ツンデレ好き
距離が縮まったようなレディアとボーチは部屋から出ていった。
ヲコが破壊した所の修理見積もりの確認と、ついでにリロイがボーチを追いかけるために破壊した窓の修理現場を確認しに行かないといけないからって。
本当はリロイも二人についていこうとしていたけれど、
「あなたみたいな仏頂面の方に後ろでうろちょろされても邪魔ですからついてこないでくださいます?」
って釘を刺されて、しょんぼりしながら部屋に残っている。
「我は…嫌われているのだろうか…」
「いや、多分一緒にいたらリロイのことが気になって仕事に集中できないとかそんな理由だと思うぜ」
「むう…」
リロイは落ちこんでいるわ…。
それにしても、と私はレディアがさっきまで立っていた場所を見てボソリと呟く。
「昨日はレディアがあんなに泣くとは思わなかった、人前で泣くとかしなさそうなくらいプライドが高そうだったから…」
でもあの涙があったからこそ、ボーチにもレディアの本当の気持ちが届いたのよね。
「幼少期に大人に愛されなかった子供は、心に隙間ができてしまうと聞いたことがあります」
「隙間?」
アレンが聞き返すとガウリスは頷いて、
「ええ。その隙間は食べ物やお金、遊びや異性で埋めようとしても中々埋まることはないのだそうです、幼少期における大人の影響は本人も知らぬところでずっと続くものだと。レディアさんは長く一人で踏ん張り今の地位までたどり着きました。
それでもその心の中は誰も自分の傍に居てくれないという不安と孤独感で占められていたのではないでしょうか。誰でもそうだと思います、愛する者、そして愛してくれる者が誰もいない人生というものは…孤独を感じやすくなってしまうでしょう」
「…」
ガウリスの言葉にミレイダの言っていたことが脳内に蘇った。
『世の中にすれた奴ってのは寂しがり屋が多いんだ、そういう奴は隣にただ誰かがいれば救われるってもんじゃねえかね?』
あの時はあんまり深く考えなかったけれど、あの言葉とレディアを照らし合わせてみると確かにその通りなのかもしれない。
きっとレディアは…ずっと近くにいてくれる家族が欲しかったんだ。
そう考えてふとサードを見た。サードはガウリスの言葉に対して「また始まったぞ、宗教家の面倒くせえ説教が」みたいな興味無さそうな顔で全然聞いていないように見えるけど…。
もしかしてサードにもそういう心の隙間があったりするのかしら。サードも子供のころは色々とあって家族と仲良く過ごすなんてことなかったから、レディアみたいに一人にしないでっていう本心が…。
そこまで考えて、恐ろしい考えが浮かんだ。
だって今ガウリスが言ったこととサードを当てはめてみると、サードが女狂いになったのって子供のころお母さんに愛されなかった隙間を埋めようと女の人を求めていたからじゃない?
そのサードのお母さんは男狂いだったってサードとハチサブロウは言っていたわ。だとしたらサードのお母さんが男狂いになったのって、お父さんに愛されなかったから男の人を求めていたかもしれなくて、だとするとそのお父さんは…?
もしかしたらサードの家は負の連鎖が親子三代か…それ以上にまたがって続いているのかもしれない。
そう気づくとゾッとしたけれど、その考えを振り払うように首を横に振る。
それでもサードには心から愛してくれる母親代わりのシスターがいるもの。シスターの愛情で少しはサードの心も埋められたはず。
でも…呪いのような負の連鎖に気づいてしまったら何か…。
私はサードに「ねえ」と声をかける。サードは私に視線を移した。
「何か私にして欲しいこととかある?」
サードの心の隙間をもう少しだけでも埋められたら…。そう思って言ってみたけれど、サードは真顔で黙り込んだまま何も言わず私を見返してきて、アレンは笑いだした。
「ダメだってエリー。そんなこと言われたらエロいことしか考えられないよぉ」
私は瞬時にアレンをボコボコと杖で殴る。
「いででで、いででででで、何で、だってそんなこと言われたらエロいことしか…」
「もういい!知らない!」
プンッとそっぽ向くと「ところで」とリロイが口を開いた。
「ひとまず長に今までの報告をしたいと思っている。ヲコがもう死ぬ運命にあることと、我が気に入った女ができたことも」
「お嫁さんと子供が同時にできたって二人を連れてっちゃえばいいのに」
アレンはそう言うけれどリロイは首を横に振る。
「それでもレディアは我に素っ気ない…。ボーチには好かれているがレディアにはあまり好かれていない。婚姻を迫った後から目も合わせてくれないんだ、それなのに嫁だと連れていくわけにはいかぬ…」
それは…単に照れているからだと思うんだけどな…。それにしても多分二人の気持ちは通じ合っているんだけれど全然進展がなさそうなのよね。
直球でしか物事が言えないレディアと、言葉を直球で受け取るリロイ。気にはなってるけど素直になれないレディアと、素直になれないレディアの態度に自分に気がないと落ち込むリロイ…。
これはものすごく時間がかかりそう…。
するとサードは鼻を鳴らして、腕を組みながらソファーの背もたれに深くもたれる。
「だな、ヲコの件も片付いたようなもんだ。てめえの嫁探しの件もとっとと片付けちまおうぜ、そういう約束で同行してっからな」
「片付けようって…。人の恋路を何だと思っているのよ」
文句を言うとサードは、
「人の恋路に興味はねえから近くでダラダラと面倒くせえやりとりをみていたくねえんだよ、任せろ、明日の一日でキッチリ片ぁつけてやらぁ」
…こんな進展しにくそうな二人の間を、どうやって一日で進めるつもりなのかしら。
そうして迎えた次の日。レディアの元に全員で訪れた瞬間にサードは告げた。
「レディアさん、私たちはそろそろこの国を去ろうと思います。ヲコもあとは死を待つだけでこの国に危機もありませんから」
その言葉にレディアは目を見開いて、ボーチも目を見開いて身を乗り出した。
「リロイはここに残るんだろ?」
「いいえ、我々と共に行きます」
「おかっしいじゃねえかよ、あたしはレディアとリロイと一緒に居るって条件で…」
「そうですね。しかし私から見てもレディアさんはリロイと婚姻したがっているようには見えません。だとするとリロイと婚姻を結ぶ女性は他国にいるのかもしれないと思ったのです」
え、とレディアは表情を変えた。
「実はよく当たると評判の占い師に言われたのです、リロイと最も相性のいい女性がこちらの方角にいると。そのうえでリロイがあなたを気に入ったようなのでその最も相性のいい女性がレディアさんだと思ったのですが…」
残念だ、という素振りで首を横にふりながらサードは、
「占い師の言うことにはリロイにはあなた以外にも相性のいい女性が何人かいらっしゃるとのことです。あなたもリロイとの婚姻を望んでいないようですし、もしかしたらもっとここより向こうの国にリロイと婚姻してもいいと頷く女性がいるのかもしれません」
レディアはうろたえた表情で言葉に詰まったけれど、すぐに口を開く。
「でももしそれで女性の一人とも行き合わなかったらどうなるんですの?」
「それでも他に候補は居るわけですから。リロイ、あなたはレディアさんを気に入っているでしょうが、ひとまず他の国へ行き他に相性のいい女性がいないかどうか探してみようではありませんか」
それでもリロイは気乗りしない表情で唇を噛んでいる。
「我は、レディアがいいんだがな…」
「大丈夫ですよ、私は無理に他の女性にしろと言っているのではありません。ただ様々な女性を見て本当にレディアさんじゃなければダメかどうかの確認をしにいくだけです。まあでも…」
サードはわざとらしくレディアを見ながら、
「他にもっと気に入る女性ができたら、その時はその時ですけどね」
「…」
レディアが明らかに動揺しているし、リロイはそんなこと言われても…と気乗りしない渋い表情をしてから、どこか情けない顔でレディアをチラと見る。
「レディア頼む、我と婚姻してくれないか。我はお前以外の女は考えられない」
「で、でも…私は…」
レディアが言葉に詰まって、一同に緊張感が高まる。そんな緊張感の中、サードは間の抜けるような軽さで、
「私たちはこれからすぐ出発します。さあ皆さん行きましょう」
と私たちを促し、レディアに微笑みかける。
「レディアさんには大変お世話になりました。おかげさまで宿泊費もほとんど無料でしたし移動も素早くできました、感謝してもしつくせません。せめてもの気持ちでリロイが破壊した窓の修理代は私たちに支払わせてください、では」
部屋から外に出ようとするサード、戸惑うレディア、何でそんなに急かすんだとイラつくリロイに視線を慌ただしく動かしていると、部屋のドアを開けかけたサードがスッと動きを止めて振り向いた。
「ああリロイ」
声をかけられたリロイはイラついたままサードに視線を向ける。
「あなたは荷物など何も持っていないのですから出発の準備をする必要はありませんね。私たちの準備が整い迎えに来るまでレディアさんとボーチさんとお別れの挨拶をしていてください」
そう言うとサードは私たちにさっさと来いと視線で促すから、私たちはレディアとリロイを気にしながらぞろぞろと部屋から退出する…。
ドアを閉めて少し廊下を歩いてからアレンは少し笑いを含ませ、悪戯っぽくサードに話しかけた。
「あれって手早く別れを意識させて他に女の子もいるって匂わせて危機感を感じさせたうえで仲を進めようとしたんだろ、やるなぁ」
するとサードは鼻で笑った。
「もっとあれこれ言い返してくると思ったが、恋愛の話になるとろくに何も言えやしねえらしいなレディアは。あれくらい初心な女ならあの程度の駆け引きで十分だろ」
「…」
こんな所で女狂いした時に手に入れた女性との駆け引きの方法が役に立つとか…。いいんだか悪いんだか…。
* * *
「じゃあリロイと付き合うことにしたんだ?おめでとー!」
アレンの言葉にレディアは腕を組んで「ふん」とそっぽ向く。
「お試しで付き合って差し上げるんですわ」
「面倒くせえ女だよなこいつ」
ボーチは親指をレディアに向けながら私にボソッと声をかけてきて、そこでふと気づいた顔で自分の荷物入れをゴソゴソすると私に何かを差し出してきた。
「これ返す」
「え?」
受け取って…驚いた。少し前に無くなったと思っていたシュガーポットじゃないの、これ!
思わず視線を向けるとボーチは頭に後ろ手を組んで、
「勇者御一行が持ってるもんだからきっと高く売れる代物だと踏んだのに、あちこちに傷のある中古品じゃねえか、もっと良いもん使えよケチくせえ」
「だって…!それでもこの見た目が可愛いから気に入ったんだもん!いいじゃない中古品でも私はこれが気に入ったんだもん!」
勇者御一行のくせにケチ臭いだの言われて思わず言い返すとボーチはジッと私を見てニヒッと笑う。
「普通そこは人のもん盗むんじぇねえこの泥棒がって怒るところじゃねえの?とんだお人よしだな」
そんな背後にレディアがズンッと立つと、ボーチの背中に手を当ててそのまま前に押し付け腰から深く頭を下げさせる。
「大変申し訳ありませんわ、まさか勇者御一行から物を盗んでいたなんて…!ボーチも悪態つくより先に謝りなさい!」
「ほーい、すんませんでしたー」
「ごめんなさいでしょ」
「…ごめんなさい」
「うん…大丈夫よ、もう気にしないで」
ボーチの謝罪からは罪悪感のかけらも感じられないけど…まぁ別にいいわ。盗んだものをわざわざ返してくれたんだし、返したってことは少なからず盗んでしまって申し訳ないって気持ちもあったからだと思うし…。
無理矢理自分を納得させるとリロイは私たちを見てきた。
「それじゃあ我は長にレディアとボーチを紹介し行こうと思う」
「別にあなたと結婚するとは言ってませんわよ」
「そのような相手が見つかったことぐらい報告したいんだ。ゲオルギオス種はいたる生き物から敵対視されているから、他の種族から嫁になる女がいるだろうかと長も心配していたからな。安心させたい」
「…まあその程度でしたら」
了承するレディアを見てからリロイは私たちに視線を動かす。
「勇者たちは今すぐ出発するようだからここでお別れだな。世話になった。我らは今から長の所へ行く」
「いやいや、別れがあっさりしすぎだろ!今まで一緒にいたのにあっさりしすぎだろ!」
アレンが思わず突っ込むと、リロイはキョトンとする。
「何か問題あるか?」
「いや別に問題はないけどさぁ…」
そんなアレンを差し置きサードが前に出た。
「少々お待ちください、私たちも長と話したいことがあります。共に私たちも行きましょう」
サードは微笑んでいるけれど…その微笑みは何か企んでいるわね…?
「別に構わないが…長と何を話したいんだ?まさか倒すなどとは言わないだろうな」
「まさか。ゲオルギオス種の長とその次の立場のリロイを敵に回すつもりはありませんよ。単純に会話がしたいだけです」
ならいい、とリロイは頷いて、
「なら出発しよう。少し報告するだけだから数時間でここに戻れると思うが、レディアも問題ないか?」
「ええ、それくらいでしたら大丈夫です。…それより数時間で戻れるのなら、その長とやらはこの国にいらっしゃるんですの?」
「いいや、ここから遠い。だが我が飛べばそれくらいで戻れる」
「それじゃあまたドラゴンの背中に乗って飛べるんだ?あれ楽しかったんだよなぁ」
レディアが目を見開く。
「今まで他のドラゴンの背に乗って飛んだことがあるんですの?」
アレンはヤッベ、という顔で口を引き結び、
「うん、まぁ、なりゆきで!ほら俺ら勇者御一行で色んなこと毎日起きてるから!」
と慌てて返して、話題を変えた。
「ところでリロイのお嫁さんになったらレディアどうすんの?ホテルの経営とかさ」
「まだ嫁になるとは言ってません」
レディアは一蹴する。
それでも、とレディアは背を正してアレンを見返した。
「どのようなことになろうと私は今の仕事を続けますわよ。ここまで広げた事業を途中で全部放っぽりだしてはおけませんから」
「そっかぁ」
今度はリロイに視線を向けて、
「じゃあリロイは長になっても人間の姿でレディアの側に居る感じ?」
「そうだな。それにもっとアリを近くで見ていたいからこの姿のほうが見やすい」
「アリ…。思えば初めてお会いした時もアリの巣に夢中になっていましたわね。何がそんなに気になるんですの、あんなのただの虫でしょう?」
リロイは首を横に振ってレディアに身を乗り出す。
「ただの虫じゃない。我は今まであんな小さい生き物は見たことがない。我の体とは比べ物にならないほど小さいのにあんな集団でまとまって統率も取れている。それも我が巣を崩したら女王アリが出て来て我に噛みついた」
リロイはさらにレディアに身を乗り出す。
「我々ドラゴンにないのはあのまとまりだ。…いや、ドラゴンは単独で過ごすのが普通だからそれぞれが勝手にするのは当たり前だ。アリのようにまとまって動けと言うつもりもない。
それでもどうだあのアリたちは。喋りもせず知能もほとんどないようなあんな小さい生物が我々に無いものを持っている。どうすればあんな集団で動ける?どんな生活を送ればあのようになる?そう思ったらどこまでも気になる、知りたいんだ」
そう話すリロイの目はキラキラしていて、レディアは魅入ったように至近距離でリロイの金色の目を見ていたけれどハッと我に返って視線を逸らして外を見た。
「金にもならない変わった趣味を見つけてしまったようですわね」
「金にならなくても楽しいものは楽しい。知りたいものは知りたい。そうじゃないか」
「…勝手にどうぞ」
素っ気ない言葉だけれど、それでもレディアの目はまったくしょうがない人、という慈愛に満ちていて微笑んでいる。
進展が無さそうと思った二人だけれど…案外大丈夫そうかも。
ホッとしているとアレンもうんうん頷きながら、
「なんだかんだでリロイ、ツンデレ好きだったなぁ」
と気が抜けることを呟いた。
エリー
「ねえ何か私にして欲しいこととかある?」
アレン
「ダメだってエリー。そんなこと言われたらエロいことしか考えられないよぉ」
エリー
「…」(アレンをボコボコと杖で殴る)
アレン
「いででで、いででででで、何で、だってそんなこと言われたらエロいことしか…」
エリー
「もういい!知らない!」(プイッ)
サード
「…(俺何も言ってねえのに話終わらすなよ…)」




