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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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蘇った少年は

アレンは話の途中で身震いして、


「怖えー、ホラーじゃん」


と言いながら話を続ける。


死んだ少年…メルドが戻ってきたことにパニックになった両親は、夜中なのにネドレコ夫妻の家に駆けこんで、うちのメルドが生き返って戻ってきたと喚き散らした。


死んだ者が生き返り戻ってくるなんて、それは明らかにアンデッドモンスターじゃないかと夫妻も近くの神殿へ駆けこんで、数人の神父を連れて家に引き返した。でも生き返ったメルドは大人しく家の前で立っているだけで、神父が話しかけても警戒もせずしっかり受け答えもする。


夫のドーマスは恐る恐るメルドを診察してみたけれど、体は暖かいし心臓も動いていてアンデッドのような兆候はない。むしろロウソクの明かりに照らされた少年の顔に病魔の影はなく、すごく血色のいい顔色をしている。


神父立ち合いの元でもこれはアンデッドではなさそうだということで話はまとまって、神父たちは神殿へと戻っていって、少し皆が冷静になったころ…隣の家の旦那ミスィは「まさか」と疑いの目でネドレコ夫妻に声をかけてきたって。


「まさかうちのメルドはあんたらに誤って死亡したと診断されて、生きたまま土に埋められたんじゃないか…?」


ネドレコ夫妻は驚いて否定した。


「触診していてもメルドの脈は弱くなった、心臓の音も少しずつ小さくなった、指先に光を出す魔法を使って目の前で光を揺らしてみても瞳孔は一切動かなくなった。その状態で一晩たってから葬儀をしたんじゃないか」


いつも自分たちに屈託なく笑いかけてくる子が亡くなった。

死んでほしくない、嘘であってくれとドーマスが何度も生死の確認をしていたのはネドレコも見ている。


そうやって何度も確認したうえで死亡したと伝えたんだって訴えた。

でも隣の家の旦那ミスィはカッとしやすい性格でネドレコたちに怒鳴り散らしてきたんだって。


医者のくせに生きているか死んでいるかの判断も出来ないのか、なんてヤブ医者だ、もうろくしているのか、医者なんてやめてしまえ、帰れ…。


そうやって散々に(のの)しって怒り狂うミスィを前に二人も何も言えず、とにかくここにいてもどうしようもないと家に帰った。


家に入りカーテンの裏からそっと隣の家を見てみると、ミスィは喜んでいる足取りでメルドの肩を抱きながら家へ促し、奥さんのマダリナは申し訳なさそうにネドレコたちの家を見て、ミスィたちが入った我が家を心配そうにオロオロしながら見た後、そろそろと家の中に戻っていくのが見えた。


釈然としない気持ちで床についてお互いしばらく眠れずにいたら、ドーマスはポツリと呟いたって。


「あんなに体の弱かった子が、土で埋め固められた棺の中から一人で脱出できると思うか?」


死んだと思ったメルドが生き返った。その出来事は町で大きな話題になった。


それも病弱だったメルドは文字通り生まれ変わったかのように健康体になって、性格も内向的でシャイだったものが酷く外交的に…というより悪ガキになった。


それまで外で目いっぱい遊べなかった反動なのか、至る家の中に侵入しては食べ物を拝借し、女の人のお尻や胸を触りスカートをめくっては逃げていき、年下の子供を殴って脅えさせ、窓ガラスを叩き割っては大笑いし、それを怒っても本人はどこ吹く風で他の窓ガラスを割ってから去っていく。


何より一度も喧嘩もしたことがないはずなのにその腕っぷしと喧嘩の仕方は何かしらの実戦経験があるのではと思うレベルで、年上の子を一発で殴り気絶させるぐらい強いみたい。


そんな傍若無人になったメルドに隣の夫婦が手を焼き困り果てているのはネドレコたちも分かっていたから、以前みたいに私たちに相談しに来てくれるかしらと少なからず待っていた。

でも隣の家夫婦も罵ってしまった手前バツが悪いのか全く家に来なくなっていたし、ネドレコたちから隣の家に行くのもどこか気が引けてしまって静観に徹していた。


そうやって家同士の付き合いだった両家の関係がギクシャクしてしまっている間にもメルドの行動はエスカレートして、先日、ついにメルドによる暴力でネドレコ夫妻の元へ負傷者が担ぎ込まれてきた…。


ネドレコ婦人はアレンにそこまで話すと、凄く心配そうに顔をしかめて、


「怖いんです、あの大人しくて優しかった子がいずれ人を殺してしまうんじゃないかって…。神父様たちはアンデッドじゃないって言いました。でも勇者御一行なら何か分かるんじゃないですか?アンデッドじゃない、死体を操つるモンスターとか分かるんじゃないですか…」


そこでアレンの話は終わり、ゾゾッと背筋を震わせる。


「うう…話すだけで怖ぇー…アンデッドじゃないけど死体が生き返るとか怖ぇー…」


「…何かそのメルドってリビウスっぽくない?ねぇマイレージ、リビウスっぽくない?」


話を聞いてもしやと思った私が視線を向けると、マイレージは特に頷きもしないで真顔で私をジッと見て、


「…ま、あいつは好戦的な野郎だからな。誰が相手であれ喧嘩売られたら喜んで暴れ回るのは間違いねえ」


「ということは、死体の中にリビウスが入り込んで自由に動き回っているということかもしれないのですね」


サードはそう言ってからガウリスに視線を動かす。


「では明日、そのメルドという少年の元へ行きましょう。そこでガウリスたちに本当にその少年の体を操っているのがリビウスなのかどうか確認してもらいます」


ガウリスはすぐ頷いて、マイレージは特に反応もなく黙っている。


それにしてもさすがアレンだわ、こうやってフラッと情報を持って帰ってくるもの。


そうして次の日。私たちはネドレコ夫婦の隣、悪ガキになったメルド少年がいる家へ向かって、その戸を叩いた。


「ごめんくだ…」


そう言いながらサードが扉をニ、三回ノックしたら、ガコッと扉が外れて斜めにズレる。


「あ!サード壊した、いけねーんだー」


アレンが指さしながら囃し立てるようなことを言うと、サードはかすかにイラッとした表情でアレンを振り返る。


「すみません今ドアが壊れてて…どなたですか?」


外れたドアの隙間の向こうから小走りで向かってくるのは、疲れた顔をした女の人…。多分マダリナというメルドの母親ね。だけど外にいる冒険者の私たちをみた途端に立ち止まって、何でうちに冒険者が?みたいな怪訝(けげん)な顔をしているわ。


するとサードは勇者らしい顔で恭しく頭を下げてから、


「初めまして、私たちは勇者一行、私はサードと申します。こちらの隣の家のドーマスさん、ネドレコさん夫婦にこの家のことを相談され様子を見に来ました」


「勇者…御一行…?」


マダリナは私たちをしげしげとみて、確かに勇者一行らしい人たちと納得してくれたみたい。

壊れた扉を横にずらして、


「隣の…ドーマスさんとマダリナさんが、わざわざ勇者御一行にうちのことを相談したんですか?」


「ええ。何よりメルドさんが人に害を与えるのを酷く心配しておりました」


すると途端にマダリナは口を手で押さえて、目から涙が溢れ出す。


「あんなにミスィが酷いことを言ったのに…それでもうちのことを…メルドをそんなに心配してくれてたんですか…!」


顔を押さえて泣くマダリナをサードは優しく慰める…っていうより、人んちの奥さんの肩を馴れ馴れしく抱くんじゃないわよあんた。そりゃ確かに若い年齢の女の人でサードの好みの範囲でしょうけどやめなさいよ。


「その旦那のミスィは?家ん中いるの?」


キョロキョロしてアレンが声をかけると、


「ミスィは今石切りの仕事に行ってます、私は家で内職をしていて…」


「では息子のメルドさんは?」


サードが聞くとマダリナはため息をつきながらうつむく。


「出かけています。…本当は外に出すと問題ばかり起こすから家から出したくないんですけど、先ほどドアを蹴破って外にでてしまって…」


ああ、だからドアがこんな風に壊れているの。あーあ、蝶番(ちょうつがい)がボッキリと折れて壊れてるわ。


納得しているとマダリナは心配そうな顔つきで、


「でも…勇者御一行が来たなら、もしかしてメルドには…モンスターが関わっているんですか?あ…立ち話もなんですよね、どうぞ中に…」


中に招かれ椅子にお茶を用意され、テーブルを囲んだ所でマダリナは改めて本題に切り込んできた。


「それで、メルドにはモンスターが関わっているんですか?暴力的になったのはモンスターのせいですか?」


質問するマダリナにサードは首を傾げる。


「まだ本人を見ていないのでハッキリと言えません。ちなみに私たちからも質問があります。私たちが聞いた限りメルドさんの性格は随分変わってしまったそうですが、あなたから見て今のメルドさんは自分の息子だと断言できますか?」


するとマダリナはギュッと顔をしかめて黙り込んでしまう。


「…息子…です。でも…」


「でも?」


マダリナはしばらく黙り込んで指をもてあそぶように動かしながら、


「メルドは…本当はあんな子じゃありません、本当に優しい子なんです。具合がいい時に食べようと楽しみに取っておいた自分のお菓子を、外で転んで泣いている子のために持って行くような子だったんです。

ドーマスさんやネドレコさんが大好きで、大人になったら二人みたいな医者になって、自分のような具合の悪い子がいたらすぐ駆けつけて助けるような大人になりたいっていつも言っていて…。そんなメルドが…人を傷つけるわけ…」


喋っているうちに段々とマダリナは涙声になってきて、とても悲しそうな顔になってうつむく。


「メルドが生き返ったと思って喜んだのに、どうしてこんなことに…どうしてメルドはあんな性格に…!」


しばらく嗚咽(おえつ)をあげていたマダリナは涙をぬぐいながら、


「前は力もなかったんです、なのに…昨日の夜はミスィを片手で放り投げたんですよ。石工を長年していて力のあるミスィをですよ?私の目の前で小柄なメルドにミスィが軽々と放り投げられて、そのまま一方的に殴られ続けてて…。怖い、怖いんです私あの子が怖い…」


また涙を流すマダリナをしばらく見守ってから、サードは改めて聞いた。


「もう一度聞きます。今のメルドさんは母親のあなたから見て、自分の息子だと思えますか?」


「…」


マダリナは何も答えないで、うつむいたまま泣いている。


「…サードさん」


今はその質問には答えられないでしょうとばかりにガウリスが首を横に動かしながらサードを留める。

サードもこの質問じゃ(らち)が明かないとみたのか、


「まだ断定はできませんが、私たちはメルドさんの中に別人が入り込んでいると考えています」


マダリナが顔を上げる。


「それも暴力を(いと)わない好戦的な男が入り込んでいるのでは、と」


「それは…モンスターですか?」


「モンスターというよりゴーストですね」


ゴースト…とマダリナは呟いて、それでもと涙をぬぐって身を乗り出す。


「神父様たちはアンデッドではないと…」


「私たちは検討がついています、しかしあまりに特殊なパターンだからアンデッドではないと思ったのではないでしょうか?」


「じゃあ本当に…本当にメルドには別の誰かが入り込んでいるんですか?」


「その可能性が高いと私たちは考えています」


マダリナは黙り込んで、考え込むような顔付きをしている。そこからポツポツと話し始めた。


「私は…メルドのことを誰か他の人に相談しに行こうってミスィにずっと言ってたんです。ドーマスさんたちでも、神父様でも、魔導士でも誰でもいいから相談しに行きましょうって…。

でもミスィは嫌がって絶対に頷きませんでした、いつも最終的には『メルドは無事に生き返った、何を相談することがある、この話は終わりだ』と怒鳴るだけで…」


そこで一呼吸おいてから、


「でもミスィの気持ちも分かります、ミスィだってメルドの行動に頭を悩ませていました、でも誰にも相談したくなかったんです。…誰かに相談したら、一度戻ってきたメルドをまた失ってしまうんじゃないかって…恐れていたんだって…」


皆が黙ってマダリナの言葉に耳を傾けている。マダリナは色んな考えが脳内を巡っているような遠い表情のまま、


「最近…メルドがすごく嫌な…まるで舐めるような目で私を見てくるような気がしていました。今まで女の子と話す機会もないし、身近な異性ということで興味を持っているのかと思っていました。でも…やっぱりそういう時のメルドの顔を見ていると…」


そこで口をつぐんで、とても言いにくそうに、


「自分の息子なのに、息子とは思えない…思いたくない…!」


今までその言葉は言いたくても自分の中で我慢していたんだと思う。でも一度言葉にしてからは(せき)を切ったかのようにマダリナは続けた。


「生き返ったメルドを見てずっと思ってたんです、顔が全然メルドじゃない、まるで他人だって。私を舐めるように見てくるときなんて本当に…引っぱたきたくなるほど下品な顔でニヤニヤ品定めするように眺めてくるんです、それも私嫌で、怖くて…!」


そのまますがりつくように私たちに、


「どうにかなりますか、メルドは助かりますか、その…中に入っている男がいなくなったら元の優しいメルドに戻りますか!?」


サードは厳しい表情で、軽く首を横に振る。


「まだ予想の範囲内ですが、メルドさんの遺体はゴーストに近い者に乗っ取られ勝手に動かされているだけです。仮にその男を引き離したとしてもメルドさん本人が生き返ることはないでしょう」


黙り込むマダリナにサードは続ける。


「しかし今のままでは皆さんにとって良くはありません。メルドさんをどうにかしなければ」


「…それって、メルドを殺すんですか?」


マダリナが問いかけ、サードは返す。


「殺すのではありません、メルドさんを魔の手から救うんです。あなただって自分の息子の体が他人に操られ続けるのは本意ではないでしょう?…ちなみにメルドさんが今町のどこにいるかは分かりますか?それと見た目の特徴は」


マダリナは何も言わずテーブルに視線を移し、泣きそうな顔で額に拳を当てる。


「どうにかならないんですか?」


「残念ながら死んだ者は生き返りません、生き返るとすればそれはアンデッドです。あなただって葬儀後に戻ってきたメルドさんをゾンビかと思ったのでしょう?そうであれば答えは分かっているはず」


マダリナはまた泣きそうな顔になって、テーブルの脇に置かれていた小さい絵を引き寄せる。


「…メルドは、きっと大通りまで行っていると思います、最近そこで悪い噂を聞くので…。これがメルドです」


ほっそりとした体格で少し照れた表情で微笑むメルドの絵姿を確認して、サードは私たちに行くぞと目で合図をしてから外に出た。

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