魔族への忠誠の誓い方
ナディム…が魔族?
ナディムはキャラの濃すぎる一行に囲まれたせいであまり目立たない人で、それと同じように目立つエピソードもろくにない。
唯一有名なエピソードといえば戦いとは全く関係のない、残虐なリビウスに手を焼いて聖職者にもう嫌だと泣きついてなだめすかされて再び旅に戻った程度のもの。
でも様々な文献を読んでもその全てに書いていたわ。ナディムという一行の皆を束ねる存在が居たからこそインラス一行はバラバラにならずに旅を続けられたんだって。
穏やかで温厚、他人の痛みで自分も傷つくくらい心優しい。そうやって優しい分、前に出ないから目立たない。それがナディム。
そんなナディムが魔族だったなんて…。インラスは魔族じゃなかったんだ…。
私が頭の中でそんなことを色々考えている中、隣ではマイレージとリビウスがインラスの本当の姿を話していて、混乱状態でアレンが質問しまくっている。
「ええー!マジで、インラスそんな性格だったの!?じゃあリビウスそんなに人殺してないんじゃん!うっそ、それもインラスやったの!?
じゃああのエピソードは?このエピソードは!?………っえー!それもインラスがやったの!?じゃあリビウスちっとも人殺してないじゃん、俺もそう思うよ、リビウスどう見てもそんなに人殺すような性格じゃないもんなあ!」
「ううん、俺も結構殺してる、ヒヘヘ」
「うっそ、殺してんの!?」
私は先に色々と聞いていたからほとんど無反応だけど、インラスの本当の姿を知った皆はリビウスの残虐エピソードのほとんどがインラスがやったものだと知って嘘だ、信じられないって驚いているわ。
さすがのサードもそれには驚いたみたいで食い入るように話を聞いていたけど…大体全部を聞き終えたころにはどこか納得の表情になっている。
「なるほど、どうりで。インラスがドラゴンだの魔族だの魔王だのと戦う時、やたら巻き込まれて死ぬ一般市民が多いのが妙だと思ってたんだ。そういう性格だからいくら人が死のうが気にしねえって感じだったのか…」
「そういえば以前サードさんもインラスさんの戦い方は杜撰だと仰っておられましたね」
ガウリスの言葉にサードはまだ呆気に取られているような表情で腕を組みながら、
「死傷者が出すぎてんだよ。俺も聖剣を手に入れてからインラスのことを調べてみたが、歴史学者も戦いに巻き込まれた死傷者数は他の勇者・英雄と比べてダントツに多いとは言ってたんだ。
ただインラス一行は他の勇者・英雄と比べて討伐したドラゴンと魔族の数が桁違いだからその分を考慮すれば当然だろうって意見でまとまってたが、俺からして見ればもっと批判してもいい数だとは思ってたぜ」
するとリビウスの表情がヒュッとマイレージに切り替わってサードに視線を向ける。
「そうやって周りの一般市民に何の気兼ねなく攻撃しまくってたインラスはな、黒魔術を覚えた後は人前でもボンボン普通に使ってたぜ?ただエリーの買った俺らの考察本にはインラスが黒魔術を使ってたなんて話は一切載ってねえ。…どうしてかは頭の良いサードなら分かるだろ」
マイレージに視線を向けられたサードはツラツラと続けた。
「黒魔術狩りが行われ廃れたのは約六十万年前。インラス一行が活躍したのは約六千年前。つまり黒魔術を目の前で見ても黒魔術と認識できる奴らはほとんど…いや、全く居なかった。
仮に知っている奴が居たとしても『インラスは黒魔術を使っている』だなんて喚けば、何でお前はあれが黒魔術だと分かるんだと墓穴を掘ることになるから結局誰も口にしねえ」
「そういうこった。特にインラスぐらい御高名な立場だとどんなにエグイ黒魔術を使おうが、さすが勇者だ、自分の知らねえ高度な魔術を使うって憧れの目でインラスを見てたぜ?
どうせ今もそんな状態だろうからいくらエリーが黒魔術を覚えて人前で使おうがろくに反応する奴なんざろくに居ねえよ」
それでもつい最近、ウチサザイ国で黒魔術を使う人たちが沢山いたからねえ…。いくら人前で使って大丈夫って言われても、そこは気を付けたほうがいいわ。
私はリンカに視線を向ける。
「で、忠誠を誓うってどうするの?」
私の言葉にリンカはわずかにオドオドとしながら、
「ちゅ、忠誠を誓う相手が私でいいの…?こういうのって力が強い魔族に誓ったほうがより強い力が使えるんだけど…」
あ、黒魔術ってそういう仕組みなの、へー。
「いいや、お前がいい」
サードは強く言い切る。え、とリンカから視線を向けられてサードは続けた。
「完全な魔族に忠誠を誓うと今度は天界関係の奴らからそっぽ向かれるかもしれねえ。だがお前は魔族でも神の元に行ける特異体質だ。その魔族でも神に近いお前に忠誠を誓うってのが重要なんだよ」
リンカは納得の表情になって頷いたけれど、それでも本当に私でいいのかな…って自信のない顔でうつむいてしまったわ。
「私は大丈夫よ気にしないわ。それでどうやるの?」
改めて聞くとリンカはどこかモジモジと指を動かして、恥ずかしそうにチラチラと私を見てくる。
「あの…嫌だったら嫌でいいんだけれど…」
「…」
何でそんなにモジモジしているの?何でそんなに恥ずかしそうなの?え?もしかして魔族に忠誠を誓うのってそんなに恥ずかしいことをしないといけないとか…!?
ヒヤヒヤドキドキしながらリンカの言葉を待っていると、リンカはモジモジと口を開く。
「ま、まずね、魔族の前に跪いて、それから『私はあなたに永遠の忠誠を誓い身も心も捧げます』って宣言をするの。それから…えっと…」
リンカはモジモジしながら、
「あとは…魔族の手を取って、手の甲にキスをして…うん…」
と言いながら、そのまま恥ずかしそうに口をつぐんでモジモジし続けている…。
「…まさか、それ以上のことするわけじゃないでしょ?しないわよね!?」
リンカもハッと顔を真っ赤にしながら手を大きく横に動かして、
「し、しないしない!そこで終わり、完了!」
と慌て付け足すけど、それでもまだ恥ずかしそうにモジモジと、
「で、でも跪いて手の甲にキスとか…お、お互いに恥ずかしい、と思うし…」
いや、リンカの照れ具合からしてもっとすごいことしないといけないのかと思ったからむしろ安心した。
「この黒魔術の本の冒頭には魔族に忠誠を誓う場合は尻に口づけをするって書かれてるぜ?」
サードが黒魔術の本を指さしながらそんなことを言うから、「えっ」と声を漏らすとリンカは頭をブンブンと激しく横に振って、
「それは人間への嫌がらせと悪ふざけが混じったただのジョークよ。口づけする場所は手の甲が一般的なの」
リンカの話にホッとする。お尻だったら黒魔術覚えるのやめようって思った。
「それならいい?」
私はリンカの手を取ると、リンカはヒャッと肩をすくめる。
「こ、ここここんな皆の前で…!?」
「手の甲に口づけするだけでしょ?人間の貴族同士だってやるようなことなんだから、そんなに恥ずかしいことじゃないわ」
まあ手の甲に口づけするのは男の人で女の人はされる側だし、私はそういう機会がなかったから一度も手の甲に口づけされたことなんてないけどね。
「で、でも…」
「…あのねえ、そうやってモジモジされるとやりにくいわ、堂々としてもらえる?」
私の言葉にリンカは少し顔を改めたけど、私が跪くとやっぱり恥ずかしいのかモジモジとしだす。そんなにモジモジされるとこっちだってすごくやりにくいんだけど…。
「…私はあなたに永遠の忠誠を誓い身も心も捧げます」
ともかくさっきリンカが言っていた言葉をさっくり言いながら白い手の甲に唇を当てる。
「ああ…何か、本当、ごめんなさ…」
「…だからやめてよ!そう気にされると私だって恥ずかしいんだから!」
「ご、ごめんなさ…」
リンカはモジモジして顔を真っ赤にしながら身をくねらせて手を引いて、余計に身をくねらせている。
「何か体に変わったことは?」
サードに聞かれて、私は立ち上がって自分の体はどうだろうと探ってみる。全体的に今までと変わりあるかと言われたら特に無いわね。
でも黒魔術をかけられたミレルの弟のビルファだって黒魔術が解けたら体から何かが消えた感覚がしたって言っていたんだから、今までと違う感覚は何かあるはず。
もしかしたら魔法の核に影響があるのかも…?
魔法の核に意識を向けてみる。すると…何だろう、外から自分に向かってエネルギーが流れてきているような…ううん、繋がってる感覚がある。その繋がってる先をたどってみると…。
私は目を開いた。
「リンカと繋がってる」
リンカはまだ顔は赤いけど、気持ちを持ち直したようにかすかに頷いた。
「そう、忠誠を誓った人はその魔族と繋がっているの。だから格の高い魔族に忠誠を誓うとその魔族のエネルギーと繋がれるから、その魔族の魔力をそのまま使えるってことで…」
「じゃあそれって私が黒魔術を使ったらリンカから力を取って使うことになるの?」
私が質問すると、誰もいないはずの背後からヒョッと誰かが顔を出す。
「違う違う、黒魔術ってそんなんじゃないよ」
「ギャッ!」
「キャアアア!」
急に現れた顔に驚いて私とリンカが叫ぶ。そのまま後ろを見ると、いつの間にやら部屋に入って来ていたらしいカーミがお腹を抱えてゲラゲラ笑っている…。
あまりにびっくりして言葉を失っているとサードが嫌な顔をした。
「…お前…」
悪態をつきそうなサードに対し、カーミは両手を上にあげて首をフルフル横に動かす。
「俺ちゃんとノックして入って来たもーん」
するとリビウスがカーミをビッスと指さし、
「ウソ!そいつノックしないで普通にドア開けて静かに入って来て皆の死角移動してエリーたちの後ろ行ってたもん!うっそつき♪うっそつき♪」
囃し立てるリビウスにカーミは「ええっバレてた!?」って慌てながら人さし指をたてて「しー、しー」ってリビウスに黙るように言う。
カーミを睨んでいたサードだけど、それでも気を取り直したように身を乗り出してカーミに声をかける。
「で、カーミ。お前どこまで聞いてた?」
「えー?俺今来たばっかりだから何がどうなってるのかさっぱり。なんか知らない女の子が随分増えたね」
カーミはヒズとリンカを見てそんなこと言っているけれど、どうやら本当に今部屋に入って来たばかりで何も知らないみたい。ヒズの表情も声も男のリビウスそのものなのに女の子って言っているし、リンカに対しても魔族だとか言わないもの。
確かにこいつの言っていることは本当みたいだな、とばかりにサードは息をついてから話を続けた。
「今、てめえはエリーの言葉に違うって言ったな?どういう意味だ?」
「ああ黒魔術?黒魔術は魔族の力を吸い取って使うわけじゃないよ。忠誠を誓った魔族と同等の力が使えるってだけ。いくら使っても相手の魔族は何も感じない」
カーミはアハハと笑う。
「けどやっぱ思うよ、ミラーニョさんよりジルさんのほうが力強かったなぁって。ミラーニョさんって半分人間らしいから、ジルさんの時と比べて黒魔術使える幅が少し狭まっちゃってさあ」
ジルの名前が出て私の気持ちがわずかに沈む。いくら時間がたってもこの罪悪感はジルの名前を聞くたびにフッと蘇ってくる。
すると視線を感じて顔を上げると、リンカが申し訳なさそうに私を見ていた。
「…ごめんなさい…やっぱり私の力じゃエリーさんが望むような黒魔術は使えないかもしれない…」
もしかして「ろくに力が使えないなんて」って私が落ち込んでると勘違いしてる?違うんだけど…。
それでも今の会話でカーミはリンカが魔族で、私がリンカに忠誠を誓って黒魔術が使えるようになったって察したみたい。それは楽しそうに私の両肩に手を乗せて後ろから顔を覗き込んできた。
「へー、エリーさん黒魔術使えるようになったんだぁ。じゃあ俺は黒魔術の先輩ってわけだ、はは、俺のこと先輩って呼んでもいいんだぜエリーさん」
ニコニコしながらカーミはそんなことを言ってくる。でも確かに虫食い状態の黒魔術の本に頼るより、実際に黒魔術を覚えているカーミに色々と聞くのがいいのいかも。
「じゃあ後で色々教えてもらうわ」
「俺のこと先輩って呼んでみてよ」
「はいはい、カーミ先輩、カーミ先輩」
「人のあしらい方上手くなったなぁ、もうー」
カーミはそう言いながらヒズとリンカを見て、ニコニコと笑った。
「さーて、俺がいない間のこと色々聞かせてよ。そうしたら俺また勝手に動いて情報集めるし」
アレン
「俺もエリーに先輩って呼ばれたい!」
エリー
「何の先輩なのよ」
アレン
「…。人生?」
エリー
「(確かにアレンは私より一歳年上だけど…)」




