レディアの話
ボーチが出て行ってすぐ、私たちも外に駆けだしてボーチを探し回ったけれど、どこをどう逃げたのかボーチは見つけられなかった。考えが回ってすぐ人を見つけられそうなサードは「そのうち見つかるだろ」と本気で探しやしないし。
すぐさま公安局にもボーチを探すように頼んだけれど、今だにボーチの目撃情報すら見つからない。
とりあえずボーチが戻ってくるかもしれないから私たちとレディアは同じホテルに宿泊を続けてボーチを探しているけれど、レディアからは二日目で焦りがみえて、四日が過ぎる頃にはイライラと不安で私たちに当たり散らすようになって、六日を過ぎるとしんみりと落ち込んだ顔をして肩を落とすようになった。
リロイは特に何を言うでもないけれど、レディアを気にしているのか気づけば近くに座っている。
「ウチサザイ国出身なら大丈夫だと思うぜ、うん大丈夫だってそこまで気にしなくてもあの性格なら。ちゃんと生き抜いてるよ」
アレンは慰めるようで失礼なことを言うから、そんなこと言ったらレディアが怒るじゃないのとヒヤッとしたけれど、レディアは怒りもしないで軽く頷く。
「その通りですわ。あの子は本当に性格が悪い子で。奴隷の立場なのによくもまぁ主人の私に盾突くようなことばかり…」
レディアは言葉を止めて、フッとため息をつくと自嘲気味に笑った。
「いいえ、人のことは言えませんわね。私も主人によく盾突いていた奴隷でしたから」
皆が「えっ」とレディアを見る。
「奴隷…だったの?」
アレンが聞くとレディアは頷く。
「ええ。…エリーさんには嘘をつきましたけど、薄々分かってらっしゃったでしょう?私が親を捨てたんじゃないですわ、私が親に捨てられましたの。口の減らないうるさいガキだと家から引きずりだされて、そのまま奴隷商人に」
レディアはそこで少し黙り込んで、私たちを見た。
「どうせボーチも見つかりませんし、暇つぶし程度に私の昔の話を聞いてくださるかしら」
* * *
奴隷の立場になってから使用人代わりとして大きい屋敷の者に購入されましたけどね、どこに行っても可愛げのない子だとすぐに返品されていましたわ。今の私を見れば何があったのかは分かるでしょう?そうなればもう私に商品価値はないと処分されることになりました。
あの奴隷商での処分の仕方は二通り。服すら身につけずモンスターもいる道端に放り出されるか、薬で安楽死を選ぶか。
奴隷商は安楽死を勧めてきました。モンスターに襲われ殺されるくらいならそっちのほうが怖くなくていいだろうというわずかな優しさだったのでしょうね。
それでも私からしてみたら腹の立つこと限り無しでしたわ。
どうしてわざわざ他人に自分の終わりを決められないといけませんの?私の人生なんですから自分のことは自分で決めます、こんなボロ服すら惜しいならくれてやりますわと自ら服も全部脱いで叩きつけて町から外に出てやりました。
ま、幸いなことにモンスターに会う前に裸で一人歩いているのを女の冒険者に発見されて別の町まで連れていってもらって助かりましたわ。最低限の服とお金とパンを恵まれてそこで別れて以降一度も会っていませんが…彼女には何度お礼を言っても足りませんわね。
それでも子供が一人で生きていくなど大変なものでしたよ。それまでは親の元で、それと商売品として奴隷商の元で最低限の生活は約束されていましたから、どうやって自分の食事を用意すればいいのかって…。
そうなると盗むしかありませんでした。
…。意外?私が盗みを働いていたのが?…そうね、ボーチのことはろくに言えないわ。私も子供のころは同じようなことをしていたんですもの。
そんな生活を送っている時、ある子がヘマをして国の兵士に捕まったのを見て、盗む行為は手に入れる物の価値以上に後からついてくるデメリットがあまりに大きすぎると気づきました。
だったら盗みはやめようと決めましたわ、でもそんな盗みをしないと食事にありつけないでしょう?お金なんてありませんし。
そこでフッと思ったんですの。それなら自分とは対極のお金持ちはどうやってお金を手に入れているのかしら、そうですわ、私はお金持ちになりたいって。
そう思いついた時、近くに学校がありましたから門の外で先生らしき人を待ち構えて聞きましたの。
「お金持ちになるにはどうすればいいんですの」
って。…ああ、当時はこんな言葉づかいではありませんけどね。もうこの口調がクセになっておりますからお気になさらないで。
そうしたらその方…レハムトと名の男性教諭は逆に聞き返してきました。
「お金持ちになって君はどうしたいの?自分を養いたいの?誰かを養いたいの?それとも単純にお金が欲しいの?」
そりゃあその時は単純にお金が欲しいと思っていましたからその通り言おうとしました。
それでもハタと思いました。どうせなら自分を養えるようになった方が得じゃありませんかって。
ですから「自分を養いたい」と伝えましたら、それなら文字と計算を覚え、その基本ができるようになったら帳簿の書き方を覚えなさいと言われましたわ。
でもお金がないんですからそんなのを習うために学校に通えませんと伝えると、いついつの時間帯に向こうの教室の窓を開けておくから外から私の授業を聞きに来なさい、文字と数字と計算はどうにか自分で覚えるようにとその日は帰されましたわ。
それから数年間はレハムト氏の授業を聞きに行き、町の図書館の職員から時間の許す限り専門用語と計算を習う日々でした。
図書館では職員にこんな本もどうかしらと子供向けの政治経済・経理・簿記の本を紹介されて、勧められるがままに片っ端から読み漁りましたわ。
レハムト氏も財務・経理・会計が主な専門分野でしたから、図書館で読んだ本と掛け合わせると面白いように話がかみ合ってスルスルと覚えられました。
そうしてレハムト氏の教える物全てを覚えた後は難なく事務職に就職いたしました。
でもこの性格ですから、どこに就職しましても短期間でクビになり続けましたわ。
そうして最終的にたどり着いたのが経営危機に瀕している場末のホテルでした。私がクビを告げられる前に潰れそうなくらいの酷いホテルでしたわ。
自堕落にカウンターに足を投げ出し雑誌を見るホテルマンから始まって、仲間内で一日中談笑してお菓子を食べる清掃員、料理の作り置きを作るのも無駄と食材が腐る前に皆で分けようと話し合っているシェフ、それを横目に何も注意もしないで立ち去る支配人…。
勤務初日でそんな状況なんですもの、あまりに怒りが湧きましたから華々しくホテルを終焉させようとしましたの。
だって帳簿を見る限り一ヶ月持つかどうかレベルだったんですもの。ダラダラと終わりを待つより、最後の最後にパーッと予算を使って散ってしまったほうが潔いでしょう?
ふふ、あれは楽しかったですわ。勝手に自分で企画を考えて実行して。
『本日より三日限定宿泊費半額引き!食事は食べ放題!宿泊者にはもれなくフロントで高級酒を無料で一杯プレゼント、先着百名様限り!女性には高級ブランドの美容液、シャンプー、リンスのおまとめ品をプレゼント!』
そういうポスターも作って町の至る所に張り付けました。
そうしたらお金をろくに持たない旅行者に冒険者が続々とやってきましたわ。それに高級酒が飲める、高級ブランドの試供品がもらえると近所に住んでる方々も。
そうしたら支配人の元にお客様が多く訪れて感謝の言葉を述べたそうですの。
自分たちのパーティは貧乏で、こんなに設備の整ったホテルに泊まれたのは初めてでした、ありがとう。
こんなにお腹いっぱいに食べさせてくれてありがとう。
冒険をしてから初めて美容液を顔につけられたました、ありがとう。
美味しいお酒をありがとう。
よく眠れました、ありがとう。
その声は支配人だけではなく従業員全員に届きました。そうなると全員からやる気があがりましたけどね…。
もうその時にはすでに私がホテルの予算を全部使いきってしまっていましたから、もうデキャージャ国に申請を出してホテルを畳まなければいけない状況でしたのよ。
それでも運の良いことに手助けが入って無事にホテルの営業が続けられました。
…誰の手助けって?このデキャージャ国国王のトゥーシーからですわ。
トゥーシーは長年この国の宿泊業が安定していないことに頭を悩ませていたらしんですの。
私もこの国の宿泊業界に携わってから分かりましたけれど、それは酷いものでしたわ。違法な値段設定をしていたり、普通の宿と見せかけて従業員が客の物を盗み殺すただの悪党の巣窟もあれば、美人局で脅してお金を巻き上げるような宿もあって…。
え?何エリーさん、美人局って何って?女性とホテルの一室に入ったら後から夫だという男性が現れてお金を巻き上げる犯罪行為ですわ。
そんな犯罪行為が蔓延している中、身を切ってまで人が喜ぶサービスを行ったことにトゥーシーは酷く感激したらしいんですの。これでホテルを立て直して経営を続けて欲しいと多大な援助金が出されました。
ありがたくそのお金はホテルの改善したらいいこと全てにつぎ込みました。…支配人の指示で、ですって?ハッ、違いますわ、あんなろくな経営しかできない支配人の言うことに誰が耳を貸すものですか。全て私の判断と指示です。
でもそうしているうちにあのホテルは最低から最高の評判を叩きだすまでに成長できましたのよ。これは勇者御一行様も宿泊したあのクワイズホテルのことですわ。そうよ、あそこは最低レベルのホテルでしたのよ。
それからは他の宿泊業者からも助言を頼まれるようになりましたわ。
そうやってあちこちのホテルを回ってホテルの経営を立て直すのを手伝っているうちにふと思いましたの。他人の経営に口を出すのはお金になるって。
ですからスペラービト商会を設立し、社長になってこのくらいの立場になって…。そうして馬車に乗って移動している時、奴隷商の檻の中にいたボーチを見つけました。
酷い状態でしたわ。全身鞭で打たれてミミズ腫れした状態で横たわっていて…それなのに目だけは世の中を憎んでいるように鋭くどこかを睨みつけていて…。
…。
そんなボーチをみた瞬間、私が奴隷だった時のことを思い出しましたの。あんなに鞭で叩かれたことなんてありませんけど、それでも何故か…昔の自分と重ってしまって。
すぐさまボーチを買うと奴隷商に言いましたわ。でも奴隷商からはボーチが売られた先々で犯した盗みの経歴や主人を陥れようとした行為などを包み隠さず全て聞かされました。
それとこのような性格の悪い奴隷は売れないし、この傷でろくに動けもしないだろうから今から処分すると。
それでも私はボーチを買い、最高の魔法医療をもって傷を治し傍に置きました。
…でも思った以上にボーチの性格は厄介でしたわね。悪いことをしているという感覚がないまま息をするように私の財布を開いて金貨をくすね、店頭の物は鮮やかな指さばきでポッケに居れるやら口の中に入れるやら…。
でも私だってボーチほど手馴れてはいませんでしたけれど、昔は物を盗んでその日をしのいでいましたから良くないことをしているのはすぐ見破りました。
それ以降はボーチが悪いことをしそうになれば盗まないように見張り、何かしそうな気配を見つけたらチクチクと言葉で行動を制していましたけれど、そうする度にボーチのオドオドと演技している目の奥がこう言いますのよ。「うるせえババアだ」ってね。
その後はあからさまに第三者の前でおべっかを使って、こうですわ。
「レディア様にこんなにキツイこと言われているけれど、私負けないでひたむきに頑張る」
ってね。……。こんな状況でも思い出したら腹が立つものですわね。
はぁーあ、本当にあのいたぶられている奴隷の少女の演技は迷惑でしたわ。
周りからはいちいち酷い女という目で見られますし、私はこの通りの性格ですからどう見ても性格の悪い金持ちの女とそれにいたぶられているいたけな奴隷の少女にしか映りませんもの。
流石にこのままでは社長の立場に傷がつくとボーチの性格の悪さを周囲に伝えようと思ったこともありますわ。それでもこういう言い方しかできない大人の私とオドオドした面しか人に見せない少女のボーチだったら、どんなに訴えても世間はボーチの味方にしかなりませんわねと諦めました。
…。でも私、そうやって大人しく引き下がって耐えるのは性に合いませんの。
ですからボーチのお望み通り悪い大人といたいけな少女をどこまでも演じさせてやるわ、そうして我慢の限界までいたぶって、そのオドオドとした面を取っ払わせて本性を世間様の前にさらけ出してやるわと散々いじめてやりました。
すぐに音を上げて怒り狂うと思いましたわ。でも思った以上にボーチは辛抱強く耐えていましたから子供ながらに大したタマだわと少なからず感心していましたのよ、ホホ。
…そんなある時、新しく服を買ってきたからそのわざとボロボロにした服を着替えなさいと無理やり服を引っぺがしたら、ボーチの体にむごたらしい傷がたくさんありましたの。
前の主人から受けた鞭の傷は最高の魔法医療で全て癒えたと私は聞かされていました。それなのにどうしてと思って「これはどうしたの」と問い詰めたら…。
ボーチは、親と近所の大人と、震える声で、憎しみと悲しみが混じった顔で言いました。
…私は親に愛されませんでした。それでもボーチは愛されないどころか私よりもはるかに凄惨な過去を持っていると分かりました。
思えばあのころからですわね。お互いの性格の悪さを張り合っている場合ではないと態度を少し改めたのは。ええ、ほんの少し。
それからは世間を渡り歩けるように基本的な良識からマナー、そして私が学んだ勉強を教え始めました。
ボーチに最低限の良識を持たせ奴隷なんて立場から抜け出させたいと、私が奴隷から今の地位まで登りつめたように自分で自分を養えるようになって欲しいと…。
…ハァ…。でもあの子にはそんな私の勝手な思いは煩わしいし届いてもいなかったのかもしれませんわね。あの子は思った以上に大人に酷い目に遭わされ続けてきました、大人なんて心を開くには取るに足らないものぐらいにしか思っていなかったでしょうね。
簿記は覚えておいて損はないよ。事務系統を目指す人が簿記持ってると強いよ。
私も簿記を少し習ったけどね、さっぱり覚えらんなかった。数字と計算嫌い。
でも散々色んな所で働いてきた私から言えることはあるよ。
会社見学で案内している上司を後目に社員たちが「お疲れ様です」の挨拶もせず声もかけず黙々と仕事続けてるようなところは人間関係が良くないブラック寄りの会社。
社員が上司に声かけも挨拶もしないようなところだったらガチでやめたほうがいい。




