引き離す方法は
「わぁ、金貨十枚だぁ」
「足りないですかあ?それならもう十枚…」
「大丈夫ですよ、最初に渡された金額を僕は受け取りますからネ」
シーリーは自身の財布にヒズから渡された金貨四枚を入れて、残りの六枚をスダーシャンに渡す。
「ええ、いいのー?僕のほうが多いよー?」
「僕は以前に勇者一行からもらった銀貨がまだ残ってるんでネ、あげます」
「うわー、シーリー好きだなー」
そんな二人のやりとりを見ながら、私はある場所をチラチラと見た。
食事を終えた後ヒズは、
「自分のことだから占い代は自分のお小遣いから払いますう、私のお部屋に行きましょう~」
と私たちを部屋まで連れてきて、机の上に置いてある可愛らしい小箱から小さい鍵を取り出したと思ったら机の一つの引き出しに差し込んで開けた。
そこにはこっちの目が飛び出るんじゃないかってくらいの大量の金貨がぎゅうぎゅうに入っていて、
「ここにお小遣いのお金をしまってるんですう、一ヶ月に金貨十枚貰うんでお礼は金貨十枚でいいですかあ?待ってくださいねえ、いーち、にーい、さーん…」
とお金を数え始めて…。あまりにびっくりしたから、
「こんなに金貨が入っている場所もその机の引き出しの鍵がある場所も他人の私たちに見せちゃダメでしょ!?そういうのは一人の時にやらないと…!」
と思わず声を出したけれどヒズは「へ?」と首をかしげて、
「どうしてですう?」
と首をかしげる始末だったのよね…。あまりに不用心すぎる…。
みるとサードもあまりの不用心さに引いているわ。何となく「こいつこの年齢でこんな不用心さでこの先どうやって生きていくつもりだ」と恐怖を覚えているような雰囲気…。
出会った当初は可愛いお姉さんだと喰いついていたけれど、この顔から察するにサードの好みの範囲からヒズは除外されたわね。まぁ良かったってものだわ、冒険の途中でサードがヒズに手を出す危険が無くなったから。
「いやぁそれにしてもトリズさんが頷いてくれてよかったですネ。じゃなかったらトリズさんの死亡と同時にヒズさんの悲惨な人生がスタートしてましたんでネ」
「ええ、そうなんですかあ?」
「ええ。ちょっと本人に伝え辛いぐらいの悲惨な人生です。回避できてよかったですネ~」
「よく分からないけどよかったですう~」
シーリーもヒズもほのぼのと笑い合っているけど…そんなのんきな感じで終わらせていい話なのそれ…?
するとヒュッとマイレージの顔に変わる。
「ところで結局俺はいつ頃ヒズと離れる予定なんだ?そんなのも分かんのか?」
その言葉にスダーシャンは「んー」と言いながら向き直る。
「マイレージさんのどうにかしないといけないって焦ってることが解消できたら離れられると思いますー」
するとマイレージは眉間にしわをよせて、
「つーかてめえらの言うどうにかしないといけないことって何なんだよ。俺は焦ってることなんて一つもねえんだが?」
「それは…」
そこで区切ってからマイレージをジーッと眺めたスダーシャンは細い目を開いてマイレージを見続けて「ん?」と何かに気づいたような声を出す。
「何だかあなたの背後にボヤ~と人影が現れたり消えたりしてるんですけど、もしかして同じように焦ってます…?んん~……もしかしてあなたのお仲間ですかね?インラス一行の皆?」
「あ?俺の後ろに奴らがいんのか?」
慌てて振り向くマイレージにスダーシャンは違う違うと手を動かして、
「あなたの記憶に強く残ってるイメージがちょっと見えたんですー。岩山で全員がお互いこれからどうしようと佇んで困惑してるような映像がチラッと…。何となくあなたの後ろにチラチラと見えた人影とシルエットが似てるんでー、お仲間全員が同じ気持ちを持っているのかなーって」
「じゃあインラス一行全員が何かをどうにかしねえといけないって焦ってるってこと?」
アレンが聞くとスダーシャンは少し首をかしげて、
「まぁハッキリと見えないんで、そうかもしれないってくらいですけどー。この感じだとそうじゃないかなー」
「全員って…まさかインラスもか?あのインラスも?」
まさかありえねぇとばかりにマイレージは言うと、スダーシャンは少し黙ってマイレージを見てから口を開く。
「インラスさんって金髪でしたよねー?その中に金髪の人は見えないんでー、その焦っている中には見あたらない…」
そこでスダーシャンの笑顔が一瞬固まった。そのまま少し驚いた顔から悲し気な顔に変化させると軽く微笑んで、
「…インラスさんのことは…辛かったですねー」
と慰めるように声をかける。マイレージも何か言いそうな気配があったけど「…まあな」とだけ答えてそれ以上何も言わない。
…もしかしてスダーシャンの目には勇者インラスが亡くなって悲しんでいるマイレージの姿が見えたのかしら。
するとスダーシャンは今の話は無かったかのように、
「まぁヒズさんにとっては巻き込まれた感じですけどー、マイレージさんにとっては偶然にもこんな風にヒズさんの体を使えるようになったのは良い流れだったのかなーって思いますー。誰にも見えないし声も届かない状況じゃ解決できないことなのかもしれないんでー」
と言いながら話を続ける。
「僕が見た感じだと多分インラス一行のほとんどの人が焦ってますー。だからその全員と会ったほうがいいんじゃないかなーって思ってるんですけどー」
「全員って…インラスもか?」
マイレージは眉をひそめながらそう言って、でも軽く首を横に振る。
「だがてめえが見たもんにインラスは居ねえんだろ?だったら別に奴とは…」
「いえ、インラスさんとも会ったほうがいいと思いますー」
「あ?」
マイレージが嘘だろという顔をするけれどスダーシャンは説得するように促す。
「何となく全員の焦っていることの中心にインラスさんがいる気がするんですー。全員で会ったらその焦ってることも解消できるんじゃないかなー。それからだと思いますねー、マイレージさんがヒズさんから離れることができるのは…」
スダーシャンが喋っている間、見る見るうちにマイレージの目の動きが落ち着かなくなっていく。
「マイレージはここまで言われてもやっぱり思い出せねえの?何かやんないといけないこと」
アレンが声をかけるけどマイレージは口を引き結びながら首を横に振って、そのまま表情はヒュッとヒズに変わった。
結局インラス一行の皆は何をそんなに焦っているのかしら。もしかしてインラスが亡くなったあと皆はこれからインラスなしでどうやって冒険を続けようと呆然としてしまって、それでこれからどうしようと焦ってしまってそれが今にも続いてるとか?
それとも勇者の証の聖剣をインラスは次の人に譲るってことを言いながら手放してしまったこと?サードが不正な手段で手に入れるまでは誰も聖剣を引き抜けなかったから、インラス一行の皆も聖剣は抜けなかったってことだものね。インラスも聖剣もなくなってしまってどうしようと焦ってたのかも…?
あれこれと考えていると、ヒズは「あのー」とスダーシャンに声をかける。
「そのマイレージさんのお仲間の皆さんってどこにいるんですう?今すぐここに呼べるんですかあ?天使様でマイレージさんを呼んだみたいに」
スダーシャンはヒズの言葉にウフフと笑いながら首を横に振る。
「無理ですよー。マイレージさんが来たのはたまたま近くにいただけだけなんですからー。他の皆はどこにいるのかは分からないですねー。そういうのはシーリーのほうが分かると思いますよー、ね」
スダーシャンが振り向くとシーリーは頷く。
「ですネ。スダーシャンがインラス一行の話を出した時から頭の中に地図と地名と方角が浮かんできてるんです、もしかしたらこれインラス一行の魂がいる場所かもしれませんから教えておきましょうネ」
シーリーは自分の荷物入れからペンとメモを取り出してサラサラと文字を書くと、アレンに渡した。
「わー、じゃあここに行けばインラス一行に会えるんだぁ、楽しみだなぁ」
アレンは目をキラキラさせながらメモ受け取って地図を広げて場所を確認したけれど、すぐさま少し顔をしかめて頭をガシガシとかく。
「うへー、めっちゃ世界に散らばってるぅ…何で皆一ヶ所に固まってくんないのぉ…」
「幽霊なんであちこち自由に行けちゃますからねー」
スダーシャンの言葉にアレンはヒィ、とのけぞる。
「やめて!お化けの話やめて!」
「勇者も英雄もその仲間も基本的に我の強い人しかいませんから、一ヶ所に行儀よく集合して待ってるなんてそうそうないですネ」
シーリーは楽しそうにケラケラと笑うけれど、目の前に現役の勇者一行と元勇者一行が揃ってるのにその言い方…。ああでもサードとマイレージを見てると否定できないかも、私は違うけど。
「しかしそれだと一行が一ヶ所に留まることはほぼないのでしょう?教えていただいた場所に今いても明日には別の場所に移動しいる可能性があるのなら場所を教えていただいても意味はないのでは?」
サードが突っ込むように聞くとシーリーは首を横に振った。
「今からどこを先にして、どこを後回しにしてもきっとその場所辺りで会えますネ。僕が書いたそれは最終的に行き合う場所でしょうから」
そう言われてサードもなるほど、と納得したのか頷いた。
「あ、そうですう」
ヒズは両手を合わせて、
「皆さんのお部屋にいい匂いする小物を置いてきますねえ。ゆっくり眠れる睡眠に効くマジックアイテムなんですう。あ、そうだお母さんの部屋にも置いてきましょ~」
と言うとそのままルンルンと部屋を出て行ってしまった。…金貨の入っている引き出しは閉めずにそのまま…。
「…別に盗ろうとはしないけどさ…これって俺ら試されてんのかな?」
「いえ、恐らくヒズさんはうっかり忘れてるだけです」
アレンの言葉にガウリスが返すけれど、二人とも「これは酷い」と言いたげな顔だわ。ヒズ…サードだけじゃなくてあなたの不用心さに皆引いてるわよ…。
するとスダーシャンがグリンと私たちを見る。
「さて。皆さんにはもう一つ付け加えておきますねー」
その言葉に私たちは顔を改めてスダーシャンを見返した。
「インラスさんと会うのは一番最後にしたほうがいいと思いますー」
「メインは最後にとっておけってことか」
アレンのよく分からないことにスダーシャンは軽く頷く。
「まあ…そんな感じですねー。僕からしてみたら全員メインで最後にとっておきたいぐらいの人ばっかりですけどー、一行の皆と一緒にインラスさんに会ったほうがよさそうなんでー」
「確認ですが、一行の全員やインラスと行き合えば自然と現在ヒズさんが憑りつかれている状況は改善されるのですか?」
そう聞くサードをスダーシャンはジッと見て、プククと笑いだす。
「いい加減その顔やめてもらえますー?後ろの人に色々聞いて分かってるんでいつも通り話してもらって大丈夫ですよー」
「後ろ?」と言いながらサードは振り返るけれど、後ろには誰もいない。それでも振り返ったあとはいつも通りの裏の顔になって、
「ヒズが居たんだからしょうがねえだろ」
と言いながらももう一度不気味そうに後ろを見て、
「つーか後ろのって何だよ、ずっと見張っていやがんのか?」
「見張ってるんじゃないですよー、遠くから見守ってるんですー」
「同じだろ、何だよ後ろにいるのって」
「多分この世界にはいない神様ですねー。……あーはいはい、あなた元々別の世界の宗教施設で厄介になってたんですね?キーチって名前だったんですか、へー、はじめに喜ぶなんていい名前ですねー」
サードどころか私たちもギョッとする。だってそれってサードが他の世界からきたことも別の名前があったことも全部分かってるってことじゃない。ってことはもしかしてシーリーもそのことはとっくに知っていたのかしら。
そう思いながらチラとシーリーを見るとニヤニヤしてる。この顔は…知っていたわね。
「それでジューショクっていう施設で一番偉い方があなたの無事を毎朝毎晩祈ってらっしゃって、その祈りが時空を超えてあなたに届いて、守る存在も後ろにいるって感じですねー。マイレージさんは魂そのものじゃないからすごく見にくかったんですけど、魂があるとすごく見やすいですねー」
「え、サードの世界の神様ここにいるの?何で?どうやって?」
「僕たちには分からない方法で飛んでくるんでしょうねー。ジューショクさんはもう亡くなってますけど、心からサードさんの行く末を祈られていたから祈りが今も生きて続けてるんですー。
あとでジューショクさんに心の中でお礼言っといたほうがいいですよー、あなたの悪運の強さ、後ろのお二方のおかげでもあるんですからねー」
サードは少し黙り込んで「フン」と鼻を鳴らした。
「…ちなみにその神様というのはどのようなお方なのです?」
神様と聞けば気になるのかガウリスが聞くと、
「えーと、ずっと上にいる方は優しいお顔立ちしてますねー。そんでもう少し近くにいる方は怖い顔で剣と縄を持ってて、背後に炎が…」
「ああ、もう分かった。ホンゾンのあれと隣の堂のあれだ」
サードはもう分かったような口ぶりでもういいとばかりだけれど、それでもガウリスは更に反応する。
「もしかしてその怖い顔で背後に炎があるのはフドーミョーオウでは?以前サードさんがおっしゃっておられた人の言葉に耳を傾けない者を脅してでも正しい道に引きずり戻す…」
「そうみたいですねー。変わった存在の方ですよ、神聖な存在のはずなのに魔に近い存在をたくさん付き従えてるんですー」
「…」
それには私も少なからず反応した。
だって前にラーダリア湖でレンナが言っていたもの、サードには聖と魔の相反する属性があって不思議だって。それにウチサザイ国では嫉妬の女神に、
『あなたはもうかたく守られてるもの。やぁよ、私そんな怖い存在に睨まれたら浄化されちゃう』
とか言われていたし…。レンナも嫉妬の女神もサードを守るそのフドーミョーオウとかいうオーガみたいな存在を感じていたり見えていたりしたのかしら。
けど本当にそんな神聖なのに魔の属性の存在がサードの世界には普通にいるんだ…。
するとシーリーは軽くため息をついてから口をとがらせる。
「いやスダーシャンが羨ましいですネ、僕そういう神様とか見えないですもん」
「え、シーリーはスダーシャンが見えてるやつ見えてないの?」
驚いて聞くとシーリーは残念そうに肩をすくめて、
「そうなんですネ。僕とスダーシャンが見る領域ってほぼ被ってますけど根本的にちょっと違うんですネ。僕はその人の過去と未来、スダーシャンはもっとあの世に近い次元」
「だから僕とシーリーがタッグを組んだらほぼ何でもお見通しなんですー」
アレンは「へー」と分かってるのか分かってないのかみたいな返事をしてから、
「じゃあ二人が力合わせたらマイレージたちの抱えた焦りとか何すればいいのかとかも分かるもんじゃねぇの?」
と聞くと、シーリーはケラ、と笑った。
「さっきはマイレージさんの前だったので言いませんでしたけどネ。彼、その何かしないといけないことは忘れたくて忘れてます」
「え」
「忘れたくて忘れたことを無理やり引っ張り出すと後が苦しいですネ。だから同じ悩みを持つ一行たちから順に会っていったほうがいい。
そうしているうちにゆっくり思い出すかもしれません、もしかしたら他の誰かは覚えているかもしれません。そうやって少しずつ焦りの原因を受け入れる時間も必要とスダーシャンは踏んだんでしょう、ネ?」
シーリーが問いかけるとスダーシャンは、
「僕はそうしたほうがいいかなーって思っただけなんだけどー、シーリーも同じ意見ならそれで大丈夫だと思うー」
と頷いた。
日本の呪術紹介的な本を図書館から借りたら、冒頭の作者のコメントで、
「シャーマンは呪いというものに頼るしかなかった知識のない人々がすがったもの。むろん助からない人の方が多かった。そんなシャーマンや呪いに頼ることのない世界になることを望む」
的な事を書いてて(内容かなりうろ覚えです)
呪術的なことをまとめてるくせに恐ろしく現実的な人だな!と思いました




