全快!からの~?
ふわ、と目を開けた。
眩しい日差しが部屋の中に入っていて、外を見ると鳥が二羽ほどチチチ、と鳴きながら通り過ぎていく。
もぞ、と身を起こして起き上がって、明るい外を見る。
「…あー、あー」
喉に手を当てて声を出すと、普通に声が出る。
今まで感じていた体の寒さ、冷え、強ばり、だるさ、息のつかえ、胃の重みの全てが綺麗さっぱり消えていて、体が軽い…!
「…治ったー…!」
私は立ち上がって両手を上にあげて広げる。
健康ってこんなにいいものだったんだわ、健康ってこんなに気持ちが晴れやかになるんだわ…!健康って最高…!
太陽の日差しを全て体で受け止めるかのように手を伸ばして晴れやかな気分になっていると、ドアのガラッと開く音が聞こえてきた。
振り向くと、サードが髪の毛をとかすあれこれの入った袋を持って入ってきた所で、立っている私を見て軽く目を見開く。
「体はどうだ」
聞いてきたから私は晴れやかな表情のまま腕を広げた。
「健康!」
サードはフン、と軽く鼻で笑うと近くまで寄ってくる。
「三日眠ってたぜ、お前」
「え、うそ」
「今までろくに眠れなかったからだろ」
そう言いながら椅子をガタンと動かすのを見て、髪の毛をとかすんだわと私は椅子に座る。
思った通りサードは髪の毛をとかし始めたから、私は口を開いた。
「サードは…」
「エリーは…」
口を開いたのと同じタイミングでサードも口を開いたから口をつぐむと、サードは、
「お前が先に言え」
と話すのを譲ってきた。
珍しい、サードが私に譲るなんて。病み上がりだから?
まあそれならと私は続ける。
「サードは何をやったの?サードが何かやったから私は治ったんでしょ?あんなに医者にも魔導士にも原因不明って言われていたのに、どうやって治したの?」
サードが出ていってからしばらく。
頭に響くアレンの大声とリビウスのはしゃぐドタバタ音に奇声、それと具合の悪さでうんうんうなされていたらフッと体が軽くなったのよね、急に。
それから少ししてからサードが戻って来て、寝ても大丈夫だと伝えられた後から一気に眠りに落ちたのか意識がなくなって今に至っているもの。一体何があったのか聞きたいわ。
「流した」
「流したって…何を」
「イルスを」
「イルスを?どこに?」
「川」
「それって…川に突き落としたってこと…?」
私が聞くとサードは続ける。
「突き落としたんじゃねえ、流したんだ。俺の住んでた世界の疫病神の追い払い方が案外と効いてな」
そうだったんだ…。
そう思いながらも私は更に湧いた疑問を聞く。
「ところでそれって、川に突き落とすのが疫病神を追い払う方法だったの?」
「だから突き落としたんじゃねえ、流したんだ」
「…」
結局突き落としたのと同じことじゃないの?それ…。
疑問の目をしているとサードは髪の毛をとかしながら説明してくる。
「俺のいた世界じゃ病気は厄災だと考えられてた。その厄災を追い払ううちの一つが大昔の貴族がやり始めた川に流す方法。人の形に切った紙で自分の体をなぞって、自分の分身に自分の厄災をなすりつけ川に流すってもんだ」
「ああ…あの藁で作った人形みたいなやつ?」
頭から足先までズー、となぞってたあれ、セクハラじゃなかったんだ…ちゃんとしたやり方だったんだ…。
ん?でもあれ紙じゃなかったわよね?
「あれって藁じゃなかった?紙には見えなかったけど」
「あの藁人形は本来憎い相手の髪の毛を入れて釘を打ち付けて呪い殺すための代物だ」
「は?」
グリンと振り向きサードを見上げた。目の合ったサードはニヤニヤと笑っている。
「本当はな。ただあれは髪を入れることで藁人形をお前の分身ってことにするためにやっただけだ。それを盆に乗せて流したら、イルスっつー厄災はエリーの分身の藁人形を追いかけて自分から川に入って流れていった、そういうことだ」
「…そう」
あの藁人形が呪い殺すためのものだったっていうのか何か釈然としないけど…それでも体の調子は良くなったんだから、良かったのよね…うん…。
私は前に視線を戻しながら呟いた。
「結局イルスってモンスターだったのかしら…」
するとサードの手の動きがピタリと止まって、今までとは違う真剣味を帯びた声になる。
「作られた存在らしい、ゾルゲに」
「ゾルゲ!?」
グリンとまた振り向いてサードを見上げると、サードも渋い表情をして頷いて説明してきた。
その話によるとゾルゲは私たちを殺そうとイルスを作り上げて、私たちのうち一人は殺せと命令していたみたい。
そのイルスの中にはもう一人何者か…私たちに恨みを持っている人(人かも分からないけど)がいたみたいだけど、イルスはその人が気に入らなくて追い出した。その何者かは体が無いと何もできないらしい…。
「じゃあその何者かは別に気にしなくてもいいのね?」
「だと思ったが…仮にヒズみてえな特殊体質で何でもホイホイ引っかけるような奴が現れたとしたらどうなるか分かんねえぞ」
そっか…。ヒズの場合は本当に特殊ケースだけど、他にそんな人が居ないとも限らないものね。
サードはそこで身を乗り出して私の顔を見下ろしてくる。
「そこでだ。イルスはお前といいことしてる時にその何者かによく邪魔されたって言ってた。その夢の中に下着姿のお前とイルス以外の誰かが出てきちゃいなかったか?覚えてるなら何でも話せ、とにかく情報が欲しい」
…情報を集めるためってのは分かるけど、言い方もうちょっとどうにかならないわけ?
でもそういうのが分かるのも私しかいないものね。
確かに夢の中でイルス以外の誰かが時々現れていたような気がする。えーとイルスが下着姿になって、私も下着姿になってベッドに倒れ込んで…その辺りでよく現れてたのよね。
どんな人だっけ、むしろ人だっけ?イルスと並んで現れて…いやイルスと入れ替わって現れてた…それとも顔だけ変わってたっけ?
「…う~~~んと………えーと……」
どうしよう…ついこの間までは体の感触も会話もすぐに思い出せるぐらい何もかもハッキリ覚えていたのに、今になるとイルスの顔、声、会話がろくに思い出せない。
イルスが流されて消えたから?それとも嫌な記憶すぎて頭が思い出すのを拒否している?
「うーん…確かにイルス以外の誰かがいたはずなんだけど…思い出せない…」
「男か女か、見た目が人間か違うかだけでも分からねえか?」
「う~~~ん…男の人だったかしら…女の人だったような気もする…。見たことがある気もするけど、夢の中って知らない人でも知り合いって感じの時あるから…」
しっかり思い出そうとするけど、それでも夢を思い出そうとすればするほど起きている今の記憶で塗り固められていくようで、どんどんと見た夢が自分に都合のいいように変わっていくような気がする。
こんな適当な記憶で「あれは男の人間だったと思う」みたいに言ってて結局違ったら…今度ゾルゲ関係で誰かが私みたいに危険に陥った時に危ないかもしれない。
「…ごめんなさい、覚えてない…!」
謝りながら頭を下げつつ肩を落とすと、サードは軽くため息をついて肩を叩いてきた。
「まあそうだろうとは思ったから気にするな。夢を詳細に覚えてる奴なんてそうそういねえ」
…サードが何か優しい。やっぱり私が病み上がりだから?
それでもサードは真面目な顔と声つきで続ける。
「ただこれからは何か違和感を感じたらすぐさま俺に報告しろ。どんなことでもいい、イルスの時みてえに違和感を隠そうとするな。命に危険がありそうな報告だったら俺だって茶化して笑ったりしねえから何でも言え。分かったか」
どこまでも真剣な顔のサードに、私はただこっくりと頷いた。
* * *
私が目を覚まして三日後。お医者さんから退院しても大丈夫と告げられたから、再びクッルスを走らせ南東へと向かっている。
そこで改めてサードはイルスの正体とゾルゲの話をすると、アレンはうーん、と言いながら腕を組んだ。
「ゾルゲがそんなことしてたのかぁ…」
「けどエリーさんが元気になって良かったですう」
ヒズはそう微笑んでくるから、私も微笑み返した。
本当に健康っていいわ。数日前なんて自分が起きてるのか寝てるのかすらも分からないくらい具合が悪かったんだもの。健康って大事。本当に大事。
病院から立ち去って数時間もすると、もう私が死にかけるぐらい体調が悪かったのもはるか昔の出来事みたいになってきて、以前と同じように皆は本を読んだり外を見ていたりお茶を飲んだり次の依頼を見たりと、いつも通りの日常を過ごしている。
私も皆と同じように自分の体調の良さを噛み締めながら紅茶を飲みつつ本を読んでいる。
ああ、こうやって皆とただのんびりできる時間が何て幸せなの…。
「ん」
すると急にガウリスが何かに気づいた声を出したから、皆が反射的にガウリスを見た。
「エリーさん、少し止めてもらっていいですか」
少し早口のガウリスにそう言われてクッルスを止めると、ガウリスはすぐに降りていく。
自然と皆でガウリスの向かう先を見ていると、ベールで顔を隠した女の子が道の脇を歩いていて、その女の子にガウリスが近寄って行ってる。
アレンはその光景を見て一人でざわ…ざわ…とサードと私に視線を向けた。
「ガウリスが…!ガウリスが女の子をナンパしに行ったぞ…!」
「違います」
離れていてもアレンの声はしっかりと聞こえたらしいガウリスは振り向きながらキレのいいツッコミをアレンに返した。
すると近くで声がしたからか女の子が顔を上げる。深めに被ったベールの下に見えた顔を見て、あっと声が漏れた。
「あなたリンカじゃないの!」
私たちを見たリンカは薄紫の目を大きく見開いて、知っている顔に会ったせいかわずかに微笑んだ。
でも何度も魔族として対戦して負け続けたのもすぐ思い出したのか即座に微笑みは強ばって、あっあっ、と少し挙動不審な動きをした後、
「お、お久しぶり…」
と当たり障りのない挨拶をしてくる。
「おー!なんだリンカじゃーん!どこいくの?乗りなよ、送るぜ!」
そしてアレンはイルスの時と同じようにサードの意見を聞かず親指をクイ、とクッルスに向けて、サードはこの野郎…懲りてねえな…という顔でわずかに睨む。
それでもリンカは本気を出さなくても簡単に倒せる相手と思ったのかサードも睨む程度でそれ以上は何も言わないし、むしろちょうどいいとばかりの顔でクッルスを降りてリンカの前に立った。
「ちょうどいい、話があるんだ、乗れ」
アレンとは違う、脅迫めいた顔でサードはクッルスに親指をクイと向ける。
ヒズが見ていないからって、そんな凶悪な顔で言わなくたって…。
リンカはヒッと脅えて、フルフルと首を横に振った。
「い、いや…!」
「いいじゃねえか、歩くより早いぜ、オラ来い!」
サードはリンカの手首をつかむとグイグイとクッルスに引っ張っていく。
「ヒッ、ヒィィ…!いやぁあ!やめて、助けて、誰かぁああ…!」
「そんなに脅えなくても。以前お会いした仲ではありませんか」
ヒズから見える位置まで近づくとサードの表情がコロッと表向きの笑顔に変わって、その変化にリンカは余計脅えてしまっている。
「いや、助けて、怖い、怖いいいい…!」
「ガウリス、エリーも早く中に。行きますよ、早く」
逃げ出そうとするリンカをガッチリ捕らえ引きずるようにクッルスに入るサード。でも脅えて嫌がる女の子をクッルスに無理やり連れ込むのを見ていると…。
「…すごい犯罪臭だわ」
「そうですね…あ、いえ…」
ガウリスは素直に頷いたあと何か言い直そうとしたっぽいけど何もフォローできなかったのか、
「…戻りましょう」
とだけ私に声をかけた。
運転手の好き勝手に連れ回されるので、ろくに仲良くない、またはよく知らない人の車に安易に乗っちゃいけないよ。山に連れて行かれたらWi-Fiもなくて終わるからね。
友達はそれで人里離れた場所に車で連れて行かれ、訳分かんない商品を買うまで帰さないという状況に追いこまれた。
リンカ
「あの…私これからどうなるの…?」(ビクブル)
作者
「ニチャア」
リンカ
「ヒイ」




