一緒に
レディアの「心を開くには取るに足らないと思っていた」の言葉にフェニー教会孤児院のシスターを思いだす。
シスターもサードのことでレディアと同じことを言っていたわ。「大人など心を開くには取るに足らない人物だと思われていたのかもしれません」って。
話し終わって一息つくレディアに、私は少し身を乗り出して首を横に振る。
「大丈夫よ、ボーチにもレディアの気持ちは絶対に通じているわ。どんなに心を閉ざしているような相手でも、本当の心で接すれば心を開いてくれるものよ」
そう、心を閉ざすサードと接して話し合ったシスターはそう分かっていた。
それでも私の言葉を聞いたレディアはギュッと眉間にしわを寄せて軽く睨みつけてきたけれど、すぐに力のない顔に戻る。
「綺麗ごとですわね。気持ちが通じているのならこんなに長い間居なくなるなんてことないでしょうに」
そんなこと、と私が言う前にサードが口を開いた。
「嫌ならとっくに出て行っていたはずです」
レディアがサードに視線を向ける。
「ボーチさんの生まれ故郷であるウチサザイ国と比べればこの国は非常に裕福で暮らしやすい国です。ですからあなたの元が嫌ならすぐ逃げ出して一人でどうにか生きぬこうとするはず。それでも逃げずに留まっていたのなら、あなたの近くが心地よかったのでは?」
サードはそう言いながら続ける。
「レディアさんはボーチさんがトートバックを馬車に置いたあの時、取りに行きなさいと怒りながらボーチさんに手を動かしましたが、位置的に掴みやすい頭ではなくわざわざ背中にゆっくりと手を向け当てていましたね?
頭に手を伸ばしたら脅えると分かっていたのでしょう?少なからずそのような配慮は子供はすぐに気づきます。特に悪意にさらされてきた者にとって、自分に不利益を与える者かどうかはすぐに」
「…どちらかといえば私に不利益が生じておりましたわね」
力なく毒つくレディアに、ガウリスがそっと口を開いた。
「…奴隷ではありませんが、養子として迎えた幼い子が我がままや理不尽な言動をして大人を困らせるケースは多いのだそうです。どうしてだと思いますか?」
「…」
急な質問にレディアは少し考えてから、
「嫌がらせ?」
とかすかに笑いをにじませ答えると、ガウリスは首を横に振る。
「どんな振る舞いをしても自分を捨てないか、愛してくれるか試しているのだそうです」
ガウリスの言葉を聞いたレディアは目を見開き、堪えきれなかったのかそのまま唇をかみしめて顔を手で覆って泣いてしまった。
そのままハンカチで涙を拭いながら、
「じゃ、じゃあ、あの子は、あの子は私を陥れようとしてたんじゃなくて、私に甘えていたとでもいうの…?」
「ではないのかと私は思えます。主人といえどボーチさんからしてみたら全員自分の親ほどの年齢でしょう。もしかしたら、愛情を求めていたのかもしれません」
レディアはそれを聞くと余計に泣き出してしまって、ハンカチで涙をぬぐいながら話続ける。
「私は大人に可愛がられたことがありませんの、子供のころから口が達者で煩わしいとしか思われてなくて…親に可愛がられた記憶なんてありませんわ。うるさい、口答えするな、一生無言のままでさっさと誰かの嫁にでもなって家から出ていってしまえと怒られるだけで…」
レディアは言いたいことがまとまらないのかそこで一旦口をつぐんで、涙を流しながら口を開く。
「私が大人に愛されなかった分、あの子を愛したかった…」
「何で過去形になる」
レディアの言葉に隣に座るリロイが口を挟んだ。
「愛したいなら愛せばいい。ボーチは居なくなったが死んだわけでもないだろう。それなら見つけ出したらそのまま愛せばいい、簡単なことじゃないか」
「…でもこんなに探しても見つからないじゃないですか…!やっぱりあの子は私の元にいるのが嫌になったのよ、私が性格の悪さを張り合っていじめたせいで…」
「そんなことはないのでは?」
窓辺にいるサードの呟きにレディア、それと私たちが視線をを向ける。するとサードは首を動かし、てここから見てみろとばかりに窓の下にあごを動かした。
レディアと共に私も窓辺に近寄って見てみると、モジャモジャのピンク色の髪の毛が部屋の真下にあって、うつむいているのが見える。
レディアは即座に窓を開けた。それでも窓は少ししか開かない。それでもレディアは大声をあげる。
「ボーチ!」
ボーチはビク、と体を動かして上を見あげて、レディアの顔を確認したらすぐさま逃げ出した。
「待って、ボーチ!」
レディアは窓からすぐに身を引いて部屋の外に駆けだそうとすると、リロイがレディアの腕を掴んで引き留めた。
「我が捕まえてくる」
リロイはそう言うと躊躇なく窓をガシャーンと破壊してヒョイと地面に着地すると、一気に駆け出してボーチを捕まえる。
ボーチはジタバタと暴れて何かしら悪態をついているように見えるけど、リロイは背中に羽を生やしてフワッと飛んで戻ってきた。
「離せこの変態がぁあ!」
「変態じゃない、リロイだ」
「いいから離せよクソドラゴンがぁ!」
ボーチは滅茶苦茶に暴れているけれど、その抵抗は全然リロイには効いていない。そうしているうちにレディアが駆け寄って、リロイからボーチを奪い取るように抱きしめた。
「ボーチ!よかった、あなたが無事で…!」
抱きしめられ慣れていないボーチは「ヒィ」と息を飲み身をすくめ体を強ばらせている。
でもそれよりも泣きはらしているレディアを見て、ものすごく戸惑っている表情で…。
「もう勝手にいなくならないで頂戴、お願いだから…」
涙声のレディアにボーチは激しく目を瞬かせて、
「…い、要らねえだろあたしみてえなクソガキ…」
そう言ってからボーチは強気の目になって、
「そうだよ要らねえだろ、この数日間あたしがいなくてせいせいしてたんじゃねえのかよ、クソガキがいなくなって楽に過ごせるって思ってたんだろどうせ!」
「いいや」
リロイが一声で否定して首を横にふりながらボーチを見下ろす。
「レディアのこの状態を見て分からないか?レディアはこの六日の間、ずっとボーチを探し回って見つからず落ち込んでいた。ずっとだ、ずっと心配していた」
「…」
ボーチは何か言いたげな顔で、でも言葉が続けられないのか唇をかみしめて黙り込んだ。
レディアはそっとボーチから離れると、目を真っすぐに見る。
「私も…元々奴隷だったの。それでも盗みを働いたら子供でも捕まると分かってからは自分でお金を稼いで生活をしなければと思って今まで生きてきましたわ」
レディアが元々奴隷だと聞いたボーチは驚いて目を見張る。レディアは今までの自分の生き方を考えているのか少し黙り込んでから、また口を開いた。
「自分で自分を養うために、お金を稼ぐのに必死で私はここまで生きてきました。でも全くお金に困らない生活を手に入れても不安で仕方ないの。気を抜いたら私の周りにあるものが端から崩れて消えていくんじゃないかって不安で…。ボーチ、あなたを買ってからその不安が増えたのよ」
「…物を盗んだりするから、てめえのもんも全部盗ってくって思ったのかよ」
睨むボーチにレディアはゆっくりと首を振った。
「…分からない。だから仕事の合間に、あなたが寝ている時に色々考えましたわ。そうして少し分かりましたの。私は今まで人と一緒にいることがありませんでしたわ。家族には早くに売られて、奴隷として買われても何度も戻されて、処分されてから自力で、一人で生きてきた。だから…」
レディアはそこで一旦口をつぐんでから、
「お金でできた関係でも、ずっと傍に誰かいるのが嬉しくて、だからあなたが居なくなるのが不安で仕方なかった…のかも、しれない…」
後半になるとモゴモゴとレディアがそう言って、ボーチが何か言う前に早口で続ける。
「あ、あなたがどうか分からないけどね、私、私は…その、あなたがどんなに性格が悪かろうが、あなたの素行に問題があろうが、その…」
レディアはうつむいて言いにくそうにしていたけれど、思い切ったように言い切った。
「あなたが大事なの。だからお願い、私を置いていかないで、一緒に居て欲しいの…」
そのままレディアの目から涙があふれてうつむいて泣き出してしまう。
急に弱気なことを言って泣き出したのを見たボーチはギョッと驚いた顔でレディアを見て、所在なさげにキョトキョトと周りにいる私たちを見回している。
その顔はずっと私たちに見せていたオドオドとした少女そのもので、それでも泣いているレディアを前にどうすればいいのか分からなくて困っている顔。
そんなボーチと目の合ったリロイはボーチの肩にそっと手を乗せる。
「お前はどうだ」
「どうだって…何が」
「レディアと一緒に居たくないか?」
リロイの言葉にボーチはわずかに口を引き結んで、ボソボソと、
「…あんなに色々言われて、一緒にいたいだなんて思うかよ…」
途端にサードがわざとらしい口調で口を挟む。
「おやそれはおかしいですね、ではなぜあなたはこのホテルから飛び出して六日間も見つからず過ごせたというのに、わざわざレディアさんの部屋の真下にいたのですか?まるで私を見つけてくれと言っているのも当然だったではないですか」
サードの言葉にボーチはキッと睨んだけれど、表向きの表情ながらに有無を言わせない鋭い目つきで見据えられたせいか、ボーチは怯んで口を引き結んだ。
「大人というのは本心を中々見せないものです、それも子供相手に本心を見せるのは大人のプライドが余計に邪魔をするものです。
それなのにここまで気位の高いレディアさんがあなたに本心を見せているんですよ?大人が先に折れたものを最初から拒むものではありません。さあ、あなたの返事は?」
それでもボーチは…何も言わず、グズグズと自身の足先に目を落として、たまにレディアをチラと見てまた視線を足元に落として何も言えずにいる。
しばらくその場が硬直した状態で、ろくに動けず状況を見守っていると、クッと笑い声がした。
笑いの主は…サード。サードはおかしそうにしながら、さっきとは違う態度でボーチに話しかける。
「ボーチさん。あなたはやはりウチサザイ国出身らしい性格をしていらっしゃる。私たちが見てきたウチサザイ国の者は全員そうでしたよ。
差し伸べられる優しい手は怪しいと突っぱねる、すがりたいと思っていても信用していいのかと疑い噛みつく、そして真っすぐな心を見せられると自分にないものだから戸惑う…」
サードは軽く壁に寄りかかりながらレディアに視線を移した。
「レディアさん、ウチサザイ国の者はこうなるといつまでも返事をしないまま逃げ出します。それなら条件付きで囲ってしまうのが手っ取り早い」
「囲うって…!」
サードの言い分にレディアはムッとするけれど、サードは軽く微笑み返す。
「ボーチさんを手放したくないのでしょう?ボーチさんだってあなたの傍にいたいと思っているからこそ戻ってきたのに、あなたの本心にどう応えればいいのか分からないのです。
それなら条件付きで交渉するに限るでしょう。あなたは今感情的になっているので私があなたの代わりに条件を言いましょうか」
サードはそう言いながらボーチの傍にしゃがんだ。ボーチは条件付きで囲うと言われてものすごく警戒しながらサードを睨みつける。
サードは優雅に微笑んで、ボーチに告げた。
「あなたへの条件はこうです。レディアさんとリロイさん両名の傍にいること。それが嫌であれば今ここでその理由を二人にキッチリ説明し、納得するまで話し合うこと。以上です」
ボーチは「えっ」と驚いたように声を漏らす。それもサードがそれ以上何も言わないのを見て、
「…それだけ?」
と恐る恐る聞き返した。サードは頷いて、
「ええそれだけです」
「…」
呆然としながらもボーチはチラとレディアを見て、モジモジと足と手を動かしながらかすれるような小さい声で問いかけた。
「…その条件、出す?」
レディアは軽く期待するような、それでも不安げな顔をボーチに向ける。
「その条件なら、受けてくれる?」
「…」
ボーチは唇を引き結んで、次第に涙目になって自分の服を掴んで、
「でも、でも、あたしそれでもいい物があったら手が勝手に動いて色々盗むと思うし、色々言うと思うし…」
リロイが近寄ってしゃがみ、ボーチの肩に手を置く。
「まずそんなことはいい。一緒にいてくれればそれでいい」
「…」
ボーチは震えだしてボロボロと涙を流しながらリロイに、レディアの服にしがみついた。
「本当に、本当に一緒にいる?二人ともずっとあたしといてくれる?」
リロイとレディアが頷くと、ボーチは子供らしい泣き声を上げた。
* * *
「昨日は周りの雰囲気に流されてしまいましたけど。それでも私、リロイの嫁になることは了承していなくてよ。それなのに私とリロイの側にボーチを居させるなんて条件を出して…」
次の日になって、サードの言ったことにはボーチに関する以外の条件が組み込まれていたことにハタと気づいたレディアが朝一でやってきて文句を言いだした。
サードはそれを聞いて、それが何か?的なしらばっくれた顔をして優雅に微笑む。
「それでも私が出した条件はあくまでもレディアさんとリロイさんの側にボーチさんを居させるというもので、ボーチさんもその条件で受けられました。
口約束でも約束ではありませんか、その上でボーチさんが了承したものを今になって反故するおつもりですか?まさかこの国一番の経営者が軽く約束を破るなどするわけありませんよね?」
レディアはそんなサードの言葉に何か察したみたい。一瞬呆気に取られたけれどすぐに悔しそうに顔をゆがめて、
「あなた、勇者のくせに随分な二枚舌ですわね、それも法にかするかかすらないかのチープな詐欺行為を随分とやりなれていらっしゃるようで…!」
って毒ついた。
微妙にサードの裏の顔がバレたようなものだけれど、その程度のことで動揺するサードでもない。それがどうした文句があるかとばかりにシレッと知らないふりをして、窓の外に視線を移してレディアの毒つきは全部聞き流している。
うーん…あのレディアの口撃をものともしないサードってすごいんだかどうなんだか…。
「どうせてめえみてえな跳ねっかえりの女貰いたがる男なんてそうそう現れるわけねぇんだから、素直にリロイの女になっときゃいいだろうがよ」
「お黙り」
レディアの後ろに控えていたボーチがボソッと言うとレディアはキッとボーチを睨みつける。
それでももう本性を隠すつもりもないボーチはサードと同じようシレッとそっぽ向いていて、レディアは面白く無さそうに顔を歪め、
「あー可愛くないお子様ですこと」
と大げさに言うとボーチも即座に言い返す。
「あー口の悪いババアですこと」
二人が同時にギッと睨みあうと同時に、リロイが「やめろ」と言いながら二人の間に割り入って仲裁した。
レディアはそんなリロイをマジマジと見て、どこか残念そうな顔つきになって視線を逸らす。
「それにしてもドラゴンがまさかこんなのだったなんて…。ドラゴンとはもっと尊厳があって近寄りがたい崇高な生き物だと思っていましたけど…」
リロイよりもっと気さくな性格のミレイダを先に見ている私たちはとりあえず黙っておいた。ドラゴンに憧れを持っているジャークも「ドラゴンはもっとカッコイイ生き物のはずなんだ」って嘆いていたっけ…。
するとボーチもレディアの言葉には同意するみたいで、大きく頷いた。
「本当だよ、こんなボーっとしてるのがゲオルギオスドラゴンの次の長だとか信じらんねえ。あたしだってドラゴンはもっとしっかりしてるような奴だと思ってたよ。絵本に出てくるドラゴンとはやっぱ違うな」
その言葉にフッとレディアは聞いた。
「それってもしかして『わたしのおともだちマーリィ』という絵本?奴隷の少女とドラゴンが出てくるお話?」
「え…そうだけど何で知ってんだよ」
「私が奴隷として売りに出されている時に通りすがりの人から同情の顔で渡された絵本でしたの。あの時は何の皮肉かと腹が立ったものですけれど、その絵本でドラゴンが気になって勉強の合間にあれこれ調べましたのよ」
するとボーチも驚いたように目を見開いてレディアを見上げる。
「あたしもウチサザイ国から売られる時にこれでも読んでろって渡された絵本がそれだったんだよ。字は読めなかったけど、絵だけでも強いドラゴンがどこまでも主人公守って戦ってるのは分かったから。…こんな強いのが近くにいればいいなって何回も見てた」
「…」
「…」
二人ともしばらくお互いを見ていて、少しおかしそうに笑い合っている。
「なんですの、私とあなた、奴隷の時に同じ絵本を読んでいたのですのね」
「うるっせ、気持ちわりぃこと言うなよババア」
「なんですって、クソガキ」
お互いがまたギッと睨みあって喧嘩になりそうな雰囲気になるけれど…それでも前よりお互いの距離が縮まっているような気がする。それだけのことだけど、何だか見ていて嬉しい。
レディア
「むしろその年齢でそんなに反抗するなら、本当の反抗期に突入したらあなたどうなってしまうんですの?」
ボーチ
「チェーン首に巻き付けて何かあればそれ振り回してやんよ、ケケ」
レディア
「そんなファッションの子を近くに置くぐらいならボロボロの服のままでいさせておいたほうがマシですわね」
ボーチ
「あーん、レディア様が子供のあたしをいじめるー、皆見てください、あたしこんなにいじめられてるんですよ!ヘアー!」
レディア
「こんのクソガキ…!あー分かりました、だったら永遠にそのつぎはぎの格好でいさせてやります!」
ボーチ
「んっだこのクソババアー!」
エリー
「(…嬉しいと思ったけどやっぱり心配かも…)」
リロイ
「(二人とも楽しそうで何よりだ…)」(頷く)




