いざ使い魔の召喚を
「インラスはかなり狂った野郎だな」
ナディムの話が終わって一言サードが毒つくと、ナディムの近くにいるマイレージが馬鹿にした表情でサードを見た。
「今ナディムの話したインラスなんて可愛いもんだぜ、俺らはもっとひでえもん大量に見せられたからな。最後に仲間にされたナディムはまだそんなに酷えもんは見てねえよ、それにこいつはインラスのお気に入りだったからな」
するとナディムは心から嫌そうにマイレージを睨みつける。
「冗談でもインラスのお気に入りだと二度と言わないでくれるか?気分が悪くなる」
「でもインラス、ナディムには結構優しかった」
マイレージの反対側にいるリビウスがそう言うと、ナディムは更に嫌そうな顔をしてからため息をついた。
「…やっぱり神への信仰心のことを言った後から妙に対応が改まった気がするんだよなぁ。不気味だった…まさかこいつ、こんなに人を殺しているくせに信心深い気でいるつもりなのかって」
「純粋なんだよ」
皆がミスマルに視線を向ける。ミスマルはニコニコ笑いながらナディムを見て、
「インラスというその者は、きっと根がとても純粋なんだ」
「…は?そんなわけがない、あんな男…!」
ナディムの怒りの表情にミスマルはふぁっふぁっふぁって空気の抜けた笑い声を出す。
「私にも身に覚えがあるぞ。サドにいて青鼻を垂らしていた子供のころと、このミスマルとしての六年でもな。虫を捕まえて羽を千切って枝で串刺しにして頭をもいで目を潰した。足も引っこ抜いた、それを大人に喜んで見せた。こうやって口に出すと残酷だろう?だが私は全て笑顔でやった。
悪いだなんてちっとも思っていなかったんだ、そこに小さい生き物がいるからいじっているうちにそうなってしまっただけと。今から思えば可哀想なことをと思うが、子供のころは可哀想とも何も思わなかった」
「…それは、子供だから…」
「そのような子供の心を失わないままインラスは大人になり、何が悪いのかの判断もなく人を傷つけてしまっていたのだろうよ」
「…」
ナディムは黙り込んで渋い顔でうつむいたけれど、面白くなさそうに言葉を吐いた。
「ミスマルはどうにもインラスをかばっているように聞こえるけれど?」
「かばっているんじゃない、聞いた話を客観的に考えているだけだ」
ミスマルの言葉が終わると同時にサードはナディムに声をかける。
「さてとあんたの身の上話は聞いた。それなら俺らの本題に入ってもいいか?」
ナディムは顔を上げて軽く頷く。
「どうしてあんただけじゃなくてマイレージとリビウスがそんな風な存在になってここにいると思う?」
ナディムはその質問にキョトンとして少し考えて、そういえば、と二人を見回している。サードは今までのことを簡単に説明した。
ゾルゲのせいでインラス一行の魂(正確には記憶の存在)が留まってしまって元の場所に戻れないこと、どうやらインラス一行で全員会わないといけないこと…。
その言葉にナディムは心臓が止まるんじゃないかってくらいのかすれた声で「ヒッ」と息をのんで、顔が青ざめていく。
「会うっていうのか?あのインラスに、また会えっていうのか…!?」
「そうじゃねえとヒズのこの状態がいつまで続くか分かんねえんだ。本人は全く気にしちゃいねえが、親がどうにかしろって依頼してきててな」
サードの説明で幽霊みたいな存在のはずのナディムからは冷や汗がダラダラと流れ、かすかにカタカタと震え始めている。
「……嫌だ…もう二度とあんな男と関わりたくない…嫌だ、嫌だ…!」
「嫌でも行くんだよ、マイレージとリビウスだってそのためにここにいんだ」
ナディムは胃を押さえて「吐きそう」って呟きながらサードに質問する。
「それなら君たちもそのヒズと一緒にインラスに会うつもりか?」
「…。まー…、途中まではついて行ってやる」
インラスと会うってはっきり言わないあたり、サードもインラスとはあまり関わりたくなさそうな感じがするわ。まあそうよね、自分たちに何かするかもしれない人とわざわざ関わり合いたくないわよね…。
「それと俺らは今マイレージたちをこんなことにしたゾルゲってエルフのジジイに命を狙われてる状態だ。エリーは少し前あと一歩で死ぬところまで追い詰められた」
ナディムはまだ落ち着かない表情ながらに口を引き結んで、サードの話を聞いている。
「だがゾルゲは魔術に深く精通している。どこからどう攻撃してくるのかも、今どこにいるのかも、どんな手を使って殺しにかかってくるかも全く読めねえ。だから少しでも身を守るためにエリーには黒魔術を覚えさせた」
サードはそう言うとナディムに身を乗り出す。
「リビウスが言うにはナディム、てめえは黒魔術に詳しいようだな?」
「…まあ。僕の生まれたボンバート家の魔族たちは黒魔術が盛んな時代、特に人間から多く信仰されていたから。その時に人間界で魔族とその信者が行った行為がまとめられた本は子供のころに暗記できるぐらい読むように教育を受けた。自分たちの家がどれほど人間たちに害悪を振りまいたかの偉業だからってね」
ナディムはウンザリした顔で言っているけれど、それならちょうどいいとばかりにサードは私の荷物入れから黒魔術の本を取り出すとページをめくってナディムに見せる。
「このヴォーチェって魔界の使い魔を呼び寄せる術をやりてえんだが、文字が完全に読めなくてな。教えろ。あとエリーとカーミの二人をお前に忠誠を誓わせる、そうすりゃもう少しは黒魔術を使う幅も広が…」
「待て待て待て!」
ナディムが驚いたように身を乗り出してテーブルの上に手を付く…ように見えるけれど、ほとんど体がテーブルにめり込むぐらい身を乗り出した。
「何を当然のごとく言っているんだ!それにインラスじゃあるまいし…勇者という立場であるのに黒魔術を覚えて魔界の使い魔を呼び寄せようとするなんて…」
「言っておくけど納得済みよ」
声をかけるとナディムは私を見た。
「この黒魔術の本を渡してくれた元聖職者の女性が言っていたの。黒魔術を毒としてじゃなく、薬として使ってほしいって。その女性はそのために死んでからもずっと…多分あなたみたいな存在になってこの本を受け取ってくれる人を待っていたの。
確かに黒魔術は人の害になる魔法が多いわ。でも今までの旅で黒魔術で助かった人も少なからずいるの。毒も使いようによっては薬になるでしょう?そのために私は黒魔術を覚えて、活用しようって思ったの」
真っすぐナディムの目を見ながら説明するけど、それでもこれ以上黒魔術に関わらせるなんてって困惑している感じだわ。
「私だって人の害になる魔法なんて使いやしないわよ。ただ私は皆を守れるような、助けになるようなものを覚えたいって言っているの」
「俺死ぬまで人を踊らせる黒魔術覚えたいなぁー」
「カーミ黙ってて」
急に割り込んできたカーミの口を押さえておしのけながら改めてナディムを見ていると、ナディムは私をジッと見てきて軽く頷いた。
「…君はそこの勇者とは違って心の綺麗な子のようだ。分かった、あの勇者はともかく君の言葉は信じられる」
「っだコラ」
サードが喧嘩腰の言葉を吐くとミスマルはおかしそうにふぁっふぁっふぁって笑っている。
「相変わらずのようだなぁキーチは」
サードは憮然とした顔で口をつぐむから、私は気を取り直してナディムに頼み込んだ。
「お願いできるかしら」
ナディムはしばらく悩むように黙っていたけど、
「あまり黒魔術は人間界に残したくないんだけどな…」
と言いながらも頷いた。
「だったら僕は君たちの助けになりそうな黒魔術を教えてあげよう。ただし害にしかならないものは絶対に教えない。あくまでも使いようによっては薬になるものだけ君たちに教える」
「じゃあまずはナディムに忠誠誓ってからだな、やれエリー」
サードがあごで命令するのを見てナディムは警戒するように顔をしかめた。
「…インラスより害はなさそうだが…そういう自分勝手に話をどんどん進める所はインラスとよく似ているね、君は…」
そうよ、サードは魔王側近のラグナスには近寄りたくないって言われているし、前魔王の息子のリッツにはものすごく警戒されているぐらいの性格なのよ…。
* * *
幽体になっているナディムに忠誠を誓って、カーミも忠誠を誓った。
「ナディムさん、ジルさんより強いなこれ」
カーミはそう呟いて、ジルの名前でかすかに重苦しい感覚になりながらもそれを振り払うように感覚を澄ませてみる。するとリンカとも繋がっているしナディムとも繋がっているのが分かる。
それもナディムから流れてくる力のほうが格段に強い。それは確かに分かる。
リンカの力が一だとしたら、ナディムは四って感じ。
「これって忠誠を誓う魔族が多ければ多いほど黒魔術を使う力が強くなったりするの?」
質問するとナディムは軽く首をかしげて、
「さあ、複数の魔族に忠誠を誓うなんて滅多にないからね」
そこはナディムでも分からないのね、と思いながらも続けて質問する。
「私は他にも親しくしてくれている知り合いの魔族が何人かいるの。その皆と忠誠を誓ったら…」
するとすぐさまサードが声をかけてくる。
「おい忘れたか、完全な魔族に忠誠を誓ったら神にそっぽ向かれる危険があるから、魔族でも神に近寄れる奴に忠誠誓うようにするっつっただろ」
あ、そうだっけ。忘れてた。
黙り込むとナディムが私の横に立って聞いてくる。
「それより聞いていいかな?君はどうしてそのヴォーチェを使って魔界の生き物を呼び寄せたいんだ?」
「…サードが覚えろって。色々役立つだろうからって…」
「君自身は覚えたいと思っている?」
「…」
そう言われると別にそこまで覚えたいわけじゃない。覚えたほうがゾルゲ対策になるかもってサードが言ってきて、それで覚えようと思ったんだし。
その考えを伝えると、ナディムは軽く鼻でため息をついた。
「君はそれでいいのかい?やりたくもないことに従って生きるなんて…」
そう言われると何とも言えなくなる。だってまるで私はサードの言いなりになっているみたいじゃない。
…でも…。
「言いなりは腹立つけど、何だかんだでサードの言うことって当たること多いから。だから予防の意味で覚えておいても損はないかなとは思っているわ」
「…。あのね、ヴォーチェは自分の意思がないととんでもなく無能な者がやってくるんだ。魔界の生き物を従えるなんてカッコイイとか、何となく役に立ちそう程度の気持ちじゃその程度のものしか来ない。そこまでやる気がないならやらないほうがいいよ」
あっさり教えるのを却下されて私は慌てた。
そりゃサードに覚えろって言われて半ば無理矢理こういう状態になっているけれどやる気がないわけじゃない。どこに潜んでいるのか分からないゾルゲから身を守るために色んな黒魔術を覚えよう、薬になる黒魔術を覚えようと思っているのは本当。
「待ってナディム、私はゾルゲを探せるような魔界の生き物に協力してほしいの。カーミも色々と探ってくれるけれど、どこに潜んでいるのか分からないゾルゲを探すなんて無理でしょうし…」
そうよね?ってカーミを見ると、ハハ、とカーミは笑う。
「ま、ね。ゾルゲさん俺より頭いいし、死んでどこにいるのか分かんない奴探すなんて無理無理」
私はナディムに視線を戻して、
「ゾルゲの問題を解決しないといつまでも命を狙われるんだもの。とにかくゾルゲを捕まえるのに協力してくれるような使い魔が欲しい。これはサードに言われたからじゃなくて私の意思よ」
言い切るとナディムはジッと私を見て、
「本当に覚えたいのならついておいで。他の皆はここにいてくれ」
ナディムに促されるから、私は皆にいってくるわと視線を向けて歩き出した。
廊下に出ると前を歩くナディムは私に説明してくる。
「最初に説明しておくよ。ヴォーチェで呼び出された生き物は君の目的に見合った相性のいいものが呼び出される。呼び出しておいて相性が悪かったらどうにもならないからね。そして君が生きている限り、そして君が切り捨てるまでは君の部下として付き従う。ここまではいいね?」
うんと頷くとナディムは皆の居る広間からかなり離れた、物置みたいな小さいめの部屋を見て中に入った。私もその後ろをついて中に入る。
「ここにしよう。広さもちょうどいいし向こうの皆とも離れている」
「ヴォーチェって皆の目の前じゃできないのね?」
「いいや。あの勇者の目の前で黒魔術を披露したくないだけだ」
…まあ、確かにサードって一回見て聞いただけで全部覚えそうだけど。
するとナディムは振り返った。
「それじゃあこれからヴォーチェの術を教える。準備はいいね?」
今の所の魔族力番付(1が最弱。右に行くほど強い)
1…リンカ、ミラーニョ、ジェノ、ロッテ、ファジズ
~ここから一般家庭で過ごせる強さ~
2…ドレー
3…ジル、マダイ
4…ナディム
~ここから一般貴族になれる強さ~
5…ローディ(まだ成長中)
6…ローディママ
7…該当者なし
~ここから貴族でも中々越えられない壁~
8…グラン、リッツのじじ、ランディ、ナバ、リージング州の王様
9…ラグナス、ロドディアス、リッツ
10…魔王




