綺麗なおべべ
やっぱりクッルスに乗っていると移動は速いわ。私たちはナディムが居る国、それと神扱いされているドラゴンが存在するアキャシャ国までかなり近づいてきた。
それにしても随分と暑くなってきたわね、アキャシャ国に近づくにつれてうららかな春を通り越して夏の気温になっていく気がするもの。まるで数日雨が降って急に晴れた時の山奥みたいにムッとしていて湿気が酷い。
それより本当に暑い…。暑い…暑さに殺される…。
そんなだからいい加減こっちの気候に適した服を買おうと冒険者ショップで欲しい服を新調したいんだけど、元々着ているローブの質があまりにも良すぎるから手頃ないい服が中々見つからなくて苦戦しているのよね。
昨日なんて、
「これと同じくらいの質の…」
ってローブを見せたら「ヒッ」とショップの店員さんがのけ反って、
「うちにはありません…!」
って追い返されたし…。
皆も服を探しに動いているようだけれど、ガウリスとリンカは新しい服を全然探しているように見えない。
「ガウリスとリンカは服を買わないつもりなの?」
不思議に思って聞いてみるとガウリスは頷いて、
「ええ。エローラさんたちに作っていただいたこの服はとても質がいいのであまり冷えも暑さも感じませんから大丈ですよ。それにこのサンシラ国の服は元々風通しのいい作りですから」
リンカは…と視線を向けると、リンカは困惑の表情で首を傾げ、
「ごめんなさい、魔族って人間の言う暑いとか寒いとかよく分らなくて…ここってそんなに暑いの?」
思えば半分人間のミラーニョでも身が凍えるウチサザイ国で「そんなに寒いですか?」って不思議そうな顔をしていたっけ。だとしたら服を涼しくする必要もないのよね。
そんな新しい涼しい服が見つからない日々が過ぎて「暑い、暑い、暑さで死ぬ」が口癖になったころ、いつの間にかサードとアレンは涼しい服を購入していた。
サードはやっぱり闇に忍べる色合いの紺色の上下の服、それに元々つけていたストールと鎧。
アレンは元々持っていたシャツにチョッキみたいな長い上着を羽織って、下はダボッとしたズボン。
「このぶかぶかしたやつが動くと風が入って涼しいー」
アレンはブカブカした部分を手で横に広げては縮めて自ら風通りをよくしている。なるほどね、なんでズボンはブカブカなものが多いのかしらと思っていたら通気性をよくするためだったんだわ。
それよりもよ。
「二人ともどこで服を買ったの?私このローブを見せてこれと同じくらいの質の服が欲しいって言ったら大体断られて追い返されるんだけど」
あまりに服が見つからずに困っているから二人に相談すると、サードは馬鹿にした顔でせせら笑う。
「当たり前だろ、飛び込みでそんな質のいい新品のローブ見せてこれと同じもん用意しろだなんて性格悪いにも程があるぜ」
「…」
心の底から性格の悪いサードにそんなこと言われる筋合いはないんだけど…?
イラァッとしているとアレンが「あのさ」と声をかけてきた。
「エリー苦労してるみたいだから俺がこの服買ったところで冒険者の女の子用の良い服売ってる店ないかって聞いてみたらさ、もう少し先に評判のいいショップがあるみたいなんだ。そこ行ってみようぜ」
…ああ、アレン…!自分の服を買うついでに私のことも気にかけて色々調べてくれていたの…!
「ありがとう…!そんな優しいアレンが大好き…!」
アレンの手を握りブンブン振り回してからハグすると、
「うん、俺もエリー大好き」
って笑いながらハグしてくれる。お互い離れて「ふふ」って笑い合っていると微妙にサードが面白くなさそうな顔でチッて舌打ちした。
…何よその舌打ち、腹立つ。
ともかくそのままアレンが調べてくれた冒険者ショップに直行して、わりと早くにたどり着いたから私とヒズとでクッルスを降りた。
アレンとガウリスにゆっくり見てきてと送り出されてショップに入ると、入店と同時にヒズのテンションが上がる。
「キャー!可愛い服がいっぱいですう!」
…前に服が好きなの?ってヒズに聞いたら好きかどうか分からないって言っていたけど、やっぱりヒズって服が好きよね?自分じゃよく分からないんだわ、きっと。
「ところでヒズも今までのショップで欲しい服見つからなかったの?」
「いいえ~?私もう買いましたよお」
あ、そうなの。…あれ、でもヒズは元々の服のままじゃない。
「じゃあ何で着替えてないの?暑いでしょ」
「エリーさんと一緒に新しい服に着替えたいんですう」
屈託なく笑いかけられてそんな可愛いこと言われると思わずキュンとしてしまう。
「でもショップにはついて来たの」
思えば私が冒険者ショップに入る度にヒズも「ご一緒しますう」ってついて来ていたわと思っていると、ヒズは改まった表情で私に身を乗り出してくる。
「私気付いたんですけどお」
その姿に私も改まって言葉を待つ。
「私、前にエリーさんに言われた通り、服が好きなのかもしれないですう」
…うん、知ってる。何を今更…。
気が抜けているとヒズはキラキラした目で周りの服を見渡して、
「アレンさんの持ってた雑誌でもこうやって売ってる服でも、エリーさんにああ言われた後で服を見ていると私ワクワクするって気づいたんですう。それがマイレージさんとリビウスさんがモンスターと戦う時のワクワクとちょっと似てるんですよお」
それは…ウソよ、モンスターと戦う高揚感と服を選ぶときの高揚感が同じわけないじゃないの、ウソよ…ぜったいウソ…!
色々言いたいのをどうやって伝えようかと口ごもっているとヒズは私の手を握って、
「ワクワクするってことは楽しいってことですよねえ?だから私、服を見るのが好きなんだって気づけたんですう。エリーさん、私が好きなものに気づけるきっかけを教えてくれてありがとうございますう」
それでも戦う時の高揚感と服を選ぶ時の高揚感は絶対違う。…まあヒズは自分が好きな物に一つ気づけたのが凄く嬉しいみたいだし、とやかく言うことでもないか。絶対に戦う時の高揚感ではないと思うけど。
ともかく私も辺りをキョロキョロしながら良さそうな服を探す。
色は今の服と同じく白っぽいのがいいわ。別に他の色でもいいんだけれど、ずっと白で通してきたから何となく白を選んじゃうのよね。
とりあえず優先事項は露出少なめ。これは外せない。
…あ、これはガウリスの服みたいに一枚の布から服になるタイプのものだわ。
最初は露出も少ないし体がスッキリ見えるからこのタイプがいいかもって思ったんだけど、服にする折り方がどうしても覚えきれなくて諦めた。今すぐ出発しないといけないって時に私の着替え待ちになるのも嫌だし。
だとしたらやっぱり長いワンピースの下にレギンスを穿くタイプよね。
「エリーさんはどういう服を探しているんですう?」
ヒズに声をかけられて、
「露出が少ない、長いワンピースの下にレギンスを穿くタイプがいいわ。こういう白っぽい色で、防御力もできる限り今着ているのと同じくらいの」
ヒズはふんふん、と頷いて、
「だったら私あっちを探してきますう」
と離れて行った。
人の服を選ぶのに楽しそうね、本当にヒズは服を見るのが好きなんだわ。
とりあえず店内をウロウロして白っぽい服があればチラチラ見てサイズにデザイン、それと値段を確認していると、ヒズがドドドッと白い服を手に持って興奮した顔で走って駆け寄ってきた。
「これ!これエリーさんに似合いそうですう!」
マイレージにリビウスならともかく、興奮しながら勢いよく走るヒズなんて初めて見たから私はビクッと驚いてヒズを見た。
ヒズの手にあるのは…確かに私が今着ている白いローブとほとんど同じ色合いで私が求めているようなものだわ。
白ベースの長い半そでのワンピース。袖やスカートの縁どりは鮮やかな青。浅いVネックの胸元には青地に金の刺繍が施されている。シースルーのストールにもワンピースと同じ青と金の刺繍。そして同じく白いレギンス…。
「これは…可愛い…色合いも涼しそうだし…お洒落…」
一目で気に入ってしまって素敵…と服を触ってあちこち確認していると、ヒズの後ろからスッと店員さんが現れた。
「お客様、こちら人気デザイナーの手掛けた今季限定の商品となっておりまして当店の目玉商品となっているんです」
店員の言葉に私は固まった。
え…人気デザイナーが手掛けた今季限定商品?何その普通の値段が倍に跳ね上がりそうなフレーズ…!そういえば値段っていくらなの、これ。
値段を確認しようと服の内側をあちこち見てみるけれど、タグが付いていない。
私は察した。
これはその場に値段が書いた紙が控えられてあるディスプレイタイプの一点ものだって。
ヤバい、これはきっとめちゃくちゃ高い…!
ううん、防御用の装備品だから値段に糸目はかけないけれど…むしろ私が今着ているローブのほうが絶対値段は高いけど…!
そんな人気デザイナーが関わったってだけで無駄に値段が高くなってそうなものはダメだわ、とりあえず値段を聞いてみて、あまりにも高いなら断ろう…!
「ねえヒズ、これっていくら…」
ヒズに話しかける前にヒズは店員さんにクルリと振り返って、
「そうだったんですかあ?私エリーさんに合う服を探してたら呼ばれるようにこの服に吸い寄せられたんですう」
「それは服に呼ばれたんですねえ。実はデザイナーの気分が乗ったとかで服に合うアクセサリーも合わせて作られているんですよ、こちらなんですけれど…」
店員さんはそう言いながら服についている模様と同じ青色の宝石?がちりばめられたネックレスをジャラッと取り出した。
「ッキャー!可愛い、素敵ですねえー!エリーさんに絶対合いますよお!」
ヒズがそう言いながら私を振り返って見てくるけど…やめて…!断り辛くなってくるからそういう風に盛り上がるのやめて…!
そんな人気デザイナーが関わって、宝石みたいなアクセサリーがセットだなんてどれくらいぼったくりの値段になっているか分かったものじゃない。見た目はものすごく素敵だし私だって気に入ったけれどこの服はダメだわ、これ以上関わってはいけない…!
すると店員さんがヒズ越しに私を見てきて、
「エリーって、まさか勇者御一行のエリー・マイさん?」
「そうなんですう、エリーさんは勇者御一行なんですよお、私はご一緒させてもらってるんですう」
やめて…!勇者御一行だって明かさないで…!
すると店員さんはパッと顔を輝かせた。
「えー!もしかしてと思ったけど本当にエリー・マイさんなんですか!?嬉しいです、エリーさんにうちの店で買い物していただけるなんて!」
あああああ…あー、はいはい終わった、もうここまできたら断れない…。
* * *
ヒズは淡い黄色ベースでノースリーブの長いワンピース、それに白のショールとレギンスの服を買っていたみたい。朗らかな雰囲気のヒズにはぴったりな色合いだわ。
二人で新しい服に着替えてから戻ると、アレンはものすごく興奮して出迎えてくれた。
「うわあエリー、エレガントになって戻ってきたな!可愛い!可愛い!ヒズも何それ、その肩の出てる服めっちゃいい、めっちゃいい!」
「ありがとうございますう、私もこれ可愛いと思って買ったんですよお」
ヒズはくるりと一回転する。
「うわぁ可愛い〜!いいなぁ、二人ともめっちゃ可愛いなぁ!」
アレンはすごく褒めてくれるけど、出した値段のことを考えると私は素直に喜べない。
でもこれは質はすごくいい装備品みたい。明らかに前の服と比べると半袖だし布も心もとない薄さな感じもするけれど店員さんが言うには、
「冒険者用の服ですからね。とにかく防御の面を一番に考えられたものですからそっちの面はご心配なく。でも流石デザイナーですよねえ、防御の面とお洒落の面をどっちも上手く取り入れたものを作ってしまうんですから」
ってことだし、宝石だと思った青いネックレスは暑さをとにかくカバーして常に体をサラッと快適に保つためのマジックアイテムだった。宝石じゃなくても値段は…。…ううん、よそう、結局買ってしまったんだからいつまでも値段のことを言い続けてもしょうがないわ。
それにこの服の見た目は私だってすごく気に入っているんだし、防御の面もとてもいい物なんだもの。
気を取り直していると、ヒズは「はい」とリンカに袋を渡している。
「え?」
「せっかくなんですし、リンカさんも着てみてくださ~い」
「え、ええ!?もしかして、買ったの?私の分も?」
「はい~」
「そ、そんな、私魔族だから別に暑くもないのに…」
わたわたしながら袋を受け取ろうとして、でも本当に貰ってもいいのかと腕を動かしているリンカに、ヒズはどうぞと渡す。
「見ててリンカさんに似合いそうだから買ったんですう。後で着てみてくださあい」
リンカはオロオロしながらも袋をキュッと掴んで、嬉しそうに、
「ありがとう…」
とお礼を言った。
ヒズ…リンカにもわざわざ買ってあげてたんだ。そういう所が優しいわよね、リンカは別に暑くないって言ってたから私はそっか、じゃあいっか、で終わらせていたもの。
そう考えて、ガウリス以外で服装の変わってないカーミを見る。
「カーミは服買わなくていいの?」
するとカーミはニコニコ笑った。
「俺このズボンと半裸で行く予定。そっちのほうが着替えんの楽だし汗もすぐふけるから」
「…そう」
男ってそういう時楽でいいわよね。
私はブカブカしたズボンを履いた時は横にブワッと手で広げて「チャップリン」と言いながらタカタカ歩く遊びをしています。家族には大体無視されます。それよりチャップリンがイケメンだと知った時の衝撃は今でも忘れない。
ついでにギャグマンガ日和でドガさんの存在を知った後日、本人の肖像画を見てあの黒いモジャモジャがイケメンだと知った時には大爆笑し、その性格を知るにつれて簡単に投げられるようなタマじゃないと思いました。
それと西洋画家を優しく紹介する本をきょうだいが二冊借りてきて、どちらにもあなたはどの画家タイプかっていうチャート診断があったんです。
きょうだいはカラヴァッジョ、ゴーギャンでした。どちらの画家も「とにかく反骨精神旺盛、俺は俺の生きたいように生きるぞタイプ」
私はモネ、ルソーでした。どちらの画家も「基本穏やかだがふっとした時悪い部分が出てくるタイプ」
どうやらきょうだいと私はそんな性格らしいです。




