メルド発見、果たして…?
マダリナのいる家から離れ、サードはヒズを振り返った。
「随分とリビウスは好色な男性なのですね?旦那が居ようが、息子の体だろうが関係ないと…」
「え?」と言うヒズの顔はすぐマイレージにヒュッと変わる。けどマイレージはどこか納得いかない顔つきで、
「今聞いたの、本当にリビウスか?」
と言い始めた。
「どういうこと?」
アレンが聞くとマイレージは首をひねって、
「どうにも話聞いてたらそのメルドってのはリビウスらしくねえ。そのメルドの体乗っ取ってるのリビウスじゃねえんじゃねえの?」
「でもすごく暴力的になったのは本当みたいだし、そこは当てはまってると思うけど」
私の言葉にマイレージは口を閉じて、どこか鼻白んだ顔になって笑う。
「そうだよな、リビウスは暴力的で残酷で頭のどっかが狂ってる男だもんな、そうだった」
肩をすくめながらの今の表情とその言葉からは別の言いたい言葉が含まれているような気がして、それはどういう意味と聞き返そうとしたけど…マイレージの顔は引っ込んでヒュッとヒズに変わる。
「それじゃあこれから大通りに行くんですねえ」
のほほんとしたヒズの声が聞こえるとどんな雰囲気の時でもこれからピクニックに出かけるのような軽やかさになってしまう。
サードも少し力の抜けたみたいだけど顔つきを改めて頷き、
「そうですね、まずメルドさんを探しあげてからですが…ヒズさん、あなたにはマイレージと同じようにリビウスの依り代にもなってもらいます、いいですね?」
「はあい」
普通「え!やだ!」とか「ウソ!やだ!」って反応をして拒否してもいいのに…ヒズはごく当然のようにすぐ頷く。
私だったらリビウスなんて残酷なことをするような人をずっと近くにいさせるとか絶対にイヤだわ。もしかしたらマイレージがかばってくれるかもしれないけれど、隙をみて体を乗っ取られたら人を殺し始めるかもしれないんだし。
ヒズもそうやってすぐ頷く所をどうにかしたほうがいいのに、ねえ…。
「大通りはあっちだぜ」
アレンの指さす方向に全員で歩いていく。
その大通り近くになるとサードは振り向いて、
「ここからは二手に分かれましょう。確実に発見して確保したいのでリビウスが見える者と戦力を考えて…。ガウリスとエリー、ヒズとアレンは私とします」
皆で頷いて私とガウリスは右、サードたち三人は左へと別れる。
とりあえず露店を営む人たちにメルドを知らないかと特徴を伝えながら聞こうとすると、メルドの名前を出すだけで皆が顔をしかめて、あっちに行った、そっちに行ったと素っ気なく伝えて、子供たちなんて名前を聞いただけで悲鳴をあげて逃げていく。
「あんなに素行の悪いガキを探してどうすんだ?ついに冒険者に征伐の依頼でも出たか?ケケケ、ざまあみろ」
中にはそうやって笑うおじさんもいる始末。メルドはこの町で悪い意味でかなりの有名人になっているみたい、本当は心優しい少年のはずなのに…。
それも人に聞きながらメルドの居場所をたどっていくと大通りからどんどん離れて、町からも外れて、気づいたら近くの森の中に入ってしまった。
何で森の中に…?
そんな疑問を感じながらメルドを探す。
でもメルドは絵姿で見る限り黒髪に近い茶髪だから森の中だと割と同化しやすい色なのよね。特にこういう冬の時期の森は茶色が目立つものだし。
キョロキョロしてメルドが居ないか探しながらガウリスに声をかけた。
「ガウリスはリビウスの姿が見えるのよね?」
「ええ恐らく」
「もし先に私たちがリビウスを見つけたとしたらどうする?サードは依り代になってもらうってヒズに言っていたけど、そのヒズが居ないんじゃひたすら暴れ回るだけかもしれないわ」
「それでもメルドさんの行く先は私たちでもすぐ分かったのです、きっとアレンさんがいる向こうもすぐこちらに追いつくか…もしかしたらもうメルドさんを見つけているかもしれません。ともかく私たちが先に発見したとすれば、ヒズさんたちが来るまで交戦しながら取り押さえるしかないでしょうね」
そのことも考えてサードは二手に分けたんでしょうけど…でもインラス一行のリビウスに私たち二人で敵うものかしら。もちろんガウリスは強い、私だってそこらの男数人がかりでも負ける気はしない。
それでもインラス一行は一人一人が全員強いんだし、それもどんな残酷な手を使っても構わないリビウスが相手だと思うとちょっと心配だわ。
それにマイレージの言っていた言葉も気になっているのよね。
『どうにも話聞いてたらそのメルドってのはリビウスらしくねえ。そのメルドの体乗っ取ってるのリビウスじゃねえんじゃねえの?』
…マダリナから聞いた話だけでマイレージが違和感を感じたくらいなら、よっぽど生き返ったメルドはリビウスらしくないってこと。それに暴力的なのは同じだって言ったら、
『そうだよな、リビウスは暴力的で残酷で頭のどっかが狂ってる男だもんな、そうだった』
ってもうこれ以上話するのも無駄みたいな顔してすぐ引っ込んでいったもの。…あの言葉、ものすごく色んな含みが込められていそうだったけど…。
色々考え込んでいるとグンッとガウリスに肩を掴まれて、立ち止まってガウリスを見上げる。
ガウリスを見上げると私じゃなくて別の方向に視線を向けているから私もガウリスが見ている方向に目を動かした。
すると居た。
茶色っぽい茂みの向こう、枯れているような藪の中で、一人でブツブツと空中に向かって何か呟いている少年メルドが。
ガウリスも私も自然と茂みに隠れるようしゃがんで様子を見る。幸いメルドは私たちに気づいていないみたいで、ブツブツと呟き続けている。
「ああ、ああ、分かってる。だがこの体もそろそろ限界だ、新鮮なガキの体ならもっと日持ちするかと思ったがそうでもねえな、悪くなんのは大人と変わりやしねえ、また新しい死体を探さねえといけねえやな。
……分かってるつってんだろ、あんたの調べものだってちょっとは調べてんだろうが、そんなにガミガミ文句言うなよ。……へへ、ちょっとくらい良いだろ、ガキだったら女のどこを触ろうが大体許されんだぜ、こんな機会そうそうねえ」
明らかに誰かと話しているような口ぶり、でもどう見ても周囲には誰もいない。
もしかしてヒズの目にしかマイレージが見えなかったみたいに、メルドの周りにリビウスがいるとか?…ん?でもリビウスが周りにいるとしたら、今喋っているメルドは一体?
混乱してきた私は小声でガウリスに質問する。
「ねえ、あのメルドってリビウスかしら、それともメルドの周りにリビウスがいる?」
それでもガウリスは辺りを一通りみてから首を横に振った。
「分かりません、私の目に今見えるのはメルドさんだけです。でも明らかに誰と話しているようですよね?誰と話しているんでしょう…」
もしかして空中の先に誰か浮かんでるとか?
一歩前に踏み込んで上を見あげようとする。と、地面に落ちてた枯れ枝を踏んずけてしまって、ペキッと乾いた音が出た。
しまっ…!
メルドがギュリンとこっちに目を向けて、スカスカの茂みの影に私とガウリスが隠れているのを見て目を見開く。
そのギョッとした表情からは絵姿に描かれたあの照れながら微笑む少年の面影は一切見えない。
別人だわ。どこかせこい顔をした中年の男。…どうみてもそうとしか思えない。
「てめえら、今の話聞いていやがったか!?」
よくよく聞いてみればその声だって少年のような高い声じゃなくてガラガラとしたダミ声。
ええい、ともかく見つかってしまったならしょうがない!
私は杖をメルドへ向ける。
「聞いていたわ、あなたがメルドの遺体に入って体を操っていたってね!」
そこで中年みたいな顔付きのメルドは私とガウリスをジロジロとみて、ニヤと笑って両手を上にあげる。
「てめえら服装から見るに冒険者だな?言っとくが俺は善良な一般市民だぜ、ちょっとここでブツブツと妙な独り言いってたくらいで杖を向けられる筋合いもねえやな。
暴力をちょっとでも振るう素振りでもしてみろよ、俺は今すぐ町に引き返してあんたら冒険者が何もしてない一般市民の僕ちゃんをいじめました~たって公安局にチクってやるぜ、そうなりゃお前らの冒険者カードは取り上げられて捕まんだぜ」
…何こいつ、せせこましい顔のせいか馬鹿にしてくる口調も相まって腹立つ。
きっとこれはリビウスに違いないわ、これはまとめ役のナディムが苦労しそうな性格だもの!
杖を突きつけたまま睨みつけていると、ヘラヘラ笑っているメルド…じゃなくてリビウスの顔つきがピクッと真顔になる。そのままさっきまで見上げていた空中にバッと視線を上げて、ギョッとしたように叫んだ。
「っはぁ!?こいつら勇者一行なのか!?」
…今の態度、話し方…どう見てもリビウス以外に誰かいるわ。
「そこに誰が居るの!?」
一歩踏み出し詰めるように聞く。それよりガウリスは何か見えないの?
チラとガウリスに視線を向けるけれど、ガウリスをあちこちを見渡して、首を大きく横に動かして臨戦態勢でリビウスに向かう。
…ガウリスの目に見えない何者かがそこにいる?それってお化け…ううん、お化けみたいなのはガウリスの目に見えるようになっているはずだから見えないなんておかしい、一体何なの?
どういうことなのか分からないけれど、ともかくリビウスは逃がしてはならない、サードたちがここに駆けつけるまで応戦して…。
私も攻撃に備えて杖を構えると、リビウスは顔を引きつらせてジリジリと下がっていく。
…ん?リビウスが顔を引きつらせて退いてる?おかしいわ、リビウスって魔族に攻撃を喰らっても笑いながら突っ込んでいったっていう有名なエピソードがある人なのに…。
「ェリー…!」
遠くから名前を呼ばれてハッと振り向く。すると目視できるかできないかぐらいの遠くに赤いものが見えた。
きっとあれはアレンの頭ね。アレンたちもメルドの行方を聞いて追いついてきたんだわ。
すると少しずつ引き下がっていたリビウスが上を見あげて怒鳴る。
「っざけんな!さすがの俺でも勇者の仲間二人を相手にできるわけねえだろ!何が殺せだよ無理に決まってんだろ、逃げるわ!」
リビウスは空中に向かって怒鳴ると言葉の通り背を向け逃げ出す。でもガウリスは素早く槍尻を前に突き出して、走り出すリビウスの足の間に絡ませて簡単に転ばせた。
「ウゴフッ」
転んだリビウスは起き上がろうとする、でもガウリスはすぐさまうつ伏せで転んだリビウスの頭と首の付け根に槍尻をつき当てて、地面から動けないようにした。
リビウスはジタバタともがくけど、ガウリスがもっと槍を強く押し当てる。
「イデデデ!イデデデデ!やめろ、脳髄はやめろおお!」
「…」
ガウリスはチラと私を見て、私もチラとガウリスを見る。
リビウス…弱すぎない?それともガウリスが強すぎるだけ?
「あなた本当にインラス一行のリビウス?」
思わずツンツンと体を杖でつつきながら問いかけても、リビウスはヒィヒィ言いながらジタバタともがいているだけ。
うーんどうやらリビウスは…こんな感じの人みたい。でもまぁ私たち…というよりガウリス一人で取り押さえられて良かったってものだわ。
「今向こうからサードたちも来てるから、全員集まるまでもう少しこのままでいましょ」
「そうですね」
その言葉にリビウスの動きが固まる。その顔は勇者一行の全員集まったらまずいぞと脅えている。
「ん、ンウウウ!」
リビウスはガウリスの槍を後ろ手で強く握り、わずかに体を浮き上がらせた。
逃げようとしていると思ったその瞬間、リビウスの口の奥から赤い塊がゲロリと吐き出された。茶色く枯れた草の上へザスッと落ちた赤い塊は、転がりながら少しずつ遠ざかっていく。
同時に体からはグタッと力が抜けて、動かなくなった。
…何、あの赤い塊…。
少し呆然としたけど、それでもすぐに我に返る。あれが何なのか分からないけど、きっとあれは逃がしちゃいけない!
魔法を発動する。
枯草をシュンシュンと伸ばして、その赤い塊をグルグル巻きにして捕らえた。
がんじがらめにされた赤い塊はぐよぐよと動いていたけど、メキメキと血管が浮き出て膨らんだと思ったら一気に巨大化して人型になると草をブチブチブチィッと引きちぎる。
人型になった赤い塊はそのまま振り返ってギンッと私を睨みつけ、
「てめええ!モンスターになった俺をよくも雑草なんかで押さえられると思ったなーー!」
…真っ赤な肌、どす黒い赤い髪、赤い服に赤いマント…とにかく全身のどこもが赤い、ガウリスと同じくらい体格のいい中年の男の人。それもそのせせこましい顔、そのだみ声はさっきまで喋っていたリビウスそのもの…!
それでも今の発言にフッと引っ掛かりを覚えて、聞き返す。
「え…?モンスター…?」
確認するように控えめに聞き返したら、私が脅えているとでも思ったのかしら。目の前の赤い男の人はどこか誇らし気にニヤと笑った。
「そうだ、俺はバリニエって名前の…」
「え?あなたリビウスでしょ?」
すると赤い男の人はイラッとしたように身を乗り出し、
「違うわ!俺はバリニエって名前の!」
話している途中だけど、向こうからやってきているサードたちをハッと見て、慌てたようににじり下がる。
「だがこの場はお前らに勝利を譲ってやる、負けたわけじゃねえがしょうがねえから勝ちを譲ってやる、感謝しろ!最終的に勝つのはこの俺たちだ!」
早口で負け惜しみのようなことを言いながらリビウス…じゃなくてバリニエ?って赤い男の人は立ち去ろうとするけど、逃がしてなるものですか。
どうやらマイレージが抱いていた違和感は本物だったみたいね。メルドの中に入っていたのはリビウスじゃない、別人…それもモンスターだった。モンスターだとしたら許せない、心優しいメルドの遺体を操って、町の人に危害を与えて…何よりメルド本人の名誉を死んだあとに激しく傷つけた!
「あいつは私が倒すわ!」
杖を向ける私にガウリスは力なく横たわっているメルドを抱え上げる。
「分かりました、お願いします。私はメルドさんの遺体を守ります」
ガウリスに振り向き頷いてから逃げる赤い男に目を移…。
ん?
視線をガウリスに戻す。
今の一瞬、力なく垂れていたメルドの指先が動いたような気がしたから。
と、力なくグッタリしていたメルドが勢いよくムクッとガウリスの腕の中で起き上がった。
ガウリスも驚いたのかビクッと肩を揺らす。
起き上がったメルドはギュルッと私に視線を向けてきた。その目に射すくめられて思わず私の肩もビクッと揺れる。恐怖をおぼえるぐらい常軌を逸している大きく見開かれた目とその瞳孔…!
それでも恐怖を覚える視線は私じゃない、私を通り越して逃げる赤い男に向けられている。
メルドの口端がニヤァ、と大きく上がっって、赤い男を指さした。
「倒す?倒すの!?倒すんだ!?あれ倒していいんだ!?良かったんだ!?」
メルドの口から出てきたのは大人の男がはしゃいでいるような声。
ガウリスの腕から飛び降りたメルドは大きく腕を広げ、まるで自分は自由だというほど嬉しそうな雄たけびを上げる。
そのままその見開かれた目と瞳孔がスッと赤い男に焦点が合うと…。
「ぶっ殺ぉおおおおおおす!」
地面がえぐれるほどのスピードで、メルドは走りだした。




