どうしてどうしてこうなった
メソメソといつまでも泣き続けるヒズに、サードは表向きの顔ながらウンザリした顔をしているわ。
でも私もいつまで慰めれば泣きやんでくれるのかしらと心のどこかで考えながらヒズの背中をポンポンとあやすように叩き続けている。
私たちは今、ヒズの家の、ヒズの部屋にお邪魔している所。
そんなヒズの家はものすごい豪邸だった。
置いていかれて泣き続けるヒズを放っておけず家まで送ると、使用人だの執事だのメイドだのという人たちがワラワラと集まってきて、
「ヒズお嬢様をお送りいただき感謝いたします、お時間があるのならどうぞ家の中にお入りください。飲み物とお菓子を用意いたしましょう」
って部屋まで通されてお茶やお菓子を用意されたまではいいんだけど…それからかれこれ数時間、ヒズは泣きっぱなし。
何十回も見回したヒズの部屋を改めて眺める。
見渡す限り淡い色のふんわりしたレースに囲まれた広い部屋。ふんわりした女の子らしい雰囲気のヒズにはピッタリの部屋だわ。
こんな部屋を見ていると自然と脳内に蘇ってくるのはジニダがヒズに放ったあの言葉よ。
『花よ蝶よと育てられた箱入り娘のお嬢様には向かねえよ、この仕事は』
…ヒズには悪いけれど私もそう思う。ヒズには荷物を運ぶ力仕事も、舟を操作する職人仕事も向いてなさそう。それもこの道数十年のベテランのおじさんたちをまとめる船頭なんてものは特に。
「…それで、いつ頃そのようにマイレージさんが隣にいるようになったのですか?」
少し泣き止んできたタイミングを見計らったのか、ガウリスがそっと声をかけるとヒズは涙をハンカチで拭きながらようやく泣き声以外の言葉を出した。
「一ヶ月と…少し前くらい…?」
「何か原因など思い当たる節は?」
「…ありますう、まず私の家の話になるんですけどお…」
ヒズは話し始めた。
* * *
うちは代々ここで舟乗り稼業をしてきたんですよお。とくに三代前のご先祖様の働きで今くらいの豪商の立場になったんですう。私のお父さんも船頭として働いていたんですけどお…。
……。お父さんは三ヶ月前に川に落ちた子を助けるため川に飛び込んで…子供を地面へ放り投げた後は冬の川にのみ込まれて、そのまま…。
…大丈夫ですう。悲しいですけど子供を助けたお父さんのことは…すごく大好きですし尊敬してますう。それに体も戻ってきて最後に顔も見れましたから…普通今くらいの川の水の多さだったら体は見つからないから、すぐ発見できて運が良かったって言われましたあ。
それでもお父さんのことは皆悲しんでいたんですけどお、舟の仕事をどうするのかってことで皆すごく話し合っていたんですよお。
私もお父さんの仕事を近くで見たことはあるんですけど舟のお仕事はしたことないですしい、お母さんもお父さんのお仕事に口を出さないようにしていたから私もお母さんも舟の仕事できないでしょうって。
最初はジニダさんを船頭代わりに仕事をしてもらおうとお母さんは思っていたんですけどお、それでも私はお父さんの仕事をよく近くで見ていたから私がやりますって言ったんですう。
だから私、船頭になったんですう。
お父さんみたいに皆から尊敬されて頼られる立派な船頭になろうって…。
* * *
「なーにが尊敬されて頼られる立派な船頭だよ」
ヒズが話している最中にヒュッとマイレージに切り替わって、馬鹿にするような顔でソファーにもたれて足を組む。
「こいつの立派な船頭ぶりがどんなのか聞いてみろよ、すげえぜ。重い荷物は客に『もてなぁいお願いします運んでくださぁい』だろ?客に質問されて爺らが答えてる時に『聞きたいことがあるんですけどぉ』って割り入って、邪魔な所に突っ立って人が通れねえのに『どうぞお通りくださあい』だぜ?
隣で見てるだけでも十分にイラつく立派な船頭ぶりだったってもんだ、仕事なんて一度もしたことねえ俺でもこいつの仕事ぶりは最悪だって思ったね」
所々馬鹿にするようにヒズの声真似をしてからマイレージはヒュッと引っ込んで、顔はショックを受けているヒズに切り替わる。
そのヒズの目にじわじわと涙が浮かび始めるのを見た私は慌てて、
「それで、どうしてこうやってマイレージが?」
と聞くと、グスグスと肩を震わせながらヒズは話を続けた。
* * *
私、舟乗りの皆さんと仲良くなりたくて…力仕事でお腹すくかなって思って手作りのとびきり甘いお菓子を差し入れを毎日して、舟に乗る時に着るガウンのほつれを直すついでに可愛い刺繍を入れて、仕事終わりで戻ってきた時には夕ご飯はうちでどうぞって言っていたんですけどお…。
そうやって仲良くなろうとするたびに皆さんが私から距離を取っているような気がしたんですう。
ジニダさんには迷惑だって何回か言われたんですけどお、何が迷惑なのかよく分からなくて…。
お友達…ああ、私のお友達に貴族のニビアっていう子と、同じ舟稼業をしているおうちのロニーっていう子がいるんですう。
こんなに人と仲良く出来ないことなんて今までなかったから、どうすればいいのか二人に相談したらニビアが言うんですよお。
「それなら天使様をやりましょう」って。
…天使様?天使様は最近宮廷から貴族の人たちの中で流行っている簡単な降霊術らしいんですう。
え、お化け?お化け関係ないですよお。
え?降霊術って一般的にお化けを降ろす術?………。あー!そう言われれば降霊術って、お化けですねえ、えーやだ怖いですう…!
あ、そうです、そうです。ニビアがそれをやりましょうって言ったんですう。
天使様は天使と交信してメッセージを届けてもらえる降霊術だから、どうすれば皆さんと仲良くできるか天使様からメッセージがもらえるはずって…。
えっと待ってくださいね、これが……その時に使った実物ですう。
そうなんですう、こんな風に紙に基本の文字を全部書いて、上には「はい・いいえ」と書いて…あとはこの金貨に全員の指を乗せて、
「天使様天使様、私たちの声が聞こえたらどうかお越しください。お越しくださったらはいと伝えてください」
って皆で唱えてえ、それから『はい』に金貨が移動したら天使様が来たから色々と質問するらしいんですう。それで終わる時には、
「天使様、天使様どうぞお帰り下さい」
って唱えてえ、『はい』に金貨が移動したらそこで終わるんですけどお、天使様がお帰りいただくまで金貨から指は放しちゃいけないらしいんですう。じゃないと呪われるんだってニビアが言ってましたあ。
…呪いのせいでマイレージさんがこんな風に憑いたのって…?
…これって呪い…なんですかねえ?確かに私、天使様の途中で金貨から指を離しちゃったんですよお。お父さんの代わりに色んなことしていて家を長く空けていたお母さんが帰ってきたからつい「お母さんお帰りなさあい」って振り返っちゃって…。
でも最初からちょっとおかしかったみたいなんですう。ニビアは何回か天使様をやっていたらしいんですけどお、あの時のコインの動きがそれまで見たことがないくらい動いたみたいで脅えてたんですう。
えっと、ニビアは言うにはいつもだったらゆっくり金貨がズルズル動くらしいんですけどお…あの時はこんな感じで滑るようにヒュンヒュン動いてましたあ。
ニビアが怖がっているから私も怖かったんですけどお、でもロニーはいつも落ち着いててしっかりしているから怖がっている私たちの代わりに聞いたんですう。
「あなたは天使様ですか?」
って。そうしたら『いいえ』に金貨が動いて、
「お名前は?」
ってロニーが聞いたら金貨が文字の所に動き始めて、そうしたら『マイレージ・ランダー』って。
あの後もロニーは「天使じゃないなら何者ですか?」って聞いたら『人間』って答えて、「どこから来たんですか?」って聞いたらしばらく金貨は動かなくなったんですけどお、『分からねえ』って答えて…。
そのままロニーは、「ならなぜここにいるんですか?」って聞いたらもっと金貨の動くスピードが速くなって、こんな文章ができたんですう。
これは金貨が動いて綴られた文字をロニーが書き写したものですう、意味は良く分からないんですけどお…。
* * *
そのロニーが書いたという文字を私たちは頭を寄せて見てみる。
『気づいたら目の前にゾルゲというエルフの爺がいて、ミラーニョがどうのこうので世界を征服するから仲間になれと訳の分からないことを言われた。
意味が分からないしそのエルフの爺の態度も気に入らなくてその場を去った。だがどこに行けばいいのか分からずうろついていたらここに呼び寄せられた。面倒だから帰してくれ』
「この文章が出来上がった時にお母さんが帰って来て、コインから手を離しながら振り返ったら…すぐ後ろにこの男の人がいたんですう、これってやっぱり指を離した呪いだと思いますかあ?」
ヒズの話はそこで終わったみたいだけど…これってどう考えてもウチサザイ国でゾルゲがやってた反魂法が原因じゃない?
私は顔を上げてサードを見る。
「思えばバファ村であの時言っていたわよね?これから他の仲間を蘇らせるって。そのせいでこうなったってこと?」
サードも表向きの顔で色々と考え込んでから「でしょうね」と軽く返す。そこで私はさらに思ったことを聞いた聞いた。
「ってことは、今もマイレージみたいに…他の皆もどこかでさ迷ってるってこと?」
そう言ってから私はサードの返答を待たずにヒズに視線を移して、
「ねえ、マイレージは他の仲間を見ていないの?インラスとか…」
と聞くと、ヒズの表情がヒュッとマイレージに変わってぶっきらぼうに答える。
「見てねえよ」
ということはマイレージはインラスと他の一行の皆とも会っていないのね。
すると今度はサードがマイレージに声をかける。
「あなたはゾルゲという老齢のエルフに呼び出されたと聞きましたが、我々はそのゾルゲを知っています」
するとマイレージは目を見開いてサードの胸倉を掴むと、脅すような声の低さで詰め寄る。
「知ってんのか?」
「ええ」
「だったらそいつの所に連れてけ、あのエルフ爺が呼んだんだからあいつしか元に戻る方法は知らねえんじゃねえかって思ってたんだ、どこにいやがる、俺をそいつの所に連れてけ!」
ガクガクと揺らして脅すように言うマイレージの手を、サードは軽く微笑みながら掴んで離させた。
「残念ながらゾルゲは死にました。自身が呼び出した者の手によって」
「死んだぁ!?」
声をひっくり返しながらマイレージはドサッとソファーに座ると、唸りながら頭をガシガシとかきむしる。
「だったら俺どこに行けばいいんだ…」
悩むマイレージを見てサードは何かにふと気づいたのか質問をする。
「そういえばマイレージさんは自身がどのような状態になっているのかご存知ですか?」
「あ?」
「あなたがそのヒズという女性の近くにいて何か疑問に思ったことはありませんか?」
「…疑問?何が」
「あなたは降霊術で呼び寄せられたのです。先ほども言いました通り降霊術とは幽霊と関係するもの、だとしたらあなたがどのような存在になっているか理解できるのでは?」
「…?」
マイレージは意味が分かって無さそうな怪訝な顔つきで黙り込む。
その表情を見たサードは理解したとばかりに身を引いて私をちらと見た。
「これはフェニー教会孤児院の時のベラと同じですね。自身の今の状態がよく分っていない」
「んだゴラ喧嘩売ってんのか」
マイレージはイラッとしているけれど、私は納得できた。
フェニー教会孤児院で出会った幽霊のベラは自分が死んだことに気づいていなくて、死んでもなおサードと冒険をするんだと、ずっとサードを待っていた。
周りからは自分は見えていなくて、子供たちを夢の中に引きずり込むようなこともしていたのに自分は生きていると思って…。
サードは聖剣を腰から引き抜くと、マイレージに見せるようにテーブルに置く。
「これに見覚えは?」
マイレージは聖剣をしばらく見て、インラスの聖剣だと分かったのか急にガタッと引きつった顔で立ち上がっるとそのまま青い顔でサードを見下ろす。
「…お前誰だ?まさかインラス…」
サードはニッコリと微笑み、
「今現在、世間から勇者と呼ばれているサードと申す者です」
「サード?…じゃあインラス、インラスは…」
マイレージは混乱の顔でインラスの名前を繰り返して…でも段々と記憶が繋がるような顔付きで、片手で頭を押さえる。
「…そうだ、死んだ…死んだんだインラスは…聖剣を岩に突き刺して…」
そこまで言うと記憶がバッと一瞬で蘇ったのか、ソファーに力なく座って両手で頭を押さえると、小さく呟いた。
「俺は…死んだのか…」
「あなたが死んで六千年ほどたっています」
「六千…そんなに?」
サードは軽く頷いて、
「どうやらあなたはゾルゲに無理やり呼び寄せられ、帰り路が分からなくなってしまっているようですね。よければ行けるところに送りましょう」
そうか、ベラにやったように天に帰すのね。
そう思って見守っていると、サードはガウリスに視線を向けてガウリスの肩を叩いた。
「この男が」
私はずっこけた。
こうして距離を取られた
ヒズ
「動くとお腹空きますよねえ?お母さんに手伝ってもらってお菓子作ったんですう。どうぞ、たくさんありますよお」
舟乗りたち
「うわぁなんか見たことないお洒落なお菓子、うまそうだなぁパクリ(ウッ…油で揚げたものに生クリーム?これ食い過ぎて舟乗ったら気持ち悪くなりそう…けど食いきれないぐらいある…)」
ヒズ
「ガウンのほつれ直すついでにお花の刺繍入れましたあ、皆さん可愛いですう」
舟乗りたち
「…(余計なことすんな…!)」
ヒズ
「夕ご飯はおうちでどうぞお、お母さんとお料理作ってふるまいますう」
舟乗りたち
「…(それより帰って寝たい)」
「…(行きつけの店に酒飲みにいきたいんだよな俺)」
「…(女房と子供の顔見るまで仕事終わった気しねえから家に帰りたい)」
「…(俺らいつまでこいつのおままごとに付き合わねえといけねえんだ…?)」




