私の使い魔との初会話
「あ、サードおはよう」
「何だ早いな」
朝早くに食事の入った大きいバッグを持ち廊下に出て歩いていると、サードが居たから声をかけてから近寄る。
「昨日呼び出した魔族が心配だから様子見に行こうかと思って」
「魔族は体頑丈なんだろ?」
「まぁそうなんだけど…それでも死ぬ一歩手前ぐらいまで弱っていたんだもの、心配じゃない」
「…ま、せっかくだ。どんな奴か俺も見に行くか」
そう言うからサードを連れて呼び出した魔族が寝ている部屋に向かう。
「そういえばミスマルは?」
「夜のうちに帰ったぜ。朝飯までに戻んねえと騒ぎになるってよ」
そう言われてみれば、こんなミスマルのためのお祭りをやっている最中なのに当の王子様が行方不明とかものすごく大騒ぎよね…。あんな夜遅くまでここにいて大丈夫だったのかしら。
そう思いながら魔族の寝る部屋をガチャッと開けて中に入る…。
「あれ!?」
入って一歩、私は素っ頓狂な声を上げた。
だって布団はめくれ上がった状態で、そこに寝ているはずの魔族がいなくなっていたから。足早にベッドに近寄ると、空になった飴の袋が枕元に無造作に置かれている…。
まさか、ナディムの言う通り体が回復して動けるようになったら逃げちゃったの?ええウソ、私と相性がいいのに逃げたちゃったの…!?
「…魔族は?」
サードに声をかけられて体が固まる。
どうしよう、ナディムには逃げられないよう先に契約したほうがいいって言われていたのに、説明もなしにそれは可哀想って契約を先延ばしにしたせいで逃げられたってサードに言ったら…。「ったりめーだろ、ふざけんなボケ何考えてんだ!」って怒鳴られるに決まっている…!
「あば…あばばば…」
「…」
パニックすぎて口が回らずにいると、何言ってんだこいつって顔でサードが見てくる。
するとスッとサードの後ろから誰か現れた。
「あっ…」
そこには私がヴォーチェで呼び出したあの泥にまみれた姿の魔族が立っている。私は安堵のため息をついて、
「良かった、どこに行ったのかと思ったのよ!」
とサードを通り抜けて魔族に駆け寄る。
見る限り顔も体つきもまだ痩せこけた状態だけど昨日よりはかなりマシな感じ。それでもまだまだ重病人みたいな弱弱しい姿だけど…それでも昨日は目を動かして頷くのがやっとの感じだったもの、こうやって自分の足でしっかり立って歩けるなんてものすごい回復だわ。
するとその魔族は腰を低くして、そっと私に何かを差し出してきた。
「…?」
差し出されたから黙って受け取るけど…その辺に生えていそうな、花?
魔族を見ると泥にまみれているその顔の口元がパックリ開いて、どこか媚を売るような卑屈っぽい笑いを浮かべながらゆっくりと話し出した。
「どうぞ、あっしを助けていただいた感謝の気持ちでございやす、エリーお嬢様」
「え?これ私に?ありがと…。っていうより寝ててよ!」
急に花を貰って一瞬喜んだけれど、それよりまだ万全な状態じゃないんだからこんな風に花を採りにいってる場合じゃないでしょ!
「ほら座って、これ食べてもう少しゆっくりして…」
ベッドに連れて行って座らせて…歩けるまでに復活しているならパンは食べられるかしらと大きいバッグからパンを取り出して、タテハ国の皆からもらった体にいいっていう薬草を取り出して水も取り出して差し出す。
「これ魔力が強い場所で生えていた薬草なの。パンと食べた後で飲んで?」
魔族はジッと薬草を見てから恭しく両手で受け取って頭上に高く上げた。
「ありがてえこってす、こんなちんけなあっしのために貴重なパンと水と薬草をわけていただくなんざ…」
ありがたそうにパンにかぶりついている魔族の様子をマジマジと見る。
さっきサードと並んで立ったのを見た限り身長はサードと同じくらいかしら。昨日の夜の暗がりでは全貌があまり分からなかったけれど、明るい所でみると本当に全身の汚れが酷いわ。
頭からつま先まで泥まみれで、服なんて着ている意味もないぐらいボロボロで骨が浮かんでいる体も見えているぐらい。…完全に食事にありつけなくなって行き倒れてしまったって雰囲気よね。
パンを食べ終わって薬草を飲み終わった魔族は息をつきながら私を見てくるから、そっと聞いた。
「ねえ。あなたの名前を聞いてもいい?」
「へえ、あっしはイルルと申しやす」
イルル?…何か可愛い名前。
そう思ったけどそれは口に出さず話を続ける。
「私たちは勇者一行なんだけどね、厄介なエルフに目をつけられてて命を狙われているの。そのエルフはもう死んでいるんだけれど、レイスになって…それも私たちには理解できない術をあれこれ使ってどこかの異空間の間を逃げ回っているのよ。
そうやって見えない所から私たちを殺そうと狙ってきているの。そのエルフを見つけるために必要な力を持つ使い魔をと思ったら、あなたが来たんだけれど、どうか力を貸してもらえるかしら」
「へえ、あっしの命を救っていただいたエリーお嬢様のためであればいくらでも…」
手もみをしながらへこへこするイルルにサードが声をかける。
「ちなみにお前、魔族なんだよな?」
「そうでございやす」
「瀕死だったんだって?どうしてそうなった」
「…」
イルルは少し黙り込んでから、
「何分、力のない魔族でございやして…」
「俺らは力のねえ魔族にも会ったことがあるが、そいつはあちこち動き回って飯の確保はぐらいはできてたぜ?だとしたらてめえは食料の確保すらろくにできねえ弱い魔族ってことか?そんな奴使いもんになんのかよ」
思えばナディムもイルルのことは人に取り入るのだけが上手な力の弱い魔族じゃないかって言っていたわね。
「…」
でもイルルは卑屈でニヤけた笑いを浮かべながら黙り込んだまま。
「何ニヤけてやがる」
「申し訳ねえこってす、これが地顔で…」
「腹立つ地顔だな」
「申し訳ねえこってす」
「サードいい加減にして」
いくら普通に喋られるようになったからって、イルルはまだ体調は万全じゃないのよ?それなのにそんなどうしようもないことで責め立てるようなこと言って…。
不愉快に思いながらふっと見ると、イルルの顔色がさっきよりもずっとよくなってる気がする。
「もしかしてさっきより具合良い?」
「へえ、エリーお嬢様にいただいた薬草が体にじんわりしみわたっているようで…本当にエリーお嬢様には頭が上がりやせん」
手を揉みゆっくりとした口調でヘラヘラ笑うイルル。何か恭しいを通り越して卑屈としか思えない態度ね…。
「とりあえず、私の使い魔になることは大丈夫?」
「ええ。あっしの命を救ってくださったエリーお嬢様のためでしたらいくらでも力を奮いやしょう」
すぐさま頷くイルルの言葉に私はホッとした。これでサードの目の前で「誰が人間の使い魔になるか」って言われてサードがブチ切れたらどうしようって思っていたから。
「じゃあ握手」
契約は握手をすればいいだけってナディムから昨日聞いたから握手しようと手を差し出したけれど、サードがガッと私の手を掴んだ。
「何!?」
驚いて聞くとサードは私の腕をねじるように引っ張ってイルルから引き離す。
「待てエリー、こいつ…!」
急にただならぬ様子を見せるサードに、何?何?と戸惑っているとサードは続けた。
「頭にシラミとノミみてえな虫がいやがる!契約よりも先に風呂だ!エリーの頭にシラミが湧いたら…!」
サードはそこでハッと私を振り返って聞いてきた。
「エリー、お前昨日こいつを触ったか?」
「え?ええ、水を飲ませるために抱き起こして…。アレンとガウリスとヒズもイルルを運ぶために持ち上げて移動させたわよ」
サードはゾッとしたような顔になって、すぐさま私に命令してくる。
「エリーはそいつから今すぐ離れてミスマルの従者に風呂を沸かすように言ってこい、俺は今から人数分の虫除けのマジックアイテムを買ってくる!」
「ミスマルの従者?いるの?」
「一人残って俺らの朝食作ってんだよ」
あ、そうなんだ。
それにしても虫除けのマジックアイテムね…。
アレンが買ったパンフレットにはこの地域は蚊以外にも細かい虫が多くて刺されやすいから、虫除けのマジックアイテムを買ったほうがいいって書いていたのよね。頭からその粉末を振りかけたらそれまでに受けた虫の被害からの回復、それとしばらく虫が近寄らないからって。
でもサードは「なんでそんな虫ごときに金を使わねえといけねえんだ」って悪態ついていた。
「ついでにそいつの今着てる服は全部捨てておけ!汚えし臭えんだよ!」
サードは怒鳴りながら足早に出て行ってしまう。
「ちょっとサード失礼よ!」
サードに怒鳴り返してから心配してイルルをチラと振り返る。イルルはあんなこと言われたというのに相変わらずニヤけた感じの表情で、
「申し訳ねえこってす」
とだけ言った。
* * *
サードがその辺から買ってきたシラミ殺し入りシャンプーで頭を洗い、お風呂にもゆっくり入って体中の泥を落とし、そのまま新しい服に身を包んだイルルはすごくさっぱりした状態で戻ってきた。
それより頭も泥で真っ黒と思っていたら、単に髪の色が黒いだけだったわね。
それに今まで気づかなかったけど、イルルには尻尾が生えていた。宗教画によく描かれてる、いかにも魔族みたいな先が三角形にとがっている黒い尻尾。
「尻尾!?尻尾生えてんの?カッコイイな!ねぇ動く?これ動く?」
アレンはズボンからはみ出ているイルルの尻尾にすぐ食いつくと、躊躇なく掴んでズボンの中に収まっている尻尾をズルゥと全部引っ張り出してビンビン引っ張る。
「アレンさん、病み上がりの方にそんなことしてはいけませんよ」
ガウリスの言葉にそれはそうだと思ったのかアレンは「ごめん」と謝りながら尻尾から手を離しすと、尻尾はにょろにょろ動いたと思ったら半分以上ズボンの中にシュッと引っ込んでいった。
…尻尾…猫の尻尾みたいにすごく動く…。ちょっと可愛いかも、私も触ってみたい。
それにしても朝に会った時より体調が良さそうだわ。やっぱりタテハ国の薬草が効いたに違いないわね。
「それじゃあ改めて握手しましょうか」
さっぱりしたイルルに私が手を差し出すと、イルルも手を差し出して、ようやくお互いに握手をする。
でも…リンカとナディムと契約した時には二人と繋がってるって感じがしたけれど、今回はイルルと繋がっているような感覚が何もない。
「あれ?これでいいの?」
不安になってナディムに聞くと、
「大丈夫、これは使い魔に対して『お前は自分の所有物だ』って印をつけているだけだから。目には見えないものだけどイルルは何かしら感じているんじゃないか?」
するとイルルは腰を低くして手を揉んで、
「へえ、確かに自分はエリーお嬢様の所有物になったような感じはしておりやす」
するとナディムの顔がシュッとリビウスになると、ズイズイとイルルに近寄っていく。
「へー!へー!すげー!で?で?お前どういう能力持ってんの?エリーの役に立つから呼ばれたんだろ?どんな能力持ってんの?」
イルルは「へえ」と言いながら続けた。
「あっしの能力は幽霊…」
「幽霊!?」
ヒィッとアレンが飛び上がる。イルルはアレンが驚き飛び上がる様子を見て「ヒッヒッ」と引きつったような笑いをして、でもすぐさま笑ってはいけないと思ったのか口をすぼめて続けた。
「人間の想像する幽霊と似たような能力だと言おうと思ったんでございやすよ。あちこちに制限なく移動できて、普通に暮らしていれば見えないものが見えて、憑りつく…」
「それって、どこの次元に居るかも分からないゾルゲを探すのにピッタリじゃない!ねえ!」
サードもそれはいいと思ったような表情を浮かべたけど、すぐさま聞いた。
「その憑りつくってどういうことだ?憑り殺せんのか?」
「目標の相手がどこにいるのか、何を考えているのか探るといったほうが正しいでございやすな、殺すことはできやせん。どこまでも引っ付いて嫌がらせをするくらいはできやすが」
「…。殺せるんなら手っ取り早いんだがな」
「申し訳ねえこってす」
「ところでイルルって…お化けじゃないよな?」
まだそこに引っかかっているアレンが恐る恐る聞く。イルルは揉み手をしながら、
「もちろん、お化けではなく魔族でございやすよ」
アレンはホッとしているけど、一般的に自分は魔族って言われたほうが脅える人は多いと思う…。
「それよりイルルさんはどうしてあんなに弱ってたんですう?」
ヒズが痛ましそうな顔で質問するとイルルは少しの間卑屈な笑い顔で黙ってから、
「力のある魔族はそりゃあ良い待遇でごぜえますがね、あっしのような者は使われるだけ使われてあとはポイでございやす、それであの有様で」
「イルルはそんなに酷い待遇だったの?」
「それは聞いても楽しくなる話でもございやせんから、その話はこれくらいで」
「…」
きっとイルルはジェノみたいに一日を食事を手にするためにあちこち動き回る生活を毎日送っていたに違いないわ。それでも何かがあって食料が手に入らない状況になってしまって、あんなに衰弱してしまったのね。
私は改めてイルルの手を取る。
「私たちの仲間になったからには大事にするからね!まずはちゃんと休んで体を万全な状態まで治すの、いいわね?」
「…」
イルルは驚いたように目を見開いて…ニヤッと笑った。
「…ありがてえこってす」
エリー
「ところでその尻尾って触っても大丈夫なの?」(ウズウズ)
イルル
「尻を触られるのと同じ感覚なので控えていただけたら幸いでございやす、エリーお嬢様」
アレン
「あ、じゃあ俺めっちゃセクハラしてたんだ、ごめん。ってか今尻尾の先っちょ出てるけどそれケツがはみ出てる状態なの?ヤバくね?」
サード
「色といい形といいどっちかと言えば…」
ガウリス
「女性の前でやめましょうね!」(サードの口塞ぐ)
エリー
「…違うでしょ?それ尻尾でしょ?尻尾なのよね?見ても大丈夫なやつでしょ?大丈夫なのよね!?大丈夫って言って!ねえ!」
イルル
「ヒッヒッヒッヒッ(笑)」
※ケツでも例のブツでもない普通の尻尾です




