さぞや名のある勇者御一行と見うけたが、なぜそのように荒ぶるのか
大暴れしたお姉さんは今、しゃがみ込み膝に顔をうずめるようにしてえぐえぐと泣き崩れている。
「また…またこんなことになっちゃったですうぅ…うえぇえええ~…」
自分よりいかつい男の人たちを殴り飛ばした時の形相も雰囲気も全て消えているから、そ〜っとお姉さんの背中に手を伸ばして恐る恐る撫でて慰めた。
これで急に形相を変えて殴られたらどうしようと思ったけれど、お姉さんは泣き続けるだけ。
「だ、大丈夫…?」
声をかけるとお姉さんはスンスンと泣きながら顔を上げて、
「お、お客さんにもっ、ご迷惑かけてっ、ほ、本当に、本当に…」
お姉さんはそこで感極まったのかブワアッと涙をあふれさせ、
「ごべんなざいぃいい…」
と頭を下げてから右上をバッと見て、腕をぶんぶん振り回す。
「あなたもどうしてすぐ人を殴っちゃうんですかあ?ひどい、ひどいですう、殴っちゃダメですよお」
と言いながらまた泣き崩れてうずくまっていく。
でも…お姉さんが見た右側には誰も立っていない。
もしかしてもっと遠くに誰かいるのかしらと遠くを見てみたけど、それでもやっぱりお姉さんの右方向には特に誰もいないし、立派な蔵があるだけ。
どういことか分からなくて皆と顔を見合わせていると、サードが前にスッと出てお姉さんの隣に座り肩に手を回し、優しく声をかけた。
「何か困っていることがありますか?良ければお話くらいは聞きますが。ところであなたのお名前を伺っても?私はサードと申します」
「…私は、ヒズ·ジョーエスですう」
大体の人はサードの名前を聞いて噂に聞く勇者らしい紺色の装備に身を包む姿をよーく見て、そこで「もしかして勇者御一行!?」という反応になるけれど、お姉さん…ヒズはスンスンと鼻を鳴らし可愛らしいフリルのついたハンカチを取り出し涙をぬぐいながら自己紹介するだけで、
「でも信じてもらえるかどうか分からないくらいのことでえ…」
と続けた。
「まずはお話しください。そうでなければ我々も…あなたの仲間も何も分かりませんよ」
その言葉にヒズはウルッと目を潤ませ、またポロポロと涙をこぼしていく。
「私も何がどうなってるのか分からないんですよお、でも、でも本当のことなので、信じてください…お願いしますう」
お姉さんはそう言うと右の…アレンの手前を指さした。
「ここに男の人が居るんですけどお」
ヒズの指さす場所を見るけど、やっぱり誰も立っていない。アレンは瞬間的にヒッと顔を引きつらせて飛びのくと、
「そ、それ、それって、お、おば、お化け…」
と自分の目の前を迂回しながら私の服をキュッと掴みにきた。
ヒズはお化けとの言葉に今更ながら怖くなったのか「ヒッ」と言いながらアレンと同じように近くにいた私に抱きついてくる。
「…それで、それってどういう男の人?」
抱きつかれながらも話を先に促すと、ヒズはオドオドした顔で男の人がいるという場所をチラと見る。
「身長は…そこの赤毛のあなたと同じくらい、体格も同じくらいの少し細身の筋肉質な体でえ…髪の毛は短いダークブラウン、目の色はとび色、顔の左あごから鼻を通って右目の下まで伸びてる傷があってえ、…怒ってないんですけどいつも怒ってる顔で周りを睨んでるような目をしてますう」
目の前にいる人をしっかり捉えながら説明しているような目つきでヒズは説明していく。やっぱり私たちには見えないけれどヒズにはその男の人はしっかり見えているんだわ。
「ヒズさんはその男と話ができているように思えましたが、彼とは話せますか?」
サードが聞くとヒズはコクコクと頷く。
「会話はできますう。私の声も皆さんの声もこの男の人に聞こえてるみたいですけど…でも私以外の誰にもこの男の人の姿は見えないし声も聞こえていないみたいでえ…周りからは私が一人で喋ってるみたいになってるんですう…それでたまに私の体の中に入って人を殴ったりするんですう」
ウリュ、とヒズはまた涙ぐんできて、ガウリスが優しく慰めるように声をかけた。
「そうなのですね、でも会話できるのならきっと大丈夫です。少々彼と会話したいのですがそれは可能でしょうか?」
すると涙ぐんでいたヒズの目つきがヒュッと鋭くなってガウリスを睨みあげる。
「ようやく話が通じそうな奴らが現れたな」
ヒズ…じゃなくてこれはヒズの隣に居るっていう男の人ね?さっき人を殴りかかった時と同じ野太い男の声と怒っているような顔つきは。
ガウリスも裏用・表用と表情を切り替えるサードをいつも見ているからか全く驚くことなく、
「ではお名前をお教え願えますか?」
と聞くと、男の人は答える。
「マイレージ・ランダーだ」
素っ気なくマイレージという男の人は答えた。
でもそのフルネームを聞いて私たちは「エッ」と声を上げて驚いてマイレージと名乗る人を一斉に見る。
そのまま私は驚きながらも確認するように聞き返した。
「マイレージ・ランダーって、あのマイレージ・ランダー!?」
マイレージ・ランダーって歴代最高の勇者、インラス一行の一人の武道家よね?色々と派手なエピソードが沢山ある。
確かマイレージは大人ですら手こずる程の身体能力向上魔法が産まれた時から使えて、有名なエピソードの一つに生後四ヶ月の頃の話があったわ。
狂暴な獣型モンスターが町中を暴れ回って窓を突き破り家の中に侵入してきたけど、マイレージは襲いかかる獣型モンスターを身体能力向上魔法で捕まえて、遊びながら嬲り殺してしまったっていうものが。
大人たちは獣型モンスターにもマイレージにも近寄れずただ遠巻きに見ていることしかできなかったとか…。
そんな風に強すぎるせいで家族や周囲の大人から脅えられ腫れ物を触る扱いをされ続けたマイレージは、成人前に家出して裏の世界に身を投じてしまったのよね。
その裏世界で特殊な拳を使う武術を教えられて、そのまま裏武道で活躍していた時にインラスがやってきたはずだわ、その裏武道を問題視していた国がインラスにどうにかしてほしいって助けを求めて。
その戦いでマイレージはインラスに負けて顔に深い傷を負い、その強さに惚れこんで仲間となった後はインラスがドラゴンの毒で死ぬまで隣で支える存在になった。
これが私も他の人たちも大体知っているマイレージの生い立ちだと思う。
「けどまさか、本当にあなたはインラス一行のマイレージ・ランダーなの?」
「俺がそのマイレージ・ランダーだったら何か悪いってのか?」
不愉快そうに言われるから私は悪くない悪くないと首を横に振るけれど、それでもまず聞きたいのは…。
「何でヒズに憑りついているの…?」
聞くとヒズに憑りついてるマイレージは頭をかく。
「何か知らねえがこうなってんだ、てめえらどうにかしろよ」
そんな急にどうにかしろって言われても困るんだけど…。私たちもヒズも何がどうなっているのか分からないんだから。
思わず黙り込むと、ヒズが落ち着いているのをみた仲間のおじさんたちが遠巻きにこっちを見て様子を伺っているのが視界に入る。
ガウリスもそんなおじさんたちに気づいて声をかけた。
「今のヒズさんの様子を見ても分かるでしょう?どうやら人を殴っていたのはヒズさんではありません、こちらのインラス一行の一人であるマイレージ・ランダーさんのようです。詳しくは分かりませんがヒズさんの体にマイレージさんが入り込んでの行動だったそうで…」
分かりやすく事情説明しているけれどおじさんたちの頭には「?」が浮かんでいるような表情でお互いの顔を見合わせている。
でもそりゃそうよね。かの有名な勇者御一行の武道家マイレージがどうしてヒズに入り込んで人を殴っていたの?それならマイレージってお化けみたいにヒズに憑りついているってこと?そんなことが現実に起こるの?
私もそんなことを考えていたんだから、おじさんたちもそんなことを考えていると思う。
「そらみろ、話が通じねえ。怒鳴って荷運びするしか能のねえ頭固なジジイしかいねえからな!」
マイレージがそう言いながら中指を立てると、一番の年配に見える白髪頭のおじさんがカッとなったのか前に出る。
「客を殴り飛ばしたくせに偉そうに言うな!インラスの仲間のマイレージだかどうだか知らねえが、御高名の勇者一行のすることじゃあねえだろうが、こりゃ俺たち舟乗りの信用問題に関わることだ!すっこんでろ永遠に!」
マイレージはブチッとキレた顔になると、顔の前で両拳を軽く握りその場でトントンと前後に軽くジャンプしながら身構えた。
「すっこませたいなら俺を倒せよこの老いぼれが!」
殴りかかろうとするマイレージをガウリスとアレンが両側からガッシリと掴んで動きを止めると同時に、
「んだこのガキがぁ!」
と腕をまくり、殴り掛かろうとする年配のおじさんを他のおじさんたちが、
「ジニダやめろ!」
「落ち着け!落ち着けって!」
と数人がかりで止める。
あの白髪頭のおじさんはジニダって言うのね。それにしても…どっちも動けない状態で足だけバタバタしているから、傍目だとちょっと笑える。
おかしくて「ふふ」と笑っていられたのもそれまでこと。
「邪魔だ!」
「うわー!」
力任せに体をギュルンと回転させたマイレージの動きに合わせてアレンが空中を飛んで地面にダアンッと叩きつけられた。
そのままキュッとガウリスに体を向けたマイレージの腕が、目に見えない速度で真上に動いてパァンッと音が響き渡る。同時に「うっ」とガウリスが短く叫んで鼻を押さえながらのけぞりマイレージから手をゆるく離した。
一瞬の出来事に何が起きたのかの判断が遅れたけれど、状況的にマイレージが自由の身になっておじさん…ジニダに殴りかかろうとしているのだけは理解できる。
慌てて私はジニダの前に杖を割り込ませてマイレージの行く手を阻むと、体も移動してマイレージの前に腕を広げて立ちはだかった。
「待って!あなたが本当にマイレージなら一般の人との力の差は分かってるでしょ!?あなたが本気出したら殺しちゃうでしょ!?これ以上暴力はやめて!」
私を弾き飛ばす勢いでジニダに迫っていたマイレージは私の服に触れるかどうかの所でギリギリ立ち止まって、私を睨みつけてきた。
「どけよ、その可愛い面潰すぞ」
その言い草にムッとなって、杖の先をマイレージに向ける。
「その前に私の魔法で吹っ飛ばすわよ」
「この距離だと俺のほうが速ぇんだぜ?」
やんのか?とばかりの挑発的な顔に余計にムッとなる。
「私の魔法だって早いもん、負けないもん」
言い返すとマイレージは思わずなのかフッとおかしそうに鼻で笑って、攻撃の姿勢をゆるゆると解いた。
「言っとくが俺は身体能力向上魔法は使ってねえんだぜ。気ぃ使って純粋な力で、それも手加減して地面に沈めてやってんだ。俺が本気出したら一発で首と胴体が泣き別れだからな」
「それでも人を殴るとか最低…。勇者インラスの御一行のくせに…」
思ったことがポロリと口から出ると、マイレージの眉がピクと上がって、ガンを飛ばすように私にジワジワと迫ってくる。
「インラスの仲間だからってなんだ?そんなに品行方正にしねえといけねえか?そんなに立派な輩になんねえといけねえってか?ああ?」
「わ、悪かったわよ…」
とりあえず謝りながら距離を取る。
まあ私たちだって勇者御一行だけど品行方正かと言われたらそうでもないもの。そもそも品行方正に当てはまるのはガウリスくらいのもので、品行方正から一番遠いのが勇者本人のサードだし…。
するとガンをつける目つきを引っこませたマイレージは、マジマジと私を見てきた。
「お前、見れば見る程可愛い面してんな」
「…どうも」
どうにもマイレージは喧嘩っ早いようだから、あれこれ言い返さないでやり過ごそうと軽くお礼を言うと、首の後ろに手を回されて押さえられたと思ったら、クイとあごを動かされる。
「まあ体は女だがキスくらいならいいか」
近づくマイレージの顔に思わず目を見開いてのけぞろうとすると、鋭い目が大きいくりくりとしたものヒュッと変わって、
「やぁん!」
と私を押しのけて両手で顔を覆う。
「キャアアア恥ずかしいですうぅう!会ったばっかりなのにチューとか大人の世界ですうう!いやーん!」
真っ赤な顔でイヤイヤと上半身の身をよじっているのは…マイレージじゃなくてヒズね。ああびっくりした…もうちょっとでキスされる所だった…。
そんなイヤイヤしているヒズを見たら喧嘩腰だったジニダの気も抜けたみたい。渋い顔つきで額に手を当て天を仰いで、そのまま頭をガシガシとかくとヒズを見る。
「ヒズよ、本当にてめえの近くにはマイレージってのがいんだな?」
ヒズはまだ顔を真っ赤にしながらも大きく頷く。
「そうですう、今もここに立ってますう」
指さす方向をみてもやっぱり私には見えない。もちろん他の皆にも。
ジニダは腕を組んで、面倒くさそうに鼻でため息をついた。
「…それが本当かどうかはさておき…せめてそのマイレージが客商売に向いてる性格だったらな…」
するとヒュッとヒズの顔がマイレージに切り替わって、拳をグッと握る。
「客商売は得意だぜ、ゴチャゴチャうるせえ奴を一発で黙らせてやる」
「…」
ジニダは呆れたように眉をひそめて、
「あんたじゃなくてヒズに俺の声は伝わってんのか?」
と聞くとマイレージの顔がヒュッとヒズに戻った。
「はい、聞こえてますう」
「ならヒズ、しばらく休め」
「ええっ」
驚くヒズにジニダは吐き捨てた。
「そんないつ殴ってくるかも分からない奴を…いいや、それよりそんな訳の分からんことになってる奴と逃げ場もない閉鎖された船に何日も乗れるか」
「で、でも、船頭がいないと舟は動けないじゃないですかあ…」
「俺ぁガキん時から舟の上で仕事して今は七十過ぎてんだぜ?お前が居なくたって十分に動かせらぁ」
ジニダの言葉にヒズの体が硬直する。ジニダは腕を組んだまま後ろの仲間たちをチラと見てからヒズと向かい合った。
「俺らは今までお前の親父さんとその前の親父さんへの恩があったからお飾りで乗せてただけだ。いい機会だからヒズもこれから自分がどうするか、もういっぺん良ーく考えてみろや。
ただマイレージとやらは関係なくお前は舟にゃ向かねえって全員が思ってるぜ。花よ蝶よと育てられた箱入り娘のお嬢様には向かねえよ、この仕事は」
呆然と立ち尽くすヒズを後目にジニダはクルリと背を向けて、
「最後に荷揚げ忘れねえか確認しろ、殴られた奴は念のため今回は家に帰してやれ、舟ん中に入れた荷が崩れやしねえか、危ねえ場所に客が座ってねえかの確認もしておけよ、それ全部できたら出発だ」
とあれこれ指図して、そのままてきぱきとおじさんたちは動き回り、船頭であるヒズを置いたままさっさと舟は出発していった。
タイトルは「もののけ姫」より
猫
「やんのか?やんのか?」(もりもりもり…と体を弓なりに高くする)
マイレージ
「やんのか?やんのか?」(軽く握った拳を顔の前に控え、足をゆったり広げステップを踏む)
アレン
「うわー、猫可愛いけどマイレージこえー」
猫
「やらないのか~」(シュルシュルと猫の形状に戻る)
マイレージ
「いいや俺はやるね」(殴る)
アレン
「うわー、猫は一旦落ち着くのにマイレージ落ち着かねー」




