驚きの連発
ガウリスが送るとのサードの言葉にずっこけた私はすぐさま起き上がって、
「ちょっと何で人にやらせようとしているのよ!ベラにやった…ほら、ハニャラニャーみたいな呪文を唱えて上にあげるんでしょ!?」
「ハンニャシンギョーです」
サードは軽く私の間違いを訂正してから返した。
「あの時は何のしがらみもなく何が起きても不思議ではない夢の中だったから私の国の送り方がたまたま通じただけでしょう。元々神官であるガウリスが行ったほうが効果はあるはずですよ」
するとガウリスは慌てて口を挟んでくる。
「申し訳ありません、確かに私は神官でしたが人を弔うことはしたことはありませんよ」
「え、そうなの?」
私が聞き返すとガウリスは申し訳なさそうな顔で頷いて、
「私のいた神殿は主に神に祈りを捧げ信託を受けるところでしたから、神聖な場所として地上の汚れはあまり入れないようにしていました。葬儀は専門に請け負う者たちがしていましたし、私も人の葬儀に一度も参加したことがないのでやり方もさっぱりなんです」
それならサードがやるしかないじゃない。
そんな視線を向けるとサードはマイレージをジッと見て口を開く。
「ブッセツマーカーハーラーミーター…」
「何言ってんだよ」
「昔、神に近い人間が言っていたのですが、この世に在るものは実は何も無いに等しいんですよ。それでもその無いものは全て存在していて、私たちはその全てを手に入れている…」
「何の話だよ」
マイレージの簡潔なツッコミがさく裂していく。
その様子を見たサードは首を傾げて、
「無理ですね。やはりこれは夢の中のような言葉であっても感覚で意味が伝わるような特殊な状況でなければこれは通じないようです」
するとガウリスが身をのりだした。
「そういえばその呪文を教えていただきたいと思っていましたが、まだ教わっていません」
「今はそんな話をしている場合ではないでしょう」
サードはそう押し留めて、でもどこかガウリスが面倒くせえことを思い出してしまったと言いたげな表情をしているわ…。もちろん表向きの顔だけど。
「だがてめえの言う送るってどこなんだ?」
ガウリスはまだ何か言いたげだったけれど、マイレージが話し始めたからとりあえず口をつぐむ。
サードは少し考えて、
「天国か地獄か冥界か…あなたの宗教観に則ったそんな所ですかね」
「…どっちにしろあの世ってことか」
マイレージは足を広げ難しい顔で手を組んで口をつぐんだ。
身体は女の子のヒズのものなんだから足はそんなに広げないほうが…。
そう注意しようかと思ったけれど、それでも今の今まで普通に生きていると思っていたのにとっくに死んでいたなんてことを言われたらショックも受けるし混乱もするわよね。
マイレージはしばらく黙りこんでいたけれど、一つため息をついて顔を上げる。
「…分かった、そんなことならしょうがねえ」
何かあればすぐに殴るとばかりの怒ったような顔つきが緩んで、落ち着いた顔でサードを見る。
「で、結局どうすりゃ俺はこいつから離れられんだ?俺はこいつから離れたくても離れられねえんだが」
サードは「ふーむ」と少し悩んでから、
「やはりそのようなことに詳しい者に聞くのが一番では?その天使様とやらを流行らせているのはシャーマンなのでしょう?でしたらそのシャーマンに伺うのがよろしいでしょう。ヒズさんはそのような知り合いなどはいますか?」
するとマイレージの顔がヒュッとヒズの顔に戻って、
「いないですう。けどニビアならお知り合いのシャーマンさんがいるかもしれませえん」
「では今からそのニビアさんの家へ行きましょう」
立ち上がろうとするサードに私は声をかけた。
「ねえ待って、貴族相手にそんな簡単に会えるものじゃないと思うわ。こういうのってまず使いの人に手紙を渡して、約束を取り付けてから行かないと失礼にあたるものよ」
下級貴族時代にお父様から習った貴族同士の礼儀マナーをサードに伝えておく。…まあ私はそう聞いただけで、エルボ国内で約束をし合う貴族の知り合いなんて一人もいなかったけど…。
でもサードは何を言っていやがるという目で私を見返してきた。
「その貴族の娘が原因でこんなことになてしまったのですよ。何か文句を言える立場ですか?」
「…」
ああ駄目だわ、こうなったサードは止められない。それにヒズも、
「それなら馬車の準備をさせますねえ」
と立ち上がると部屋の外にいる人に「馬車をお願いしますう」と頼んでいるし…。ヒズもそんなに気にしない人ね。
皆でゾロゾロ馬車に移動してから出発し始めて、ヒズはジッと私たちの顔を見つめてくる。
「…どうかした?」
「ああいえ、勇者御一行の皆さんとこうして一緒にいるのが信じられなくてえ…。それに私の近くにいるマイレージさんもインラスさんのお仲間の勇者御一行なんですよねえ?だとしたら私って有名人に囲まれているんだ~って思ったらすごいなぁって思ってたんですよお」
ニコニコ笑いながらヒズは言うけれど…それでもお化けに憑りつかれているようなものなんだから、もう少し怖いとかこれからどうなるのか不安になったりしないものかしら。
いやまぁ、ヒズが気にしないんだったら別にいいんだけど…。
それでもヒズは少しシュンとして、
「それでもシャーマンさんとお会いしたらマイレージさんとはお別れなんですねえ、今まで大変なこともありましたけど、こうなると何だか寂しいですう」
するとヒズの顔がヒュッとマイレージのからかうような顔に変わった。
「じゃあずっとてめえの近くうろついててもいいってのか?」
ヒュッとヒズの顔に変わる。
「人を殴らないんだったらいいですよお」
ヒュッとマイレージのニヤニヤ顔に変わる。
「いいや、殴るね」
ヒュッとヒズの顔に変わって手をブンブン動かす。
「それはダメですう」
…何だかものすごい高度な一人芝居を見ている気分になってきた。
するとアレンがマイレージに聞いた。
「そういえばマイレージってさ、インラスが死んだ後はものすごく別人みたいになって地元に戻ってきたから何かに中身乗っ取られてたんじゃないか説があるんだけど、それって本当?」
マイレージは少し無言になってから、昔を思い出すような顔つきで遠くを見て鼻で笑った。
「嘘に決まってんだろ。ただ結婚してガキができて丸くなっただけだ」
そう言ってからマイレージは馬車の外を見ながら昔話を話すかのように続けていく。
「死に様も案外覚えてるもんだな…俺の若いころからは想像できねぇ穏やかな最期だった。まさか八十四まで生きて、家族だの親類だの全員に囲まれてベッドの中で死ねるなんて…。
それも幼えひ孫なんて泣きながら『おじい死なないで』って揺さぶってくんだぜ?おいおい八十四まで生きたんだから結構生きたほうだろうがって笑っちまったね」
ハハハと穏やかな顔でマイレージは笑うけれど、アレンは驚いて、
「孫もひ孫もいたんだ」
「ああ。その全員が女でな、俺に似た男が生まれなくて助かったってもんだぜ」
自分でそれ言う?
でもまさかマイレージに家族がいたなんて。勇者御一行としては最も有名なインラス達だけど、その後どうなったのかとかはよく分からないのよね。てっきりインラスが死んだ後も全員冒険をしているんだと思ってた。
「じゃあ今マイレージの年齢何歳なの?八十四?」
アレン、何そのとんちんかんな質問。
呆れながらも見守っているとマイレージは少し悩む素振りを見せて、
「死んだ記憶もあるが気分は二十三だな。…インラスと旅に出るか出ないかくらいか」
「脂ののってる頃か」
だから何なのよ、そのとんちんかんな返答。
アレンの言葉にマイレージはかすかにおかしそうにフン、と鼻で笑うと、ヒュッとヒズの顔に変わって遠くを指さす。
「そろそろニビアのおうちですう」
見ると遠くに大きい屋敷が見えてきているわ。貴族のお屋敷だから大きいには大きいけれど…ヒズの家のほうが敷地は広いし屋敷も立派な気がする。
そうして私たちは、ニビアの屋敷へ向かって行く…。
* * *
「残念でしたね…」
一言、ガウリスが呟いた。
ニビアと話したいとヒズが門番に伝えたんだけれど、申し訳なさそうにこう言われたのよね。
「ニビア様は現在熱が出ていまして起き上がるのも困難なのです。とてもじゃありませんが面会できる状態ではございません」
そのまま深々とお辞儀されながら「どうかお引き取りを…」と言われたからニビアとは会えずじまいで終わった。
ヒズは自分がコインを離したせいで呪いが…?と気にしていたけれど、すぐさまサードは、
「天使様とやらを行った時、もう一人お友達がいたのでしょう?その方にも話を聞きに行きたいのですがよろしいですね?」
と言うとヒズは、
「ロニーの家ですね、分かりましたあ。…ロニーも何も起きてなければいいんですけどお」
ということでそのままロニーの家にも行った。
そのロニーの家もすごく大きくて立派な造りで、家に訪れたらすぐさまロニー本人が玄関先までしゃきしゃきと早足で来てくれた。
大きい眼鏡をかけた黒髪でそばかすのある…少し地味な見た目だけれど芯の強そうな人。
初対面だとそんな印象だったし、話してみるとヒズが言っていたようにすごくしっかりしている人みたいだったわ。
サードがヒズの状態をかいつまんで説明すると、すぐ納得の顔で軽く頷いて、
「やっぱり。何かおかしいって思ってた。だってこの前天使様とかそんなのやったあとからヒズの様子おかしかったもん。一人でどっか見てブツブツ喋るし、男っぽい顔つきで口も性格も悪くなったりしてたし」
ロニーの言葉にヒズは「分かってくれてたんですかあ?」と感激して、心配そうにロニーに寄り添い聞いていた。
「ロニーは呪いとか大丈夫ですかあ?ニビアも呪いのせいなのか熱が出てるみたいで会えなかったんですよお」
するとロニーは呆れた顔で腰に手を当て鼻で一蹴して、
「それは嘘だよ、嘘。ニビアもあの後ヒズの様子がおかしいの見て何かヤバいって思ったんだろうね。自分にも呪いがうつるかもしれないからもうヒズに会いたくないって言ってたもん。ちなみに私昨日ニビアに会ったけど元気だったよ?」
ヒズはニビアに会いたくないと言われていたことにショックを受けているような顔をしていたけれど、それでもそんな気持ちはひとまず隅に追いやったのか、
「それで…シャーマンさんとお会いしたいんですけど…ロニーはシャーマンさんのお知合いとかいますう?」
ロニーは首を横に振る。
「いないよ。そもそも天使様が流行ってんの貴族階級の間だけだし」
「じゃあロニーからニビアにお話ししてくれませんかあ?シャーマンさんのお知合いを紹介してくださいって…」
ロニーは眉間にしわ寄せて首を横に振ると、
「ごめんね、私もうニビアとは関わらないことにしたの」
「えっ」
「だってあいつ流行には敏感だけど性格悪いし」
「ニビアはいい子ですよお」
ロニーは憐れむような目でヒズを見ながら半笑いすると、
「言っとくけどあいつ性格クッソ悪いからね。ヒズは気づいてなかったみたいだけど、あからさまに私は貴族、あんたらは商人って態度ずっと取ってたんだよ?
まあさすがに自分より金持ちのヒズには表立って嫌味言いづらそうだったけど、ヒズのことは裏で親の金しか取り柄がない女ってずっと馬鹿にしてたし、私には面と向かって嫌味言ってきてたよ。顔が点だらけで病気なのかーって。これはそばかすだっつーの」
流石にヒズもそれには言葉が返せなかったのか黙り込むとロニーは、
「ニビアは流行りに敏感だから貴族に売れる物が分かるって我慢して付き合ってきたけどさー、もうニビアも流行りに乗るより追いかける側になってきたから、もういっかなって」
「…そんな言い方は酷いですよお」
ロニーはペロッと舌を出して肩をすくめる。
「だってそうじゃん?流行りを作るのはいつでも子供かそれに近い成人前後の若者なの、商人としては若者の流行にすぐ乗っかってその先を行かないといけないの、だとしたら流行りを追いかける奴より乗ってく若者と交流していくのが合理的なんだよ」
ロニーはそう言いながらヒズに指を突きつけた。
「てかヒズも自分の生活のこと考えないとダメだよ」
「自分の、生活…?」
「そう自分の生活。家の手伝いの人から聞いたよ、ジニダに船に乗せてもらえないでヒズが置いていかれたって。これから自分がどうするか考えてる?舟の稼業やってくつもり?」
「ええと…考えてないですう。ジニダさんにはいい機会だからこれからどうするのかもういっぺんよく考えてみろとは言われたんですけどお…でも私、船頭をこれからも…」
「ヒズは船頭に向いてないからやめときなよ」
話している途中でロニーはぶった切って、ヒズはショックを受けて黙り込んでしまっていた。そのままロニーは良い話があるとばかりにヒズに近づいて、
「それでも舟の仕事に関わりたいんだったら、お婿さんとかどう?」
「お婿さん…ですかあ?」
「そう。うちの舟やってる親戚筋に独り身の男がチラホラいるからさ、その人をお婿さんに迎えればいいじゃん、そんでその男に船頭をしてもらうの」
「…お婿…さん…ですかあ…」
実感がわかないのか、乗り気じゃないのか、とりあえず返事をしているのか…。そんな口調で繰り返すヒズにロニーは、
「だってヒズもお母さんのトリズさんも船頭はできないし、舟の経営と運営もできないでしょ?あ、それともトリズさんは経営と運営くらいならできるかな?しっかりしてそうだもんね」
「…それは…分からないですう」
「ええ?自分の母親のことなのに何ができるか分からないって、それってどうなの?」
「あ、えと、でもお母さんは優しいしお料理も上手ですし裁縫だって上手…」
「それ舟の経営と運営とは関係ないよね?」
「…です、ねえ」
口ごもっていくヒズとは対照的にロニーはまさに商人とばかりに言葉を止めずに喋り続けていたわ。
「あのねえ、このままじゃヒズの家は没落一直線だよ?」
没落と聞いてヒズの顔が一気に陰っていく。そんな表情をみたロニーは慰めるような…でもどこか打算的な顔でヒズの肩をポンポンと叩いて、
「だから婿探しの件も前向きに考えておいてよ、うちの親戚筋の男がヒズの婿になって船頭になったらヒズの家の舟稼業もうちの傘下として働いてもらうからさ。没落するよりマシでしょ?…うーんと、だとすればヒズの家の舟が増えたら年間の諸経費がこれくらいだとして、儲けは…」
その後ロニーは空中を見上げブツブツとつぶやいて何かしらの計算を始めたけれど、私たちの顔をふっと見ると、
「あ、すいません、シャーマンの知り合いはいませんので私はこれで。ちょっと親戚筋にも声かけてきますんで。じゃあね、ヒズ。なるべく若い男用意しとくから」
って去ってしまって…。
最初はしっかりした人という印象のロニーだったけれど、話し終える頃にはかなり打算的な人としか思えなくなってしまった。
そこでロニー屋敷から立ち去ってからガウリスの、
「残念でしたね…」
という言葉に戻るっていうわけ。
「…あのさぁヒズ。乗り気じゃないならお婿さんの話断ってもいいと思うぜ?あの子の言う通りやってたらヒズの家乗っ取られるよ、ヤベェって」
ものすごく沈み込んでいるヒズにアレンが声をかけるけれど、その話は絶対に今じゃない。
「どうやらあのお二人を友人と思っていたのはヒズさんだけのようですね」
サードは勇者の顔を浮かべながら追い打ちをかけるようなことを言うから私は無言でサードの背中をドッとぶん殴った。
ヒズはグス、と涙を浮かべて、手でそっと目を拭う。
「…かもしれないですう。私、二人より随分年上だから…」
「つってもそんなに変わんないだろ?」
アレンの言葉にヒズはブンブンと首を横に振る。
「ニビアは二十歳、ロニーは十八歳、私は三十二歳ですう」
その言葉に全員が目を見開いてガッとヒズの顔を見た。
ええ…!?まさかヒズがそんな…ええ…!?私より一回り以上年上じゃないの、でもどう見ても三十歳を超えている年齢に見えないわ。むしろ三十二歳って、タテハ山脈の国王に収まったイクスタと同じ年齢だしガウリスより年上…!
そんなまさか嘘でしょ、どう見たって私と同じくらいの年齢にしか…むしろロニーの方が老け…ううん、年上に見える…!
私は混乱しているけれど皆も混乱している。
たくさんの女性と遊んできたはずのサードですら「まさか嘘だろ」と言いたげな驚いた顔でヒズの顔をジロジロと見ているし…。
「おや、どこか悩みのありそうな人達ですネ」
不意に声が聞こえてきて、それが特徴のある口調だから思いっきり振り返る。その視線の先にいた人を見て、
「あっ」
とつい指さしてしまった。そこには体全体を覆い隠すような紫色のベールをまとった…占い師のシーリーが立っていたから。
映画の様々なエクソシストを見て思ったこと。
「必ず最後に窓を突き破る」
そしてやった、スパイダー階段下り(ブリッジできないので断念)
そしてできた、プールでの犬神家の一族のスケキヨ(上手にできた)
ドアを少し開けてからの、シャイニング(ピシャリと閉められた)
父の前で演じた、最大限のプラトーン(そんな古いの良く知ってるなと言われた)
誰にも気づかれなかった、ショーシャンクの空に(十秒でやめた)




