パレード
パレード当日。
昨日の時点で人の数はすごかったけれど、さあパレードだって時間になるともう道端に立っている人たちは身動き取れないんじゃないのってレベルでひしめき合っている。
ただでさえ蒸し暑い地域なのにこんなに人が集まっているものだから熱気がすごいわ…。肌をサラッと快適に保つマジックアイテムがあっても周りがムシムシし過ぎて少し汗ばんでしまうんだもの、普通にしていたらもうここに居るだけで全身汗まみれだと思う。
でもクッルスがあって本当に良かった、こんなに人がひしめき合っている中で私たちはクッルスの上からパレードが見られるし。
それにしても、今朝アレンが私たちの両隣にいる人たちに声をかけてそこで改めて分かった。私たちが融通してもらったこの場所は本当に優待席だったって。
私たちの右側の馬車の上で果物を頬張っている…サードがたまにする泥棒みたいに頭と顔を黒い布で覆っている恰幅の良い男の人は隣国とこの国の流通を一手に任されている大商人カシム。
左の馬車の上に乗って仲睦まじそうに手を繋いでいる老夫婦は数々の新しい魔法を作り出したレジェンド的存在のメイギック、ゲミック。二人は私でも知っているぐらいの有名な魔導士で、こんな所で会えるなんて、と思わず大興奮してしまったわ。
両隣の人たちとは二メートル程度離れているけど、大きい声を出せばそれなりにお話しできる。だからあれこれと話しているうちに、向こう側からファンファーレみたいな音が聞こえてきた。
パレードが始まったのかしら。
ひしめき合う人たちの喧騒は凄かったのに、皆が一瞬シン、と静かになる。
遠くから賑やかな曲が流れ始めて、その音がどんどんと近づいて来る…。そしてついにカーブした道の向こうから先頭の演奏をする人たちがチラッと見えて、音が建物に反響して大きく聞こえてくる。
両隣から聞いた話によると、最初は建国記念日のパレード。
建国記念日は国が平和になるために犠牲になった旅人を称えるためにその当時あったことを演劇形式で演じながら町中を練り歩く行事なんだって。
今建っているアキャシャ国の宮殿なんだけど、大昔、そこに宮殿を建てると国は栄えて他国からの侵略のない富める国になるって占いが出たんだって。でもお城の土台を作り始めると数日後には必ず天気が崩れて全壊してしまう。
どうしてなのかというと、その場所は本来人が住むのに適さない清浄な聖域だったんだって。それでも国の行く末ためにどうしてもそこにお城を建てたい王家は占い師に相談したら、こんな結果が出た。
「〇月〇日、城下を国王が一人で歩き、最初に会った者を宮殿の下に埋めたら建築は滞りなく進む」
でもその占いはどこでどう漏れたのかあっという間に城下に広まって、その日城下町の人たちは誰も外に出なかった。そんな中で国王がようやく行き合ったのが国外からの旅人。
その旅人に出会った国王は…。
「エリーさん、始まりますよお」
ヒズの声に私は顔を上げて、旅人の格好をしているパフォーマーと、国王っぽい格好をしているパフォーマーの二人を見る。
「おお、このような所に人がいた」
王様役の人がよく通る声で喜んで駆け寄って行くけれど、すぐさま顔を同情的なものにして嘆き悲しむ素振りをする。
「しかし私は君に残酷なことを伝えないといけない。私は国王、新しく作る宮殿のために今日初めて城下町で会う者を…そう、君を宮殿の下に埋めなければならない。
それより君は今日外を歩いていたらこのようなことになると城下町の誰からも聞かなかったのか、我が国民はそんなに自分の身可愛さで旅の者を見捨てるほど薄情な者ばかりなのか」
国王役の人は嬉しい反面情けないと嘆き悲しむと、旅人役の人がそっと国王役の人の肩に手を乗せる。
「いいえ。今日外を歩いていたら死ぬことになるから家の中に入りなさいと何人もの人に声をかけられ、僕はその全てを断りここに立っています」
国王役の人は驚いて顔を上げる。
「なぜ」
旅人役の人はまっすぐ通る声で、
「この身はたくさんの人を殺める行為に手を貸しました。そんな罪の多い僕の身一つで宮殿が不落になるのならこの都、ひいてはこの国は未来永劫栄えるということでしょう。そうなれば僕が間接的に人を殺めた以上の人々を救うことができると思ったからです」
おお、と国王役の人は泣き崩れて、まるで旅人を神様みたいに拝む姿勢になっている。
すると旅人役の人は透き通った声で歌を歌い、歩きだした。
パレードを見守るため密集していた人たちは最初から用意していたのか、かごに入れていた花びらを旅人役の人に向かってパッと散らしている。
綺麗な花びらが舞い散る中を旅人役の人が歌い続けながら宮殿の方に向かって歩いていく…。
両隣の人たちから聞いた話では、身を綺麗にされたあと旅人はあんな風に歌いながら地面の穴に入り、埋められている間もずっと透き通った声で静かに歌い続けていて、それはまるで天使の歌声のようだったって…。
「なんて感動的な話でしょう…」
花びら舞い散る中進んでいく旅人役の人を見送るガウリスの横で、サードは表向きの表情でぼやく。
「クソみてえな内容だな、大方どうでもいい旅人をとっ掴まえて埋めたはいいが後味が悪くなって美談に仕立てたんだろ。国ってのは楽だよな、国ぐるみで事実をすりかえりゃ後々それが正しい歴史になるんだからよ」
「やめなさいよ」
国が嫌いなサードは虫唾が走ったのかすごくディスっているけど、感動しているガウリスの横でそんなこと言うんじゃないわよとサードを止めておいた。それに周りの歓声で自分の声もろくに聞こえないからって堂々と裏の口調になっているし。
そうして旅人役の人が去ってしばらくたった。でもカーブの向こうから何もこないし、旅人役の人たちもずいぶん遠くに行ってしまったのか歌声も音楽も聞こえなくなってきたころ。
急に、ピューン、と音が聞こえて空にバーンッと爆発魔法が上がる。
「ヒャアアア!」
ヒズが驚いたように上を見あげて、私も驚いてポカンと空を見上げる。
まるで空に咲いた綺麗な花みたい。そんなものがパッと空に大きく広がって、スゥ、と消えていく。
「何だありゃ」
「俺も初めて見るな」
「今の何!?何!?キレー!」
カーミ、マイレージ、リビウスも驚くやら興奮するやらで騒いでいる。
でも私、あれは本の中で見たことあるわ。名前は…何だったかしら、えーと…。
「あ!そうだ思い出した、あれは爆発魔法を芸術に特化させた花火だわ!色の表現と真ん丸に仕上げるのは至難の業でかなりの高等技術なのよ!」
「…っへー、魔法か…俺の世界だったらカヤクで作るだろうがなあ…やっぱこっちじゃ魔法なのか…」
サードは独り言をいっているけれど何言っているか意味わかんないし、何より綺麗な花火が連続で打ちあがり続けているからつい見とれるように空を見続ける。
そうしているうちに向こうの方からエキゾチックな音色の音楽が響いてきた。その音は確実にこちらに近づいて来ていてそれと共に人々の歓声も大きくなってくる…。
緩やかにカーブした道の向こうから歌いながら歩く人たちが見え始めた。
先頭を進む人たちは大きい太鼓をリズムよく叩いて、一糸乱れぬ動きでザッザッザッと行進してくる。その後ろからは笑顔で踊りを踊る薄着の女性たちが綺麗に踊りながら歩いていて、その後ろには長い笛を吹く人たちが…。
どれくらいの人が参加しているの?途切れることなく音楽を奏でて楽しそうに踊る人たちが目の前を通り過ぎていく。
「すごい…!」
興奮して前のめりになるとサードが後ろから私の長いストールを引っ張った。
「落ちますよ」
落ちるわけないじゃない。
ムッとサードを睨みつつも、いつの間にかクッルスの際までにじり寄ってたのに気づいて後ろに下がって座り直す。
するとカーブの向こうから大きな…本当に大きな生き物の頭がゆっくりと見えてきた…!
「あ!あれ!…象!?」
身を大きく乗り出すとまたサードが私のストールを引っ張る。でも私は興奮のあまり膝立ちになってはしゃいでしまう。
「あれって象よね!?象!初めて見た!大きい!」
「キャアア!象って本当にいたんですねえ!可愛いいい!」
「うわあああ!象だ象!でっけー!モンスターみたーい!」
「…恥ずかしい…」
はしゃぐ私、ヒズ、クッルスの屋根の上をジャンプしまくるアレンを見てサードが額を抑え毒いている。
よくよく見ると象の上には屋根のあるやぐらみたいなものが見えるわ。
「象って背中に建物があるのね、カタツムリみたいよ!見て!見てあれ!」
興奮して皆に大声で伝えると、右隣の大商人カシムがブッハ、と吹きだしてと大笑いしだす。
「象の背中には王家の人が座る輿が設置されてるんだ。最初に通るのは王様と王妃様、次が第一王女と第二王女、最後に今日が誕生日を迎えた第一王子だぜ、勇者御一行様!」
まだ大笑いしながらカシムが大きい声で教えてくれる。
え…あ…そう。カタツムリみたいに背中にそういう自分が隠れる殻みたいな、そういうのが生えてるわけじゃないの…。
恥ずかしくなって口をつぐんでシュルシュルとしゃがむと、サードは後ろで腕で顔を隠して静かに笑っている。
…この野郎…。
サードを睨んでいると左隣のレジェンド魔導士のメイギック、ゲミック夫妻は品も良さそうに笑いながら、
「王家の方々と視線が合ったら一年間この国の幸運をわずかに分けていただけるという言い伝えもあるんですよ」
「この国の王家の方々が住まわれる宮殿には特殊な聖の属性がありますから、目が合うだけでその力がほんの少し流れてくるんです。名前を呼んだら見てくれるかもしれませんよ」
と大きい声で教えてくれた。
「マジで!?よしがんばろ!」
アレンは目を輝かせたけど、笑いを収めたサードが顔を上げてあまり大きくない声でアレンに注意する。
「俺らは国とは一線引いた付き合いを心がけてんだ、わざわざ王家と親しくなるきっかけを作る行為は慎め」
サードの言葉にアレンは、えーつまんなーい、という顔をしていたけれど、表向きの表情ながら有無を言わせないサードの様子を見て渋々と納得したような顔で頷いた。
そうしているうちにも象は鼻を揺らしのっしのっしと近づいて来て、象に乗っている国王のナウヒ、王妃のヒミナの二人が少しずつ見えてくる。
キラキラと光り輝く金銀の刺繍で覆われている衣装を身にまとった二人は、街道の脇を覆いつくしている私たちを見てはニコニコと微笑んで手を優雅に振っている。
国王ナウヒは日焼けした肌に似合う白い歯を見せて、力強く、それでも爽やかに手を振っている。王妃ヒミナは黒くて艶やかな黒い髪の毛をなびかせて、街道の人たちに優雅に手を振っては両手で投げキスをしている。
「やっべ、俺王妃様に投げキスされたい、ちょうどこっち王妃様側だ」
アレンは前にズイズイと進んで行っていつでもどうぞ、とばかりにワクワクと待ち構えている。
「控えろっつってんだろ」
低い声でサードが言うとアレンはキッと振り向いて、
「女の子からの投げキスは!受け取るのが筋だろ!流したら失礼だろ!」
えっ、普段声を荒げないアレンがこんな強い口調でサードに歯向かうなんて…!
…でもその内容が…。もっと別のことでそれくらい歯向かいなさいよ…。
「ナウヒ様ー!」
「ヒミナ様ー!」
道端の大勢の人が二人の名前を呼ぶと二人は余計ニコニコ嬉しそうな笑顔になって身を乗り出して手をブンブン振り続けて、渋い顔をした従者みたいな人たちに元の座る位置に引き戻されてを繰り返している。
ここの王家に人たちって結構気さくなのね。
「ナウヒ様ー!ヒミナ様ー!勇者御一行様がここにいるんですよー!」
クッルスの目の前にいる人たちが声を合わせて私たちをダシに王家の人たちの視線を向けさせようとしている。
そんなあからさまな視線を引きたい声に王家の国王と王妃の二人はすぐさま反応してガッツリとこっちを見た。
しかもクッルスの上に乗っている私たちを見つけるとワッと顔を輝かせて、国王ナウヒはこっちに向かって身を乗り出して手をブンブン振っているし、ヒミナ王妃は私たちに投げキスを繰り返している。
「皆さん祝祭を楽しんで!」
「愛してる!」
王家の二人の声に、周りの人たちからワァ!大きい歓声があがる。
「このパレードで王家の方々が声を出すなんて!こりゃ俺たちゃ一年どころか数年先まで運がいいぞ!」
右隣のカシムはものすごい興奮状態で立ち上がって手を大きく振っているし、左隣の夫婦なんて、あらあらまあまあ、とお互い手を取って顔を輝かせあっている。
…そんなに今のってあり得ないことだったの…?
目の前からのっしのっし進んでいく象のお尻を見送っていると、それからまた踊り演奏し歌い花火を打ち上げる列が続き第一王女マハーラと第二王女バーラタが乗った象が通り過ぎていく。
二人は私たちが居るって遠くから聞きつけていたのか、姿が見えた時にはもう輿の上に立ち上がって背伸びをしていて、目立つアレンの頭を見つけるとこっちを指さしてキャーキャー言いながらぴょんぴょん飛び跳ね、感激するように口を覆ってから手を必死にブンブン振ってくる。
王女だけどその姿は年相応の好奇心旺盛な女の子たちで、思わず笑みがこぼれてしまう。
あまりに微笑ましくてサードから見えない位置で小さく手を振り返すと、二人はキャー!と手を合わせて「今の見た!?今の見た!?」とばかりに後ろにいる従者たちを振り返って私たちを指さして、ひたすら私たちに手をブンブン振りながら通り過ぎて行った。
…何か可愛い王女様たちだったわ…。
そう思って見送っていると今日の主役、ミスマル王子が一人乗る象が近づいて来た。
主役の登場のせいか祝福の声も名前を呼ぶ声も今までより一段と高くなって、音楽の音すら聞こえないくらいの大歓声に包まれる。
耳が痛くなるほどの大歓声の中、ミスマルが見えてきたけれど…何ていうか…誕生日を迎えてこんなにも祝福されているのに、ものすごく面白くなさそうな顔でブッスー、とほっぺを膨らませているわ。
気さくな笑顔を浮かべる両親と二人のお姉さんとは違う、利かん気が強そうな顔。確かにあれはわがままそう。
何となくパレードの直前に面白くないことがあって、でもなだめすかされ象に乗せられて、でも機嫌は直らないままで現在に至っているって感じがする。
「ミスマル様ー!勇者御一行がここにいますよー!」
目の前の人たちがまた声をそろえて叫ぶけれど、ミスマルは聞こえているでしょうにわざとらしく空を見上げてそっぽ向く。誰がお前らの言う通りに動いてやるものかと態度の全てが言っている。
でもそんな不機嫌オーラ満載のミスマルの体がピクッと動いた。
そのまま私たちの方向に顔をグリッと向ける。
すると驚いた顔に変わったミスマルはガタッと立ち上がって、私…ううん、私を通り越して私の後ろ…サードを見ながら指さした。
「〇▼×!?」
輿を乗り越えそうなぐらい脇に寄ったミスマルが何か言った。でも周りの声にかき消されて何を言っているのか分からない。
そのまま輿から身を乗り出し過ぎて落ちそうなミスマルを従者たちが慌てて掴んで引きずり戻す。
「〇▼×!■〇▼×*_=!」
ミスマルはこっちを見ながら何か叫んでいるけれど、結局大はしゃぎする周囲の声でミスマルの声はかき消されて…ミスマルを乗せた象はのっしのっしと進み続けて遠くなっていった。
タイトルで「む~ね~に~…」と曲が流れてきた人は馬の骨(分かる人だけ分かれ)
映画「パプリカ」は最高ですよ。「千年女優」も好きです。
千年女優にてブラウン管?に映る大雪シーンがあったのですが、大雪などの荒い映像の時は一昔前のテレビだとちょっと緑とか赤とかとブレるんですよね。それがアニメで再現されてて「こんな所まで…!?」って感動しました。記憶に間違いが無ければそんなシーンがありました。あったはず。あったよね?




