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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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昔の話(サード目線)

ミスマル姿の住職と俺はあれこれと話し合った。

俺が佐渡からいなくなってからのこと、俺がこっちの世界に来てからのこと、冥界で八三郎に会ったこと、猫の玉がこっちに生まれ落ちていたこと…。


終わりが見えねえほど話し合って、ようやく今一息ついた。住職も大体話したいことも話し終えたと見えて満足そうに鼻から息を漏らす。


「いやぁ楽しかった、喜一と話すとつい熱が入ってしまう」


「佐渡であんたと話し合ってる時にゃ他の坊主どもは置いてきぼりになってたからな」


「あれは申し訳ないことをしたなぁ。喜一の話は突拍子無いようで真理を突くようなことを言うからつい白熱してあれもこれもととめどなく話して皆を蚊帳の外にしてしまって…私の悪い癖だ、気づいていながらあえて気づかないふりをしてお前との話し合いに向かってしまっていた」


まあ、俺も周りの坊主どもが話についてきてないのを知っていながら知らねえふりしていたがな。


「それとなぁ喜一」


「ん?」


「私は今こうやって佐渡で住職をしていた安寿の記憶があるが、明日の朝かな?それくらいには安寿の記憶は消えて元のわがままで悪ガキのミスマル王子に戻るだろう」


「…どういうこった?」


俺の質問に住職は微笑む。


「お前も大体分かるだろう?ミスマル王子として過ごすのに安寿だのあの世だのの記憶は邪魔なんだ。この体はアキャシャ国第一王子ミスマルで、佐渡で住職をして死んだ爺のものじゃない、安寿の私はもう終わった、だから明日の朝に記憶は消えて元に戻る」


住職はそのまま何も言わない俺をみて、なお微笑んで続けた。


「こちらに生まれ落ちる時偶然にも喜一がこちらにいるのを知った。会いたかった。だが私にはこの地に仏教を根付かせる使命がある、それにお前は国の者とは関わらないだろう?

だからロナーガにほんの少し頼んだんだ。仮にサードと会うようなことがあれば、半日だけでもいいから私の記憶を戻して話をさせてほしい、できるなら完全に王位を継ぐ前の子供の時にとな」


その言葉に俺は目を見開いた。


「じゃあジューショクはロナーガに会ってんのか?本当にいるんだな?ロナーガは」


「ああ、実体はないがあの世にちゃんと存在しているぞ。私は王族の子としてこのような目的があってここに生まれ落ちるから生きている間どうぞお守りくださいと挨拶した程度だが」


「…」


だとしたらロナーガと面識のある住職を連れて行ったほうがロナーガに話がとおりやすいんじゃねえか?だが王族のミスマルを連れて行くとなると国と関わらねえって公言している勇者としては問題があるか…。


「お前、私を利用しようとしてるだろう」


「まあな」


考えを見抜かれても悪びれもせずあっさり素直に返すと、住職は相変わらず気の抜けるふぁっふぁっふぁっという笑いをする。


「だが楽に会おうとすると無視されるぞ。ロナーガは厳格な性格だから融通が利かない。ちゃんと正式に神殿にお参りして挨拶してから本題に入りなさい」


「うるっせえな、ちゃんとやるよ」


ふふふ、とミスマルは目じりを下げてから一息ついて、テーブルに身を乗り出す。


「なあ喜一、今いくつになった」


「二十は過ぎたな」


住職はそうか、と頷き、それからまた続ける。


「お前が大人になったら話そうと思っていたことがあってな。だが佐渡じゃ言えず仕舞いだった」


「んだよ、改まって」


「お前の母親のことだ」


「…」


俺の顔を見た住職はふぁっふぁっふぁっと笑う。


「そこまで嫌な顔をするな」


「こんな顔になるに決まってんだろ、俺を殺そうとしたババアだぜ?」


「ババアじゃない、母親だ。何も言わなくていい、ただ話を聞いていなさい」


「…」


椅子の背もたれにギッともたれかかって腕を組み、とっとと話せとばかりに視線を向ける。


「喜一は今いくつになったって?」


「…二十かそこら」


「お前の母親は十三ほどの年齢だった」


その言葉には思わず目を見開いた。そんなわずかな表情すらも住職は微笑みながら見ているから、元の面白くない顔にすぐ戻した。住職は続ける。


「私からすれば少し大人びたくらいの(わらべ)だった。身も心も成熟していない少女が子供を産み育てるのは大変なことだと思わないか?それも父親は誰か分からず、身寄りもない中一人で」


「…」


「そんな中ほんの些細な言動一つで頭に血が昇るほど追い詰められていたのではないかと思う。だからな、喜一…」


「…許せとでも言うつもりか?」


苛立ちの言葉で住職の言葉を遮る。


「成熟してないガキがガキを産んで他に頼る当てがねえから殺そうとしてしまったのはしょうがない、許してやれとでも言うつもりか?心に余裕のねえ女だったらいくらガキを殺してもしょうがねえって?」


苛立ちは収まらず、口が勝手に動いて言葉が出ていく。


「ならてめえが俺の立場になってみろ、飯がねえのかって聞いただけで鉄鍋振りかざされたんだぜ俺は、そこで八三郎の助けが無かったらそのまま死んでた。

てめえが殺されそうになる立場になってみろ、何て言う?幼い少女が一人で育児をしていて頭がいっぱいいっぱいだったのだから許すって言うか?ああ言えるよな、他人事なんだからいくらでも綺麗ごとが言えるだろ」


「………」


住職はゆっくりと天井を見上げしばらく考え込んでから口を開く。


「そりゃあな。本人の過去の出来事に他人が口を出して許してやれなど、おこがましいにも程がある」


住職はニッと笑って俺の目を見る。


「だが私は許してやれなどと言う気はさらさら無いぞ」


「だったら俺を不愉快にするためにこんな話したのか?」


あからさまに不愉快だとトゲのある口調で言うと住職はふぁっふぁっふぁっと笑う。


「そんなことは無い、ただ喜一の母親はそのような状況の少女であったということを知って欲しかっただけだ」


「…」


無言で返事も何もせず睨みつけていると住職は続けた。


「ここからの話は聞き流してもいい」


「そんな話ならすんな」


おかしそうに詰まったように笑いながらも住職は続ける。


「お前の母親は何度も喜一を返してくれと私の元にやって来ていた」


「…」


その話にはゾッとして全身に鳥肌がたった。まさかあのババアがそんなことを住職に掛け合っていただと?


だが鳥肌が収まるころには恐怖よりも苛立ちが湧き上がる。


ふざけんな、殺そうとしておいて返せ?戻ったらまた殺れるかもしれねえだろうがよふざけんな。


イライラしているうちに住職の話は進む。


「もちろんその度に断った。どう考えてもお前を養うのは難しいと思っていたし、また頭に血が昇って暴力をふるう可能性もある。そのことを言い含めて帰した。そして養子としてお前をあの家に出した」


「…」


「その後喜一が戻ってきて寺男として働いている時も度々門の外から中を覗いていたんだが、知らないか?」


聞いているような口調だが、明らかに知ってるだろって聞き方じゃねえか。


ムッツリ黙り込む俺を住職も黙って見てくる。

その視線が段々と鬱陶しくなって怒鳴り返した。


「うぜえ目で見てくんじゃねえよ、あの薄気味悪い幽霊みてえな女のことだろ」


エルボ国サブリナ王女に「母親に会ったことは」と聞かれ説明が面倒だったから一度もないと答えたが、本当は何度もババアの姿は見かけていた。


寺男として働きだしてからというもの、頭はボサボサ、服はボロボロ、酷くガリガリに痩せ衰えた気味の悪い女がまれに門の外から庭を覗いていることがあった。

女は黙ってそこにいるだけで何もしてこず、門に近づくと消える。本当に存在感がなく、気づいたらそこに居て、気づかないうちに消えていた。幽霊が本当にいるのだとしたらあのようなものに違いないと思うほどだった。


だが何となく…何となくその女を知っている気がした。見たこともないし覚えもないが何となく知っているような、知り合いのような気はしていた。


「話したことはないか?」


「…」


どこまでもこの話を続けやがる。


睨んだが、俺の睨みごときで(ひる)む住職じゃない。俺は苦々しく鼻からため息をついて、


「一度だけ」


とムッツリ返す。


あれは大事な客が来る日で、俺は住職に恥をかかせてはならないと庭を丁寧に掃いて場を整えていた。


と、例の女が門前に立って庭を覗き込んでいる。


大事な客と鉢合わせするかもしれない。いつもは放っているが今日ばかりは迷惑だから追い払おうと掃き掃除をやめ、玉とその子猫どもに与えるための餌を持ち裏門からでて、女の背後に回って声をかけた。


「もし」と。


女は酷く驚いた様子で振り返って俺を見下ろし、その顔を初めて間近で見た俺はギョッとした。


女の顔は輪郭が腫れて形が崩れているようで、鼻がなく片目は白く濁っていて…あれがそう毒という病気だと知ったのはもっと後だ。それでも俺はいつも通りの本尊の仏のような微笑みを浮かべていただろうと思う。


ともかくさっさと門前から追い出さなければと、包み紙にくるんだ玉たちの餌を手早く女に差し出した。


「少ないですが、どうぞこれを寺の裏手でお食べになってください」


さっさと寺の前から消えろ。


そのような意味合いを丁寧な言葉に直して伝えた。

女の身なりや痩せ衰えた体を見る限りろくに飯を食えてないのは分かる。飯を受け取ったらまず満足して立ち去るだろうと。


女はどこかたじろいだ様子で黙って俺を見下ろしているように見え、俺はなおも包み紙を差し出し、


「遠慮なさらず、これは仏からの恵みです」


と無理やりその手に押し当て握らせた。あの時は自分の吐いた言葉に自分で笑いそうになったもんだ、「猫に与える残飯渡しといて何が仏の恵みだよ」と。


女は震える手で猫の餌の入った紙袋を受け取り、泣きじゃくりながらヨロヨロと門の前から立ち去った。


周囲もよく見えていないのかフラフラと真っすぐ歩けない姿に、ありゃもう長くねえな、と見送り…それから女を見なくなった。


それを特に気にすることなく過ごしていたある日、身寄りのない女を無縁塚に埋めるから手伝ってくれと住職に呼ばれ、駆けつけると無縁塚に埋めるにしてはいやに立派な棺桶が用意され、桶の中にはあの薄気味悪い女がうつむいた姿勢でうずくまっていた。


ああやっぱり長くなかったかと八三郎と共に桶を土の中に埋めると、住職は俺に一緒に経をあげようと声をかけてくる。何故と思ったが強く断る理由もなく、門前で聞いて覚えた読経を住職と共にあげた。


読経が終わると八三郎は何ともやるせない笑みを浮かべ、俺の肩に手を乗せて元気づけるように二度三度叩いた。


いつもの無縁仏とは違う弔い方、いやに立派な棺桶、住職と八三郎の妙な態度…。そこで確信はないが何となく感じ取った。


―もしや今埋めた女は俺の母親だったのでは。


…そんな記憶を思い出し、テーブルに肘をついて前髪を後ろに撫でつけながらただぼんやりとテーブルの上を眺める。


「住職はあの世でババア…俺の母親に会ったか?」


「いいや。たどり着いたところが少し違ったようだ」


そりゃそうか。淫乱を尽くし子を殺そうとした女と、仏の道に生き皆から尊敬されていた住職が同じ場所に逝くわけがなかった。


「…お前、あの気味悪い女が俺の母親だって知ってて何も言わなかっただろ」


「聞きたくもないし聞いたら反発するだろうと思ったからな。だが弔いが終わった後は気づいただろう?」


「…なんで」


「ん?」


「なんで今更そんな話をしたんだ?」


「お前も十分に大人になったからだ。まあ、まだまだ心はひねくれた悪ガキそのものだがな、それでもまぁるくなったよ、佐渡に居た時とは違う。だから話した」


「俺は聞きたくも無かったよ」


吐き捨てるように言う。


「俺を殺そうとしといて実はずっと気にかけてました?そんな陳腐(ちんぷ)なお涙ちょうだいの話なんて聞いてて面白くもねえ、反吐が出る、気持ち悪い」


「そりゃあ殺されかけたんだからそんな気持ちにもなるだろうなぁ。だが他人の私から見たらこうも取れる」


チラと住職を見た。


「喜一は堕胎(だたい)されずこの世に生まれた。生まれてすぐ布にくるまれ道端や川や海に捨てられることなく数年の間は母の元で死ぬことなく育てられた。そもそも喜一という名前を付けたのは誰だ?『はじめに喜ぶ』なんて縁起もよく幸先のいい名前を付けたのは誰だ?誰でもない、母親のあの子だろう?」


「…で?そんなんだから許してやれとでも言うか?ガウリスも言いそうなセリフだ。…そうだエリーから聞いたぜ、ガウリスは許せない相手がいるとこう言うんだってよ。『相手を許すことこそが愛ある最高の仕返しだ』ってな」


イライラしながら嘲るように言うと住職は笑う。


「それは良い言葉だなぁ。だが私は許せとは言わん、恨みたいなら一生恨めばいいさ。そうやって恨んで嫌って恨み尽くして、最後に残る感情が出て来たらそれはどんなものなのか感じてみなさい。

その時どう思うかは喜一次第、許すも許さないも喜一次第、そこは他人が口を出すことじゃない、喜一が決めることだ」


「…」


面白くねえ。人の頭の中引っかき回すだけ引っかき回して結局答えは自分で探せと突き放す。これだから宗教家ってのは面倒くせえ。


ふん、と鼻を鳴らすと、住職はふあ、とあくびをする。


「眠いな、そろそろ寝るかぁ」


「最後につまんねえ話しちまったな」


住職は苦笑しながらも、じっと俺を見てから握手を求めるように手を差し出してきた。


「なあ喜一。これからもがんばれよ、私の記憶が消えても私は喜一をずっとこの国から応援しているからな」


「…これが最後みてえに言うなよ」


「お前は国の関係者とは関わらないじゃないか。これで最後だよ」


なるほど…それもそうだな、と握手をすると住職は続ける。


「ミスマルとしての人生は二十歳前後で終わらせる予定で生まれてきたんが…まあ状況によってはもう少し長く生きるが、太く短い寿命に設定している。いいか、喜一は決してそれより先に死ぬんじゃないぞ、私よりも長く生きろ」


「そんなしみったれた爺みてえな辛気臭せえ話やめろよ。ああ、中身は七十過ぎの爺だったな」


俺の悪態にふぁっふぁっふぁっと住職は笑うが…でもそうか、これが住職との別れか。


「…達者でな、死ぬまで元気でいろよ。あんた…ミスマルとももう関わらねえが、遠くからでもミスマルとこの国のことは気にかけておく」


住職はニコニコしながら、


「ああ、十分だ」


と返した。

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