードはかすかに面白そうに「ふん?」と鼻を鳴らした。


「ま、あなたにはちょうどいい教えかもしれませんね。なんせ魔族やモンスターが神の守護になったのがブッキョーの中の話なのですから」


「そうなの」


驚くリンカにサードは続ける。


「そんなブッキョーを学ぶあなたにちょうどいい言葉がありますよ。『テンジョーテンゲユイガドクソン』」


「て、てん…?」


聞いたことのない長い言葉にリンカが聞き返す。


「『この世で私が最も尊く完璧な存在』。ブッキョーを作ったブッダという者が生まれてすぐ歩いて天と地を指さし言った言葉です」


「…ええ…そんな俺様みたいな言葉が私にちょうどいい…?」


戸惑うリンカにサードは笑う。


「何か勘違いしていますね、これは人は生まれたころからどんな性格であれそのままで完璧と言う意味。自分に自信のないあなたに今一番必要な言葉なのでは?」


リンカはハッとした顔になって、今言われたことを噛みしめるように黙り込む。


「…ミスマル王子の周りにいたら、そういう話がもっと詳しく聞けるかしら」


「さあてジューショクの記憶が消えたあとのミスマルがどうなるか分かりません。いくら時間がたってもブッキョーのブの字も見えないようなら今の言葉を目の前で言ってみたら覚醒するかもしれませんね」


「…あの、もう一回さっきの言葉言ってもらえる?」


「テンジョーテンゲユイガドクソン」


「えっと…テンジョーテンゲユゲガテンソン…」


「テンジョーテンゲユイガドクソン」


「テンジョーテンゲ…テンジョーテンゲ…ユイワロクソ…」


「三回言ったんだからいい加減覚えろボケ」


表向きの顔ながらイライラして裏の口調に変わるサードに私は後ろから小突いた。


「皆があんたみたいに何回か聞いただけで覚えられるわけないでしょ、リンカ、紙に書いてメモしたほうがいいわよ」


「あ、うん…」


リンカは紙とペンを用意してメモし始める。


「えっと…テンジョーテンゲ…」


チラとリンカはサードを見るけど、もう言わねえって感じでサードはプイと顔を逸らした。そんな意地悪しないで教えてやりなさいよと思っていると、リンカの隣にガウリスが並ぶ。


「ユイガドクソン、ですよ。意味は『人は生まれたころからどんな性格であれそのままで完璧』です」


リンカはせっせとメモするとガウリスを見上げて「ありがとう」と微笑む。お互い微笑みあったけど、それでもリンカの微笑みは少し寂しげなものになって、スイ、と視線を下に逸らす。


「…」


…前々から何となく思っていたんだけど…もしかしてリンカってガウリスのこと好きなんじゃないかしら。


今までもリンカはガウリスをジッと見つめてることがあった。最初のころは何か見てるなぁ程度だったけれど、それでも気づかれないように秘かに見ている様子を何度も見ていてもしかして…って思ってた。


でもまあそこはお互い大人同士だし、リンカも特に行動を起こすこともないし、私が立ち入ることでもないし…とあえて見ざる聞かざる言わざるの精神で黙ってきた。

でもリンカがこの国に残ってミスマルの行く末を見守るんだとしたらお互いにこれでお別れじゃないの。


リンカはそれでいいのかしら。


「これからどうするんです?」


ガウリスの質問にリンカは、


「とりあえずお城で下働きとしてでもいいから働けないかどうかあたってみるつもり。少しでもミスマル王子の近くにいて、いち早くブッキョーを学びたいから」


「頑張ってくださいね」


ガウリスの応援の言葉にリンカは満面の笑みを浮かべる。


「ええ」


その言葉だけで私は幸せ、頑張れる。そういう顔…。

…もどかしい…でも私が立ち入ってあれこれ言うことでもない…。


むしろガウリスは人の気持ちに寄り添えるんだから、実はリンカの気持ちには気づいているんじゃないの?気づいているけどあえて気づかないふりをしているんじゃないの?


チラとガウリスを見てみるけれど…よく分からない。ガウリスって誰に対しても平等に愛を注ぐ人だし、それもその愛って男女間の愛情とかじゃなくて本当に人に対しての愛だから…。


「ここまで一緒に行動させてくれてありがとう。それじゃあお元気で」


お祭り騒ぎで人がごった返す中を、リンカは手を振りお城の方へ、私たちはさよならを告げてロナーガの神殿へと二手に別れた。


最後の最後、私はガウリスとリンカの様子をチラと見てみる。


ガウリスは振り返らない、リンカはわずかに振り向いて…そのまま前を向くと人込みに消えた。


…これで良かったのかしら…。でもそこに私が立ち入るのは変だし…。


「何か言いたげですねエリー」


サードが表向きの顔で声をかけてくる。


「ううん、別に」


首を横に振るとサードはふーん、という顔をしたけどかすかに裏の表情の交えた悪い顔でニヤと笑った。


「ガウリスも中々罪深い男ですよねえ」


「…え」


もしかしてサードも気づいていたの?リンカの秘かな恋心に…。


ガウリスがこっちの話を聞いていないのを確認して、こそ、と聞いてみた。


「ガウリスってリンカのことどう思ってるのかしら、あれ」


するとサードは表向きの顔でニッコリ微笑む。


「人の恋路に興味はありません」


「…」


そうよね、サードはこういう奴だった。


ちなみに今向かっている神殿で祀られているロナーガだけど、名前だけなら私も知ってる。

モンスター辞典はドラゴンの章から始まっていて、そのモンスター辞典の一ページ目を飾っているのがロナーガなんだもの。

朝に改めてモンスター辞典でロナーガのことを調べてみたらこんな感じだったわ。


『ロナーガ


伝説上のドラゴン。本当に実在していたかどうかすら定かではないほど古い存在で、実際に目にした者の記録は一切ない。しかし一部地域で根強く信仰されていて、倒すべきモンスターではなく神として扱われる。ロナーガについては様々な伝説があるが、それを全て書くと一冊の本ができてしまうため、詳細を知りたいのならば同社出版『ロナーガの全て/ヤフコス・デンシヅ著』をおすすめする。


攻撃…この世の生物を滅ぼす力があるとされている(伝説の話より)

防御…その姿を見た者がいないため不明だが、その体に触れることはできないという(伝説の話より)

弱点…無し』


もうこれ最強じゃないのってくらいのスペックよね…体に触れないのにこの世を破壊できるとか一方的に攻撃されて終わりじゃないの。とりあえず伝説上の話ばかりだけど。


そうしてロナーガを祀る神殿にはすぐたどりついたけど、お祭りの最中だから人の出入りが激しい。私は皆とはぐれないようにしながらサードに声をかけた。


「とりあえず神殿まで来たけどどうするの?」


「ジューショク曰く挨拶は大事、とのことでしたからね。ロナーガは厳格な者で融通が利かない。だからちゃんと順序立てて挨拶して神殿にお参りしろと」


「ジューショク…ミスマルがそんなこと言っていたの?」


「ええ」


お参り…って、まあ、祈るってことよね?


たまに人込みに飲まれて入口に逆戻りしそうになるのを皆に助けてもらって、ヒィヒィしながらようやく祈る場所までたどり着くころには私はものすごく疲れ果てた。


「祈るだけなのに、こんなに疲れるなんて…」


「鍛錬が足りねえぜ」


マイレージが小馬鹿にするように私に言ってくる。…ヒズ…こんな時はその体質羨ましいわ。そりゃマイレージだったらこんな人ごみでも何のそのでズンズン進めるわよね…。


とは言っても、祈る場所には神聖なエンブレムや像があるわけでも何でもなかった。

たどり着いたのは神殿の中に入って、ずっと奥に進んでまた外に出た広場。


その中央にある小さめの石の出っ張り…。皆それに対して祈りを捧げているみたいだけど…。


「…ナニコレ」


ここまでヒィヒィしながら来たのに、こんな石の出っ張りに向かって祈るのという気持ちで呟くと、ガウリスが興奮気味に説明してくる。


「何を言っているんです、これはあの有名な『世界の栓』ですよ!」


「え?何それ」


聞き返すと隣でサードが、


「世界の栓、ロナーガが作ったとされる土中深くまで続く石。この石を取り出したらこの世に収まらないほどの水があふれ返り、地上の生き物を全て飲み込んでしまうという伝説があるんですよ。

大昔にこれを掘り返してみようと若者たちが土に(くわ)を突き立てた途端に水が溢れ止まらなくなり、慌てて埋め戻すと水も止まった。なので万人が二度と掘り返さぬようにとこの世界の栓を囲むようにロナーガ神殿が作られたんです」


ガウリスじゃなくて神様とかそういうのに全く興味のないサードがツラツラと説明してくるから驚いて、


「サードよく知ってるのね」


と褒めると、サードは呆れた顔で私を見てくる。


「これはかなり有名な話だと思うのですが。…他の世界からきて神に興味のない私でも知っているほどの話なのに、どうしてずっとここで生きてきたエリーが知らないんだか…」


「…」


うっさい。とにかく祈ればいいんでしょ、祈れば。


私は小さい石のでっぱりに向かって手を組んで、目をつぶって祈る姿勢を取る。


…でも何を祈ればいいのかしら。大体神様に祈るとすれば、家族の無事、自分の健康、今は冒険での無事とか…。

それでも挨拶は大事、ってミスマルも言っていたみたいだし、初対面の人に挨拶するようにしておけばいいのかしら。


私は改めて心の中で祈る。


えーと、初めまして私はエリー・マイ、勇者御一行の一人として旅をしている冒険者で、今はヒズの関係でナディムに会いに…それとガウリスの体のことであなたに聞きたいことがあってここまで来たの。

ミスマルとも会ったのよ、えーとロナーガ…さん?できればあなたと会ってお話がしたいのだけれど、どうすればあなたと会えるかしら。お返事お待ちしています。エリー・マイより。


…そこまでを心の中で祈って、なんだか手紙みたいな締め方になっちゃったわねと目を開ける。


すると強い視線を感じた。


パッと横を見ると、ヒズが私を真っすぐ見ている。


でもその顔…誰?マイレージでも、リビウスでも、ナディムでもない。

まるで静かに威圧するかのような威厳のある表情…。


息をのんでヒズを見ていると、重々しい男性の声でヒズは口を開いた。


「ダドバ村」

天上天下唯我独尊…「この世で俺がナンバーワン」みたいな俺様の意味合いで広まっていますが、本来は「ありのままの自分こそがこの世で最も尊い」って意味合いらしいです。(ちょっとネットで調べたら仏教学校の先生=お坊さんの説明がありました。本職!)


ちなみにブッダは生まれて数歩歩いて天地を指さし「天上天下唯我独尊」と言うのですが、そのポーズ、何かと少し似てるなって思ったんです。

腕を天地に向けている黒魔術のシンボル・黒山羊頭のサタンです。そんなサタンの天地を指す腕は錬金術の「solve(溶解させる)」「coagula(凝固させる)」を表しているとか。


そしてこれより下はある本で読んだ仮説なのですが。


大昔。インド辺りで山羊の頭を捧げてその周囲で踊り狂うお祭りがあり、静かに祈るのが宗教の西洋人がそんな山羊頭の周囲を激しく踊り狂ってる人たちにびっくらこいて、

「あいつら怪しい儀式やってる!」

って所から黒魔術のイメージが定着したんじゃないかって。

ちょっと無理やりな説ですけどインドって神話の時代からすぐ踊るからあり得そうといえばあり得そう。

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