人助け
リビウスを仲間にした私たちは、次は一番遠い所にいる弓使いのナディムの所へクッルスを走らせている。
「ついでにそっちで信仰されてるドラゴンにも会えたらいいよな」
アレンがそう言うとサードは、
「そんな簡単に会えるものではないでしょう」
って毒ついている。
そんなサードをチラと見た。
昨日の夜、昔は嫌いだったけど今は好き、ってまるでサードに告白したような状態で別れたけど…それでもやっぱりサードも考えを巡らせてあれは告白じゃないって判断したみたいで、朝から特に態度も何も変わらない。いつも通り。
ああ本当に良かった。これで変に好意をもってると勘違いされて「お前俺に惚れてんだろ?」みたいな変な対応になられたらたまったものじゃないし、今更サードに言い寄られるなんて気持ち悪いもの。
そう思いながらサードをジッと見ていると、サードはふと私を見てからかすかに目を逸らし、顔つきを改めて全員に目を向ける。
「まず全員に忠告しておきます」
「なんですかあ?」
ヒズの朗らかな声にサードは気が抜けたような顔になったけど、また顔付きを戻して続けた。
「ゾルゲは霊魂となって我々をつけ狙っています」
ゾルゲの名前が出て皆の顔が引き締まる。
正確にいえばヒズ以外は、だけど。
ヒズは意味が分かってなさそうな顔で私たちを見て、
「ところでそのゾルゲさんってどういう人なんですかあ?勇者御一行に騙されたとか言ってましたけどお」
今サードが裏の顔だったとしたら「ゾルゲにさん付けするんじゃねえ」と睨むところだけど、サードは簡単にゾルゲのことをヒズに説明する。
「ゾルゲは悪い国にいたエルフです。自身の目的のためならば手段を選ばず自身の知識でこの世を手に入れようとする悪どい性格なのですよ」
「なんのためにこの世界を手に入れたいんですう?」
ヒズは少し考え込んで、パッと顔を明るくして手を合わせる。
「もしかしてこの世界を良くしたいと思ってるんじゃないんですかあ?だったら悪い人なんかじゃないですよお」
サードは表向きの顔ながら、こいつの頭の中お花畑か?という顔つきで、
「ヒズさんは今まで悪い心持ちの人にろくに会ったことがないのでそう思うかもしれません。しかしそのゾルゲが協力を要請したバリニエというあのモンスターがしたことを思い出してください。
世の中をよりよくしたいと思っている者が死者の体を好きに扱っているのを黙認するようなことをすると思いますか?」
そう言われるとヒズも何も言えなくなったのか黙り込み、ヒュッと表情がリビウスに変わって顔を上げる。
「じゃあゾルゲって悪い奴なんだ?」
「そうですね」
「じゃあぶっ殺せばいいんだ」
リビウスはそう言いながら「コッロス、コッロス」と歌いながらやる気満々の表情をして体を左右に大きく揺らしている。
「けどゾルゲどこにいるか分かんねぇじゃん」
「私の目でもゾルゲの姿は捉えられませんでした。もしかしたらよほどうまく隠れるような術を自身にかけているのやもしれません」
アレンの言葉にガウリスもかぶせて、ふとヒズに目を向けた。
「ヒズさんはバリニエと会っていた時、白髪のくせっ毛で鷲鼻の老齢の男性の姿は見えましたか?」
ヒュッと顔がヒズに変わって、首を横に振る。
「分からなかったですう。でも空中に浮かぶ手は見えましたあ」
「じゃあヒズも手は見えたけど姿は見えなかったのね?」
ヒズは「はい~」と頷いている。
けどおかしいわよね?バリニエ曰くゾルゲはレイスとなっている。レイスだったら私たちの目でも見えるはずなのに、マイレージたちが見えるヒズとスダーシャンの目の力を分けられたガウリスの二人でもゾルゲは見えなかった。
でも空中に浮かぶゾルゲの手は私たち全員に見えた…。ん?
私はある考えを思いついて、そのまま口にする。
「もしかしてゾルゲって、別の空間にいるんじゃない?」
皆の視線が私に集中する。
「別の空間…?」
サードは疑問の表情で呟いたけど、すぐさま考えを巡らせたのか口を開く。
「それはマダイの塔と同じようなものだと?」
私も頷きながら身を乗り出す。
「それとカーミも言ってたじゃない、黒魔術で自分の体を他の空間にずらして敵の攻撃を避けるものがあるって。ゾルゲだってバファ村に居たんだし色んな知識の寄せ集めで反魂法だってやってのけたんだから、死んでからそういう別空間に隠れられる術ができるようになったとか考えられない?」
サードは少し考えこんでから、眉間にしわを寄せて呟く。
「だとしたら厄介ですね…」
「何が?」
アレンが聞くとサードは答えていく。
「まず私の生まれた国で霊魂は一晩でいくつもの国を渡るとされています。肉体という束縛がない魂は自由に動けますが、そのように別の空間に隠れ移動するとなると余計に見つからないでしょう?
どこにでも現れ攻撃され、こちらが攻撃しようとすると手の届かない場所に逃げられる…そりゃあ戦うのが大変でしょうね、我々の攻撃だって効くかどうかも分かりません」
アレンはサードの言葉を聞いて、どこか真剣な顔をしてから口を開いた。
「…なんか別の空間に隠れて移動するって、壁の裏側逃げてるネズミみてえだな」
頭の中で壁の裏をモソモソモソッと移動して壁の穴からチョロッと顔を出すゾルゲの魂を想像して笑ってしまいそうになったけど、サードの言ったことを考えると笑ってる場合じゃない。
「でもそういうアンデッド系には聖魔術が効くんでしょう?だったらガウリスがいれば…」
それでもガウリスは私の言葉に悩むような声を出す。
「しかしエルフは基本的に聖なる精霊です。ゾルゲは悪い面が目立つとはいえエルフですから、黒魔術に対して効果はあっても本人には効かない可能性もあります」
「…まあこれは効くでしょうが」
サードはそう言いながらこの世の何でも斬れる聖剣の柄をポンポンと叩くけど「でもねえ」と私は続ける。
「サードは魔法の耐性がないし、下手に近づいたら精神魔法で操られてまた私たちと戦う羽目になるかもしれないわよ。ゾルゲだったら色んな魔法覚えてそうだもの」
「…せめて目に見えれば対処のしようがあるのですがね…」
本当に面倒なことになったとばかりのサードはソファーに寄りかかったけど、すぐに身を起こす。
「気休めですが、念のため全員聖水を肌身離さず持ちましょう、そしてガウリスから度々神の祝福をしていただきます」
皆が頷く。
とりあえず聖水はレイスになったゾルゲが関わっていると知った時点でメルドを弔った教会からサードが買って皆が一人一個持っている。
神の祝福はリギュラと戦う際に修道士にやってもらったから大丈夫でしょと思っていたら、どうやら術をかけてから数週間程度で術の効果が薄れて解けるみたいなのよね。
その解ける早さには個人差があって、神への信仰心が篤いかそうでないか…。多分サードは術をかけてもらった次の日にはもう解けてたと思う。
「…それにしても遠いなあ、ナディムに会えるスポット…」
アレンが地図を広げながらポツリと呟いているけど、なによナディムと会えるスポットって。あながち間違いでもないけど突っ込みたくなる…。
すると地図から顔を上げたアレンは、フッと顔つきを変えて慌てて立ち上がった。
「あ!ちょっと、エリー、ストップストップ!」
アレンの慌てたような言動に私はクッルスを急停止させると、地面と砂利をえぐるガリガリという音を出しながらクッルスは止まった。
「どうかしましたか?」
モンスターが現れたと思ったのかガウリスは槍を持って立ち上がり、サードはアレンが視線を向けた方向を見る。と、サードは表向きの表情に切り替わって外に出た。
私も続いて外に出ると、アレンが慌てて止めた理由が分かった。
サードが足早に向かう道端には人が倒れている。冒険者の魔導士みたいなローブを着た女の人。
「具合が悪いのですか」
「大丈夫?」
駆けつけたサードと私が声をかける。
でも女の人は息も絶え絶えで顔面も蒼白、意識も朦朧としているのか、うつろにサードと私に瞳孔を動かしながらヨラヨラと頭を揺らしている。
周りに仲間は…と辺りを見渡すけど、見る限り周りには誰もいない。
「お仲間は?一人ですか?」
「つーか喋れねぇんじゃね?」
ガウリスとアレンもかけつけてきたけど、アレンの言う通り女の人はどう見ても答えられる状態じゃない。
私は皆に視線を向けて、
「ねえ、クッルスに乗せて次の町まで連れて行きましょう?」
と言うとアレンは心配そうに、
「けど他に仲間がいたらどうする?もしかしたらモンスターにやられて助けを求めにここまで来たとかじゃ…」
アレンの言葉にサードは目をつむり周囲に耳をすませ、目をゆっくり開けた。
「聞こえる範囲で交戦しているような音は聞こえません。もしかしたらもう負けて戦えない状態になっているのかもしれませんが…」
サードは女の人をチラと見る。
「それでもこの女性の状態は危険です。どこで倒れているのか分からない人々を探すよりなら今目の前にいるこの女性を早々に医者に診てもらうのがよろしいのでは?」
そんな、と思ったけれど、それでもこんなに青白い顔で目がグルグル回って頭もグラグラし意識が朦朧としてている姿を見ると確かに早く医者の元に連れて行ったほうがいい。
この女の人の仲間がもしどこかで倒れていたらという不安はあったけど、とにかく女の人をクッルスに乗せ、なるべく早く次の町へと急いだ。
* * *
「ほんまに…」
魔導士の女の人はそう口を開いてから、一気に頭を下げる。
「すんまへんでした…」
ハァ、とどこか物憂げで色っぽいため息をつきながら女の人は頭を上げる。
「たまにあんねん、急に息ができひんなって前後不覚になってバッターン倒れてまうの…まあ数分もしたら治るんやけど」
次の町にたどり着くよりも先に女の人の具合は回復した。
それでもまだ目はうつろで顔色も青いし、頭が重いとばかりにクラクラと動いている。とてもじゃないけど意識が回復したからもう大丈夫とは言えない状態。
「それでも一応次の町でお医者さんに診てもらいましょう?ね?」
「いつものことやからええわ…気にせんといて」
私の提案に女の人は力の入っていないやんわりとした声でキッパリと断ってくるけど…絶対診てもらったほうがいいと思うんだけどな…。
「あのう、とりあえずあなた一人だけ連れてきたんですけどお、お仲間はいらっしゃらないんですかあ?」
「…」
女の人は少し黙り込んでヒズをジッと見てから、ポツポツと話を始めた。
女の人の名前はイルス・ウライフ。元冒険者の魔導士。
どうやらつい数日前までは現役の冒険者だったみたいなんだけどこの通りの体調でたまに倒れてしまう。
だからいたる人々の間を渡り歩いては外され続け、自分は冒険者には向いていなかったんだと冒険者カードを返納し実家に帰っている途中でまた倒れてしまい、そこに私たちが通りがかった…。
その話を聞いてアレンはそっかぁ、と頷いて、
「実家ってどこ?送るよ」
そう言ったアレンは、すぐさまハッとした顔でサードの顔をチラと見る。
多分サードの了解を得ていないのに先走って送るだなんて言ったからサードが怒るんじゃないかと考えたんだと思う。
「え、いや、だってなぁ?放っておけないしさぁ、放っておけないよなぁ?」
アレンはアセアセとガウリスと私、ヒズの顔を次々と見ていく。
サードに何か言われるより先に味方を増やそうとしているのがすごくよく分かる。
それでも確かにさっきみたいに息も絶え絶えになって倒れこんでしまうイルスを一人放っておけないのはその通り。今回は私たちがすぐ気づけたけど、あんな風な体調の時にモンスターに襲われでもしたら…。
勇者としても見捨てられないとサードも考えたのか、軽く頷く。
「そうですね、あなたをこのまま一人歩かせるのは私たちも気がかりですから、せめて家の近くまで送らせてください。あなたの生まれ故郷はどこですか?」
「…」
イルスはすぐに答えることもなく、困ったような沈んだ表情でサードを見返している。
アレンは広げていた地図をイルスの前に移動させて、
「俺たちこっちに向かってんだよ。その途中まででも乗っていかねえ?これに乗ってくと楽だし早いしついでってことでさ」
もしかしたらイルスが遠慮しているのかもと思ったらしいアレンが声をかけると、イルスは皆の表情をチラチラと伺うように見て、皆がウエルカムの表情を浮かべていたからか遠慮がちに指先を地図の上にツ、と乗せる。
「…せやったら、ここの街道まであんじょうお頼み申します」
そこを見てアレンは「おっ」と声を出す。
「なんだ、そこちょうど俺らが通る国じゃーん」
イルスの指差した国を見ると、今目指している国の二つか三つぐらあ手前。それを見てガウリスは微笑む。
「それならこの国まで共に行きましょう、イルスさんがお嫌でなければ」
「…」
イルスは無言でこっくり頷いた。
イルス
「ところでうちの関西弁合うてるん?」
作者
「し、知らんよ、なんでぼくにそんなこと聞くん?やめてえな」(意訳:関西圏の人は「あ、こいつ頑張ってるな」っていう生暖かい目でおなしゃす)
ついでに上の作者の言葉の元ネタは、絵本「どこいったん」ジョン・クラッセン作より。純粋な子供より大人のほうが何かに気づける作品なのでおすすめ。




