メルドの中の人
土をえぐる勢いでダッシュしていったメルドは逃げる赤い男の人にあっという間に追いつくと、その背中に飛び蹴りを喰らわせそのまま地面にはっ倒した。
「ギヤアアアアアア!」
赤い男の人は叫び声を上げながら数メートル以上吹っ飛んで顔から木に激突する。
メルドはその背中に飛び乗りあごを両手をガッと掴むと、そのままギチギチと背中をそり上げエビぞりにしていった。
「ギヤアアアアア!イダイイダイイダイイダイ!」
「痛い?痛い?痛い?なあ痛い?ヒッヘヘヘヘヘ」
メルドはそれは楽しそうに笑いながら自身も空を仰ぐようにのけ反って更に赤い男の背骨を折り曲げていく。
「折れる、背骨が折れるぅー!」
「おっれっろっ♪おっれっろっ♪死ーね、死ーね」
メルドはそれはそれは楽しそうにはやし立てるような節をつけながらさらにのけ反り地面に頭がつきそうになっていて、赤い男の人はギャーギャー喚き、片手を上にあげて助けを求めるように叫びだした。
「ゾルゲ!てめえ助けろよ!先にてめえが俺に力を貸せつったんだろうが!」
「ゾルゲ!?」
ゾルゲって、ウチサザイ国で反魂法を使ってインラス一行を蘇らせようとして…結果インラス一行がさ迷う騒動を引き起こしたゾルゲ本人?
でもまさかそんなわけない、だってゾルゲは自分が蘇らせたハリストに首を斬られて死んだはず…。
「ガウリス、ゾルゲがいるの!?」
それでも赤い男の人の様子からして周りに誰かいるのは間違いない、ガウリスに聞いてみたけれどガウリスもどこか混乱の顔つきで、
「見えません、誰も…」
「どういう状況ですか?」
アレンたちを置いて一番に追いついたサードが開口一番で状況を聞いてくる。でも私たちだって今何がどうなっているのか全く分からないわよ。
リビウスだと思ったらそれはモンスターで、モンスターがメルドの体から居なくなったと思ったらメルドが急に動き出して、それもゾルゲが近くにいるかとしれない…。
何から先に伝えればいいのかと一瞬考えこむと、サードの目つきが変わった。そのまま聖剣を引き抜くとメルドへ向かって大きく聖剣を振りかぶる。
「ちょっと待ってサード!」
いきなり何をと止めようとしたけれど、その聖剣はメルドじゃなくてその手前に振り下ろされる。でもサードは外したとばかりの表情をするとその場から大きく後ろに跳ね退いて、ガウリスに怒鳴った。
「ガウリス!空中に何か見えねえか!」
「先程から誰かが居るような気はするのですが、何も…」
すると空中から愉快そうに笑う声が聞こえた。
この笑い声は聞いたことがあるわ、人を馬鹿にするような笑い声は…エルフのゾルゲ…。
「見えるわけがない、この私が長年研究を重ねて作り上げた成果だぞ」
聞こえるこの声も口調もゾルゲそのもの。
「ゾルゲ?本当にゾルゲなの?死んだはずじゃ…」
どこにいるのかと空を見渡しながら呟いていると、今度はゾルゲの苛立たしそうな声が響く。
「貴様ら、よくも勇者なのを隠して私を欺いてくれたな…!それもミラーニョ様をあんな僻地に追い込んで…!殺してやる、私の研究の成果の全てを持って貴様らを追い詰め殺してやる…!見ていろ、私を敵に回したらどんなことになるのか分からせてやる…ふふふ、ははは…!」
言い終わると同時にフワッと節くれと血管の目だつ青白い手が空中に浮かび上がる。その手が目にとまらないスピードで動き周るとあっという間に空中に魔法陣か完成して…ちょっと待って、あれ何の魔法陣!?
ともかく自然関係の魔法だったら無効化できるようにイリニブラカーダを発動する…!
「エリー!ガウリース!大丈夫ー?」
「アレン気をつけて!今あの魔法陣から何か攻撃が…」
のん気に駆け寄って声をかけてくるアレンに注意を促そうと声をかけた瞬間、魔法陣からビュンと出て来てきたのは大量の鋭利な刃、それもその刃は周囲に広がるように曲がりながら広範囲に向かってくる…!
「ギョエー!」
こんな状況なのにアレンは余裕がありそうな叫び声を上げ妙な姿勢で刃をうまくかわして、サードは自分と私に向かってくる刃を聖剣で真っ二つに斬ってくれて、ガウリスは盾でいなしながらうまく避け、マイレージは一歩動く程度で軽く避けた。
そのまま刃はドドドッと地面に突き刺さる。
「ギヤアアアアア!」
赤い男の人の絶叫に後ろを向くと、エビぞりされていた赤い男にも刃が…?
「イヤアアアアア!」
それより私はとんでもない光景が目に入ってのけぞって絶叫をあげる。
赤い男の人の上に乗っていたメルドにも刃が刺さっている。それも頭、喉、背中の三ヶ所を貫通して串刺しに…!
一瞬気絶しかけたけど、赤い男の人がヒイヒイ怒鳴る声でハッとすぐ正気に戻る。
「てめえ、ゾルゲ!俺まで攻撃することはねえだろ、そいつらだけにしろよ、俺は味方だろ!」
そうだわ、とにかくどこかにいるゾルゲを倒さないともっと酷いことになるかも…!
私たちは身構えて辺りを見渡す、でもしばらく経っても空中には魔法陣が浮いているだけで、聞こえるのはシンと静かな森の音だけ。
「ゾルゲ…?おいゾルゲ?」
赤い男の人はゾルゲの声が聞こえないのに何か察したのか目を見開いて、
「まさかてめえ、俺をおいて逃げたのか!?この野郎、てめえ俺を何だと思ってんだ、ふざけんなこのクソジジイが、何が世界の一部を与えようだ、くたばっちまえこのクソエルフがぁああ!」
赤い男の人は串刺しになったまま怒鳴り続けるけど…メルドは…体に刃が貫通してから上を向いた姿勢のままピクリとも動かない。
ああ…なんてことなの、こんなのあんまりだわ。こんな年齢で早くに亡くなったのに、モンスターに体を操られて悪声を集めたあげくこんな最後だなんて…!
思わず泣きそうにになって口を押さえると、マイレージが串刺しになっているメルドの近くに寄って頭をガッと掴む。
「何ぼさっとしてんだ、とっとと抜けだせよ」
するとメルドの目がギョロ、と動いてマイレージを見上げる。
「あれ?マイレージ?その顔マイレージだろ!へへへ、久しぶり!」
「え…生きてる…の…?」
マイレージは驚く私に視線を向けて、メルドの頭を掴んだまま、
「こいつがリビウスだな。このいかれた笑い顔はリビウスだ」
「え、リビウス…?ってかマイレージ落ち着いてるけど大丈夫なのそれ…!?」
アレンも三本の刃が体を貫通している状態にドン引きしつつ、恐る恐るマイレージに聞く。
「大丈夫ぅー、俺強い子だから」
メルド…じゃなくて、リビウス?リビウスは頭、喉、背中の三ヶ所に刃が貫通しているのにケタケタ笑っているし、普通に喋っている。…そう言われてよく見てみると、血が全然出てないような?
するとリビウスは少しずつ前に動きだした。体がスライスされていく光景に思わず「ヒィ」と悲鳴を上げてしまったけれど、それでもリビウスは痛がる素振りもなくズズズズと滑るように刃から脱出していく。
随分と刃は鋭利だったみたいで着ていた服は音もなく切れたけれど、体はというと全然血も出ていないし…むしろ傷口はすぐにスゥ…とふさがっていってる。
刃から脱出したリビウスを赤い男の人が「え、えええ…?」と何が起きているのかさっぱり分かっていない顔で見上げていると、リビウスは目を見開いた笑顔のまま赤い男の人の顔を目に見えない速さで蹴り飛ばした。
「ウブゥ!」
リビウスはニヤニヤ笑いのまま地面に突き刺さっている刃の一つをボリンとへし折ると、赤男の人の背中にドッと突き刺した。
「ギィヤアアアアアアア!」
絶叫が森の中に響いていく。
「俺お前目障りだった。殺す」
鋭利な刃を握っているのにリビウスは痛がりもしないし、やっぱり血も出ていない。そのまま一度刃を突き立てた所に何度も刃を振り下ろし、
「アハハハ!痛い?痛いだろ、俺お前すっげー目障りだった!メルドの体使って変なことして笑ってるお前嫌いだった!もっと早くにこうしたかった!こうやって前に出られるの知ってたらもっと早くこうしてた!殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!」
何度も何度も同じ行動を繰り返すリビウスの手をサードが止めて、リビウスは笑ったままサードを見上げる。
「何?こいつ殺す邪魔するならお前も殺す」
「メルドさんの体で殺すつもりですか?メルドさんがその行為を喜ぶとお思いなのですか?」
「…」
リビウスはムウ、と口をつぐむ。でもすぐさま面白くなさそうな顔でサードをみて、
「けどこいつ殺してやりたい。こいつメルドがしないことどこまでもやった。メルド良い奴だったのに町中の人がメルド嫌いになってる。こいつのせいでメルド悪い奴になった」
「それでもマダリナさんから話を聞いた限り、メルドさんがそのように生きている者を殺める行為を喜ぶとは思えませんが」
「…」
リビウスはムウー、と頬を膨らませ、
「やだー!こいつ殺す殺す!殺す殺す殺す殺す殺す――――!」
とその場で寝っ転がって大きく腕と足を動かし地団駄を踏み始める。
…これが…本物のリビウスだというの?思っていたリビウス像と性格がかなり違うわ。言ってることは不穏なものばかりだけど、言動がものすごく子供みたいっていうか…。
サードはというとそんなリビウスを見てどこか面倒くさそうにしている。そのまま少し諦めた顔をして、
「それならまず死なない程度いたぶってください。ただし聞きたいことがあるので殺しはしないように」
その言葉に赤い男の人は引きつった顔をして、リビウスの表情はコロッと笑顔になって起き上がると両手を上げた。
「やったぁ」
* * *
『ホロウ・ホロウ(目撃者、情報求む)
目撃情報の少ないアンデッドモンスター。見た目は頭から服、靴までもが真っ赤。冒険者が死体から赤く丸い物が出たのを見つけ捕獲すると人間と同じような見た目の真っ赤な姿になり、自らはホロウ・ホロウであると伝えた。話によると元々は生きた人間だったが悪事をし続けた結果殺され、気づいたらこのような姿になって辺りをさ迷い、死体に入って死体を求めさまよっていたという。
非業の死を遂げた悪人がなるアンデッドモンスターで死体に入り込むようだが、その詳細はまだはっきりしていない。
攻撃…不明
防御…アンデッドモンスターと思われるが、捕獲可能なので通常攻撃、魔法攻撃いずれにせよ有効のようである
弱点…不明』
メルドの体を操っていたモンスターの赤い男の人は、どうやらかなり目撃の少ないモンスターみたい。
とりあえず死体に入り込むんだからアンデッド系よねとアンデッドの項目をひたすらめくっていたら真っ赤な絵が現れたので手を止めると、ドンピシャで赤い男のことが書かれたページだった。
「さてあなたは話せますね?質問に正直に答えていただけたら後はこのまま見逃してさしあげますが」
「えー、俺殺す。話終わったら殺す」
見ても聞いてもいられないってぐらい赤い男の人を痛めつけたリビウスだけれど、未だに不穏なことをグズグズと言い続けて不満げにしているわ。
と、ヒズの見えない方向からギッと鋭い目でサードはリビウスを睨みつけた。
瞬間的に表の表情から裏の表情に切り替わって睨まれたリビウスは、ビクッと体を揺らして、オドオドと引き下がってマイレージの後ろにそろそろと隠れていく。
…魔族に攻撃されても脅えず笑いながら前に出続けたリビウスを一睨みで黙らせて後退させるサードって…。
「本当か、見逃してくれるか…」
赤い男の人はボロボロだけれどアンデッドモンスターのせいかもう一歩のところで死ににくい体になっているようね。虫の息ながらも意識はしっかりしているわ。
「ええ、質問に正直に話していただけるなら。まずあのゾルゲとどこでどう会ったのか、ゾルゲの目的は何なのか、ゾルゲは今どうなっているのかが聞きたいのです」
それだけで見逃してもらえるのなら、と赤い男の人は話し始める。
「まず俺はバリニエって名前で、昔はある国の領主の一人だった男だ」
「え、ホロウ・ホロウじゃねえの?」
アレンが聞き返すとバリニエは眉間にしわを寄せる。
「知らねえよ、俺はモンスターになろうが元々人間でバリニエって名前があらぁ」
…だとするとこのモンスター辞典に乗っている「ホロウ・ホロウ」って、エルフ、ドワーフっていう種族名じゃなくて、エリー、サードっていう個人名なんじゃ…。
そう思っている間にもバリニエはペラペラと話し続ける。
「まあ殺されてこんな体になってからは死体に入んないと生きていけないって本能みたいなのが働いて、とにかく死体を求めてさまよってたわけよ。でもそうそう新鮮で綺麗な死体ってのは見つからねえわけ、とにかく体に傷がついてたり病気で内臓傷んでるのが大半…」
「そのような話はまずいいのです、私たちが聞きたいのはゾルゲの話です」
サードが遮ると「あー…そうかよ」と鼻白んだ顔でバリニエは続ける。
「まあ死体探ししてる時にゾルゲと出くわしたんだ。あいつも死体を探しててな…」
「ゾルゲが?どうして?」
アレンが聞くとバリニエは面倒くさそうに、
「知らねえやな。ただあんたら一行を殺すために自分は動いてるだのなんだの喚いてたぜ、勇者一行に騙されたとか何とか…。で、ゾルゲは自分の身に何か起きた時用で死んだらレイスになる魔術をかけてて、ついでに死んだ後でも役立ちそうな魔術を付属させてたとか何とか…」
「その魔術の内容などは聞いておりませんか?」
サードが質問するけどバリニエは首を横に振って、
「何か色々自慢げに言ってたが、俺ぁそういう話はさっぱりだから何言ってんのか何も分からなかった。唯一理解できたのは、手を加え過ぎたせいでレイスになってから出来ないことも随分と増えて面倒だから自分が望む死体を探してるってことだな。
だから死体を探してる俺に協力をしろって言ってきたんだ、さっき言った通り綺麗な死体なんてそうそう見つかんねえからな。そんでゾルゲのお眼鏡に敵う死体が見つかったらミラーニョ?だかそんな奴を世界の頂点に据えさせて…そこまでできたら世界の一部をお前にくれてやろうって言うからよ」
へっへっ、と笑いながらバリニエは続ける。
「世界の一部をやるの言葉にゃグラッときたね。俺ぁ小さい土地の領主で大きい土地が欲しくてよ、あちこちの領主を殺してその土地を手に入れてたんだ。
だったらもういっそのこと国の王になっちまえば一国が俺の土地になるじゃねえかって国王を暗殺しようとしたら、それがバレて殺されちまって目的が果たせないままだったからな…」
何をそんなに楽しそうに話してんのよ、人を殺した話と殺そうとした話を。…どうやらホロウ・ホロウは悪人がなるモンスターっていうのは間違いないわね。
私は不快な気分になったけれど、まだゾルゲの話を聞きたいサードは先を促す。
「ちなみにゾルゲが望む死体とはどのようなものです?」
「あー…。まあ最低条件は体全部揃ってることだろうな。あとは強い魔力が使えること、年齢性別は問わない、エルフぐらい長命で神聖な種族の体だとなおいいが他種族でも適性があれば我慢するとは言ってたな」
「肉体を手に入れたらどうなるなどの話はしていましたか?」
「いんや。詳しい話はさっぱり。…だがてめえらがあの野郎に会ったことあるなら分かるだろ?あいつぁ人を利用するだけ利用したら後は切り捨てるような奴だ。
だからその部分は俺に詳しく伝えようとしてなかったんだろ、そんなんだから俺もあの野郎をとことん利用して国の一部を手に入れる方法はねえかと様子を伺ってたが…まさかこんな形で裏切られるとは思わなかったぜ…あの野郎、くそ…」
「あまりに時間をかけすぎたからもうあなたは使えないと見切りをつけられたのでしょう」
サードはバリニエが見捨てられた原因を呟くと同時に、面倒臭いことになってきたとばかりに顔をしかめているわ。
そうよね、まさかこんな所でゾルゲが出てきて、それも私たちを殺そうとしているとか…。
するとアレンはリビウスに思いついたように聞いた。
「ところでリビウスはどうしてメルドの体にいたの?」
「俺?俺はな!」
声をかけられたリビウスはパッと話し始めた。
産女いますよね、妖怪の。川のほとりで赤ん坊を抱いてる、子供を産むときに命を落とした女性がなる妖怪。
でもこれが近所の佐藤という女性だったとしたら?
「あそこの川に子供産むときに亡くなった佐藤さんが子供抱えて立っている、幽霊だ」
と個人名で幽霊として扱われますよね。
そうして時は流れて佐藤さんという生きていた人の存在を知らない人が多くなれば、
「あそこに赤ん坊を抱いた女性の幽霊が出る」
と個人名が消え、
「その特徴からいくとそれは産女だ」
と妖怪という枠にくくられます。
結局色んなものに名前つけるのは人だけなんですよ。名前を付けて自分の知ってるものの枠に入れて安心したいの。




