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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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次…の前に観光

とりあえず全員でイージンの元からデキャージャ国に戻ってきた。

戻りは行きよりもゆっくり飛んでもらったけれど、それでも頭に血が昇るような圧迫感は変わらなくて、結局リロイの手から降りるころには皆行きの時と同じ状況だった。


「これからリロイどうすんの?俺らはもう少し落ち着いたら南東に行くけど」


動けるようになってきたアレンがリロイに声をかける。


そう、私たちはイージンが言っていた神そのものの存在になっているドラゴンがいる地域へ行ってみようってことで決まったのよね。

まあ私たちが大体活動している北側はまだまだ冬の寒さが厳しいだろうからもうしばらく南側にいようってことでもあるけど。


アレンのどうするのかという質問に一人ケロッとしているリロイは答える。


「我はレディアとボーチの近くで過ごすつもりだ」


するとまだ気持ち悪そうにうずくまっているレディアはリロイを睨みつけた。


「仕事の最中にあなたみたいにムッツリした顔の危険種に周りをうろつかれると迷惑です。あなたはどこかでアリでも見て過ごしていればいいですわ!」


…レディアは行きも帰りも酷い目に遭ったから怒っているわね?


リロイはレディアの言葉に口をつぐんだけれど、それでもすぐ口を開く。


「だがボーチはレディアと我の傍にいる約束のはずだ。我だけ別行動なのは…」


「先ほども言いました通り、仕事の間中その愛想のない顔で無駄に体格が大きいあなたに周りをうろつかれると迷惑です」


「…」


リロイはどこか寂しそうに黙り込んでしまう。


「そうか…分かった…」


トボトボとレディアから離れてションボリ座り込むリロイ。その近くで仰向けになって腕で顔を隠し休んでいるサードが、レディアに聞こえない程度の声でボソリと毒ついた。


「女の意見に素直に頷いて何でもすぐ従う男はつまんねえ奴だって捨てられるぜ…」


リロイはサードの言葉に目を見開くと、立ち上がってレディアの元にズンズン向かう。


「いや、やはり我は二人の傍にいるぞ、何があっても傍にいる、離れん、離れんぞ」


「な、なんですの急に…」


意見が急に百八十度変わったリロイにレディアはギョッと戸惑っていて、その様子がおかしくて思わず笑っていると

ボーチはため息をつきながらやれやれと首を横に振る。


「あたしより年上のくせに初心いこったな、恥ずかしすぎて見てらんねえ」


成人もしていない少女の言うセリフじゃない。


ちょっと呆れているとボーチはしょうがねえや、という顔でコロッと表情を前に見ていたような控えめな少女らしい顔つきにすると、


「お父様❤」


と語尾にハートをつけてヒシッとリロイの腕にしがみつく。


「ボーチ、リロイはあなたの父親じゃありません」


レディアがボーチを引き離そうとするとボーチはリロイの腕にしがみついたまま、んべ、と舌を出す。


「リロイはあたしに子供になるかって言ったんだ。だからこいつはあたしの親父なんだろ?そんでババア…レディアはあたしのことは子供みてえって言っただろうがよ。だったらリロイは父親で、あんたは母親ってことになるんじゃねえのかよ?ああん?どうなんだよお母様?」


「…あなたいい根性してるわ」


「てめえに言われたくねえよ。で、お母様のあんたはこんなに父親に懐いてんのにあたしとリロイを引き離すってえのか?可哀想とは思わねえのかよ」


そう言われると思わずレディアは詰まったように口の中で吹き出し、呆れたような笑いを浮かべながらボーチを見つめる。


「分かりました、負けました。それならリロイも同行するのを許します。…あなたはこれで満足かしら?」


ボーチは、やれやれようやく話がまとまった、苦労かけやがってという顔で頷くとリロイを見上げて、


「だってよ、良かったなリロイ。これから三人一緒にいれるぜ」


と肘でリロイの足を小突く。


「…ん。ありがとう、ボーチ」


リロイはボーチの頭にそろそろと手を近づけてそっと撫でる。


ボーチは手を伸ばされてわずかにビクと体をのけ反らせたけれど、リロイに頭を撫でられると次第に嬉しそうに目を細めてニンマリ笑い、リロイの腕に強くしがみついた。


その様子を見ているとお父様と幼い頃の自分が重なる。

私もボーチと同じ年齢の頃、お父様の腕にしがみついてはニコニコと微笑まれ頭を撫でられていたっけ…。


あの時の幸福感を思い出しながらボーチを眺める。


ボーチは今まで想像を絶する生活を送ってきた。

それがこんな風に自分の全てを受け入れてくれるレディアとリロイに巡り会えて、家族になって…。本当に良かった。


「さて、ではあなた方の幸せをこれ以上邪魔してはいけませんので、我々も次の旅に行きますか」


ようやく起き上がったサードはさっさと出発するような発言をする。


「行くんだな」


リロイの言葉にサードは頷いた。


「まだ日も高いですしね。この国からの我々あての依頼はありませんから。…ヲコについては何か分かり次第レディアさん宛てに手紙を送りますよ」


「そうですわね、そうしていただけると私もこの国にドラゴンの危険はないと宣伝できるのでありがたいですわ。それと…」


レディアは何かの紙の束を取り出すと、その全てにサラサラとペンで文字を書いて丸ごとサードに渡す。


「これは私宛の請求書です。この国から出るまでの移動は馬車を使ってくださって結構ですわ。途中で食事をした時、観光した時、宿泊する時、馬車を降りた時にこの紙を一枚担当した者に渡してくださる?そうしたら私が勇者御一行の使った金額を肩代わりしてお支払いいたします」


「それはありがたい話です」


ケチなサードはよっしゃ、とばかりに…それでもそんな感情を隠しながら微笑むと、レディアも微笑んでサードを見る。


「ただし条件がございます」


「条件?」


条件との言葉にサードが聞き返すとレディアは頷く。


「この国から出るまでに最低でも一人金貨一枚、四人いらっしゃるから最低でも金貨四枚使って豪遊してから出ていくこと」


豪遊…。豪遊…?


ポカンとして思わず隣に並ぶガウリスと顔を見合わせるとレディアは笑いだす。


「お金というのは使える時に使うものですわ。こういうお礼と別れを兼ねた時などは特に。いいですこと?この国から出るまで四人で最低でも金貨四枚使うほど値段の高いホテルに泊まり、いい食事を食べ、観光して遊び、ランクの高い馬車を使っていってくださいませ。

もし金貨四枚分も使わないまま国外に出てしまった時には、勇者御一行は金をろくに使わないケチな方々だったと国中に言いふらしてやりますからね」


レディアは悪戯っぽく、それでも妖艶に微笑んで皆の顔を見渡した。


「せっかく観光に力を入れているこの国にきたのですから、ただ冒険の途中で立ち寄っただけと素通りさせませんわよ。存分にこの国の楽しさを味わってくださいませ」


ホホ、と笑うレディアに思わずサードも、私もアレンもガウリスも全員笑った。


* * *


「あ、ほらここ。ここが例のインラス一行の魔導士のベルーノの生家だって。なんかこれ当時の家の再現で中は資料館になってるんだってさ。入ろうぜ」


インラスはサードの持っている聖剣の元の持ち主で、歴代最高の勇者。


私たちは最低でも金貨四枚使うようレディアに言われたのと、確かに観光地がたくさんある場所に来たのにスルーして立ち去るのも勿体ないとまず近い所にあった魔導士ベル―ノの生家に訪れた。


魔導士ベルーノはインラスの仲間になった魔導士の男の人で、人々を襲うモンスターや魔族、ドラゴンから人々を守りたいというインラスの心に打たれて仲間になった人。


外観からして喫茶店みたいな雰囲気。どうやらベルーノの生家は喫茶店だったみたいね。

玄関脇に建物内の簡単な見取り図が飾られていて、それを見ると元々の喫茶スペースはその当時の内装がそのまま再現されて、その後ろの生活スペースが資料館みたいになっているみたい。


ついでにベルーノの説明も飾られているわ、えーと…。


『ベルーノは生まれながらに精神魔法の一種である言葉の魔法を身につけていた。三歳のころ呼び込みをする近所の大人を真似て「いらっしゃい、いらっしゃい」と店の前で言うと道の前を歩いていた二十数名が一斉に入店したという。

しかしその魔法は彼の意志とは関係なく人を動かしてしまう魔法であり、彼自身は必要な事すら話さず常に筆談していて、勇者一行もベルーノの声を聞くのはモンスターと戦う時だけだと語っている。

彼がそのように無口になった原因は、子供のころ可愛がっていたペットの犬に手を手酷く噛まれ、「お前なんて嫌いだ!僕の前から永遠に消えてしまえ!」と怒鳴ったら犬がそのまま狂ったように走り去り二度と戻ってこなかったという悲しいエピソードからきている』


そんな喫茶店みたいな玄関脇には犬小屋が置かれていて、そこから走り出そうとしている犬の銅像がある。


…。その消えた犬のエピソードを再現しているのかもしれないけど、ベルーノが人前で話さなくなったトラウマものをわざわざ再現しなくてもいいんじゃ…。


「永遠に消えてしまえ!」


しかもアレンは手を押さえてベルーノのトラウマになったシーンを再現してエヘヘヘと笑っているし。


それでもその走り出そうとしている犬の銅像を見ると皆もついやってしまうみたいで、私たちが喫茶スペースに入ったあとでも外からは他のお客さんの「僕の前から永遠に消えてしまえ!」って盛り上がる声が度々聞こえてきた。


「皆楽しそうね…」


呆れて呟くとアレンは喫茶スペースのお店の人が立つカウンター向こうに手をつきウキウキと辺りを見渡しながら、


「だって有名な勇者御一行の家だぜ?やっぱ楽しいしテンション上がるじゃん?」


あなたもその世間的に有名な勇者御一行の一人なのよアレン…。あ、私もか。


だとすばれインラス一行の皆の生家もこうやって再現されていたりするのかしら。

確かインラス一行のパーティは…。勇者インラス、魔導士ベルーノ、武道家マイレージ、弓使いのナディム、狂戦士リビウスの五人だったはず。


そういえばミレイダはこの五人の中に魔族が混じっているって言っていたけど、結局誰なのかしら。

あり得るとすれば魔導士のベルーノっぽいけど、こうやって子供のころのエピソードも生家もあるんだからベルーノはきっと人間よね。


むしろアレンとガウリスの実家も後々こんな風に再現されるのかしら…。サードは他の世界からやってきていて私は偽名を使って旅をしているから生家なんてものは残らないと思うけど…。


遠い未来に意識が飛んでボーっとしていると、ガウリスが「エリーさん」声をかけてきてハッと我に返った。気づいたら喫茶スペースから奥に皆が移動している。


慌てて追いかけていくとベルーノの部屋って書かれてある案内板があって、中にはベルーノ直筆の両親に宛て筆談したメモ用紙の展示物が透明なケースの中に飾られている。


文字を見ると今は使われていない昔の文字と文法も少じ混じっているけどちゃんと読めるわ。


それにしてもなんて丁寧で綺麗な読みやすい文字なの?字を見るだけでベルーノはこういうしっとり落ち着いた人なのかもと思えるぐらいの字…。


でもそのメモ用紙を見る前に展示説明を先に見たほうが理解が深まるかもと思って説明を見てみる。

これはベルーノがインラスたちと旅に出ると決意を決めて、両親にその心を打ち明ける時に書かれたもの。それでもベルーノは両親との別れに心を痛めているっていう…そんな内容みたい。


早速メモ用紙に目を通してみた。


『お父さん、お母さん、私はインラスたちと共に旅に出やうと思います。

きっと大丈夫です、これから大変な道に向かふことになりませうがこれ以上人々に被害が出ないやうになるのなら私はインラス達と旅に出ます。

安心してください、私一人で皆が救われるのならバ後悔などありません。

最後にお母さんの作った料理が食べとうございます、お父さんとお酒が飲みとうございます。

明日、出立ゐたします』


「…」


最後のお母さんの料理が食べたい、お父さんとお酒が飲みたいの部分が心にズンと来た。

ベルーノは人々を助けたいと家から出ることを決めた、でもお父さんとお母さんを離れるのも辛いことで…。

そのことについては実際に家族と離れて冒険をしている私もすごく共感できる。一気に胸の内が家族のことでいっぱいになってしまって郷愁にかられる…。


しかもそのメモ用紙の補足みたいな説明を見て、余計に胸が苦しくなってきた。


『このメモ用紙の所々のインクがにじんでいるのに気づいただろうか。これは涙の痕で、ベルーノは涙を流しながら両親の前でこれを書いたのだろうと考えられる』


テーブルを囲んでお父さんとお母さんに見つめられ、ほろほろと涙を流しながら丁寧に一文字ずつ静かに丁寧に書き進めていくベルーノの姿が鮮明に頭に浮かんだ。


そうなると余計に胸が締め付けられる…。


「…遺書みてえな内容だな」


周りに他に誰もいないからか、サードがポツリとそんなことを呟た。


何気にホームシックみたいな気持ちになっていたのに、遺書みたいの言葉で一気に気持ちがスウ…と沈んで現実に引き戻される。


「こんなに気持ちのこもったものになんてこと言うのよ!」


腹立ちまぎれにビシと叩くとサードは嫌な顔をしながらベルーノ直筆のメモ用紙を指さして、


「どう読んでも遺書だろこれ」


「なんかこの手紙みてホームシックになって冒険者やめる人多いんだって」


サードと違ってアレンは別の説明を見てヘラヘラ笑いながら指さしているけれど、ふと顔つきを改めて、


「え、皆大丈夫!?やめるとか言わないよな!?」


と慌てて確認を取り出した。


「やめないわよ」


そりゃあホームシックになりかけたけど…。家に帰って皆に会いたくなったのも事実だけど…。


ともかくもう一度メモ用紙に目を戻す。


サードの言葉で嫌な気分になったから、もう一度読み直して気持ちの整理をしようっと。


…それでも遺書と言われてからそういう気持ちで見てみたら、確かにそんな風にも見えて気が重くなってきた…。うーん、サードの余計な一言のせいで嫌な気分。別の展示見に行こ。


そのメモから視線を逸らして、私は次の展示物に移動した。

江戸時代の文字は難しいですよね。

でも明治~昭和初期の文字も現代人は読めないよ。

鉛筆とペンで江戸時代のあんなくずし字書いてやがんの。読めないよ。

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