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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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だが断る

トリズと別れてからヒズはずっと泣きっぱなしで、町を抜けて数時間たっても泣き続け、ようやく国を抜ける頃になって泣きやんできた。


「さて、僕たちはここで降りますかネ、止めてもらえます?」


ちゃっかりクッルスに乗っていたシーリーが隣の国を越えて二つの分かれ道にたどり着くとそんなことを言うから私はクッルスを停車させる。


「じゃあ僕もここで降りよーっと」


シーリーとスダーシャンは二人クッルスを降りて、ヒズは泣きはらして腫れぼったくなってる目を抱えながら、


「本当にあれこれとありがとうございましたあ」


とお礼を言いに降りて見送りに出る。何となく私もヒズについてクッルスから降りると、スダーシャンはヒズに振り向いた。


「ヒズさん、…いいえ、マイレージさん」


するとグズグズと涙目で鼻をすすり上げていたヒズの顔がヒュッとマイレージの顔に変わる。


「何だ」


「あなたが忘れている焦っていることですけどー、ゆっくり思い出していくと思うんでそんな焦らないでくださいねー、別に焦ってないと思いますけどー」


「…この前、インラスだけは焦ってねえってお前言ってたよな?」


「ですねー」


「…だろうな、インラスが焦るなんてするわけがねえ。いつでもどんな時でも落ち着いて笑ってる気持ち悪い野郎だったからな。焦ってんのはいつも周りにいる俺たちだけだ」


腕を組んで面白くなさそうに言うマイレージの言葉に私は思わずプッと笑ってしまった。

だって色んな人から聞いているインラスの性格、それとウチサザイ国で見た等身大の微笑むインラスの土人形を思い出すとちょっと想像できるもの。


「どうすんだこれーー!」


と慌てるマイレージに対して、


「さあてどうしようか」


って微笑みながらインラスがゆったり聖剣を構えてる所。


私がおかしそうに笑うのを見たマイレージはイラッとしたような顔つきになると、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らしたらすぐヒズの顔にヒュッと変わる。どうやら怒って引っ込んでしまったみたい。


笑ってしまって悪かったかしらと少なからず思っていると、シーリーがジッと私を見ているのに気づいた。


「…何?」


シーリーは私の前に立つと、スッと心臓に指を向けた。


「矢が刺さりますよ」


「…矢?え?私死ぬの?」


ちょっと待ってよ、こんな最後の最後に私の死亡予告とか…!


ゾッと心臓を抑えるとシーリーはケラケラ笑いだした。


「違いますネ、前に占ったじゃないですか。あなたの心が枯渇してるって」


枯渇…。ああ、あの恋愛占いの話?でもそれと矢が刺さるって何か関係あるの?


「前に見た時より胸の中心のピンク色が広がっています、恋の矢が刺ささる時期が少し近づいてきてますネ。楽しみにしていてください」


「…そんなこと言われてもねぇ」


今まで恋する人たちはたくさん見てきた。


その中でも一番激しい恋をしていたのはアレンの幼馴染のミョエルだわ。

ミョエルみたいにアレンの言動一つで激怒して、泣いて、暴力を振るって…。まあ暴力はどうかと思うけれど、あれほど激しい感情を出せるぐらい好きな男の人が私にできるものかしら。


アレンに振られた時はショックで泣いたけれど…今から冷静に考えれば、あれって本当に初恋だったのかしらと思う時があるもの。サードに脅えていた時期だから、怖いサードから全て守ってくれていたアレンに強く懐いていただけで実は恋じゃなかったんじゃないのって。


もちろん仲間の皆は好き。でも恋愛の好きじゃない。

ガウリスもきっと私たちを心から愛している。けどそれも恋愛の好きじゃない。


そうなると恋愛の好きって何なのかしら。ちょっと最近よく分かんなくなってきてるのよね。


そんなことを考えている私を見てシーリーはケラケラ笑う。


「そういう所が枯渇してるって言ってるんですよ。まあ一瞬で燃え上がって尽きる恋になるか、ずっと静かに燃える恋になるかはエリーさん次第ですが、その時だけは枯渇状態からは脱却できますネ。ではさようなら」


シーリーはそう言うとスダーシャンと一言二言会話をして、お互いに「じゃ」と手を上げて二手に分かれて歩いていく。


一緒に行動するのかと思ったら別れていくのね。


二人の歩いていく姿を見送っていると、ふと視線を感じて横を見る。するとヒズが興奮しているように両手で口を押さえて私を見ている。


「どうかしたの?」


「だ、だってエリーさん…!」


ヒズは頬を押さえ身をくねらせ恥ずかしそうにしながら、


「エリーさん、恋に落ちるっていうじゃないですかあ…!?きゃあああ…!やだどうしよう~…!楽しみすぎて興奮しますう、お相手は誰なんでしょう?」


まるで自分が恋に落ちるといわれたかみたいに恥ずかしそうにしているヒズをみるとおかしくなってしまって笑ってしまった。


「分からないわよ、シーリーだってそこは何も言わなかったもの」


それにしてもついさっきまでトリズとの別れで辛そうだったけれど…私の胸に恋の矢が刺さる話でそんな悲しみは吹き飛んだみたいね。


「けどもしエリーさんに恋の矢が刺さったら全力で応援しますねえ。エリーさんには私幸せになってほしいですからあ」


屈託なくそんなことを言うヒズに思わずキュンとなる。私より十歳以上年上の人だけど…それでも可愛い人って年齢なんて関係なくどこまでも可愛いんだわ。


「出発しますよ」


シーリーとスダーシャンが見えなくなっても戻らない私たちに痺れを切らしたのか、サードが声をかけてきたからヒズを促してクッルスに戻る。


「ちなみにこの分かれ道はどっちに行くの?」


「左行って、左」


アレンの言葉に頷いて左に向かってクッルスを動かす。

ヒズの屋敷からここまで私の魔力で動かして来たけれど、特に私がやることってこれといってないのよね。ただアレンから指示が来たときだけそっちに曲がればいいぐらいで。


左に向かって少しすると、さっき別れたスダーシャンが歩いているから、アレンと私とヒズが窓から顔を出して、


「また会おうぜー」

「元気でー」

「お気をつけて―」


と大きく手を振って、スダーシャンもニコニコしながら手を振り返してくれる。


スダーシャンの姿も見えなくなってクッルスのソファーに座った。


ちなみにトリズからも大体説明は受けたけれど、クッルスの中を物色したアレンがクッルスの取扱説明書を発見したから一通りアレンから説明を受けたのよね。


まずこのクッルスは動かす人の魔力を吸い取って動く仕様なんだって。

吸い取るとか言葉も聞こえも悪いけれど、クッルスを動かす人の魔力が本人の意志とは無関係に勝手に使われ続けるのは事実みたい。


注意事項には『魔力が著しく低い方の長時間使用はお控えください。使用者の身体に悪影響が出て最悪死に至る可能性があります』って恐ろしい記載もあったもの。


でも魔法を習う学校に行っていて卒業できたぐらいの一般的な魔導士なら、時々の休憩といつも通りの睡眠を取れば特に問題なく動かせるっぽいから、そこは私に関係ない。


それと障害物は勝手に避けるとトリズは言っていたけれど、確かにスイスイと町中を歩く人や店前の売り物、壁を避けていたわ。そうして町を出てからは木々に岩、それに崖も感知して勝手にスイスイ避けていく。

そんで避けきれない物が目の前に現れたら勝手に急停車するし、私も目視で危ないと思ったらすぐ止められるからものすごく安全だし、何より移動が楽。


「いやー本当にいい物もらったよなぁ。ホテルごと移動してるみたいで楽だし速いし」


アレンは外を眺めながら私が考えていたことの延長みたいなことを呟いているわ。

そのままサードを見て、


「サードも乗り物酔いしないし、そこも良かったよな。な?」


と声をかけて「そうですね」とサードも軽く返す。


そう。車輪部分に魔法がかかっているから、どんなに地面が砂利でボコボコしていても振動は車体には全然届かない。だからサードも乗り物酔いしないでいられるし、進むスピードは馬が軽やかに歩く程度だから普通に歩くより断然速いのよね。


はぁ…今までサードはこういう乗り物にお金を一切かけようとしなかったから何か感慨深いわ。こんなに移動が楽にできる日がくるなんて…。


「そういえば今はどこへ向かっているんですう?」


ヒズが聞くとアレンはシーリーからもらったメモ用紙を広げてヒズに見せながら、


「まずここから一番近いとこ行くぜ、リビウスがいるところ。インラス最後にするんだったらまずはリビウス、一番遠い所にいるナディム、ちょっと引き返してベルーノ、最後にインラスの順で行けばいいかなって」


狂戦士リビウス、弓使いのナディム、魔導士ベルーノ、勇者インラスの順でいくのね。


…。けど思えばリビウスってどんな人だったかしら。子供のころに一回読んだ勇者インラスの冒険譚にもリビウスが出て来たはずだけど全然覚えてない。

目立つのはやっぱりインラス、あとはマイレージくらいで他の三人はたまに入れ替わりで出てくるくらいだったから…。うーん、そう言われてみれば一番有名な勇者一行なのに実際どんな人なのかは全然分からないわ。そのうち一行のことが書かれている本でも買おうかしら。


「とりあえずこれからは宿泊のことも気にしなくていいな、この中で寝ればいいし」


気楽そうにアレンがそう言うとサードは即座に制した。


「いいえ、宿泊は今まで通り宿屋やホテルでとります」


アレンは「えっ」と顔を上げる。


「だってこれで寝泊まりもできるんだぜ?さっき横になったけど寝心地だっていいし、寒さも暑さも丁度良くなるようになってるし、毛布の一枚さえあれば余裕で寝れるって」


そう。この中で寝るなら上段の寝るスペースはヒズと私の二人が、男のサード、アレン、ガウリスはソファーを平にした下段で寝ようってことで話がまとまった。


でもサードはやれやれ分かっていないとばかりに続ける。


「確かにこのクッルスはホテルのようなものです。しかし男のいる密室であることも変わりありません、そんな場所に毎日女性を寝かせ続けるつもりですか?この中で寝るのはよほど周囲に宿泊するところがなかったら、という時のみに留めたいですね」


「あ…そっか、そだな」


アレンは素直に納得した。


「何だか申し訳ないですう」


「気になさらなくていいのですよ、当然のことです」


サードはヒズの気持ちを軽くするように声かけしているけれど、私は何となく分かる。


正直、上段の寝るスペースより下段のソファーを広げたベッドのほうがかなり広い。

それでも寝るとしたらガウリスの巨体とアレンの幅を広くとる寝方でサードが落ち着いて眠れる場所がほとんどないんだわ。それと一つのベッドに男と横になりたくないっていうのが一番かもしれない。


そうよ、ヒズは気を使ってもらったと思っているんでしょうけど、サードは女の私たちをダシにして自分の都合のいいように話を持っていっただけよ。

…それでもずっとこのクッルスの中に朝から晩までずっと閉じこもりきりで移動するのもちょっと辛そうだから結果的にそう言ってくれて良かったのかも。


「どうかしましたか?」


ガウリスが急に誰かを心配する声を出したからふと顔を上げたけれど、ガウリスの視線は誰も座っていない席に向けられている。


「…ん?」


ガウリスと誰もいない席を交互に見ていると、ガウリスは私の視線に気づいたのか、


「ああいえ、先ほど中に戻ってからマイレージさんがずっと浮かない表情でしたので…」


そういえばガウリスの目にはマイレージが普通に見えるようになったんだっけ。へえ、そこにマイレージが座っているの。いつもヒズの中にいるような状態じゃないんだ。


アレンもガウリスがお化けみたいなものが見えるようになったのを思い出したのか、かすかに表情が硬くなる。それでもその相手はずっと喋ってきたマイレージだと思い直したのか少し表情が柔らかくなって、マイレージが座っているという場所にそっと腕を伸ばした。


「俺の手、今どうなってる?」


「マイレージさんの体を貫通してます」


「そこはお腹と胸の中間辺りですよお」


ガウリスとヒズの言葉にアレンはどこか感動の顔になって、


「いるんだ…本当に…」


と呟くとヒズの顔がヒュッとマイレージに変わる。


「そりゃ居るだろ、今まで誰と話してると思ってんだてめえ」


アレンはマイレージを見て、マイレージが座っていた場所を指さしながらガウリスを見る。


「今もマイレージそこに座ってんの?」


「いいえ、ヒズさんの中に全て入ってしまいました」


「へえ…」


アレンはしげしげとマイレージを見て、身を乗り出す。


「…女の子の体に入って、どう?」


何を聞いているの。


呆れてアレンを睨みつけているとマイレージは、


「タッパがねえ、腕が短ぇ、だが相手の懐に入ってあごが狙いやすい」


するとアレンは首を横に振って、


「そういうんじゃなくてさぁ、入った感覚とか、こう、柔らかいとか…」


だから何を聞き出そうとしているの。


マイレージもアレンが何を聞きたいのかピンときた顔になって、おかしそうにゲラゲラ笑う。


「言っとくが楽しくも何ともねえぞ、普通に自分の体みてえなもんだ。体が男だったら女と遊べるんだろうが…」


マイレージはそう言いながらふとガウリスを見て、ニヤ、と笑う。


「お前色々見えるようになったってんなら、もしかしてヒズの体みてえにお前の体も乗っ取れるんじゃねえか?おい、体貸せよ、そうすりゃ女と遊べる」


ガウリスは首を横に振る。


「お断りします」


「一度試してみたらどうです?そろそろ綺麗な体とはおさらばの時かもしれませんよ」


横から口を挟むサードに対してガウリスは迷惑そうな顔をして、マイレージは驚きの表情で身を乗り出してガウリスに聞いた。


「嘘だろお前、まさかそんな立派な体してんのにまだ…」


「おやめください、女性の前です」


ガウリスがマイレージの口をふさぐ。それでもすぐさまマイレージはガウリスの手をペンと振り払ってニヤニヤと笑いだした。


「安心しろ、俺がうまくやってやる。だからその体乗っ取れるか試してみていいか?」


「お断りします」


マイレージの言葉にガウリスはさっきより強い口調で拒否する。


「いいじゃんガウリス、マイレージの勢いに乗って行けるところまでいっちゃいなよ」


アレンも楽しそうに割り込んできて、ガウリスはだから何でそういう話題を自分に振るのか、と心底迷惑そうな顔をして口を引き結んで目をつぶり黙り込んでしまった。


「遠慮すんなよガウリス」


「そうですよ、せっかくですよ」


「俺に任せときゃあ女なんていくらでも寄ってくるぜ」


ガウリスはしばらく黙って耐えていたけれど、三人の楽しそうにそそのかす話はどこまでも続くから、ムキー!っと怒りだした。


「いい加減にしてください!本気で怒りますよ!」


それでもアレンとマイレージは「ヒャッハー!」と楽しそうに盛り上がっていて、サードのからかう雰囲気も一切消えない。


ああ…男が三人以上集まって精神年齢が子供に…。


そんな話に巻き込まれたくないからガウリスには悪いけれど生ぬるい目で黙って見守る。


でも…今のやり取りを見ていてちょっと分かったかもしれない。シーリーやスダーシャンがヒズに必要だって言っていた言葉。


ヒズは何でも受け入れてしまう、とにかく自分が嫌だと思うものを拒否できるように悪い経験もしてもらいたい…。


きっとこういうことなんだわ。ガウリスは体を乗っ取ってみてもいいかと言われてすぐ断った。でもヒズはきっと微笑みながらこう返すはず。


「はい、いいですよお」


…ガウリスにあって、ヒズに足りない必要なもの。

それは自分の心と体を守るための、他人にいくら頼まれても決して明け渡さない、明け渡してはいけない自分の軸だわ。

エリー

「(それでもマイレージがガウリスの体乗っ取ったらどうなるのかしら…ガラの悪い俺様のガウリス…)」


~想像中~

ガウリス

「ああ?何だてめぇ、ぶっ潰すぞ」(身長二メートルからのガン飛ばし)


ガウリス

「んだゴラ死ねァアアア!」(巨体の全力ぶん殴り)

~想像終了~


エリー

「…怖!マイレージやめて!ガウリスの体乗っ取るとかやめて!」

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